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夜の帳に隠れて

 荒い息遣いが静かな夜を過ごす都市の一角で控えめに響いていた。


「様子はどう?」


 敗走したアズリカたちを匿ってくれたのは、南の大陸の服を着た者たちだった。

 シノブを抑えてくれた女性はつい先程、非常に疲れた様子で帰還した。名前も聞けないまま隣室で寝始めてしまった。


 深い傷を負い治療を受けたリーシェの顔を覗き込むのはピンク色の髪の女性だ。

 名前はジュアンというらしい。


「あまり好ましくはないわね……。外側の傷は治せても、内側はなかなか治せない」


 リーシェの額を伝う汗を手拭いで拭きながらジュアンが言った。

 アズリカはその言葉を聞いて、沈痛に身を小さくする。


 あの時まんまと無力化されなければこんなことにはならなかった。

 大事な人も守れないで何が男だ。


 地下国家にいた時はあれほど強大だった己の魔法が、今この状況ではこんなにも無力だ。

 自惚れていたのだろう。


 魔法は少し前までアズリカの存在理由だったから、無意識のうちに過信していたのだ。


「ちくしょう……!ちくしょう!!」


「あなたの気持ちは分かるわ。けれど怪我人が寝ているのだから、ここでは静かにね」


 淡々とした注意を軽く心に留め、小声でジュアンに問うた。


「お前たちは何者なんだ?なぜ俺たちに手を貸す?」


 なし崩し的に手を借りてしまったが、アズリカは彼女たちの正体を知らなかった。

 着ている服からして南の大陸の者だということは察せられる。


 女性はリーシェの汗を拭いながら穏やかな声で語り始めた。


「リーシェは私たちの恩人なのよ」


「革命したことか?」


 確認に対しジュアンは物腰静かに肯定する。

 あの戦闘国家にこれほど穏やかな人がいたのかと僅かに驚いた。


「隣室で寝ている彼女……名前はリンと言うのだけれど、私たち戦人族は少なからずこの子に恩を感じてる」


 つまり、今回の助力はその恩返しだとでも言うのだろうか。

 だがはるか遠くの大陸にいるはずの戦人族がなぜこの都市にいるのだろう。


 西の大陸から他大陸へ渡るゲートは魔境谷の奥地に存在する。セルタは谷から数十キロ離れているが、ビーグリッドを除けば最も谷に近い場所だ。


 異種族が来ればセルタの住人たちがリーシェに伝えるはずだが、帰還から一ヶ月はそんな知らせもなかった。


 アズリカの疑問を解消したのは、予想より早く起きてきたリンだ。

 物音を立てないように入室してきたリンは、ジュアンが渡した水を煽ってから答えた。


「簡単な話。あたしらはゲートからどこにも寄り道せずこの王都に潜入したんだ」


「無茶がある。ゲートは大陸の端にあるのに対し、王都は大陸のほぼ中心に位置している。一切の供給も休憩もしないでラズリに来るのは不可能だ」


「お前がそう思うのは距離があるからだろ?その辺の問題はあたしらの王様が解決してくれたのさ」


 戦人族の王様と聞いて思い当たるのはたった一人しかいない。

 リーシェが報告してくれた革命の詳細の中で、一際存在感を放っていた少女のことだ。


「私たちの女王シュウナ様は、ほんの少しだけリーシェに恩を感じていたようなの。素直じゃないから、この子には言わなかったみたいだけれど」


「リーシェから聞いてると思うが、女王は完全な『伝説の存在』だ。あの黒髪の坊主ができたことをできないわけがない」


 そこまで言われてアズリカは察した。


「つまり……!」


「動物に乗って移動したのさ。谷まで着いてきた女王が動物の体力と脚力を限界まで高めてね」


ラピスが梟を移動手段に使っているのと同じように、シュウナも動物を移動手段に使えるようにしたというのだ。


「シュウナが谷に来たのか!?」


 リーシェから聞いた話ではシュウナは神をすごく憎んでいるらしい。呪いを刻み込んだ上に存在を忘れてしまった神を殺そうと考えている。


 魔境谷にはダンジョンがあり、その最深層には神がいると想定されている。リーシェはその情報をシュウナに話したと言っていた。


 まさかダンジョンの最奥地ではすでに、最強の存在と絶対神の戦いが始まっているのだろうか。


「シュウナはお前たちと別れた後どうしたんだ!?」


「おっかねえ顔してどっか見てたが、国を再興しなきゃいけないからってさっさと帰ってたぞ」


 リンのそこ言葉を聞いてアズリカは脱力した。

 ひとまず、知らないうちに迎える世界の危機は回避出来たようだ。


 話で聞いただけだがシュウナという少女の強さはアズリカに十分に伝わっている。

 冷や汗を袖で拭くと次の問いを発した。


「じゃあお前たちはなんでこのタイミングで王都を訪れたんだ。まるでこうなることが分かっていたかのような行動だな」


「あぁ。それはジュアンの手柄だな」


「お前の?」


「私、占いが大の得意なの。リーシェが帰ったあと、この子に幸あれと大陸の運命を少し占ってみたら……」


 なんとびっくり。リーシェの関係するあらゆる場所に厄災が降りかかると出たらしい。

 信じ難いが、現にこうして彼女たちは危機に駆けつけているのだし本当なのだろう。


「救援が私たち二人だけなのは、シルビアもバタバタとしていて復興に人員を割いているからよ。つい最近まで死にかけていた人が多いので、復興作業もなかなか進まず人手が足りないためなのよ」


 キリヤや共に尽力してくれたゼキアという少年たちも駆けつけようとしたらしいが、革命の立役者として離れることが叶わなかったらしい。


「いや、正直来てくれただけでもありがたい。お前たちがいなければ今頃どうなっていたことか……」


「これは恩返しだから、礼をする必要はないわ。応援が間に合って良かった」


「よく城で起きていることに気づいたな」


「そりゃあお前、あれだけゴロゴロ雷落とされれば、リーシェが暴れてんだとすぐに分かんだろ」


 リンが呆れたように笑ってから再び水を飲んだ。

 リーシェの呼吸も少し落ち着き、容態が些か安定したようだ。


「しっかし、あの坊主は強かったねぇ」


「ラピスと戦ったのか?」


「少しだけな。あのエンチャントはどうなってんだ?何の攻撃も届かない」


「恐らく、空気に反射作用を付与しているのではないかと」


「空気?」


「空気をどのように物質として認識しているかは分からないけれど、あの場で全方位にエンチャントできるものは空気しかないと思うわ」


 あの時、ラピスはなんの道具も持っていなかった。しかし攻撃を全て跳ね返してみせた。

 ジュアンの言う通り、空気または肉眼では見えない何かに『知の力』を使っている可能性は十分にある。


 ラピスによって跳ね返された鎖がアズリカに巻き付き昏倒させた原理は分からないが、リーシェが目覚めれば少しは答えに近づけるだろうか。


 今はただ、少女の無事な回復を祈るばかりだった。


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