どうしても知りたい
会議の内容でリーシェとラピス両方の体調が悪くなったため、この日はそれっきり解散となった。
ライヴィスが各々に用意した客間でリーシェはぼんやりと窓を見つめていた。
外は相変わらず雨が振り続けていて、霧も相まって外の様子は全く見えない。白く煙る外だがそれでもリーシェは無言で視線を向け続けた。
会議で次々と明かされた真実と深まった謎。脅威が増したキージス。意地悪だったスティ。神の眷属が何を考えているのかリーシェには分からない。ついでに、あの神殺しの狼も、腹の中に何を隠しているのか見当もつかない。
宝石の話で聞けずになってしまったが、ラピスが『亜種属性』を入手しているという話。
少年とリーシェは両想いになって結ばれたはずだ。お互いに隠し事はないと信じている。しかし、次々と浮き彫りになるのはリーシェが知らない少年のことばかり。
不安にさせたくないから黙っていたと、ラピスは弁明していた。
だけど……。
「あぁ……嫌だな。あなたのその言葉さえ、この私では信じることができない……」
ぽつりと漏らした呟きは、雨音が響く室内にそっと消えていく。
リーシェとラピスは決して似たもの同士という訳では無い。確かに、同じ『伝説の存在』として生を受けたが、境遇も考え方も全く異なる。だからこそ相手に惹かれた訳だが……。
考え方の違いは、ダンジョンでの話が良い例だろう。
喋る骸骨に対しての生死の認識。
命に対する価値観の齟齬。
こんなにも違うというのに、よく自分たちは一緒にいられるものだと他人事のように感心する。
だがすぐ後に自嘲気味に笑って首を横に振った。
「ラピスが私の我儘に付き合ってくれているだけですよね……」
少年は優しい。精神が不安定で、行動が自分勝手なリーシェをいつも受け止めて助けてくれる。それが当然だとでも言うように、全てをリーシェに捧げてくれる。いつも自分のことは後回しにして、リーシェを優先してくれる。
それなのに己はどうだろう。
適当な理由をつけて自身を正当化し、正義という鞘に傲慢な本性を隠している。
最近、リーシェは思うのだ。
こんな自分は、あの少年の隣に並ぶには釣り合ってないのではないか、と。
振り回してばかりのリーシェに、ラピスはきっと嫌気が差すのではないかと不安になる。
アズリカだってそうだ。
死にたがっていた青年にリーシェは手を差し伸べて、安住できる場所を提供した。それだけなのに、アズリカはリーシェに付き従う。
時には兄のように。時には従者のように。リーシェを諭し、認めてくれる。
二人の行動は素直に嬉しい。頼もしいし、寂しくない。
そのありがたさを実感する度にリーシェは自分が嫌いになる。
「私はそんなにできた人間じゃない……。二人に全てを捧げてもらえるほど、器の大きな人じゃないんです……」
こんなリーシェをラピスは想ってくれる。アズリカは気遣ってくれる。
その過程でどれほどの重責を追おうと、過程にどれだけの代償が伴おうと。
彼らはリーシェの後ろを穏やかに笑って着いてきてくれる。
だけれどリーシェは、その気持ちを素直に受け取れるほど図太くない。元々、この心は繊細な方だと自負している。
ラピスとアズリカの忠誠にも似た好意を感じる度に、リーシェは自信が持てなくなっていく。
だからだろうか。
謎が深まったスティのことを考えると、いつも以上に自身を責めるような結論に至ってしまうのは。
彼女の最期の言葉はリーシェへの警告だった。『いつか後悔する』と言って灰になった。
十年もの長い間、『技の力』の自我を引き出すためにリーシェを虐げ続けた神の眷属。今のリーシェを作り出した大きな要因でもある。
しかし、彼女がリーシェを拾わなければ今頃死んでいたのも事実。
「スティおばさんは一体……何を考えていたのですか?」
誰も答えるはずのない問いかけは、再び空気に溶けて消える……はずだった。
「わたくしがお答えしましょうか?」
忘れるはずもない軽薄な声が耳元で響いた。背中を粟立たせたリーシェが振り向く。
鼻と鼻の先が付きそうなほど至近距離に、いるはずのない男が立っていた。
「キージス……?」
「おやおや。わたくしを目の敵にしているリーシェさんのわりに、随分と間の抜けた声をしますねぇ。てっきり視界に入った瞬間、首を斬り飛ばされるかと思っていました」
後ろはすぐ分厚い窓があるせいで逃げ場がないリーシェ。そんな少女に男は彼特有の歪んだ笑みを向けた。
横の飛び退いて逃げようとしないようにするためか、リーシェの顔の横に白手袋に包まれた両手が置かれる。
「どうです?一発わたくしの心臓を刺してみますか?」
「……そう言うということは刺しても無駄なのでしょう?」
「仰る通りで。しかし随分とまぁ冷静になりましたねぇ。精神が戻るだけでここまで変わるとは驚きました」
「何の用?仲良くお茶をしに来たわけじゃないのは知っていますよ」
「『邪鬼』から聞いていませんか?わたくしがあなたを狙っていること」
キージスのその言葉にリーシェは内心舌打ちをした。
メイティアと同様『邪鬼』であるライヴィスの居城に身を寄せれば、『邪鬼』がキージスを欺いていることなど一目瞭然だ。
そもそも、キージスは最初から気づいていたのかもしれない。手のひらで踊らされていたのは、リーシェたちの方だったのだ。
「宝石を使って精神を同調させることが狙いですか?」
「驚きました。そこまで把握していたとは……」
「残念ですけど、あなたの醜悪な精神に同調できるほど堕ちてはいませんよ」
「そのようですねぇ」
「とっとと諦めて死んでもらえますか?私、あなたのその顔嫌いなんです」
「毒舌なお方だ。ですがわたくし、以前のあなたより今のあなたの方がよっぽど好ましいですよ」
「どうでも良いです。近いので離れてください」
幸い拘束されていない両手で、距離感の狂っている男の胸を押し返す。
存外筋肉質だった胸に驚きつつもそれをおくびには出さず、リーシェは数センチ以上も高い場所にある顔を睨みつけた。
「わたくしをそんなに邪険にして良いのですかぁ?スティのことが知りたいと仰っていたので、親切心で登場して差しあげたのですが」
気になっていた人物の名を告げられて、リーシェはピタリと動きを止める。
見開いた目でキージスの顔を見上げると、彼はニヤニヤと笑っていた。
リーシェには分かる。これは何か良からぬことを考えている笑みだ。
正直、キージスの言葉に乗るのは気が引けた。何をされるか分かったもんじゃない。
だけどリーシェの好奇心が警戒心を凌駕するのに、そう時間はかからなかった。
「対価は何ですか?」
「そう来なくては。難しいことではありません。一人でわたくしについてきて欲しいのです」
「一人?」
「ラピスさんも若草髪の青年もその他護衛も連れず、何も教えずこのまま共に来てください」
告げられた内容を吟味して脳裏に浮かぶのは、ラピスたちが心配する様子だ。
だけど先程までの思考もあってかリーシェの迷いは一瞬だった。
「分かりました。誰にも何も告げず、あなたについて行きます」
「それでは少し失礼しますね」
キージスの短い謝罪と共にリーシェの目が手で覆われる。
すると強烈な眠気が瞼にのしかかった。抗う間もなく穏やかな眠りについたリーシェを、キージスが歪んだ笑顔で見下ろしたのを知る者は、どこにもいなかった。





