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可哀想な少女

 シュウナ、と名乗った女性は一言で言ってしまえば神秘的だった。


 髪の色も瞳の色も。目立つ色合いは全てリーシェと同じなのに。

 リーシェには彼女がとても神聖で、また邪悪なものに感じた。


 浮世離れした、と言うのが的確な表現かもしれない。


 年寄りのような口調は不思議な威厳を。

 大きく丸い緑の輝きは魂の強さを。

 赤く波打つ海は絶対的強者の風格を。


 そこにいるにはまさしく「王」だった。

 一族の役割として王になったわけでもなく。

 絶対的な力で王になった訳でもない。


 なるべくしてなった正真正銘の王がそこにいた。


「神は忘れん坊じゃからの。お前の前に伝説の存在を創ったことを忘れているのじゃろ」


 自分とラピス以外にすでに伝説の存在がいたこと。

 それが途方もない強さを持っていること。

 それが南の大陸の民を圧政で苦しめていること。


 この一瞬で突きつけられた事実の銃口に、リーシェは喉がカラカラに乾くのを感じた。

 顔をあおざめるリーシェの横を通り過ぎ、シュウナが向かった先は玉座。


 静かに腰掛けて頬杖をつく格好で、少し高い位置からリーシェを見下ろした。


 笑っているのに冷たい……まるで冬の晴れ空のような瞳に固唾を飲む。


「子鹿のように震えおって。お前もわしと同じ存在ならば胸くらい張ってみせんか」


 そう言われても無理だ。リーシェはすっかり萎縮してしまった。そうさせるだけの恐ろしさがシュウナにはあった。


 首に死神の鎌をあてがわれているような気持ちで、リーシェはようやく言葉を発した。


「あなたは……城下町がどのような状態か知っていますか?」


 なぜこの問いだったのかはリーシェにも分からない。

 だがこれを知ることで彼女と敵対するか否かがはっきりすると思った。


 はっきりすると思ったからこそ、彼女には首を横に振って欲しかった。


 返ってきた回答は肯定の言葉。


「もちろん。知っておるとも」


「知っていて、何もしないで放置しているのですか?」


「もちろん」


 軽く絶望した。

 彼女が何も知らない状況だったなら、何とか説得して味方につけることができただろう。王を味方につければ革命は成功したに等しい。


 だが知っていてなお放置しているのなら、シュウナは絶対的な悪であり、革命軍の前に立ちはだかる側だ。


 革命軍の強者が全員向かっていったってこの王には勝てる気がしない。拮抗できる気すらしない。


 何とかシュウナとの戦いを避けることは出来ないかとリーシェは唇を噛んだ。


 そんな少女に絶対王は薄く笑う。


「わしがお前をここに呼んだのには理由がある」


「理由?」


「神がどこにいるか知らぬか?」


 その問いにリーシェは背筋を伸ばす。

 知っている。

 ここより遠き魔境の谷の奥。ダンジョンの最下層に神はいる。


 確証はないがリーシェはそう確信している。

 だがそれをシュウナが聞いてどうするというのか。


 予想のできない答えに首を傾げると、シュウナは自らその目的を話し始めた。変に隠したりすることがないのを見ると、別に何を知られても問題は無いのだろう。


「わしはな、神を恨んでいるのじゃ。殺してやりたいほどに憎く、引き裂いてやりたいほどに腹立たしい」


 心の内を語っている表情は恐ろしく冷たい。握られた拳が震えることで彼女の心境を表していた。


「何が絶対神だ。何が創造者だ。あんなのはただの倒錯者だ。自分が世界を調停しているのだと勘違いしている。勝手にわしを生み出したくせに。勝手にわしに力を授けたくせに。あの神はわしを忘れたのだ。わしは親に忘れられたのだ。その上、神は解呪できぬ呪いをこの体に刻みつけた」


「絶対死なぬ不老不死の呪い」だとシュウナは呟いた。

 豊かな赤髪を手で乱しながら彼女は震えていた。


 リーシェはその様子を見て、シュウナのことが怯えるただの少女のように思えた。

 それなのに王の風格は決して損なわれていないのだから不思議だ。


「最初は激しい心臓の痛みがわしを穿った。血は出てない。傷も負っていない。じゃが決定的に何かが変わったの言うのは感じ取れた。時間がやけに早い。友がやけに老ける。知らぬ間に誰もがいなくなっている。それが何たるかに気づくまで100年だ。決して老いぬ。決して死なぬ。未来永劫、世界を調停せよと、神はわしに言った」


 自分より先に友人が死ぬのはどれほど辛いだろう。

 仲良くなった者が消えていく。

 考えただけで胸が張り裂けそうになる。

 激情が心を締め付ける。


 それをシュウナは一体何百年繰り返してきたのだろう。


「わしは賛成した。この身はそのためにあったのじゃから悲しくとも断ることなぞ出来なかった。何百年、何千年、わしは「知」と「技」を使って世界を調停した。きっと次の伝説が生まれる頃に、神から労われ、友の元へ行けると信じていた。じゃが、神はわしを忘れた。お前が生まれてもわしは死ななかった」


 友との別れも。調停者の重圧も。数え切れない孤独も。全てに耐えて、耐えて、耐えて。

 耐え抜いて、ようやく次の伝説の存在が誕生した。


 これで終われる。これでやっと、大昔に死別した友の元へ逝ける。シュウナは安堵の息を漏らし、ずっと我慢していた涙を流したという。


 だが得られた結末は望んだものとは大きく違っていた。


 神はシュウナの存在を忘れていた。呪いは解かれず、今もなおシュウナに永劫の労働を求めている。


 なぜ?

 次の子はもう生まれただろう。

 なぜ?

 伝説として生み出したのはお前だろう。

 頑張ったのに……。


 誰もが死んでいく。誕生を見守った赤子が老人になって死んでいく。

 心地よい関係を築いた者が骨となり朽ちていく。


 深くて暗い孤独に耐え抜いたのに。

 神はシュウナの存在自体を忘却していた。


「どうにでもなれ。世界なんてもうどうでもいい。命なぞもうどうでもいい。神など死んでしまえ。伝説など消滅してしまえ。神を殺せばきっと呪いも解ける。わしはあの者の元へと逝ける……!」


 殺してくれとシュウナは叫ぶ。

 殺してやるとシュウナは叫ぶ。


 死にたいのだ、と。もう生きたくないのだ、と。愛しき者と共にいたいのだと、彼女は慟哭した。


 リーシェは常日頃から神に感じていた苛立ちを大きくさせる。

 助けてあげたいと思った。解放してあげたいと思った。


 悲劇の輪廻なんて無くなってしまえと思った。


「ダンジョン」


 気づけばそう口にしていた。


「ダンジョンの最下層にいるかもしれません」


 シュウナの目が強く光る。

 獲物を見つけた肉食獣のような目だった。


「それは確かか?」


「確証はありません。あくまで私の勘です。けれど嘘ではありません」


 矛盾しているような気もしたが、リーシェが言えるのはそれだけだった。

 リーシェとシュウナの間で流れる空気は、最初より大きく変わっていた。




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