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僕と俺

 少女の体を起点にして電撃が地面を駆け巡っていく。春の陽気溢れる会場を戦場に相応しい姿へと変えていった。


 花は散り草は焼け、小川は電気を纏う。

 一瞬で変わり果てた穏やかな風景の有様に、ベルブたちは特に何の感情も表さなかった。

 四つの赤い瞳はただ面倒そうに戦闘態勢へ移る八人を見つめた。


「最後に聞きます。退く気はありますか?」


 リーシェの最終通告に双子は静かに微笑む。次の瞬間、その身を発光させた。

 思わず目を眇めるリーシェたちの目の前で、少年たちが一人の人間へと合体していく。数秒後には、ゼバブとベルブをそのまま大人にさせたかのような、一人の少年が立っていた。


「うん、ないよ」


 少しだけ低くなった声が避けられない戦闘の合図となる。

 最初に動いたのはアズリカだった。


 リーシェの後方から鎖を射出し捕縛しようと試みるも、軽い身のこなしで避けられ失敗に終わる。

 一対八という圧倒的な戦力差を前にしても、ベルゼバブは焦ることを知らなかった。


 それどころか余裕そうに鼻歌を歌い欠伸をこぼしている。

 死角から近づいたはずのシノブを一発の蹴りで吹き飛ばし、シノブの後に続いていたルシャ諸共蚊帳の外へ。

 間髪入れず繰り出されたラーズの鎌による一撃は、アネロの振りかざした鞭を上手く利用して無効化されていた。

 次々と飛来してくるアズリカが精製した剣は、目にも止まらぬ速さで振られた鉤爪が全て叩き落とした。


 予想以上の強さを見せたベルゼバブに対し、油断なくエンチャントの準備を始めたのはラピスだ。

 朗々と響く声で『知の力』を発動させ、離れたところにいるアネロや、飛ばされたシノブとルシャにも恩恵を与える。


 "オールラウンダー"の力を付与された面々の耳に、アルロの声が届いた。


「"目覚めよ"」


 たった一言。ただそれだけで、目が眩む眩い光が溢れる。舌打ちをしたベルゼバブが顔を隠した腕を下ろした時には、獣人たちに劇的な変化が起こっていた。


 ラーズとアネロに生えていなかった耳と尾が生え、それぞれの瞳の瞳孔が縦に割れた。

 ルシャの外見は大きく変わらなかったものの、溢れ出る力が風を巻き起こしていた。

 そしてアルロ自身にも変化があった。

 腰の辺りから九本の金色の尾がゆらゆらと揺れていたのだ。ラーズとアネロは一本ずつなのに対し、使っている力の巨大さを表すように尾が多かった。


 神秘的にすら見える姿へと変化した獣人たちが、ジリジリとベルゼバブと距離を詰めていく。

 数でも不利な上、これで確実に戦力でも不利になったはずだ。


 勝ちを確信するリーシェの目の前で少年は唐突に笑いだした。

 肩を小刻みに上下させ、右手で顔を覆う。

 怪訝な表情をする八人の視線の先で、少年の体は再び二つに分かれた。


「あ〜あ。やっぱり面倒臭い」


「そうだね。体が一つしかないのは、効率が悪いね」


 双子の姿になったベルブは、小さな体に似合わない大きな爪を構えた。


「おいでよ。みーんなまとめて相手してあげる」


「随分と舐められたもんだなぁ!」


 限定的ではあるが獣人族としての力の解放と、ラピスの強力なサポートによって気持ちが昂っているラーズが単身突っ込んでいく。

 リーシェの目から見ても確実に当たるはずだった攻撃は、ゼバブの妨害によって阻まれた。


 単体だった敵が二人になったことで、息ピッタリの妨害が発生するようになった。しかしそれでも十分に勝てるはずだった。


 だが、嫌な予感がリーシェの心に警報を鳴らす。

 全力の一撃を何とか叩き込もうと半ば意地になったラーズとゼバブが拮抗……していたはずだった。


 瞬きのうちにゼバブの体が消える。前のめりに体勢を崩したラーズのすぐ背後には合体したベルゼバブが、凶悪な爪を振りかざしていた。


 リーシェの体が稲妻と共に掻き消える。

 青年の背中を切り裂き、心臓を貫こうと風を切っていた爪は激しい火花を散らして弾き返された。


 目にも止まらぬ早さでベルゼバブと相対したリーシェは、追いついてきた風に服を揺らし無表情で雷を散らす。


「やっと動いたね、お姉ちゃん」


 戦闘が始まってから数分間観察を決め込んでいた少女に、銀髪の少年がゆっくりと笑いかける。


「……『怠惰』にしては、活発に動きすぎではありませんか?てっきり、無抵抗を決め込むものだと思っていました」


「うん。すっごく面倒だよ。でもね、俺が『怠惰』なのは生きたいからなんだ」


 斧と鉤爪がぶつかり合う。息を乱すことなく二人は演舞のように火花を散らした。


「人間は怠惰な生き物だ。生きるために、その頭を使って楽な方法をどんどん模索していく。生きるために働いて生きるために眠る。誰もが一度は考える。"自分の代わりに動いてくれるもう一人の自分がいれば"って。僕はそれを実現させるために、眷属に身を委ねた」


 どうやら今言葉を紡いでいるのは、元の人格の方らしい。それでも変わらない強さに油断することなくリーシェは斧を振るう。


「好きな時に好きなように動いてくれるもう一人の僕。だけど、一人になりたい時は一人にさせてくれる、最高に都合のいい存在。僕はそんなのが欲しかった」


 鉤爪がリーシェの頬を掠った。それだけで血が吹き出る威力を確認しつつ、リーシェの斧がベルゼバブの腕の肉を削ぎ落とす。

 両者の血が流れたことで演舞は一時的に止まった。


「僕は自由に二人になれるし一人になれる。僕が面倒くさかったら俺が、俺が面倒くさかったら僕が請け負う」


 ベルゼバブの体が再び二つに分かれた。

 瓜二つの少年たちは、二人で一人であり、思考回路も呼吸もピタリと同じなのだという。

 目を合わせずとも意志の疎通ができるため、戦闘時には無類のコンビネーションを発揮していた。


「そろそろ終わらせよう。眠いし痛いから」


 ベルブが傷ついた腕を見てそう言った。


 頬から血を流したリーシェは誰にも悟られないように、そっと息を吐いた。その息に全ての悪感情を乗せて一緒に捨てていく。


「ラピス、アズリカ、シノブ、アネロはゼバブの相手をお願いします。ルシャ、アルロ、ラーズは私とベルブの相手をしましょう」


 分断し本気で倒しに行く。ベルブたちが合体すれば八人に合流し、分かれればこちらも数を分断させる。どちらか一人を殺されば、瞬間移動を伴った合体もできなくなるだろう。


 リーシェの指示に頷いたメンバーたちが表情を引き締め、言われた配置につく。

 ベルゼバブとの決着の時が刻一刻と近づいていた。



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