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離婚騒動

「アネロがいない?見張ってたんじゃなかったのか?」


 ラーズの悲痛な叫びに淡々と返したのはルシャだった。ラベンダーの瞳は冷え冷えとしており、彼の静かな苛立ちを青年にぶつけた。


 普段のゆっくりとした口調の影すら見当たらない慌てようで、ラーズは卓上の手を打ち付けた。


「見てたよ!でもアネロが目覚めて安心したら眠くなって……アネロと約束したんだ!オレが起きるまで家にいてって!」


「見張りが寝てどうする!?」


「ルシャ、落ち着いてください。まずはアネロを探しましょう」


 怒りが込められた最もな指摘をリーシェは涼しい声で諌めた。その隣でラピスが考え込む。


「あんなことがあった直後だ。何の理由もなく出歩くほど馬鹿じゃないだろう。だとすれば襲撃された可能性もあるが……」


「そしたらオレは絶対に起きるよ。アネロ以外の気配が入ってきたら、どれだけ深く眠っててもすぐに気づくから」


 アズリカの隣に座り冷静さを取り戻したラーズは、自信満々にそう言った。聞いたルシャがもう一つの可能性を上げる。


「ならば、何かの目的があって出かけた可能性があるな」


 青髪の邪鬼の言葉に同意を示すのはアズリカだ。


「買い物じゃなさそうだな。買い物していて誘拐されたんだから、繰り返すような愚行はしないだろ」


「守られることに罪悪感を感じたのではないですか?」


 集中する視線にリーシェはそっと目を伏せる。


「アネロはラーズとの関係に後ろめたさを感じていました。そんな中での今回の事件。私なら申し訳なさで、その状況にしている要因を消そうとします」


「つまり、ラーズとの離婚か?」


 思い至ったラピスの答えにラーズが表情を失った。すれ違いすぎてついに離婚の危機を迎えてしまったようだ。

 アネロはラーズを愛していた。だからこそ傷つけたくなく、迷惑をかけたくなかった。

 ラーズもアネロを愛していた。だからこそ何がなんでも守りたかったし、一緒にいたかった。


 互いの想いをしっかり伝えていなかったツケが回ってきたのだ。


「この予想が当たっていれば、半分はあなたの自業自得ですよ」


 珍しく味方にキツいリーシェの言い様に、紫の狐人は肩を揺らした。ちゃんと想いを告げていなかったお前が悪い、とラピスとアズリカが目で語る。


「で、でも!アネロはオレのこと別に……!」


 好きじゃない、と続けようとした口は不自然に止まる。短く嘆息したルシャが勢いよく立ち上がったからだ。


「若造どもめ。ここで問答してどうする。真意を知りたければ、本人に聞けばいい話だ」


 青年の見た目をしているが実際は齢六十の男の、堂々とした口振りに面々が同時に起立した。怖気づいたように動きを止めるラーズを、アズリカが無理やり引っ張っていく。


「相手の気持ちを勝手に想像して自己解決し落胆するのは、お前ら夫婦の欠点だな。共に解決していくといいさ」


 最初こそ怒っていたが今では穏やかに笑うルシャはとても頼もしかった。

 五人が向かったのは王城だ。


 厳重な警備は元々王族のルシャの顔パスで通過した。ラーズがいたこともあり、随分呆気なく城内に入る。

 クリーム色の石を重ねて作られた城は、装飾こそ凝っていないものの、それが気にならないほど広々としていた。


 どんな方法で作ったのかとアズリカが聞けば、ずっと昔に人力で積み上げて建造したとルシャが答える。途方もない時間と労力の結晶とも言える城に、城で育ったラピスも感嘆の声を上げた。


 城を歩く一行に王の側近と見られる男性が声をかけた。


「いくらルシャ様とラーズ様でも、事前の申し出なしにアルロ様にお会いすることは認められません」


「構わぬ。下がれ」


 恐らく王の伝言である言葉を告げた男性の背後から、明朗でいて威厳のある少女の声が響いた。

 多くの護衛に囲まれ、その真ん中で圧倒的な存在感を放つ少女がいた。アネロによく似た快活そうな顔は、不機嫌さを隠すことなく出している。


 橙色の髪を一つに纏めた少女、アルロはラーズを険しい視線で睨みつけた。


「先程、可愛い可愛い妹が泣きついてきたぞ」


 正確には泣いていないが、話を少し脚色してアルロは鼻を鳴らした。


「離婚して欲しいと懇願してきた。お前、我が妹に何をした?返答によっては、天狐だろうがここで叩きのめす」


 天狐は狐の中でも最高位に限りなく近い種類だと、前に都市の街で聞いたことがある。


 九尾の狐は、ただの狐が成長するにつれて力を強めることで、その受け皿として尾を増やす際の終着点だ。最初は尾が一つでどこまで増えるかは、生まれつきの才能と、努力量で決まっていく。要は九尾の狐は、ただの狐の中で最高クラスの実力者だ。


 狐、九尾、と来て次に高位なのは仙狐。

 仙狐は、普通の狐の夫婦から稀に生まれる異端児だ。決まって力が強いという訳ではないが、どれか一方面に対して圧倒的な才能を発揮する。戦う才能や戦略を練る才能。天気を見極める才能、服を縫う才能……様々だ。


 そして次が天狐だ。

 天狐は最高位である神狐の元となる存在だ。神狐から生まれ、才ある者は神狐に至り、才無き者は一生天狐のまま過ごす。

『イーライ』は身分に関係なく、神狐が王座につくのだという。つまり天狐は次の王の候補者でもある。


 では天狐であるラーズがなぜ数年間、死地とも言えるシルビアへ潜入し、アネロを護衛することを命じられていたのか。リーシェの持ちうる情報では、ピンとくる予想が出てこない。


 思案に耽るリーシェを置いていくように、状況は動いていく。


「アネロが……本当にそう言ったのか?」


「本当だとも。……だけど本心だとは思ってない」


 呆れ混じりにアルロは首を振った。あの様子だと、彼女も拗らせている夫婦関係に肝を冷やしてきたのだろう。

 怒っているには怒っている。しかしその怒りは、アネロを傷つけた、というよりはっきりしないラーズに焦れているようにも見えた。


「一度、二人でじっくり話し合うといい。本音でな。お客人たち、あなた方はこちらでもてなそう」


 目配せされた護衛の一人がラーズを引っ張ってどこかへ連れていった。

 一転して朗らかに笑ったアルロは、自室へとリーシェたちを招待する。すでに用意されていたお茶の席には微かにアネロの気配が残っていた。


「菓子は好き?ここは退屈でねぇ。話し相手になってくれるかい?」


「アルロ。お喋りも魅力的だが、現実的な話をしないか?」


 年相応の少女のように微笑むアルロにルシャは言った。現実的な話、とは眷属たちへの対応についてだろう。

 とりあえず席に座りありがたくケーキを口に含む。『イーライ』ではお茶をしてばかりの気がした。


「……セブンスロード。厄介な者たちよな」


「奴らを討伐する。アルロ、力を貸してくれないか?」


「是、と答えたいとこだけど、この力は神討伐まで十分に溜めておくようにとレウスに言われてるんだ。直接手助けすることは難しいね」


「アネロが狙われているのにか?」


「無粋な輩たちだ。私の可愛い妹に危害を加えるなんて……。手を貸したいのは山々なんだぜ?だが流石にレウスの言葉には逆らえない」


 頑なに首を振るアルロは、ティーカップに小さな唇をつける。

 アネロが狙われているそもそもの原因は、アルロの異常な執着だということに気づいていないのだろうか。


 そう考えると今回の件の責任は、ラーズとアネロが三ずつ、アルロに四割あるような気がしてきた。


 ケーキを切っていた手を止めてリーシェは、真正面からアルロを見つめる。


「いい加減にしてくれませんか?」


 そして静かな怒りをぶつけた。



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