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竜の太陽と地下の偶像

 アネロが何も無い壁に合言葉を言うと、地下へと続く階段が現れた。何の力が働いたのか壁が勝手に横にズレたのだ。


 少女が言うには合言葉はただのフェイクで、実は『狐』ならではの力で動かしているらしい。

 厳重に隠された地下への階段を、口数少なく進んでいく。地上以上の賑わいが見えるのにそう時間はかからなかった。


 不思議な石『蒼穹石』で生活を照らしていたシルビアとは、大きく異なる地下都市がそこにはあった。


 巨大な太陽があった。

 都市のほぼ中央、その天井に煌々と輝く何かがあった。


「アネロ、あれは?」


 意識を釘付けにされたラピスが、オレンジ色の髪の少女に急くように問う。アネロはもったいぶることなく答えた。


「あれは『竜陽(りゅうひ)』だ。伝承の竜が地下に埋めたって言われてるけど、詳しいことは誰も知らないんだ。『狐』がここで生活を築く前から、あの石はあるらしいぜ」


「伝承の竜は本当に強大なんですね……」


 想像を飛び越えてきた竜の力にリーシェは瞠目する。『竜陽』のおかげで、地下国家は西の大陸などと全く変わらない温かさや明るさを保っているのだ。まるで、日光溢れる世界をギュッと詰め込んだかのようだった。


 雨もなければ霧もない。もしかしたら獣人の条件が達成できるのでは、と考えた。

 しかし、リーシェの考えを呼んだかのようにアネロが首を振る。


「あの仮初の太陽に夕暮れはないんだ。雨霧がなくても逢魔ヶ刻にならなきゃ条件達成にはならないよ」


「ここは常に昼、ということですか?」


「そうさ。朝も夜もない。時間の感覚が狂っちゃうよ。だからみんな、気ままに生活してる。この地下都市が眠ることはないんだ」


 不意に隣でラピスが「不夜城か」と呟いたが、それを聞く気にはならなかった。

 随分久しぶりに見た明るい道を、迷いなく進むアネロについていく。しばらく歩いていると、ある一軒家の前でアネロは立ち止まった。


 なんてことの無い普通の一軒家だ。セルタにあるリーシェの借り家より、少し小さいくらいか。

 東の大陸で多く見かける石造りの家を、少女は楽しそうに紹介した。


「ここがボクの家さ」


 まるで友達を初めて家に招いたかのような雰囲気だ。ワクワクと自分の家の前で肩を揺らすアネロに、リーシェは優しく微笑んだ。


「立派な家ですね。お邪魔しても?」


「もちろんだよ!ずっと雨に当たって疲れただろう」


 リーシェの腕を引いていそいそと入っていくアネロ。それにラピスも続く。

 何かに追われていたようだったから、てっきり警備が厳重な場所に住んでいるのかと思っていた。


 案内された家はごく普通だった。玄関があり地続きにリビングやキッチンがある。靴を脱ぐ必要はないようで、床には二種類の足跡があった。具体的には、アネロの小さな足跡と、男性の大きな足跡だ。

 棚の上には揃いのマグカップがあり、誰かと同居しているようだ。


「男性の方と住んでいるのですか?」


 何となく聞いてみると、視線を向けた先でアネロが頬を僅かに赤くさせている。「おや?」とリーシェはこっそり笑った。


「あっ……あぁ!住んでるさ!だ、旦那さんとね!」


「……だんなさん?」


 てっきり彼氏かと思ったリーシェの予想を、一歩も二歩も飛び越えた回答に赤髪を揺らす。地下アイドルの言葉の意味を知っているラピスも、顎が落ちそうなほど唖然としている。


「旦那さんって言っても、親が決めた相手だから恋愛とかじゃないんだ。お互いの利益のために暮らしてるようなもんなんだ」


 しゅんと肩を落として説明するアネロ。先程の反応と言い今の反応と言い……。ひょっとしたら彼女は、家同士が決めた相手のことが大好きなのではないだろうか。

 当然、それを軽々しく聞くほどリーシェはデリカシーのない人ではない。

 アネロと男性の関係は別の機会に聞くことにした。


「さて……。アネロ、地下アイドルというのは何ですか?」


 実は非常に気になっていた。ラピスに聞いても教えてくれないので、ご本人に直接質問する。

 アネロは卓上のお菓子をつまみながら答える。


「地下アイドルという言い方は正しくない。いや、間違いではないんだぜ?」


 快活な少女にしては歯切れの悪い物言いに、リーシェは眉を寄せた。


「『イーライ』で大切に扱われるうちになぜか偶像になっちゃってね。危険に晒さないように地下に閉じ込められてたから、皮肉も込めて『地下アイドル』と言っていたんだ……」


「『イーライ』で大切……?もしかして……」


 ラーズの言葉を思い出したリーシェが、小さく呟いた。

 隣でラピスが目を見開きながら問い質す。


「歌は歌わないのか?踊りは?」


「歌も踊りも苦手だぞ?」


 一体少年は何を聞いているのだ。ラピスは何か勘違いをしていたらしい。見た感じ、ラピスが知っている地下アイドルと違ったのだろう。

 なぜか残念そうにするラピスを蚊帳の外に出し、リーシェは慎重に、しかし単刀直入に聞いた。


「アネロはもしかして『九尾』なのでは?」


 紅桃色の瞳が大きくなり可憐な唇が正否を紡ぐ……のを妨害するように、家の扉が勢いよく開けられた。


「ただいまぁ。アネロ〜ちょっと頼みが……あ、って」


「ブッ!?おいラーズ、いきなり止まるな!」


 十分過ぎるほどに聞き慣れた声。そしてどこか懐かしい青年の声。


「アズリカ!」


 ラーズの背中に隠れるように立っているアズリカを、リーシェは覗き込む。硬直しているラーズを端へ押して、心配していた青年の姿を視界に入れた。


 そして、言葉を失う。


 腫れ上がった顔。青くなった目元。切れた唇。痣のある手足。

 ズタボロにされたアズリカが、青ざめた顔でリーシェを見ていた。


「あ、リーシェ!これは……ラーズにやってもらったっていうか、殴ってもらったっていうか……」


「アズリカぁ!フォローになってない〜!」


「え?……あっ!」


「ラーズ?あなた、何考えてるんです?」


「リーシェ違うんだ!これは俺の勲章なんだ!必要なことで俺がやってくれと頼んだんだ!」


 危うく『神威』を全開で放ちそうになったリーシェを、間一髪でアズリカが止める。都市の中で覇気を暴走させるなど狂気の沙汰でしかない。


「理由を教えてください」


 深呼吸で理性を取り戻したリーシェが、それでもこめかみに青筋を立てて問う。友や仲間を傷つけられることを少女は何よりも嫌うのだから、仕方の無いことだろう。


「新しい戦い方を手に入れたかった。ラーズはその練習に付き合ってくれたんだ」


「ここまでボロボロになることは避けられなかったのですか?」


「あぁ。俺はボロボロになる前に力を習得できるほど優秀じゃないからな。この傷は俺がつけたようなものだ。だからラーズを責めないでくれ」


 懇願されリーシェは溜息を吐く。そう言われてしまえば強く言えない。アズリカが頼んだことを否定するなど、リーシェはやりたくない。


 観念したように笑うと、ラーズとアズリカは固かった表情を和らげた。よく見ればラーズにもいくつかの切り傷がある。猫がじゃれ合った程度に考えておこう。


 二人の傷を『結刻』で癒すと、家の奥から人数分の茶を用意したアネロが出てきた。


「話は終わったかい?ラーズ、おかえり」


「うん、死ぬかと思ったぁ……」


「ビショビショだね。ほら、タオルがあるから拭くんだ。そこの草みたいな子も」


「草って言わないでくれ。結構気にしてるんだ。タオル、ありがとう」


 リーシェは、肌触りの良さそうなタオルで水気を拭くラーズをぼんやりと見る。見ながらも頭はしっかり働いていた。


 アネロとラーズの会話。そして一致する足跡。


「えっと、もしかしてアネロの旦那さんって……」


「察しの通り、ラーズだよ」


 地下を照らす『竜陽』を見た時と、同じくらいの驚きにリーシェは言葉を失う。ラピスは飲んでいた茶をアズリカに向かって噴き出す。せっかく水気を拭いたアズリカは、今度は茶で汚れながらも何も出来ず目を見開いていた。



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