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邪鬼の悲劇

 リーシェの父ガルタは放浪者だった。同じ場所に一月とおらず、各地を転々と渡り歩いていた。終わりの見えない旅の目的を、ガルタはルシャにこう言った。


「俺の足が止まった場所が俺の居場所だ」


 聞いた時、ルシャは戸惑った。まだ十代半ばの臀の青い子供が何を言っているのだろうと。聞けばガルタは孤児らしい。気づけば一人で旅をしていたのだという。

 何とも奇妙な身の上の少年だった。ルシャの兄であるナシャはガルタを気に入り、メヴィディアの居城に住まわせることにした。


 ガルタは真っ直ぐな性格で正義感も強く、物事を俯瞰して見る癖がある子供だった。一度決めたら簡単には諦めない頑固な一面もあった。

 王であるナシャにも恐れることなく意見を言い、ルシャとの遊びにも一切手を抜かなかった。

 何事にも真剣で、何事にも優れている。それがガルタだった。


 いつの間にかガルタは城に一年以上も留まっていた。後に聞いた話だが、出ていこうとしたのをナシャが引き止めていたらしい。

 ナシャはいつかガルタに問うた。


「お前の足、止まったな」


 と。ガルタは苦笑しつつ憮然とした表情で反論した。


「あなたが無理やり止めたんだ」


 ルシャはいつも楽しそうに言葉の応酬をし合う二人を、後ろから微笑ましく見守っていた。

 四十も近い王が二十にも満たない少年と、毎日泥だらけになって遊んでいた。政務をしろとルシャが怒れば、二人して肩を落としてしょぼくれていたのを鮮明に覚えている。

 悪戯好きの一面もあったガルタは、気まぐれにルシャをからかって楽しむこともあった。


 ナシャには妻子がいた。ガルタは妻子とも仲が良く、特に同じ年頃の息子と意気投合していた。ナシャの妻であるイティアは、身の上の分からない少年を我が子のように可愛がっていた。

『邪鬼』という獣種なれど、王族一家は例外なく穏やかで優しかった。それはナシャの人柄に総じて影響された結果だった。


 ガルタが住むようになって三年が経った。

 ナシャの息子、ケイルは結婚しその妻であるレイティアは子を二人出産した。息子をライヴィス、娘をメイティアと名付けたのはルシャだ。

 美しい金髪の男子と銀髪の女子は、喧嘩しながらもスクスクと育った。

 子らが七つと六つになる頃、ナシャの様子がおかしくなった。


 時節苦しむような素振りを見せ、一人で家族団欒から退出することが増えた。

 異変に最初に気づいたのはガルタだった。二十五歳になった青年は、ナシャが一人になった所を狙って単独で彼に接触した。

 ルシャは影から二人の会話を盗み聞いていた。


「ガルタか……」


「ナシャ、最近様子が変だぞ。何かあったのか?」


「……何も。国は安泰そのものだろう?」


「国はな。あなたはどうなんだ?その心中は吹き荒れてるんじゃないのか」


「そんなわけないだろう。こんなに平和な時を謳歌しているのに、何を憂うことがある」


「嘘をつくなよ」


「お前に何が分かる……!?」


 ルシャは愕然と目を見開いた。ナシャが声を張り上げ荒らげることなど、一度だってなかったのだ。

 ガルタも同様で、次に発せられた声には戸惑いが隠せていなかった。


「わ、分からないさ。だから教えて欲しいんじゃないか!」


 しばしの沈黙。やがてナシャの嘆息が王城の人気がない一角の空気を揺らした。


「俺だって分からないさ……。だが最近、妙な感覚が俺の心を支配しようとするんだ。抗うと心臓が酷く痛む」


「最近、よく苦しそうに姿を消していたのは……」


「痛がる姿を息子家族に見せたくないのもあるが、支配に抗いきれなかった時のことを考えると恐ろしくなってな」


「妙な感覚に身に覚えは?」


「あるわけないだろう」


 二人の話はそこで終わった。それぞれの部屋に戻ったのを見送って、ルシャは一人考え込む。だが当然何も思い浮かばず、その日は眠れない夜を過ごした。


 翌朝、城の廊下でガルタに会った。

 夜通し考え込んでいたルシャの目の下の隈に、青年は悪戯っぽく笑う。


「夜更かしか?もう五十なるんだから、自愛した方がいいぞ」


「余計なお世話だ」


「お、今日は不機嫌だな?そんな時はライヴィスたちと遊ぶのが一番だ」


「生憎、遊んでばかりもいられない身分なんだ」


「仕事もいいけど息抜きも忘れないようにな」


 ガルタらしく、言葉の端々に気遣う音を含ませられた響きにルシャは素直に頷いてその場を後にした。……平穏な日常はその日が最後だった。


 翌日、ルシャは強烈な胸騒ぎに目が覚めた。

 城はいつも通り穏やかだが、底知れない不安にナシャがいる『執政の間』へ急いだ。

 そして胸騒ぎの正体を知る。


 広い室内にはいつもいる側近や従者の代わりに、抜き身の刀を構えるガルタがいた。その前方には明らかに様子が違うナシャがいる。


「ナ……シャ?」


「ルシャ下がれ!あれはもうナシャじゃない!」


 武勇に秀でたガルタへナシャが贈った、紋様が美しい刀は少なくない血に濡れている。その血が大切な兄の血だと、ルシャはすぐに気づいた。


「何やってるんだガルタ!なんでナシャを斬ってるんだ!?」


 我を忘れてガルタに掴みかかった。それより一瞬早く、ナシャがガルタに襲いかかった。

 聞こえたのは小さな舌打ち。鳩尾に落とされた衝撃に、ルシャは膝をつく。揺らぐ視界の先で、ナシャが一刀両断されるのを見た。

 悲しみが胸いっぱいに広がり、怒りが遠のく意識を寸前で繋ぎ止める。


 ナシャの返り血を大量に浴びたガルタが、唇を固く噛み締めていた。

 胸に大きな裂傷を負ったナシャは虫の息だった。それでも、その瞳はいつもの見慣れた穏やかな色を宿していた。


「ゴフッ……!ガルタ、ありがとうな……助かった」


 血塗れの手で雫が伝うガルタの頬を拭ったナシャが、膝をついてルシャを見つめる。


「なぁ兄弟。お前は俺みたいにはなるなよ」


 最後の息をルシャに託すように、最期の言葉は一息で言われた。事切れたナシャが全ての力を失いルシャに覆い被さる。冷たい重さにルシャは大きな喪失感を感じ、怒りを忘れた。ルシャの意識はそこで途切れたのだ。


 ☆*☆*☆*


「なぜガルタがナシャを殺したのか、あの時の俺は分からなかった」


 当時を思い出すように細められた目が、数秒固く閉じられる。再び開かれた薄紫の瞳は僅かに透明の膜を張っていた。


「俺が目を覚ました後、ガルタは投獄されていた。死では生温いと判断された結果、『呪い』が施された。ナシャの兄弟である俺がその任を任された。そして裏切り者として、お前の父親は東の大陸を追われた」


 石を弄びながらルシャは続ける。


「俺はガルタがなぜあんな行動をしたのか調べた。何の手掛かりもない状況で、俺は大陸中を行き来した。そして得られた答えが眷属の介入だ」


「……!つまりナシャ……さんは眷属の人格に支配されたから、お父さんが斬ったということですか?」


「恐らくな。眷属はそれぞれ七つの欲や感情に呼応して、憑依する者を決める。ナシャが一体どんな感情をどれほど抱いていたのかは知る由もないがな」


「七つの、欲や感情?」


「一部例外はいる。キージスとフェンリルは七つのどれにも当てはまらないが」


 傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、貪食、強欲、色欲の七つを挙げたルシャは、数回の瞬きの後リーシェを見た。


「ガルタの娘。お前に頼みがある。この七人の眷属を討ってくれないか?」


 痛むのか胸を抑えながら厳しい表情で彼は言った。


「敵の居場所はもう知れている。神を討伐するのに、眷属は消しておかないと厄介だぞ」


「分かりました。悲劇の元凶、私が必ず断ちます」


「あぁ。それともう一つ。……キージスの人格を殺してくれ」


「願ったり叶ったりですが役者は交代したんでしょう?可能なんですか?」


「いい加減、俺の表情筋が心配になってきたのでな。眷属の人格とは利害の一致で協力していたが、コイツ、俺を完全に乗っ取って力を手に入れようとしている。お前はただ、キージスが表に出ている時に俺の体を木っ端微塵にしてくれればいい」


 さっきから早口だったのは、内側でキージスと争っていたかららしい。ルシャからさらに詳しい顛末を聞き出すには、まずはキージスの人格を破壊する必要があるようだ。


 頷いたリーシェを見て、ルシャは小さく微笑んだ。そして長椅子の上でぐったりと横たわる。

 次に開いた瞳は昏い赤色に渦巻いていた。

次話でようやくキージスさんとおさらばです。大変お待たせしました。

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