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計画の始動

「貴様らはこの大陸の伝承を知っているか?」


 正体を明かし語り始めたフェンリルに、アズリカは道中メイティアの聞いた話を思い出す。


 強大な力を持った竜が人と結ばれて子を為し、現在の大陸の基盤となる全てを創造した。だが突然子の母が姿を消してしまい竜は暴れた。それ以来、東の大陸は常に雨と霧に包まれるようになった、という内容だったはずだ。


 それがどうしたと視線で問う青年にフェンリルは説明する。


「行方不明になった女がどこに消えたか、それは唯一絶対神の元へと連行されたのだ」


「なっ!」


 驚きにラピスが声を上げる。

 フェンリルは淡々と言葉を続けた。


「暴虐の竜を手懐けその腹に子まで為した。神の興味を唆るには十分だっただろう。女は抵抗が出来ないまま神に連行され、無理やり伴侶に仕立てあげられた。

 胸糞悪い話だが、神にとっては気に入ったものをコレクションしただけの感覚だった。竜とも子とも離され孤独になった女は、神の居城から地上を見る日々を過ごした。そしてある願いを神へと告げる」


 そこで一旦言葉が切られる。喉が渇いたのかフェンリルは焦れったくお茶を飲んでいた。

 誰も知らない伝承のその先の話に、メイティアもライヴィスも興味津々に続きを待っている。


 数秒経ってからようやく話が再開された。


「女は統治者もいない荒れた地上を見てこう願った。"どうか地上を栄えある豊かな場所にして欲しい"とな。東の大陸で竜が創った緑の大地を懐かしんでの願いだった。神は願いを叶える代わりに対価を要求する。心身ともに自分に尽くすことを条件に、神は四種族の始祖へ強い力を与えた。その頃には、竜は身を滅ぼし始祖の権限は子へと継承されていた。

 大陸ごとに問題はあれど、地上は確実に発展して行った。平穏で豊かな地上を見て、女は強い郷愁に駆られた。帰りたい、と思う心は日に強くなる。だが対価として心身を捧げた以上それは許されない。

 女は二つの強い感情の末に自ら命を絶った」


 愛する者と突然切り離されただけでも辛いだろう。その上、自分がいなくなったことで荒れる竜と大陸を見ることは拷問でしかない。

 竜に捧げた心身を神に弄ばれ、最後には自死を選んだ。


 聞いているだけで怒りが込み上げてくる話に、アズリカは固く拳を握り締めた。

 しかしフェンリルの話はまだ続く。


「女の無惨な死体を見た神は深い悲しみを感じた。初めての感情に神は戸惑い、負の感情を煩わしいものとして捨ててしまった。だが腐っても神の一部だったものだ。自ら自我を形成し存在を独立させた。そうして生まれたのが私だ」


 随分と身勝手な神だ。

 アズリカとラピスの中で、決して高くはなかった神の評価が一気に下がる。


「私が神殺しと言われる由縁は、神が捨てた負の感情から生まれたからだ。負の感情は大きくなり過ぎれば主人を死に至らしめるからな。まぁ、抽象的な意味だから神を殺せるかどうかは知らんがな」


 話が終わったとでも言わんばかりにフェンリルが席を立つ。

 その手はいつの間にか獣の形に変貌しており、鋭い爪が空気すら切り裂いてしまいそうだった。


「さて。正体を明かしたのでそろそろ結界を破るとしよう」


 褐色の腕に幾筋も血管が浮き立つ。筋肉が隆起して獣の手から黒いオーラが吹き出た。

 息が苦しくなる程のオーラにアズリカは顔を腕で覆った。


 目を眇めるアズリカの目の前で空間に少しずつ罅が入っていく。

 卵の殻が割れるような音と共に、虚空が顎を開けた。


「む。思ったより強い結界だな……」


 フェンリルの思うように空間が開かないのか、短い舌打ちが聞こえた。

 オーラがさらに強さを増して強風が巻き起こる。


 追加のパンケーキがぐるぐると飛び回る光景は、普段ならメルヘンばはずなのに全然そんなことは無かった。


「やっと開いたか。私が維持している間に貴様らは穴に飛び込め」


「ラピス。行くぞ!」


「あぁ!リーシェを助けに行く!」


「我はここで帰りを待とう。兄のお守もあるのでな」


「そろそろ大臣に怒られそうだから僕も残るね」


 邪鬼二人が留守番の意思を表明した。

 アズリカは短く頷くと思い切って開いた虚空へと飛び込む。


 後に続いたラピスが勢いよく背中にぶつかってきた。


「わぶっ!?おいアズリカ!穴のすぐ側で止まるな!」


「あぁ、悪い」


 ラピスの文句に謝罪しつつアズリカは周囲を見回した。

 と言っても真っ白い空間が広がるばかりで何も無い。


「本当にここにリーシェがいるのか?」


 最後に入ってきたフェンリルに聞くと、獣の腕を人型に戻した青年は肯定した。


「神の眷属が出入りできる異次元はここしかない。間違いないだろう」


「本当のようだな。リーシェの反応がはっきりしている」


 会議室にいる間はノイズが走って補足できなかった座標がはっきりしたらしい。そこそこ距離はあるようだが、四の五の言っていられない。


 いつでも魔法を展開できるように警戒しつつ、アズリカたちは道の空間を歩き始めた。


 ☆*☆*☆*


 昼も夜もないこの空間には時間経過による生命活動が必要ないらしい。

 腹も減らず老いは止まるが不思議なことに喉が渇く。ただトイレの必要は全くなかった。


 リーシェは椅子に座ってお茶を飲むだけの時間を過ごしていた。

 当然ボーッとしているわけではない。


 キージスの動きに油断なく目を配り、隙あらば殺す算段をつけているのだ。


 右手の中指に嵌められた指輪は、気持ち悪いことにリーシェの指にピッタリだった。

 聞いたところ「目測です」と言っていたが正直気持ち悪かった。


 無限に紅茶が湧き続けるポットを傾けてカップを満たす。


 リーシェの感情に反応して中身が変わるらしく、ジャスミン茶がポットから出てきた。本当に不思議なものだ。


「リーシェさ〜ん」


 胡散臭い笑みを絶やさないキージスがリーシェの前に立つ。

 視線だけで続きを促すと、彼は軽い感じで宝石を差し出してきた。


「神性石。……もう私に返しても良いのですか?」


 白手袋の手のひらに乗った懐かしい宝石を凝視する。記憶にあるのと変わらない煌めきを石は放っていた。


 キージスと取引をしてからそう時間が経っているようには思えないが、男の中で返しも良しという選択がされたらしい。


「言い忘れてましたが、元の世界と時間の流れが遅いのであちらの世界では既に三日経過していますよ」


「そうなのですか。それと何か関係が?」


「いえ、そろそろ頃合かなと思いましてねぇ。とりあえず神性石をお返ししますよ」


 ひょいっと手の上に宝石を乗せられる。

 その瞬間、強烈に嫌な予感がリーシェを襲った。


「ぐっ……!」


 咄嗟に投げ飛ばそうとした宝石は、どんどんリーシェの右手のひらに埋まっていく。


 自分の手がまるで粘土になってしまったかのように、抵抗なく宝石は全て埋まってしまった。

 全身の肌が粟立ち、鈍い痛みが右腕から全身に広がっていく。


 宝石から発せられた何かがリーシェの全身を巡り、精神に直接働きかけてくるのを感じた。


 抵抗しようと敵意を全開にするも、指に嵌めた指輪が光を放ちレジストを無効化していく。


「キージスっ!何を……!?」


 至極楽しそうに笑う男を睨みつける。地面に這いつくばって見上げるリーシェを、キージスは満面の笑顔で見下ろしている。


「その神性石はわたくしが一年間肌身離さず持っていたので、わたくしの神性がたっぷりと含まれているのですよ。宝石は本来の主の元に戻ろうとする性質がございましてねぇ。あなたの体の中の神性は今頃わたくしの神性と器を巡って争っている頃でしょうねぇ」


「……っ!まさかラピスの石にも同じ効果を!?」


「ご安心を。漏れ出る神性は全てあなたの石に集中させてありますから。『知の力』の宝石は何も弄っておりませんよ」


 やり取りをしている間もリーシェの精神は、キージスの神性に侵蝕されていく。

 終わりの見えない痛みと恐怖にリーシェはただ耐えることしか出来なかった。


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