戦いが終わったら
翌日。アズリカは深刻そうな顔をしたラピスに呼び出されていた。五人分とっている宿の部屋のうち、黒髪の少年が使う部屋にはルシャもいる。
このメンツで何を話すのだろうと用意された茶を飲んでいると、唐突にラピスは切り出した。
「リーシェとイチャコラしたい」
口に含んだ茶を吹いたのは言うまでもない。正面に座っていたルシャにもろにかかって、申し訳ない気持ちになった。半目になったルシャが袖口で顔を拭う。
「突然何言い出すんだ!?」
女性専用棟の部屋で自分の時間を過ごしている少女を脳裏に思い起こしながら、アズリカは叫んだ。
テンパる青年に十五歳の少年はしみじみと答えた。
「ラーズたちを見てたらふと思ったんだ……」
至って真面目な金の瞳が遠くを見つめる。
「俺、リーシェと何もしてないなって」
「具体的には?」
「手は繋いだ」
「それで?」
「そこから先は何もしてない……」
少年の告白にアズリカは溜め息をついた。それどころじゃない状況なのは確かだが、それだけで二人の関係を停滞させて良いわけではない。むしろ手を繋ぐところまで行っているのが奇跡だ。何せリーシェは恋愛方面に鈍い疎いの二拍子を揃え、ラピスもどちらかというと奥手なのだ。
「ち……ちゅーは?」
「お前、十九歳だろう。年相応にキスと言え」
鈍感でもなければ奥手でもないアズリカだが、リーシェとタイマン張れる程度には純粋であった。魔人族の女王に拾われて育ったアズリカの周りにはその手の話題は一切なかったのだ。
ハグまでは言えるがキスから先が言えない純情っぷりに、茶で湿ったルシャが静かに突っ込んだ。
「今は俺のことはいいから!ラピス、ちゅーはしたのか?」
「してないに決まってるだろう!そんなあまぁーい空気作れる場面なんか、なかったじゃないか!」
「あっても奥手なお前は活用できないだろ!」
二人揃って顔を真っ赤にし、固く握った拳をブンブンと振り回す。兄弟のようなその様子を、年長者のルシャが静かに眺めていた。
「俺はそもそも、お前たちが恋仲にあることを今知った」
今知るくらいそんな雰囲気がなかったと、言外に告げるルシャ。その言葉に動きを止める少年と青年。
「たまにリーシェの視界を覗いていたことはあったが、そういう場面は見たことがなかったな」
「俺がリーシェに告白した場面は!?」
「多分寝ていたな」
「コイツらが痴話喧嘩した時は?」
「それも寝ていた」
「俺が勇気振り絞って手を繋いだのは!?」
「すまないな。寝ていた」
「寝てばっかりじゃんよ!!」
同じ返答しかしないルシャにラピスが叫び散らした。人格が統合されて、逆に少年らしい騒がしさが身についたようだ。
この世の終わりとでも言うような叫びに、年齢不詳の男は鬱陶しそうに眉を寄せた。
「そもそも俺の中にあるリーシェのイメージは、恋愛とは程遠いぞ」
「お前の中にあるリーシェのイメージって何だよ」
「……解体屋」
「え……?」
「いや何でもない。とりあえず、イメージはないとだけ言っておく」
静かに視線を交差し合う二人をアズリカは横から眺めた。
そしてふと思ったことを口にする。
「ラピスはどうしたいんだ?」
「キスしたいに決まってるだろう」
「それはしなければならないことなのか?」
「それは、俺がキスという行為に興味を持っているだけぼ理由でリーシェに求めている……って意味で捉えてもいいのか?」
無言で頷くと、眉間に皺を寄せたラピスが真っ直ぐ言う。
「キス自体に興味があるわけじゃない。男なら、好きな人の全部を我が物にしたいと思うのが自然じゃないのか」
まだアズリカには分からない感情を堂々とラピスは言った。その心に心当たりでもあるのか、ルシャも僅かに微笑んで目を閉じる。
「明日からまた忙しくなる。眷属との戦いが終わったら、俺はリーシェにキスをするって今決めた」
淀みのない黄金の瞳を女性棟に向けた少年は、その時を今から心待ちにしていた。
☆*☆*☆*
そして眷属討伐当日。
城から抜け出してきたアルロと合流し、シノブが監視し続けていた拠点の前に並んで立つ。そこにアネロの姿があることにリーシェは驚いていた。
「守られてばかりだけど、ボクだって九尾の端くれだ。必ず役に立つから連れて行っておくれ。やられっぱなしは気に入らないんだ」
と、一番強い反対の意志を示したアルロにアネロは言った。意思が変わる様子がなさそうな声音にアルロは折れて、ラーズに念を押したところで一同は拠点である巨大な建物を睨みつける。
見上げるほどに大きな白亜の門が、地響きを立てて開いた。
現れたのは、先日会ったレヴィアタンだ。
「お待ちしていました。眷属一同、皆様を歓迎致しましょう。どうぞ、中へ」
ご丁寧な出迎えを甘んじて受ける。罠があろうとそれを乗り越えなければ眷属には勝てない。
リーシェは半神になって以降、初めてスイッチを切り替えて先陣切って拠点へ歩を進めた。





