喰らい尽くす眷属
『怠惰』の眷属と名乗ったベルゼバブ。
二人に分かれた眷属を見て、ルシャは遠い昔の記憶を思い起こしていた。
それはキージスに体を預け、内側から外の世界を見ていた時のことだ。
特異な眷属だったキージスは『セブンスロード』への所属はしなかったものの、拠点への出入りは許されていた。
キージスの内側から眷属たちを見ていたルシャは、ベルゼバブとも一方的に面識があった。ルシャが覚えているベルゼバブは『貪食』の眷属で、外見も水色の髪の少女だった。
ルシャの記憶が正しく、キージスが欺かれていないのなら『怠惰』の眷属の名前はベルフェゴールだ。ベルフェゴールの外見こそ銀髪の少年である。
リーシェ、アルロ、ラーズと協力しながら交戦するルシャは、己の獲物である赤黒の剣を振るいながら問いを発した。
「お前は誰だ?」
「『怠惰』の眷属。そう最初に名乗ったはずだけど?」
「違うな。その顔、その髪は確かにベルフェゴールだ。だが、お前は違うだろ?」
鉤爪と鍔迫り合いになりながら会話を重ねる。
周りではリーシェたちが怪訝な顔をしていた。深紅から藤色に戻った瞳でベルブを睨んでいると、目の前は少年は面白可笑しそうに肩を揺らした。
「アハハ!キージスの時から君はいたのか!それじゃ、騙せない!これじゃまるで俺が道化みたいだね!」
ベルブの笑い声に離れたところで交戦していたゼバブも妖しく笑う。
「ねぇ、キージスだった人。俺が誰か当ててみて。当てて、どうして俺たちが『怠惰』を名乗っているのか正解させてみて」
「……食らったのか?眷属同士で権能を食らい合った結果、単純な力の優劣で勝敗が決した」
「う〜ん半分正解。食い合ったんじゃなくて、食後で寝ているベルフェゴールを一方的に食い尽くしたんだ」
一体何の目的があったのか、胸を張ってそう言うベルブはパチンと指を鳴らした。
するとゼバブが膝を着いて倒れ、ベルブの姿が不自然に不明瞭になる。
目を何回か瞬かせていると、ベルブは少年の姿から少女の格好へと変化した。
あの少女こそ、ルシャの記憶にあるベルゼバブだ。
「この姿では久しぶりだね。俺……いいや、ワタシは『貪食』と『怠惰』を司る眷属、真の名をベルゼバブ」
「なぜ味方である眷属を食ったのか教えてくれるな?」
「難しい話じゃない。一言で言えば好奇心さ。同じ神に創られ同等の存在である眷属を食べたら、どうなるのかな、と」
そう言って唇を舐めるベルゼバブ。その思想は、『怠惰』の眷属でありながら、『貪食』の眷属の側面を有していた。
「他の眷属と違って、ベルフェゴールは隙が多かった。寝ているところを頸動脈に噛み付いて食らった。だけど……」
もう一度、指が鳴る。糸が切れた人形のようになっていたゼバブがビクリと震え、幽鬼のように立ち上がる。傷一つなかった首から大量の血が流れ出した。
「なっ……!?」
ゼバブの近くにいたラピスが目を見開き、事の真相を目線で問いかけた。
「食いきれず、中途半端に自我を残してしまった。そこにいるのは死にかけながら、食らった相手に生かされている眷属。ワタシが『貪食』の権能を使うためだけに存在を許されている敗者だよ。ベルフェゴールの姿の時にワタシの名前を使ってるのも、権能を馴染みやすくさせるためだ」
「ベルゼ……バブ……」
口から血を溢れさせながら、忌々しげに名を呼んだゼバブは今にも息を止めてしまいそうだった。
命を引き止めることで手一杯なのか姿は変わらず少年のままだ。
幼い顔は青を通り越して真っ白になり、夥しい流血が服を染めていく。
「ワタシがベルフェゴールの自我と溶け合っていなきゃ、あの子は死にながら生きることになる。眷属は致命傷くらいじゃ死なないからね」
「では」
冷えきった声がベルフェゴールに向けられる。
発信源である赤髪の少女は、翠眼に強烈な怒りを湛えていた。
「あなたに致命傷以上の傷を与えれば、あの子は終わらない苦しみから解放されますか?」
「……できるかな?」
「私は悪を許しません。眷属だから、という理由でベルフェゴールと戦っていました。しかし、あなたはただの好奇心から穏やかな時を過ごしていた少年を殺そうとした……。ならば私は決してあなたを逃がさない。ここでその息の根を止めます」
斧が杖へと形を変える。
ゼバブは苦痛に満ちた表情で状況を見守った。
「みんな、下がっていてください。彼女は私が倒します」
魔杖の先端に嵌め込まれた翠玉が輝きを放ち、天井が真紅に燃え上がる。雨のように降り注いだ火矢が、一瞬でリーシェとベルゼバブだけのリングを作り上げた。
『怠惰』と『貪食』の二つの権能を持った少女と、神に授けられた調停の力と、母から受け継いだ重力の魔法を持った少女は対極の顔で睨み合う。
この戦いが後の戦闘に多大なる影響を及ぼすことを、リーシェたちは知らなかった。





