時計仕掛けの爆弾
リーシェたちが街で宿を取っている頃、遠く離れたある洞窟の中で不穏な空気が流れていた。
この洞窟があるのは三つある国の一つ『イゼキス』。その南端だ。
洞窟内はもちろん雨も降らず、霧も一切立ち込めていなかった。東の大陸で唯一雨霧がない場所を幾本ものロウソクが淡く照らしている。
洞窟の最奥。棚のように段差が連なる大広場のほぼ中心に青髪の男が立っていた。
男を囲むのは角が生えた獣人族たち。そして男と真正面から睨み合うのは、赤い衣を見に纏った銀髪の少女だった。
銀色の両側頭部から艶やかな漆黒の角を生やした少女は、透き通った蒼き瞳を胡乱気に細くした。
本来なら白いはずの瞳の周りは黒く染まり、まるで黒真珠に嵌るサファイアのようである。周囲の獣人族も同様の目をしており、彼らが皆同じ獣種であることを教えてくれた。
美しき瞳を煌めかせる獣人族とは対照的に、歪んだ赤い目の男が歪んだ笑みを浮かべた。
そのよく動く口で少女へ言葉を投げかける。
「私は耄碌した神を救済したいのですよ」
この部分だけ聞けばなんと突拍子のない話だろうと人々は笑うだろう。
しかし、洞窟内で男が話し始めてから既に数十分経過している。男の大まかな事情や経緯を獣人たちは把握していた。
「神の救済……」
銀光を放つ少女が男の言葉を反芻させる。小さな唇から出た声は玲瓏としていた。
「そのために上陸した『伝説の存在』を利用すると」
「かの『技の力』の持ち主さえ味方につけることができれば、必ずや勝利の天秤はこちらに傾くでしょう!」
「其方へ問おう。鍵を味方につける具体的な案はあるのか?」
リーシェのことを『鍵』と言った少女はただ冷静に男を見つめた。
聞けばこの男、赤髪の少女に恨まれることしかしていない。親の仇の味方に着く者が一体どこにいようと言うのか。
確かに成長目まぐるしい『技の力』の保有者を味方につけ鍛えれば、弱った神如き打倒できるだろう。
だがそれは目の前の男が『鍵』を見事手中に収めたことを前提とした計画だ。
今のところは信憑性も成功率も低い言葉に少女は片眉を上げた。
「精神の未熟さを当てにしているようだが、たった今状況が変わった」
大陸中に『目』を放っているため、『鍵』が何をしているのか逐一把握している。
レウスの術に嵌り精神の状態が大きく変わったところまで見届けた。
男の侵入に気づいているであろう竜王が『鍵』を利用されないように手を打った可能性は高い。
青い髪の男がその計画を立てたのはずっと前のことだ。今の状況は男にとって予想外だろう。
だからこそ少女はもう一度聞く。
勝算はあるのか、と。
それに対し男は一言。
「あなたが協力してくだされば可能でしょう」
神の眷属だという男の考えがどのようなものなのか、少女はまだ知らない。
だがあることを思いつき意味深に微笑んだ。そして問う。
「其方の名を名乗れ」
その艶笑を肯定と受け取った男もまた嬉色に顔を染めた。
「私は神の眷属、キージスと申します」
邪悪な計画が脈動を始めた。
☆*☆*☆*
所変わって東国の王城。
リーシェと別れ、城に帰還したレウスは鼻歌交じり外を眺めた。
青年の後ろ姿を呆れたように見るのは獣化から人型へ戻ったルキアだ。
「お前、本当に何がしたかったんだ?」
種族の頂点へ向かってタメ口をきけるのはルキアしかいない。レウスが特別禁止している訳では無いが、畏れを抱き誰もが丁寧な言葉を使う。
ルキアはレウスの乳母兄弟にあたる。ルキアの母が幼い頃のレウスを育てたため、二人は本当の兄弟のような関係だった。
そんなルキアでも真意が分からなかったリーシェへの対応に首を傾げた。
降りしきる雨の向こうに何を見ているのか、レウスは穏やかに笑って鼻歌を歌い続ける。東の大陸では誰もが知っている童歌の旋律に、ルキアの心も自然と解れていった。
「人格がどうのと言っていたがそれは建前だろう?」
「半分は本当さ。……近々、不吉なことが起こる」
突拍子もない予言だ。だがレウスが言うのならそうなのだろう。彼には未来視がある。呼吸をするように未来で起こることを視ることができるのだ。
「不吉なことだと?」
「何の因果か、僕も巻き込まれるらしい。そしてその中心にリーシェがいる」
「お前が巻き込まれるとなったら、大陸中が大騒ぎになるだろうな」
「だろうな。アレを乗り越えるにはあのままの人格じゃダメだった。仮初の強さじゃすぐに精神を崩壊させることになる」
「アイツが精神を崩壊させようがお前には関係の無いことだろう。なぜわざわざ助けた?」
「無関係じゃないからだよ。あの子の頑張りが僕の生死に関わってくるからね」
レウスの言葉にルキアは絶句した。同時に背筋を冷たい汗が流れる。
レウスは歴代の獣王の中でも最強の強さを持っている。六人の王たちが束になっても彼には勝てない。
それなのにたった一人の行動に、レウスの生き死にが決まると言うのだ。
青年を近くで見たきた者ほど恐怖を抱く事案をルキアは最初信じようとしなかった。
だがすぐに首を振り信じる。レウスが断言したのだ。信じるにはそれだけで十分だった。
「一体……何が起こるんだ」
「内緒って言いたいところだけど、君にだけ教えてあげる。耳、貸して」
手招きされて言われた通り耳を貸す。
そしてレウスの吐息混じりの声が真実を告げた。
その時のルキアの衝撃を表すように、窓の向こう側で雷鳴が嘶いた。





