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原点の宝石

 リーシェたちが通されたのは、王城の東側にある会議室だった。

 王であるライヴィスが逃げ出したことで、途中になっていた会議が先程まで行われていた。


 ……が、王の帰りを待っていた大臣らが他でもない王に追い出され、空になった部屋は一瞬の間に休憩室へ変貌した。


 部屋の上座に座るライヴィスの隣で、お茶と菓子を交互に口に運ぶフェンリル。彫刻のような体は際どいところで黒い布に隠されていた。


 なるべく危うい場所が視界に入らないように、リーシェは真剣な目で青年を凝視する。

 リーシェの机の前にも湯気を立てるお茶が用意されていたが、口をつける気分にはならなかった。


「フェンリル」


 美しい所作でカップに口をつけていたメイティアが、何も言い出さないフェンリルの名前を呼ぶ。

 頬袋いっぱいに菓子を詰め込んでいたフェンリルは一瞬でそれらを嚥下した。


「せっかちだな。少し待て」


 最後に口直しとしてお茶を飲み干してからフェンリルはニヤリと笑った。


「まず今はまだ言えないことがある。私の明確な正体だ」


 実はそれを一番知りたかった。

 告げられた言葉にリーシェは落胆する。

 しかし、次に続いた言葉が少女の心を刺激した。


「だが、それ以外の聞かれたことにはなんでも答えよう」


「なんでも?本当ですか?」


「私は嘘を言わないからな。遠慮なく問うと良い」


 フェンリルは間違いなく『伝説の存在』についての謎を全て知っている。城に来る直前もライヴィスが"全て分かる"と言っていた。


 今のところ『伝説の力』の情報としてリーシェやラピスが把握しているのはごく一部のはずだ。なぜなら、聞いたのは先代であるシュウナで、彼女自身仮説や推測の域を出ていなかった。


 精神の在り方が大きく影響を及ぼす『伝説の力』。本来は『技』と『知』に分かれていなかったが、神の弱体化によりイレギュラーが発生した。リーシェとラピスのような状態は前例がなく謎も多い。


 知りたいことはたくさんあるのだ。


 どれから聞けば良いか分からないリーシェに、ラピスが助け舟を出した。


「"神性"が強くなると結果的に何が起こる?」


「簡単な話、半神半人になる。『伝説の存在』はそもそも普通の生物として創られていない。強大な力、豊富な知恵を制御するには常人の体じゃ役不足だ」


「神性が強くなることで半神半人になるなら、まだそれほど強くない今の俺のような状態はなんと呼ばれるんだ?」


「……なんて言うんだろうな。合成獣のようなものか?」


「合成獣……」


 まさかのキメラ。判然としない様子だったフェンリルの口からこぼれた名称に、ラピスは片眉をピクッと上げた。言われて嬉しい言葉ではないだろう。


「『技』の方はあと一押しだ。『知』の方はまだまだ足りない」


「何がですか?」


「半神半人になるラインの話だ」


 複雑な感情がリーシェの心を満たす。倒そうとしている者と半分同じ存在になることに軽い嫌悪感を抱いた。


「『亜種属性』を三つ獲得すると、その身は半神へと昇華される。……だが妙だな」


 黒い前髪の奥で深紅の瞳が妖しく光る。どこか遠くを見ているような視線はラピスへ真っ直ぐ向かっている。


「おい貴様」


「ラピスだ」


「そう貴様だ。貴様、『亜種属性』を二つ持っているのに、なぜそんなに"神性"が弱いんだ」


 初耳の情報にリーシェとアズリカが言葉を失った。ラピスですら目を満月のように見張っている。三人を置いていくようにフェンリルは話を続けた。


「貴様ら……翡翠の宝石はどうした?」


「「……!?」」


 一年前までリーシェが体のどこかしらにつけていた翡翠の宝石。同じ時期に見たラピスの『知の力』の赤い本にも嵌め込まれていた翡翠の宝石。


 そういえばいつの間にか消えていた。大変なことばかり続いていたから気にする余裕もなかった。ラピスの本もめっきり見なくなったことにも今気づいた。


「リーシェ……どこにやったか覚えてるか?」


「いえ、最後にどこで見たかすら朧気です」


 ラピスの確認にリーシェが答える。


「ラピス。赤い本はどこへ?」


 一年前は『知の力』を使用する度に使っていたと記憶している。というか本がないと付与効果を使えなかったはずだ。


「リーシェ、怒らないで聞いてくれ」


「はい」


「本は父によって没収されラズリの地下深くに安置されている」


「どういうことですか?」


 青ざめた顔のラピスは静かな声で事の詳細を説明した。曰く、一年前に連れ攫われたリーシェを救出し王都へ帰還したあと、少年は父王にすべてを明かした。リーシェを殺せなかったこと、自分に殺す気はないこと、そして同盟を結んだこと。

 すると父王……マリウスはラピスに本を献上するように命じたという。リーシェを殺せないのなら本は必要ない、と強引に取り上げたらしい。


「本はラズリの地下にあるから力の源との繋がりは消えていない。だから問題なく『知の力』は使用できる。だが……」


「……だが?」


「父上がなんであんな剣幕で本を没収したのか分からない。リーシェに言わなかったのは、あの時のお前に余計な不安を与えたくなかったからだ」


「貴様の父についての行動は私が説明してやろう」


 ラピスの告白を途中で遮ってフェンリルが立ち上がった。

 見えそうになるのをすかさずライヴィスが身を呈して隠す。もはやその役に嵌りつつあった。兄の奮闘を冷ややかに見つめるのはメイティアだ。


「『知』の本には『伝説の存在』の力の源とも言える宝石が埋め込まれている。誰にでも触れる物質として存在しているのは『知』だけだ。誰でも触れるということはすなわち」


「誰でも盗める。もっと言えば誰でも付与効果を保有できるようになる、ということか?」


「その通りだ草頭」


「草頭……!?」


 可哀想なあだ名をつけられるアズリカ。話が逸れそうになりラピスに睨まれる。心做しかシュンとなったアズリカはなんだか可愛かった。


「『知の存在』は豊富な知識以外は人の性質と何も変わらない。戦闘力も付与あってこそ強くなる。だがもしも、叡智を巡って争いが起き万が一敗北することがあれば、本は勝者に奪われてしまう。それを防ぐために貴様の父は本と貴様を別々に分けたのだろうよ」


 つまり、戦いでラピスが負けてしまっても、本を別の場所に保管してあれば『知の力』の源を奪われることは無い。保険をかけた、ということか。

 冷酷な話だ。ラピスは捨て駒にされたようなものじゃないか。都市を発展させる叡智さえあれば、本体はどうなっても良いという考えをマリウスは持っていたのだ。


 リーシェの隣でラピスが奥歯を噛み締める。

 基本的に頭の回転が早いアズリカが新たな疑問を言った。


「だが『伝説の力』は神によって創られた存在じゃないと身を破滅する。お前はさっきそう言っていた。奪われる危険はないんじゃないのか?」


「草頭。貴様忘れていないか?貴様らは神の眷属に会っているだろう」


 核心に近づきつつある話に一気に空気は張り詰めた。



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