剣製魔法
リーシェたちはオレンジ色の髪の少女と再びカフェに来ていた。
短時間でまた来たリーシェとラピスに、店員は不思議そうな顔をしていた。リーシェも不思議に思っているのだから無理もないだろう。
まさか一日に二回、同じカフェに来るとは思わなかった。
今度は隣合って座ったラピスと顔を見合わせながら、ココアを美味しそうに楽しむ少女を見つめる。
「匿ってくれたことに礼を言うよ。ありがとう」
匿ってあげたつもりはない。どちらかというとリーシェが連行されてきた。しかし指摘すれば話がややこしくなるので、リーシェは顔に笑みを貼り付ける。
「気にしないでください。あなたのお名前は?」
「ボクはアネロ。この国で地下アイドルをしている」
「地下アイドル?」
聞き慣れない言葉にリーシェが首を傾げる。ラピスは聞き覚えがあるようで唖然としていた。口からコーヒーが溢れているが、この場合は放っておこう。
「先程追われてたのも、ボクが大人気の地下アイドルだからだ」
「大人気……」
自分で言うのだ。かなり自信があるのだろう。
「地下アイドルとは?」
「ん〜、言ってもいいのかな……」
リーシェの問いかけにアネロは難しそうな顔をして目線を上へ向けた。
そして何を思ったのか、ココアをかき混ぜるスプーンをリーシェに向けてくる。
「君たちの名前を教えてくれ」
「私はリーシェです。隣でコーヒーを零している人はラピス。西の大陸からやって来ました」
「獣人の気配じゃないのはそれが理由か。どこかで聞いた名前だ」
アネロの後半の言葉にリーシェが警戒を強める。リーシェたちの名前を聞いた"どこか"が、敵対する場所かもしれないからだ。
口の端を布巾で拭き取った少年も、眉に翳りを見せる。
緊張する二人の視線の先で、アネロが軽快に手を打った。
「思い出したぞ!君たち、伝説の存在だな!?レウスから聞いているよ」
なかなか出なかったくしゃみが出た時のようなスッキリした顔で、アネロが紅桃色の目を輝かせた。情報源として挙げられた名前は、敵味方の判別が難しいものだった。グレーとしておこう。
「それなら案内するのも許されてる。君たち、ついてきて欲しい。地下に案内するよ」
「地下アイドルをしている地下に、ですか?」
「簡単に言うと、『イーライ』の地上の街は襲撃時のフェイク……云わば隠れ蓑でしかない。国の重要な機関や施設、真なる賑わいは地下にあるんだぜ」
「それは初めて聞きました」
ラーズから聞いたのは、『イーライ』が重要視される理由と獣人族の能力についての補足事項。地下国家の話は微塵も触れていなかった。
だが考えてみればそれは当然だろう。何からの襲撃かは分からないが、わざわざ地下に作った本国の存在を軽々しくバラすはずがない。
既に空になっていたココアのカップを卓上に置いて、アネロは落ち着きなく個室を飛び出した。ラピスの熱々のコーヒーを『氷刻』の水筒に入れてあげる。アイスコーヒーになるだろうが、この際我慢してもらおう。
冷えきった筒を渡されたラピスを伴い、リーシェは先を走るアネロを追う。
彼女は誰かに追われているのではなかったか、とリーシェが思い至る。同時にアネロの不機嫌な声が聞こえた。
「君たち!何だいきなり!?」
目の前で、やけに高い服を来た女性たちにアネロが囲まれている。小柄なアネロはまるで虐められているようだった。
「リーシェ!助けるんだ!」
人垣の隙間から少女が白い腕を伸ばすが、派手な女性たちによって消えていった。
女性たちが何者かは知らないが、アネロがいないと地下に行けない。だが手荒な真似をしてもいいものか。
都や住民を巻き込むことを考えて手が出せないリーシェの後ろから、少年の声が響き渡った。
「ヒューマンエンチャント"スリープ"!」
次の瞬間、アネロを取り囲んでいた女性たちが地面に力なく倒れた。確認すると穏やかな寝息を立てて寝ている。
「おぉ!助かったぜ!」
雨の中冷たい地面で眠れば風邪を引いてしまう。見物していた人たちに保護を頼んで、リーシェたちは地下へ向かった。
☆*☆*☆*
同時刻。
雨の平野で青年は笑顔を浮かべていた。純粋な喜びから来る笑みは、キラキラと子供のように輝いている。
「出た……!」
「うん、出たねぇ」
「見たかラーズ!出た!出たんだ!」
「分かったから肩ブンブンしないで。頭の血がシェイクされるからぁ」
「あ、すまない」
力強く掴んで振り回していたラーズに短く謝る。しかし心は弾んでいた。
出た、とはアズリカの魔法についてだ。
強くなりたいと言ったアズリカにラーズはこう言った。
「アズリカのやりたい戦闘スタイルに鎖は合わない」と。
緑髪の青年はリーシェよりも前に出て戦うことを望んでいた。そうすれば赤髪の少女に降りかかる危険も少なくなる。だが、青年の魔法はどちらかというと中距離から遠距離向けだった。
鎖を拳に装備して殴り掛かることも出来るが、アズリカの肉体武闘の才能はあまりなかった。
魔人族の国にいた頃は、魔力やそれに類する力を封じる『拘束魔法』が絶大な効果を持っていた。魔法の力だけで序列に加わっていたようなものなので、体術はからっきしだったのだ。
そこでラーズはこんな提案をした。
「鎖じゃなくて剣や斧とかの武器を射出すればぁ」と。
そんなことが可能なのかとアズリカは悩んだ。『拘束魔法』としてずっと鎖を射出してきた。特に意識せず使ってきたので、射出するものを変化させられるかは初の試みだ。
『拘束魔法』という名前に拘るから、鎖しか出ないのではないか、というのがラーズの仮説だ。アズリカの中で魔法が『拘束』するものとして認識されている間は、縛ることに定評がある鎖が射出され続けるだろう、と。
であれは答えは簡単で、アズリカの魔法に対する認識を変えるだけでいい。『拘束魔法』の最大の効果が、現時点で有効利用されてない以上拘束に拘る必要はない。
言うのは簡単だが当の本人にとっては非常に難しいことだった。
だからこそ、成功した今の喜びようは納得のものだろう。
青年はやってのけたのだ。
魔法の効果を自ら改変する、という異業を。
『拘束魔法』自体の能力はそのままだ。必要であれば、従来の通りの効果を発するだろう。しかしアズリカの意志一つで魔法は『剣製魔法』へと形を変える。
特定の能力は存在しない。言うなれば、百千の武器を一度に射出させることこそが、この魔法の能力だ。
虚空から武器を射出し、武器を自身の手に持ち使うこともできる。近接戦闘の動きは、魔法を習得するまでの間にラーズにしっかり叩き込まれている。
おかげでアズリカの体はボロボロなわけだが、本人は全くそんなこと気にしていなかった。ラーズも引くほど青年は頑丈だった。
「早速リーシェとラピスに見せに行こう!!」
「待って待って!」
都に向かって走り出すアズリカをラーズが慌てて止める。
キョトンとしたアザだらけの顔を振り向かせたアズリカに、ラーズは冷や汗を流して言った。
「その盛大にボコられた顔で会いに行かないでぇ!すぐに治療できる奴知ってるから、治してから行こう!」
自身の腫れ上がった顔を水溜まりで見たアズリカも、納得したように何度も頷く。リーシェならば難なく治せるだろうが、コレはラーズが危ない。ついでにアズリカもとばっちりを食らう気がする。
アズリカはラーズに連れられて、本当の都だという地下に向かった。
ラーズの目的の人物が、赤髪の少女と共にいることなど当然知るはずもなく……。
彼らは自らの足で修羅場へ歩いていた。





