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スティおばさん

 神の眷属。それは紛れもない神の創造物だ。

 ダンジョンで屠ったスティと、今もこの大陸のどこかに潜伏しているキージス。


 スティの目的は、リーシェをダンジョンの管理者としての椅子に据えること。最初は同じ目的だったキージスは、途中から神への反逆へ路線を変えた。


 今はもう存命していないスティはともかく、キージスの手に宝石が渡ってしまうのは不味いのではないだろうか。


 神に創られたということはすなわち、『伝説の力』を奪取しても問題がないということ。

 そして肝心の宝石は二つとリーシェたちの手元にない。


 もしもキージスがラズリに保管されている宝石の在処を知っていたら。

 間違いなく、あの男は翡翠の宝石を手に入れているだろう。奪われたのがラピスの宝石なら、キージスは『知の力』を使えることになる。


 ひょっとしたら、この短期間でキージスの力は手に負えないほど増大しているのかもしれない。


 そう考えるとゾッとして、リーシェは思わず息を鋭く吸い込んだ。


「フェンリル。翡翠の宝石にはどんな力が込められている?源としての役割だけではないんだろう?」


 一周まわって冷静になったラピスが、硬い声で青年に問い質した。数分前に残酷な現実を突きつけられたばかりだと言うのに、その横顔は少しも翳っていない。


「是。力の源としての効果ともう一つ。神性の貯蔵庫としての役割も担っている」


 おかわりのお茶を啜りながらフェンリルが答えた。


「貯蔵庫?」


「神性を一時的にしまっておいたり、必要に応じて取り出したり……簡単に言ってしまえばな」


 神性が強すぎると周囲の生き物にも影響を及ぼすのだとフェンリルは説明した。必要以上の覇気を纏ってしまうため、常人の精神状態を著しく疲労させるらしい。

 宝石は『伝説の存在』の神性を自動的に貯蓄する効果がある。失くした場合、破壊兵器を落としたようなものだと言われた。


 ラピスの宝石も心配だが、もっと不安なのがリーシェの宝石だ。フェンリルは珍しく無表情でそう言うと、残りの菓子に手を伸ばす。


「リーシェ。少なくとも、俺はお前の宝石を見たことがないぞ」


 いつ失くしたか思い出せないリーシェにアズリカが申告する。であれば、魔人族との戦いの前に紛失した可能性が高い。


「リーシェが初めて王都に行く時も見た記憶がないな」


 ラピスも一年前の記憶を辿る。

 となると、タイミングは一つしかなかった。


「セルタでキージスに連れていかれたとき……ですね」


 梟で拉致された時に落としたのか。それとも意識が無い間に奪われたのか。

 きな臭いのは後者だと言う考えに至り、思わず顔を顰めた。


「厄介なことになったな」


 さっきからずっと、立っているフェンリルの下半身を隠し続けているライヴィスが評価した。

 前開きの羽織だと立った時に結局全部見えてしまうのだ。会議中、金髪の青年は実によく頑張っていた。


 だがその役目にも潮時を感じたようで、じっとりした半目でフェンリルを見上げた。


「ところで俺いつまでお前の間接パンツになれば良いの?」


「知らん。貴様が勝手にやっていることだろう」


「そろそろ本当に何か着てくれない?じゃないともうお菓子出さないよ」


「む。それは困る」


 お菓子禁止が絶大な効果を発揮した。ライヴィスの脅しを素直に受け止めたフェンリルが、指をパチンと鳴らし服を纏う。


 どこから用意したのか、シンプルな軍服が彫刻の体を覆い隠す。やっと視界の端から消えた危険に、メイティアが安心したように表情を和らげた。


 しかし重大なことに気づき頭が真っ白になっているリーシェは、それどころではなかった。


 ライヴィスが言った"厄介なこと"が、冗談なく不味いことだったのだ。


 それは『キージスが『技』と『知』両方の宝石を持っている』可能性だ。

 同じ結論に至っているライヴィスが服の皺を直しながら顎を撫でる。


「『伝説の力』の源であり神性の貯蔵庫である宝石が、二つとも個人の手に渡った場合どうなる?」


 ライヴィスの視線に着慣れない服を着て居心地の悪そうなフェンリルが答える。


「入手したものがどちらの力も使えるようになる……と言いたいところだがそんなことはない」


 想定していた最悪の事態が一瞬現実化した。

 タチの悪い冗談を言ったフェンリルの後頭部を、おふざけに耐えられなくなったメイティアが力強く叩く。

 会議室で響くには似合わない小気味よい音がした。


「痛った!?」


「一問一答性ではなく関連付けて全て話さぬか!面倒くさくて仕方ない!」


「おいライヴィス。貴様の妹、なかなか度胸があるな……ついでに腕力も」


「俺の妹だからね。ゴリラなのさ」


 今度は金髪の後頭部が殴られた。鈍い音が威力を物語っている。


「物騒な……。菓子ももうないし全部一気に話してやる。聞き逃すなよ」


 褐色の長い指が一本、天井を指した。


「宝石を手に入れた時、力を使用するには現時点での正当な保有者を、直接殺す。または保有者の精神を自身に同期させなければならない」


 指が二本に増やされた。


「精神を同期させれば、疑似保有者として能力使用のプロテクトを解除される。正当な使用者には劣るが、それでも強力な力を手に入れることができるだろう」


 合間にお茶を啜る音が挟まれた。

 なんのカウントなのか、指は三本に増やされる。


「『知』の父親が石と本人を引き離したのは、『伝説の力』に対しての圧倒的な知識不足だ。保険をかけた程度の行動だな」


 マリウスの行動があったから、ラピスが直接狙われずに済んだのだろう。それだけでも効果は大きい気もする。


「問題は『技』の宝石だ」


「私?」


 三本の指に指されて思わず背筋が伸びた。


「聞けば貴様、眷属に育てられたらしいな」


「は、はい。それが何か?」


 脳裏を過ぎるのは最悪の日々だ。人格を元に戻してからしっかりと思い出すのは、これが初めてだった。意地悪な顔の女性の顔が思い出された。


「不思議だと思わないか?弱った貴様をほとんど支配下に置いていたなら、宝石を手に入れて力を入手する機会などいくらでもあったはずだ」


「!?」


「つまりスティはわざとそれをしなかったってことか?」


 アズリカが信じられないという風に目を見開いた。何か思い当たることでもあったのかラピスが口を開く。


「そういえば、十年間リーシェを監視していて妙なことがあったな」


「監視?おいラピス。お前、リーシェが辛かったのに放置してたのか?」


 非難する眼差しをアズリカが向けた。黒髪の少年は慌てて首を振る。


「細かい状況までは見れないんだよ。現在地と安否が分かるだけだ」


「ラピス、妙なことというのは?」


「リーシェが寝ている間にお前の精神状態が回復することがあった」


「それについては我に心当たりがあるな。其方が寝ている間、外見は中年を過ぎたあたりの女が香を焚いていた」


「追い詰めていたリーシェちゃんの精神を回復させていたとなると、その眷属は何を考えていたんだ?」


 ここに来て謎が深まったスティ。

 最期はリーシェが首を斬ったあの悪魔は、もしかしたらーー。


 一瞬浮かんだ予想に有り得ないと首を振る。

 そんなことあるはずがないのだ。


 スティがリーシェを守っていたなどと、決してあるはずがない。

 そう考えないとリーシェは守護してくれていた者を殺した罪悪感で、気が狂いそうになった。



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