新しい嵐の気配です
窓がない窮屈な部屋でリーシェはぼんやりと天井を見つめていた。
扉がひとつあるだけの丸い部屋の中央に座り込み、手が届きそうにない天井を睨み続けた。
足元には十分すぎるほどの量の食事が用意されているが、手をつける気にはならなかった。
この牢獄のような部屋に連れてこられてから2日。
血まみれで意識を失っていた少年の姿が脳裏を離れることはなかった。
キリヤは無事なのか。その心配が大きすぎて、リーシェは自分がどういう状況に置かれているか理解しきれていなかった。
だがいつまでも他人の心配ばかりしている訳にはいかない。
両手で顔を叩いて気持ちを無理矢理切り替える。
と言っても分かるのは、自分が「中央」に捕まったことくらいなのだが。
一通り燃やしたり凍らせたりしてみたものの、どういう作用なのか全て無効化されてしまった。
正確には打ち消された、という方が正しいかもしれない。
凍らせれば焔に覆われて溶かされた。
燃やせば冷気に包まれて技を維持できなくなった。
身を流れる魔人族の力も、規模の分からない場所に無闇に使う訳にはいかない。
考え無しに建物を崩壊させても、リーシェのように捕まっている人がいれば殺してしまう可能性がある。
頭を抱えて思考していると、牢獄の扉が開いた。
入ってきたのは表情が人形のように冷たい少女だ。
1日5回ほど、同じような者が部屋を訪れる。
彼女たちは一様に白装束を身に纏い、表情は凍り、人間味を感じさせない。
1度、手に触れたことがあったが恐ろしいほど冷えきっていた。
まるで冷蔵保存した肉のように冷たかったのだ。
つい先日の出来事ゆえにその時の恐怖が抜けていないリーシェは、白装束の彼女たちが苦手だった。
人形よりも人形らしい目で手がつけられていない食事を見たあと、少女はリーシェに外に出るように促した。
言葉は発していない。ただ、手招きをすることでリーシェを別の場所へ案内する。
気まずい空気の中、頭一つ下にある少女の黒髪を凝視する。
乱れた毛先が1本もない毛髪は、サラサラと長く伸びていた。
揺れる髪を追って連れてこられたのは、1寸先が闇に包まれた下り階段だった。
強い光源がないこの場所は非常に暗く、少女の雰囲気も相まって非常に怖かった。
階段を降りたくなくて思わず目の前の旋毛に縋るような視線を向けてしまう。
もちろん慈悲はなく、不気味な無表情に背中を押された。
そっと階段をおりていく。
どこまで続くのか。
足が疲れてきた頃ようやく黒光りする扉が目前に現れた。
緻密な装飾の施されたドアノブを押し込んで扉の向こうへ歩を進める。
暗闇に慣れた目があるものをリーシェに教えた。
背もたれが異常に大きく、赤いクッションが置かれた椅子。
これは……。
「玉座?」
「いかにも」
自分しかいないと思っていたのに耳元で声が響いた。
地の底から響いているようにも感じ、天から響く声のようにも感じた。
男か女か瞬時に判断できない声は、身を固くするリーシェの反応を楽しむように言葉を続ける。
「ここはシルビアの頂点に立つ王の部屋である」
明かされた声の正体に振り向いて、声の主の姿を視界に収めた。
瞬間、息を飲み、背筋を凍らせる。
腰より下まで長く伸ばされた緋色の髪。
人形のようでありながら妙に生気を宿した翡翠の瞳。
同じ目線の高さで見えたその色合いは、リーシェとそっくりだった。
「あなたは……誰ですか?」
「わしはシュウナ。神により生を受け、神より忘れられた伝説の存在じゃ」
ここで【伝説の少女は平穏に暮らしたい】が約半分になります。
このシュウナの存在が物語の空気を一気に変えていくはずです





