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揺れる王城

 レガリアが言っていた通り、王都ラズリの王城は本当に殺伐としていた。

 真面目でありながら気軽な雰囲気だった兵士たちの姿は見当たらず、重厚な鎧で全身を武装した騎士たちばかりが目立つ。


 兜の下にある顔は見えずとも、その視線が険しいことにはすぐに気づいた。

 確実に何かが起きている。そしてその真っ只中にリーシェは招待された。


 アズリカはリーシェを背に守るように先を歩いている。

 アズリカは戦闘力が高いので前を歩いてもらうと安心だが……。


 セルタは今、無防備な状態だ。

 一応、リーシェの力で結界を張っているため外部からの攻撃はある程度防御することが出来る。

 だが、敵は内部に入り込んでしまえばそれで終わりだ。それを避けるために、シルビアへ行った際は用心棒のようにアズリカを待機させていた。


 縁起でもない想像を頭を振ってしなかったことにすると、銀の甲冑に身を包んだ騎士が立ち塞がった。


「リーシェ様。アズリカ様。お待ちしておりました。お部屋まで案内致しますので着いてきてください」


 たったそれだけ言って騎士は踵を返す。

 まるで声にも鎧を纏っているような無機質な声だった。


「なぁ、リーシェ」


 隣を歩き始めたアズリカが小声で名前を呼んだ。


「やっぱりおかしいよな。城に来たのにラピスが出迎えに来ねぇ。仕事があったって招いた客人を出迎えるのが王族の礼儀ってやつじゃないか?」


 地下国家イグラスで王族の行動を近くで見てきた青年が目元を険しくさせた。

 リーシェは頷いて賛成の意を示す。


 吹き抜けの廊下を歩いているはずなのに、密閉空間を歩いているような息苦しさに神経を張り詰めさせた。


「一度、この騎士倒して刺激してみるか?」


「いえ、様子を見ましょう。ラピス様が動こうにも動けない状態なら、私たちが謁見するのを待っているはずです。行動はそこからでも遅くはありません」


 脳筋っぽい提案を一蹴して待機しているように言う。

 作戦会議はとりあえずそこで終わり、数分無言歩き続けた。


 不意に騎士が立ち止まる。

 周りには扉も何も無いのに騎士は案内することをやめて、静かに振り向いた。


 警戒の色を最大限に強くしてリーシェは問い質す。


「どうしましたか?部屋に案内してくれると聞いて着いてきたのですが」


 騎士は何も答えない。

 無言のまま腰に下げた剣に手をかける。


 いつ斬りかかられても迎撃できるようにスイッチを切り替えたリーシェの前にアズリカが立った。


「それ以上動いてみろ。お前の首を容赦なく撥ねるぞ」


 久々に見る彼の『拘束魔法』が鎖を出現させる。

 一触即発の空気に騎士の息が荒くなったのを聞き取った。


 だが……それでも騎士は剣を勢いよく抜刀した。


 目に殺気を込めたアズリカが鎖を大きく振りかざす。

 死を恐れていないのか。それとも死以上に恐れているものがあるのか。


 騎士は止まることなく雄叫びを上げてアズリカに剣を振り下ろした。


 鎖が騎士の首に到達する直前、凄まじい金属音が廊下中に響き渡る。


 尻餅を着く騎士の前で、短剣一本でアズリカの鎖をいなした者が静かに佇んでいた。


「城で殺生はご法度。両方、武器を納められよ」


 褐色の肌。無造作に結んだ黒髪。鋭い眦と小さな唇。そして小柄な体躯。

 しなやかな筋肉が服の下から伺える少女が、リーシェたちの間に割って入っていた。


 魔法を解除したアズリカが正体不明に少女を油断なく睨みつける。

 腰を抜かした騎士には目もくれず、少女はアズリカとその後ろにいるリーシェを見た。


「今回の騒動はこの騎士の独断である。どうかその殺気を収めてはくれないか」


「独断だと?そんなこと信じられるわけがないだろう。こっちは殺されかけているんだぞ」


「後半の言葉に意異議を唱えさせていただく。殺されかけてなどいない。あの程度じゃあなた方は死ななかっただろう」


 確かに斬りかかられただけで致命的な傷を負った訳では無い。傷一つ着いていないどころか、十分に制圧が可能な状況だった。

 どちらかと言うと殺されかけたのは騎士の方だろう。


 この少女が現れなければ今頃、城の白亜の壁は一角真紅に染まっていた。

 騒ぎを起こすことはリーシェの望むところではない。ここは少女に感謝すべきだろう。


「アズリカ。下がってください。私たちはこうして何事もなく生きているのですから、殺気を剥き出しにする必要はありません」


「理解に感謝する。改めてご案内するのでどうか私に着いてこられよ」


 今のところ少女にも騒ぎを起こす気はないらしい。

 来た道を戻り、何事もなく貴賓室に通された。


「アズリカ殿は隣に部屋を用意している」


「いや、俺もリーシェと同じ部屋でいい」


「……承知した。お客人がそういうのであれはそれに従おう。後々、王から謁見の許可が降りるはずだ。それまで気ままに過ごされるといい」


 立ち去ろうとする小さな背中をリーシェは呼び止めた。


「お待ちください。あなたの名前をお聞きしてみよろしいですか?」


「忍びあるゆえわたしに名はない。お好きな名称で呼ぶと良い」


 忍び。確かキリヤが言っていた。シルビアで『中央』を陰ながら護衛している精鋭たちがいる。普段は壁の向こうや天井裏で警備を行っているため『忍び』と呼ばれている、と。


 シュウナとゼキアが『中央』を襲撃した際に一人残らずどこかへ逃げてしまったとも聞いた。

 だとしたら、彼女はシルビアから逃げてきた忍びの一人なのだろうか。


 頭の隅でそんなことを考えながらリーシェは笑みを浮かべた。


「それではシノブ様とお呼びします。この城で起きていることをシノブ様はどれだけ知っていますか?」


「わたしは忍び。影である者。城で起きていることは全て把握している。だが、それをあなた方に教える訳にはいかない」


 ダメ元で聞いた質問だが、やはり聞き出すのは難しそうだ。

 シノブはそれだけ言うと瞬きのうちにどこかへ消えてしまった。


 あの戦闘国家で『中央』を守っていた精鋭なら、彼女はかなりの強さを持っているはずだ。

 気配が全くない死神のように思えた。


 アズリカと部屋で静かに過ごしながら時間を潰していると、王から謁見の指示が出た。

 予想より早く着いたため準備に時間がかかったそうだ。


 さっきとは違う騎士に案内され、約一年ぶりに訪れた『王の間』に通される。

 一年前は当然ながらラピスの父が豪勢な椅子に腰掛けていた。


 だが、今その席に座っている者を見てリーシェとアズリカは目を大きく見開く。


「ラピス……様?」


 艶やかな黒髪に満月のような黄金の瞳。

 間違えるはずがなかった。

 もう一人の『伝説の存在』である少年が、底冷えのする視線を玉座から投げていた。

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