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レヴィアタン

 ラーズを探すために離れたアズリカだったが、周囲を見渡す素振りもなく、ぼんやりと空を見上げて歩いていた。


 落ちてくる雨が顔を濡らすが、構わず見えない上空を見つめる。

 思い出しているのは、先程の赤髪の少女の様子だ。


 リーシェと出会ってから一年が経った。最初は敵対関係にあった自分たちが、今ではこうして足並み揃えて旅をしている。リーシェにとっても、アズリカにとっても、互いにかけがえのない存在だと、青年は胸を張って言える。


「だが……」


 視線を落として嘆息した。溜息にも似た息を吐き、胸中で憂うことを言葉にする。

 壁を感じる、と。


 至っていつもと変わらない様子のリーシェだったが、薄い壁を隔てているように感じたのだ。隠し事をしているというより、見て欲しくないものがあるような印象だった。


 リーシェはキージスに対して、非常に強い憎しみを抱いていた。温厚で慈悲深い少女だが、あの眷属を前にすればその全てを捨てて、斬りかかっていく。


 一度目の邂逅はラピスと調査隊メンバーがいた。

 二度目の招待はラピスとアズリカ、リンとジュアンがいた。

 そして今回の三度目の敵対は少女一人だった。


 初めて、リーシェは誰も周囲にいない状況でキージスに会い、仕留める絶好の機会を得たのだ。

 それを踏まえてアズリカは確信した。


 あの洞窟の中で、リーシェは憎しみに身を任せたのだろうと。どんな方法でキージスを殺したのか。それはきっと、言いたくないほど残酷な方法だった。信じたくないほど凄惨な方法だった。


 壁を感じたのはそれを知られたくなかったからだ。


 正義を説いて手を差し伸べ、平穏を享受しようと言葉を投げた少女自身が行った所業を、ラピスとアズリカに知ってほしくなかった。


 そこまで考えたところで、アズリカの耳が戦いの音を拾った。

 金属音が度々響く方角へ向かうと、すっかり見慣れた青年が何者かと戦っていた。


「ラーズ!!」


「あぁ!?アズリカ!?なんでここに……いや、今はそれより手を貸せ!」


 気を失うアネロを背に庇ったラーズが、見慣れない武器を使う少女と交戦している。少女が何者か分からないまま参戦しようとすると、突如として攻撃が止まった。


「あら。邪魔が入りましたか……」


 ライヴィスの金髪より少し濃い、蜂蜜色の髪をした少女は、武器を腰のホルダーに収めると傘を差す。どれくらい戦っていたのか、二人は既にびしょ濡れで傘を差す意味はないように思えた。


「ラーズ、知り合いか?」


「んなわけねぇだろ!」


「あなたは……アズリカでお間違いなかったでしょうか?」


 名も知らぬ少女から呼ばれた名前に、アズリカは目を見開いた。それを肯定と受け取ったらしく、彼女は口元を綺麗な指先で隠して笑った。


「フフフ。私はレヴィ。あなた方の後ろの方に用がありますの。どいてくださいます?」


 それを聞いてアズリカは気づいた。ついさっきまで、アネロを狙う輩がいると話していたばかりだ。その刺客が武器を持っている以外は人畜無害に見える少女なのだろう。


「……お前は眷属の一人か?」


「あら。バレておりますの?残念、タイミングを見て驚かせようと思っておりましたのに」


 少しも残念そうな素振りを見せずレヴィは微笑んだ。仕切り直すように傘をクルリと回し、優雅に礼をする。


「私の正式な名はレヴィアタン。七つの大罪の一つ、嫉妬を司る眷属ですわ。以後、お見知りおきください」


 白いドレスの裾をつまんで、まるで春の陽気のように笑うレヴィ改めレヴィアタン。その雰囲気はどこかリーシェに似ていた。丁寧な口調の下に、何かを隠しているような部分が特に既視感を抱かせる。


 レヴィアタンはアズリカに向けて、ホルダーから抜いた武器を向けた。

 直角に近い形の形状は少女が使うにしては無骨な印象を受ける。


 あの武器はどんな性能を秘めているのか、考えようとした青年にラーズが警告する。


「気をつけろアズリカ!目で追えない速さで火球が飛んでくる!」


 切羽詰まった声と同時にレヴィアタンの武器が火を吹いた。何かを叩いたような大きな音が響いて、アズリカの視界を炎が覆う。


 一瞬のことで何もできなかった青年は、襲い来るであろう衝撃と痛みを待った。しかし、何秒経っても炎が爆ぜる様子はない。


 レヴィアタンも赤い瞳を僅かに見開いているのが、散っていく火球から垣間見えた。


 驚きから静寂に包まれた戦場に、ゆっくりと歩み現れる人影があった。

 背中まで伸びた深紅の髪。敵を隙なく睨む翠眼。クリアブルーの右腕は、いつか見た魔杖を構えている。


「不思議な武器ですね。引き金を引けば、発射口から火球が射出されるのですね」


 半神の視覚で何が起きたのか把握したリーシェは、ゆったりとした口調で言った。

 余裕そうな微笑みを絶やさなかったレヴィアタンの表情が、ここで初めて忌々しげに歪められる。


「リーシェ。ここでお会いする気はありませんでしたのに……。それにあの役立たずは結局滅ぼされたようですね」


 深紅の視線がリーシェの斜め後ろに立つ青年に向けられる。

 癖のある青髪の下にある、藤色の瞳は彼が眷属ではないことを語っていた。


「綺麗な顔が醜く歪んでいるぞ、レヴィアタン。そんなんだから、アスモデウスに置いていかれるのだ」


「お黙りなさい。キージスの中から傍観していた分際で、分かったような口を聞かないでくださいます」


 何かを知っているらしいルシャが少女を挑発する。

 リーシェの『斬守』の防御壁に守られたことで、無傷で済んでいるアズリカの隣にラピスが進み出た。


 いくつもの掠り傷を負っているラーズを治療すると、リーシェは魔杖の切っ先をレヴィアタンへ差し向けた。


「良いところに現れてくれました。丁度、眷属を全て無害化させようと考えていたところです。レヴィアタン、ここで討伐されるか、私たちを拠点に案内するか選んでください」


「随分と上から物を言うようになりましたね。あなたは本当に自分勝手ですわ。スティのことだって、勝手に自己中心的な大義名分を掲げて首を斬ったんですものね」


 リーシェを虐げながら守ってもいたスティの事を言われて、赤髪の少女の目元がピクリと震える。


 蜂蜜色の髪を風に揺らし、しばらくリーシェを睨んでいたレヴィアタンは不意にため息を吐いた。


「ついてきたければ勝手に来ると良いですわ。これ以上ここにいては泥で汚れますもの」


 踵を返し歩き始めるレヴィアタン。砂金の川が流れる背中は少しずつ霧の向こうへ消えていく。


「追わないのか?」


「もちろん追います。ですがその前に、アネロを安全な場所へ避難させましょう」


 ラピスの問いにリーシェが答える。その翠の瞳は真っ直ぐ少女が向かった方角へ向けられていた。

 その方角を見てラーズがハッとなる。


「あっちは……『イーライ』の方向だ」



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