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あなたは敵です

「なんで……」


 カラカラに乾いた声をやっと喉の奥から絞り出す。

 少年が玉座に座っていること。表情は酷く冷めていて疲れていること。


 その存在全てが記憶にあるラピスのどの姿とも結びつかなかった。

 リーシェの横で立ち尽くしているアズリカも茫然と言葉を失っていた。


 張り詰めた空気の中でラピスは口を開いた。


「いつまで立っているつもりだ?王の前だ、膝をつけ」


 衝撃を受けすぎて動くことも出来ないリーシェたちを、周囲で待機していた騎士が強制的に膝をつかせる。

 まるで罪人のような扱いにようやく我に返った。


「ラピス様……!一体これはどういうことですか!?なぜあなたが玉座に座っているのです!?お父様はどうされたのですか!?」


 違う。聞きたいのはそんなことじゃない。

 本当に聞きたいのは……。


「あなたは本当にラピス様なのですか!?」


 あの少年王が本当にリーシェと共に時間を過ごした少年と同一人物なのかどうか。


 何かが起きている、ということを前提でここへやってきた。

 ラピスが何者かに何らかの手で利用されて、仕方なくこの状況を作っているのかもしれない。


 謁見の時に何が起きているのか教えてくれるだろうと予想していた。

 ラピスが動けないのなら、リーシェに解決を委ねるはずだから。


 だがあの冷え冷えとした瞳は何も嘘を言っていない。

 正真正銘、彼自身の意思で行動していると揺るぎない声が暗黙に告げている。


 そう。

 彼は利用されているだけだと信じたかった。

 そうしなければならない状態なのだと思い込みたかった。


 一縷の望みをかけた問いかけをラピスは酷薄に一蹴した。


「うるさい。黙らせろ」


 短い命令が騎士を動かし、リーシェの腕を後ろ手に拘束する。まともに喋れないように猿轡を噛まされて、本当に罪人のような姿になってしまった。


 もちろんこれに黙っているアズリカではなく、すぐに魔法を展開して抵抗しようとする。


 ラピスを人質に取り騎士を牽制しようと、霞む速さで鎖を放出した。

 しかし……。


「"リフレクション"」


 少年の一言で見えない壁にぶつかったように鎖が跳ね返される。

 そしてあろうことか、跳ね返った鎖はアズリカを拘束してしまった。


「嘘だろ!?」


 己の魔法に初めて拘束されたアズリカが絶句した。


「"アウェイク"」


 ラピスがまた何かを呟く。

 するとアズリカを拘束した鎖が光を放ち、比例するように青年が気を失った。


 一瞬で無力化されたアズリカにリーシェはラピスに異質なものを感じ取る。


 シュウナが言っていた『知の力』の生い立ちによる変質が関係しているのだろうか。そうでなければ、彼がここまで強い理由が思いつかなかった。


「まったく無礼者共め。発言を許していないのに捲し立てる、あまつさえ攻撃の意志を明確にするなど。死にたがりなのか、お前たちは」


 これではっきりした。

 彼は敵だ。

 操られている?利用されている?信じたかった予想はガラガラと崩れ落ちた。


「俺はラピス・ラズリ本人だ。リーシェ・フィリアル・アクレガリアイン。三ヶ月ぶりだな」


 玉座の肘掛に悠然と肘をつき足を組むその姿は、傲慢不遜な王を思わせる。

 リーシェのフルネームを澱みなく言い上げたラピスは、薄ら寒い笑みを口元に浮かべた。


「随分簡単に招かれたものだ。レガリアが何か言っていなかったか?もしくは、罠と知っていて尚も乗り込む大馬鹿者だったのか。まさか来るとは思ってなかったので、この場を用意するのに時間がかかってしまった」


 明らかに馬鹿にした笑みにリーシェが目元を険しくさせる。


「発言を許そう。聞きたいことを何でも聞くといいだろう。ただし、問いかけは冷静に行うことだ。少しでも声を荒げれば寝ているアズリカの首を削ぎ落とす」


 騎士の手で猿轡を外される。ついでに腕の拘束も外されて、膝はついたまま深呼吸をした。そうでもしなければ、怒りと混乱で声が震えてしまいそうだった。


「ラピス様。あなたは本当に私が知るラピス様ですか?伝説の力の自我が乗っ取ったわけでも、前世の人格が表面化したわけでもなく?」


「もちろん。セルタでお前を見つけ、谷までお前を助けに行き、地下国家までお前を迎えに行き、冬を共に過ごし、ダンジョンで死線を共にした、紛れもないラピス・ラズリ本人だ」


「なぜあなたがその椅子に座っているのですか?あなたはまだ継承権を持っているだけで、王ではなかったはずです」


「状況は変わった。父に頼んで王位を譲ってもらったんだ。混乱を回避するために非公式な世代交代だがな」


「お父様は、今どこに?」


「さぁ、どこだろうな?もしかしたら死んでいるかもしれないな」


 縁起でもない言葉にリーシェは眦を釣り上げた。

 怒りで頭がどうにかなりそうだ。


 ラピスはこんな人じゃなかったはずだ。

 優しくて、思慮深くて、野菜が好きで、平和が好きで、人との触れ合いが好きな少年だった。

 年相応の笑顔も、穏やかな声も、優しい言葉も今の彼から消え失せている。


 それがすごく腹立たしくて。悲しくて。狂おしいほどに胸が痛い。

 苛立ちが。混乱が。意味のわからない胸の痛みがリーシェの戦意を焚き付けていく。


「最後にお聞きします。この行動は、あなたの意志ですか?」


 嫌だ。首を横に振ってほしい。違うと、理由があるのだと打ち明けてほしい。


 だが現実はあまりにも非情だった。


「すべて、俺の意志だ」


 少女の懇願の叫びは一瞬で蹴り飛ばされた。

 覚悟を決めよう。彼が考えを改めるまで、彼はずっと敵だ。


 もう一度、深呼吸をしてからリーシェはスイッチを切り替えた。


 荒れ狂う感情に影響されて、雷がリーシェの体の周りを断続的に走る。瞳の奥に雪の結晶が瞬いて、火の粉が音を立てて爆ぜた。


 異常を察知して騎士たちが動き出すが、次に瞬間果てしなく重い重力に一人残らず無力化された。

 重力の範囲外にいた小柄な少女が気配なくリーシェに襲いかかる。


 しかし、リーシェは振り向きもせずシノブを雷で撃ち落とした。

 体を麻痺させ動けないようにして、真っ直ぐとラピスを見つめる。


 彼は笑っていた。

 心底楽しそうに笑っていた。


「見ない間にまた強くなったのか、リーシェ」


 一瞬だけ、ラピスの目元が見覚えのある柔らかさに変わる。だがその表情は一秒後には腹立たしげに歪んでいた。


「本当にムカつくよ、お前は!!」


「いい加減に、目を覚ましてください!!」


 天から雷撃を落とす。

 寸分違わず玉座へ落ちた稲妻をラピスは「リフレクション!」と叫んで空へ押し返した。


 晴れていた空がゴロゴロと不穏な音を鳴らし始める。

 伝説の存在どうしの戦いが今始まった。



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