これが私です
激しい戦闘音が深く沈んでいたリーシェの意識を浮上させる。
目を開いた先にあったのは、防戦一方になっているラピスたちの姿だった。
すでに体にはいくつか傷が走り、焦った表情で何とか致命傷を避けている状態だった。
三人と交戦しているのは、緑の目隠しを取ったレウス。長い黒髪を風に流しながら鼻歌交じりに攻撃を加えている。
罠に嵌めた上仲間に危害を加える者。すなわち悪であり敵。問答の余地はない。
少し前のリーシェならそう考えて加勢していただろう。
融通の聞かない教科書通りの答えを出していたかつての自分を諌めるように、口元に苦笑を滲ませた。
「止め」
一言、ただ発する。
精神の在り方や考え方が変わったことで、能力を使用することへの姿勢も変わっていた。
味方に力を使うことは避けたかったリーシェだったが、今では何の躊躇いもなく能力を行使する。
重い重力が一帯にのしかかり、ラピスたちが為す術なく地面に押し付けられる。
一際強く圧力をかけたはずのレウスだが、隠していた実力の片鱗なのか片膝を着く状態で耐えていた。
「リーシェ!なんで俺たちまで!」
敵対しない限り味方には決して能力を使わないリーシェの行動にアズリカが目を剥いた。
己の魔法で無力化しようとしているグレイスに一瞬視線を向けてから、リーシェはアズリカへ言った。
「無益な戦いを止めただけです。危害を加える気はないので少しの間大人しくしててください」
「なっ!?」
絶句するアズリカの横を過ぎ去り傘を杖のようにして耐えているレウスへ微笑みかける。
リーシェの身に何が起きたのか漠然と理解したレウスは、若干悔しそうに眉を寄せた。
「へぇ〜。そうなっちゃうのか」
「あなたの目的が何かは知りませんが、完璧な手際でした。それと、ラピスたちを殺さないで手加減してくれたことに感謝します」
アズリカ以外の者には必ずつけていた敬称が取れた呼び方にラピスたちは激しい違和感を抱いた。
明らかに罠に嵌る前と様子の違うリーシェに、黒髪の少年は最悪の予感を脳裏に過ぎらせる。
一人焦り出すラピスの気配を背後に感じながらリーシェは言葉を続けた。
「私たちはこれから大陸中を見て回る予定です。なので、街中に張った結界を解除してもらっても良いですか?」
「良いよって言うまで圧力を強め続けるんでしょ?もうそんなの脅迫だよ」
ため息を吐きながらレウスが傘で地面を二回叩く。
すると周りの景色が揺らめき風景がガラリと変わった。
霧の向こうに薄く見えていたはずの街が蜃気楼となって消えていき、何も無いだだっ広い平野に変わる。
「まさか……いつの間に結界を?」
リーシェに人睨みされ抵抗を諦めたグレイスが、知らない間に張られていた大規模結界に戦慄した。
警戒を続けていたはずの男にすら気づかれず、欺くための罠を用意したレウスにただならぬものを感じたようだ。
結界に先程気づいたばかりのリーシェも怪訝そうに青年を見つめた。
何も言わず笑うだけだったので隠すのかと思いきや、レウスは口軽そうに種明かしをする。
「最初からさ。君たちが来るのを感知して転移ゲートに干渉したのも僕。リーシェが弱った状態で森に転移するように仕向けたのも僕。君たち三人をさっきの街に転移させたのも僕。やってること多いけど、この結界さえあれば万事スムーズに実行できる」
一呼吸おいてレウスは結界の名前を明かす。そしてそれは男の正体を明かすことでもあった。
「これは『竜神結界』。僕が望むままに全てを操作できる、獣の真王にのみ許された森羅万象の結界だよ」
「つまりあなたは……」
「そうさ。つまり僕は、東の大陸三つの国と都市の王たちを統べる東国の王だ」
リーシェの言葉を遮ってレウスは楽しそうに堂々と告げた。
目隠しが取れている分、感情を分かりやすく宿らせる瞳が一際強く輝いた。
縦に開いた瞳孔の奥が赤く輝きリーシェの「重力魔法」の拘束を強引に解いていく。
同時にラピスたちの拘束を解除したリーシェは、静かな目で空を見上げた。
雨滴が目に入るのも構わず、霧でよく見えない空を凝視する。
その行動になんの意味があったのか。やがてリーシェは視線をレウスへ戻した。
「それで?」
「驚かないの?」
「えぇ。あなたの正体なんて別にどうでもいいですから」
少女の言葉にアズリカが声を上げる。ラピスは神妙な顔で無言のままだった。
「おいリーシェ!コイツは俺たちを罠に嵌めたんだぞ!?お前が死にかけたのもコイツの仕業だったんだろ!!」
「アズリカ」
厳しい声で短く名前を呼べば気圧されたように青年は口を噤む。
「それと彼が王であることになんの関係が?」
「……っ!それは……」
「私は正体に興味が無いだけで、行動の理由や目的には興味があります。だから静かにしていてください」
「リーシェ、随分と変わったね」
青年と少女のやり取りを見ていたレウスが傘を回しながら評した。
圧力的な言い方を好まなかったリーシェの厳しい言い方に一同が困惑していた。
それでも構わない。
教科書通りにへりくだった言い方ではなく、リーシェの心からの言葉だ。
これが忘れようとして忘れた自分自身の言葉なのだ。
比較する対象が優しすぎただけで言っていることは何も変わっていない。
淡々と自己評価をしたリーシェはレウスとの問答を再開させた。
「さて。それでは教えてください。あなたの目的を」





