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愛してる

 ラーズは不気味なほど静寂に包まれた廊下を、無言の兵士に連れられて歩いていた。アネロはアイドルのような存在なので、ラーズが気に食わないのだろう。

 先程からチクチクとお小言をいただいていた。


「高貴なるアネロ様と夫婦になったというのに、アネロ様のお心を傷つけるとは何を考えているのですか」


 ラーズだって好きで傷つけているわけじゃない。


「せっかく天狐に生まれたというのに、アネロ様を守れないのでは何も意味がないでしょうに」


 好き勝手言う兵士に最初は堪えていたラーズだったが、ついに我慢の限界を迎えた。

 背中を向けていた兵士を蹴り飛ばし、倒れたところを馬乗りになる。


「他人に何が分かんだぁ!アイツの事を何も知らねぇで、ただ偶像化させて拝んでるだけの奴が勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」


 呆気に取られている顔を一発殴る。乾いた音が響いた。


「アイツを一番大事に思ってんのはオレだ!歪んだ執着向けてる姉でも、もちろんてめぇらみたいな蝿でもねぇ!オレたちのこと何も知らねぇのに文句言うとは、何様のつもりだぁ!?」


 怒鳴りつけてから、背後に立った気配に我に返った。背中が感じる何よりも慣れ親しんだ者の空気に、ラーズは息をそっと吐く。

 馬乗りの体勢のまま振り向いた先には、案の定アネロがいた。


「ラーズ、どうしてここに?」


「……アネロ。オレはお前に伝えたいことがあって来た」


「……分かった、部屋に案内するからついてきて」


 頬を腫れさせた兵士の上から立ち上がりラーズは小さな背中を追う。護衛のためについてこようとした兵士だったが、肩越しに向けられたアネロの視線に動きを止めた。

 氷のように冷えきったアイドルらしくない瞳が、鋭く兵士に突き刺さる。


「護衛はいらない。ラーズさえいれば安心できる。君は、さっさと顔を冷やしに行くといいぜ」


 治療を促す言葉には似合わない声音をかけられた兵士は、震えるばかりで後を追っては来なかった。


 アネロが招いた部屋はそれほど離れていない客間だった。

 王城に相応しい広さと調度品が揃えられた室内に、気まずい空気が流れる。意を決して最初に口を開いたのはラーズだった。


「オレと別れたいって、アルロに聞いた。本当なのか……?」


 手を伸ばせば触れる距離にいるアネロは、下手くそな笑顔を浮かべた。表情筋を無理やり動かしたような震えた笑いが、アネロの心を隠してしまう。

 

「本当だよ。ボクはラーズと離婚したいって姉様に言ったんだ」


「それは本心?」


「……っあぁ!心からの言葉だぜ?」


「オレとあの家で暮らすのが嫌だった?」


 問いかけにアネロは首を横に振った。


「オレのこと嫌い?」


 また、首を振る。

 フラれているのはラーズなのに、青年よりもアネロの方が泣きそうな顔をしていた。


「じゃあ……迷惑をかけたくなかった?」


 リーシェが立てた予想を問いに変えてラーズは言った。嘘が下手くそなアネロは肩をビクリと揺らす。


「守られるのが嫌だった?自分のせいで、誰かが傷つくのが嫌だったの?」


「誰か、じゃない。傷ついて欲しくない人が誰でもいいわけじゃない」


 しゅん、といつもよりボリュームがないように見えるツインテールが揺れた。俯いたままだったアネロが顔を上げて、零れそうなほど水滴を乗せた桃紅色の双眸をラーズに真っ直ぐ向ける。


「ラーズが傷つくのが嫌なんだ。ボクが狙われる立場なばっかりに、ラーズに迷惑をかけて……!一生を捧げさせて!ボクは卑怯者なんだ!ダメなのに、我儘で君を引き止めてしまったんだから!」


「アネロ、それは……」


「あぁそうさ!!ボクは君のことが大好きなんだ!何よりも大事で愛おしくて、守りたいのに……!ボクはその背中にばかり頼ってる!」


 耳まで真っ赤にしたアネロがしばらく床とにらめっこする。

 突然言われた言葉に茫然としていたラーズだったが、数秒後に意味を理解して顔を染めた。紫色の髪を左手で掻き乱して、そっと息を吐いた。


 ラーズの一挙一動に怯えたように肩を揺らすアネロに膝をついて、下から少女の顔を覗き込む。


 涙に濡れた可憐な顔を両手で挟み、頬を染めたままのラーズは微妙な表情を浮かべた。


「ハァ〜オレ、クソだせぇな……」


 小さな呟きにアネロが鼻を啜る音が重なる。


「え?」


「アネロ。ごめんな、お前に先に言わせちまって」


「ボクは我儘で自分勝手で卑怯者なんだ。ラーズがこれ以上ボクに付き合う必要はない。だから……」


「オレには、泣き虫でドジなくせに、バカみたいに明るくて前向きな幼馴染みがいる」


 ラーズを拒絶しようとする言葉を遮って、青年は語った。


「ガキの頃は、男だから守ってやんねぇとって変な使命感で守ってた。小せぇ体で恐怖に耐えて、終わったら太陽みたいに笑うソイツを、オレはいつの間にか心の一部にしてた」


「ラーズ……?」


「ソイツが泣いたらオレも悲しい。ソイツが笑えばオレも嬉しい。ソイツが怒ったことにはオレも腹が立ったし、悪戯が成功して怒られる時も、ソイツが一緒なら何だって楽しかった。いつの間にか、『守ってやんないと』じゃなくて『守りたい』に変わっていった」


 幼い頃からアルロの命令で最優先保護対象となっていやアネロ。当時は十にも満たないアルロに頼ることに対して反感があり、アネロは幾度もその身を狙われていた。

 その度にラーズが守り、時に反撃もした。

 共に育った幼馴染みの笑顔が大好きだった。泣き顔も好きだけど、泣かせるのが自分じゃないと気に入らなかった。


「オレは運命みたいに自然と、ソイツのことが好きになってた。ずっと一緒にいたいし、一生をソイツに捧げてもいいと思った」


 そんな時に降ってきた結婚話。天啓だと思った。運命はラーズの想いに答えたのだと思った。シルビアから帰還した後、王から告げられた提案にラーズは飛びついた。その時に散々、ラーズへのデメリットについて説明されたが、その上で青年は快諾した。


「そしてオレは導かれるようにしてソイツと結婚した。幸せだった。本当に幸福で、毎日が楽しかった」


「……!」


「けどオレは一つ大きな間違いを犯した。それは、この溢れそうな想いを溢れさせずに伝えなかったことだ。誰かさんと同じように勝手に諦めてた。だからもう、二度とこんな間違いはしない」


 驚きのあまり目を見開いたまま固まっているアネロに、とびきり優しい微笑みを向けてラーズは言う。今まで口には出さなかった万感の想いを、一言に込めた。


「愛してる、アネロ」


「っ!!」


「臆病で気まぐれで乱暴なオレだけど、どうか俺とこれからも歩んでほしい」


「ボクで、いいのかい?」


「アネロがいいんだ」


「我儘を言ってラーズを困らせるかも」


「オレが全部受け止める」


「自分勝手に行動してラーズを困らせるかも」


「オレがずっと一緒にいるから好きに生きて」


「ラーズの全部を欲しがって幸せを奪うかも」


「奪われるなんてことはない。オレの幸せはアネロといることだから」


「でも……!」


「大丈夫。アネロが何をしたってオレは全部受け入れる。だから、オレの全てをお前に捧げさせてくれ」


 涙がボロボロと落ちてくる。ラーズの顔を濡らす水滴は少ししょっぱくて、その涙はとても美しかった。

 嗚咽混じりの返事が何度も繰り返される。しきりに頷く頭を抱き寄せて、見つめ合った。


 吸い寄せられるように唇が触れ合う。触れるだけの優しいキスだったが、アネロの呼吸を全て奪ったかのように少女の嗚咽が消えた。


「アネロ」


 そっと離れた唇の隙間から、蠱惑的な声が吐息混じりに響いた。


「愛してる」


 青年の告白に、少女は顔を真っ赤にさせた後消え入るような声で答えた。


「ボクも、君を愛してる……ラーズ」


 ようやく心から結ばれた二人は、時が止まったようにしばらく見つめ合っていた。


 ☆*☆*☆*


 甘い空間が同じ城内にあるとは思えないほど冷え切った雰囲気が、一室に漂っていた。

 苛立ちを声に滲ませたリーシェの一言にアルロが怪訝に眉を寄せる。


「何か文句があるようだね」


「えぇ。大ありです。ラーズとアネロが苦しんでいるのは、あなたがアネロに対して歪んだ執着を抱いているからです」


「妹を愛することの何が悪いんだ」


「確かに、愛することは良いことです。ですが、それを公にすることはあなたの立場的に正しい行動でしょうか?」


 リーシェとアルロの問答を、ラピスたちがハラハラと見守っている。眷属討伐ならびに神討伐にアルロは必須。機嫌を損ねて協力を得られなくなることは、これまでのラーズやその他大勢の人々の努力を水の泡にすることと同義だった。だからこそ慎重に言葉を選んでいたルシャも、感情が窺えないひとみでリーシェを見ている。


 集まる視線を一身に受け止めて、なおもリーシェは言葉を続けた。


「あなたは王城の匿われているから安全でしょう。ですが、アネロは違います。いくら守られているとはいえ、アルロの代わりにアネロが狙われ、そのせいで彼女の大切な人が傷ついています。その原因は、あなたが『妹に手を出せば協力しない』と明言しているからです。眷属や神討伐を阻止したい者にとって、アネロは絶好の鴨でしょうね。堅牢な王城を攻めずとも、少しの隙をつけば計画の中核を潰せるのですから」


「……そうだね。確かに君の言葉は間違っていない」


「眷属を討伐すればアネロに降りかかる脅威のほとんどが消え去るでしょう。これを聞いてもなお、あなたは眷属討伐への協力を拒否するのですか?」


 ルシャが持っていきたかった方向へ話を進めたリーシェに、三人がホッと肩の力を抜いた。

 アルロの妹への大きな感情をリーシェは、事実を踏まえて上手く利用したのだ。


 しばらくの沈黙の後、折れたのはアルロだった。


「仕方ない。レウスの小言には耐えるとしよう。眷属の討伐、私にも協力させてくれ」


 あれほど頑なに是と言わなかったアルロの呆気ない参戦に、ルシャが少しだけ悔しそうに目元を揺らした。


 話はトントン拍子に進む。

 眷属討伐の決行日は明後日。それまでに心身を回復させるなり、必要な準備をするということになった。

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