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メイティアのお兄さん

 到着した街は『メヴィディア』領の中心地とも言える場所だった。


 数日前に訪れた街とは違い、道は整備されていて泥で服が汚れることもない。メイティアの話では、竜王の命令で大陸全体の道の整備が行われているらしい。

 先日泊まった街にもやがて整備の手が行き届くだろう、とのことだ。


 大陸を見て回れ、というレウスの言葉に従う訳では無いが、リーシェはなるべく多くの国や都市を回る予定だ。

 その途中でキージスの介入が確実に入るだろうが負けるつもりは無い。


 気になるのはラズリでキージスの味方に着いたシノブだ。褐色の肌の少女の正体は何一つ判明していない。関係があると思われるのはシルビアだが、かの国出身の女性二人も知らなかったようだ。


 考え込んでいると突然両側から頬を摘まれた。


「ふぇ……!?」


 上手く喋れない口からおかしな声が出る。左右を交互に見ると、ラピスとアズリカがそれぞれリーシェの頬を抓っていた。


「にゃ!にゃにしへうんでふか!」


「観光しに来たのに何険しい顔してるんだ」


 呂律の回らない舌で抗議するリーシェ。先に頬を解放したアズリカがその手でデコピンをした。絶妙に痛い。こういう時、ちゃんと痛くするのがアズリカだ。


「そうだぞ。観光であって視察じゃないんだ。もっと楽しい顔しろよ」


 ラピスも頬から話した手でリーシェの眉間を小突く。人差し指で揉むように解されたことで、眉間に皺が寄っていたことに気づいた。


 ラピスはサラサラの黒髪を僅かに揺らしながら金色の瞳に笑みを描いた。


「お前に顰めっ面は似合わない。笑ってくれ」


「コイツの言う通りだ。頭を使うのはラピスに任せて、リーシェは思う存分楽しめ」


「男のそういう我儘には甘えるものだぞ」


 様子を見守っていたメイティアまでもが二人に加担する。そんなに険しい顔をしていただろうか。

 だけどここ最近、楽しさから笑った記憶がない気がする。リーシェが思っていた以上に、感情の浮き沈みの幅が小さくなってしまったようだ。


 自分らしく笑うというのは慣れないが、人間らしい悩みだと思った。


「そうですね。無意識に張り詰めすぎていたみたいです」


 結局浮かんだ笑みは反省の色が滲んでいたが、それでもラピスたちは満足気に笑った。


「メイティア。食事にしよう」


 しばらく歩き続けて空腹を感じたアズリカが、案内役になったメイティアに告げる。

 銀髪の少女は最初から食事処に向かっていたようで、目の前には美味しい香りを漂わせる店があった。


 ラピスに手を引かれて店内に入る。

 席は全て個室になっているようで防音設備がしっかりとしていた。


「あら、いらっしゃい」


「ソルト、久しぶりだ。窓のない席を頼む」


 知り合いなのかメイティアと親しく話す店員。聞けばこの店をオープンさせた経営主らしい。

 明るい茶髪を布の中にしまったソルトは、気前よくリーシェたちを奥の個室の案内した。


 注文は全てメイティアに任せる。

 手を繋いでいたので自然とリーシェとラピスで隣合い、アズリカとメイティアが並んで座った。

 出された水はよく冷えていて、氷も入っていないのに何故だろうとリーシェは首を傾げる。


「地下深くから汲み上げているんだ。夏も冷たく冬も凍らない」


「汲み上げる?見たところ井戸もないですが……」


「そこは国家機密だな。教えられない」


「国家機密の情報をメイティアはなぜ知っているんだ?」


 ラピスの質問にメイティアは一瞬口を閉ざした。

 すぐに開きかけた赤い唇は、個室に入ってきた青年によって不愉快そうに歪む。


「どうも」


「誰だよ」


 軽快に片手を上げて挨拶をした青年にアズリカがツッコム。

 長い金髪、蒼碧の瞳。漆黒の角膜。目の下に描かれた赤い三角形と雫型の模様。そしてメイティアと同様、両側頭部に生えた黒曜のような角。


 間違いなく『邪鬼』だが、個室に入ってくる理由はなんだろう。


 通路側に座っていたメイティアの隣に強引に腰を下ろす。そのせいで、奥に座っていたアズリカが窮屈になった。


「妹が世話になったね」


「……どちら様のお兄様ですか?」


 動揺のあまり敬称まみれになるリーシェを、青年は楽しそうにニコニコと見つめた。

 青年の正体を明かしたのは本人ではなくメイティアだった。美しく整っていた顔は不本意そうに歪められている。


「我の兄だ」


「メイティアの……」


「兄ちゃん」


 リーシェの呟きをラピスが引き継ぐ。

 そしてアズリカが押し込まれた状態のまま仰天した。


「兄ちゃん!?」


「何をそんなに驚くのだ。我にも兄弟くらいいる」


「いや、そうじゃなくてな」


「兄妹揃って美形なのですね……」


 今度はアズリカの言葉をリーシェが引き継いだ。

 リーシェの隣では「親はどんな顔だよ」とラピスが慄いている。


「此奴は綺麗なのは外見だけだ。中身が醜悪すぎて顔が悪人面になりかけている」


「ちょっと、お兄ちゃんに対して冷たくない?」


「黙れ口を閉じろというか去れ」


「もう〜俺の妹は恥ずかしがり屋さんだな〜」


「だ、ま、れ」


 メイティアが角を振り回して兄の頭に突き刺そうとする。本当に殺しそうな勢いにアズリカの喉がヒュッと鳴った。

 角の攻撃を角で迎え撃つ金髪の青年。言っちゃなんだが鹿の戦いにしか見えなかった。それか闘牛か。


 二人の間では日常茶飯事なのであろう行為は殺傷能力が高すぎた。


「こらこら角を武器にするな。お兄ちゃんに刺さっちゃうだろ」


「刺さっちゃうんじゃない。刺そうとしてるのだ!」


 大人びていたメイティアが青年の前では年相応に見えた。彼女の年齢は分からないが、外見年齢には釣り合っている。


「だいたい其方!政務はどうした!」


「抜け出してきちゃった!」


「抜け出してきちゃったじゃないわたわけめ!」


「だって今の議題超面倒なんだよ〜?」


「面倒だからこそ其方が出るのだろ!」


「我が妹は厳しいな〜」


「あの、政務って?」


 ラピスの質問の途中だったことに気づいた少年が、引っかかった単語を問い直す。

 だがその問いの予想はほぼ確信していた。


「おっと失敬。改めて、俺は『メヴィディア』で王をしている者だ。名はライヴィスという」


「隠していた訳では無いが我も正式に名乗ろう。我はメイティア・メヴィディア。一応、この都市の王族に連なっている」


 一応、とは不可解な言い方だが事情があるのだろう。

 リーシェの瞳にある呪いの名残からメイティアも監視していた。王家の血筋の者しか監視出来ないと言っていたので、当然メイティアも王族ということになる。


 少し考えれば分かっただろうが、正直リーシェにもラピスたちにもそのくらいの余裕がなかった。


 メイティアが改めて自己紹介を終えると、出来たての食事が運ばれてきた。

 大皿に豪快に乗せられた丸焼きの肉の周りを、色とりどりの野菜が飾り付けている。


 動物の丸焼きは獣人族にとってどんな感覚なのか疑問に思ったが、禁忌のような気がしてリーシェは聞けなかった。


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