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平穏に暮らしたい

 臨戦態勢に入った面々を睥睨して、キージスはフワリと欠伸をこぼした。

 あまりにも余裕な態度に血気盛んなシルビア出身の女性たちが、殺気を膨らませる。


「キージス。あなたの目的はなんなのですか?」


 一歩前に進み出たリーシェが、スティの時と同じ問いを投げた。

 キージスはスティの仲間だということは既に判明している。


 スティはリーシェの『技の力』の自我を目覚めさせ最強の存在にすることを目的にしていた。リーシェを力の自我に乗っ取らせダンジョンを支配。世界を滅茶苦茶にするために動いていた。

 スティはキージスも同様の目的だと言っていたが、それを信じるには矛盾点が多すぎる。


 ならばあの男は何を目的にしているのか。


 リーシェを苦しませることを嬉々として行う。父母を殺害し、つい先程片割れすらも殺そうとした。スティと同じようにリーシェを利用する気かと思いきや、弱ったリーシェにも刃を振りかざした。


 いまいち何がしたいのか掴めないのだ。

 リーシェを使いたいのか。殺したいのか。

 その非道な頭の中で一体何を考えているのか。


 警戒を続けたまま男の解答を待つ五人にキージスは酷薄に笑った。

 小首を傾げ、白手袋に包まれた右手を口元まで持ち上げ、瞳の奥を不自然に歪ませる。


「何も」


 ただ一言、冷淡に告げた。

 たったそれだけなのに戦場の空気がグッと下がる。

 寒気を覚えたリーシェは肩をフルリと震わせた。


「あぁ勘違いしないでくださいね?あなた方には何も求めていないだけで、目的自体はちゃんとありますから」


「スティおばさんはダンジョン最下層の椅子に私を据えることが目的だと言っていました。あなたも同じ理由で動いている、と」


「では、わたくしの目的は実は違かったということですねぇ。面白い戦いを見せてくれたお礼に教えて差し上げましょう」


 気だるげに回され始めた鎌から意識をそらさないようにリーシェはキージスの次の言葉を待った。


「ずばり……"新たな神の誕生"。その実現がわたくしの悲願でございます」


 明かされた目的に一同絶句する。

 一番最初に何とか言葉を絞り出したのはラピスだった。


「お前は神の使徒じゃないのか?」


「えぇ。わたくしは神の眷属なれば……。しかし眷属が必ずしも主を裏切らないとは限りますまい?」


「……なぜ神を裏切るという結論に至ったんだ?」


「神は耄碌しておられる。神は既にその力を大きく減衰させ、その全知全能の能力をほとんど失っております。初期は圧倒的な力に惚れ眷属となりましたが、老いた爺に成り果てた者にまで仕えるほど忠義深くはありません。一つ二つと飛び出ていた頭が三つも引っ込んでしまったのなら足場にしていくのは定石では?」


 キージスの言う通り、唯一絶対神は確かにおかしくなっている。

 シュウナを生み出しなぜか不老不死の呪いを刻みつけた。かと思えば存在を忘れ、リーシェとラピスのようなイレギュラーを誕生させた。


 それではまるで物忘れの激しい年寄りではないか。

 リーシェの抱いた感想が聞こえでもしたのか、青い髪の男は少女を見てクッと笑いをかみ殺した。


「リーシェさんに色々とちょっかいを出したのは、あなたはこれまでの『伝説の存在』とは少し毛色が違ったからです。弄ればどう変化するものか、その程度のちょっとした好奇心でした」


「……は?」


「リーシェ、抑えろ……」


 零度の声音を発した少女の肩にアズリカが右手で触れる。

 だがその手をラピスが左手で制した。


「リーシェ。構うな。話はもういいから、全力で殺しに行け」


 両親を虐殺したのは全て些細な好奇心からだと告げられて抑えられる者がいるはず無かった。

 チリッとリーシェの周りの空気を火花が散る。


 少年が少女の体に身体強化のエンチャントをした。


「ヒューマンエンチャント "オールラウンダー"」


 黄金色の輝きがリーシェの赤髪を神秘的に引き立てる。


 ラピスが付与した『オールラウンダー』という名のエンチャント。

 これは、身体能力を飛躍的に向上させるだけでなくあらゆる武器の仕様練度を達人レベルにまで引き上げさせる。


 一瞬で対象者を歴戦の戦士に変える能力は、「技の力」との相性が非常に良かった。

 ラピスが保有する「知の力」の特化方向。それは片割れの力の補助だった。


 どんな状況であろうと「技の力」の補助を行う。それは戦闘方面だけに限らない。


 その特化はリーシェと殺し合う運命に背き、『伝説同盟』を己の意思で作り上げたラピス本人の人格によるゆえのものであった。


 片割れの力を借りた少女が高く跳躍する。

 崩壊した城より高く飛び、大勢の都民がその姿を認める。


 空の戦場に再び現れた赤毛の少女の姿に、何も知らないはずの彼らは固唾を飲んで状況を見守った。


 観客の視界から少女の体が掻き消える。

 まるで空中に足場でもあるかのように瓦礫の中へ勢いよく突っ込んでいく。


 右手には雷から生成した斧を。

 左手には氷から生成した盾を。

 背中には焔から生成した翼を。

 全身には少年から借り受けた仮初の実力を纏う。


 落下してくるリーシェを漆黒の鎌を構え正面から受け止めようとするキージス。

 しかし激突の瞬間、男の手から音を立てて鎌が砕け散った。


「なぁっ!?」


「『武闘』第六十二番、秘技。『武装粉砕』。あなたのその鬱陶しい鎌は砕かせてもらったわ」


 ジュアンが桃色の髪を揺らしながら納刀する。

 気配を一切断ち切り懐に忍び込み、結果が出るまで気づかせなかった妙技にキージスが愕然とした。


 その顔目掛けて、リーシェが容赦なく斧の刃を切り込ませる。

 首ではなく頭を一刀両断したリーシェの顔は冷えきっていた。


 怒りの深さ、悲しみの深さを表しているようで、キージスが倒れても誰も動き出せなかった。


 冷たい眼差しで頭が無くなった男を見下ろしていたリーシェが突然、斧を再び構える。


 それを合図にしたように、鼻から上が消えた顔が高らかに笑った。


「はははははは!あーっははははははは!」


 胸から不自然に起き上がったキージスが口だけ笑いながら姿形を大きく変えていく。

 数秒で異形の姿になった。

 コウモリのような大きな翼。不格好に再生した頭。無数の棘が生えた長い尾。鋭く尖った爪と牙。


 まるで……。


「悪魔ですね。あなた」


 変化を見届けた少女が短くそう評価した。

 死神の想像通りの姿だったスティと違い、キージスの本来の姿は実に禍々しいものだった。


『わたくしから見ればあなたも充分悪魔ですがねぇ?』


「……そうでしょうね。殺そうしてくる人が善人に見えるわけありませんし、何かと理由をつけて殺そうとしている人が悪人じゃないわけがありません」


 スイッチを切り替えているリーシェの自己評価にラピスとアズリカが物言いたげにする。

 それを制するようにリーシェは言葉を続けた。


「それでも……私は平穏に暮らしたい」


 どれだけ悪を殺そうと。

 どれほど手を赤く染めようと。


 未来の平穏の為ならば。

 まだ見ぬ子供たちの為ならば。

 世界の安穏の為ならば。


 リーシェは走り続けよう。

 スティを殺した時にそう思ったのだ。

 レリヤを焼き貫いた時そう誓ったのだ。


 誰がか罪を着なければならないのなら自分が着よう。

 誰かを殺さなければならないのなら自分が殺そう。


 リーシェはリーシェになる前から『人殺し』なのだから。


 面白いものを見つけたように醜悪な笑みを浮かべる悪魔に、リーシェは斧を突きつける。


「あなたにはここで終わってもらいます」


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