それぞれ
……東應医大…喫茶店……
葵は有紀と喫茶店にいた。
二人は皆の近況ついて話していた。
九条は目を覚ましてすぐに退院の手続きをとって、退院した。
仕事が物凄く溜まっていたようで、九条が目を覚ました時、秘書の山村は大いに喜んだ。
九条にはあの世界での記憶は無かった。記憶が無いことによって、九条は自分に何が起こったのか…すぐに理解したそうだ。
九条は皆に簡単な挨拶をして無事退院した。
次に会う時は派手にパーティーでもしようと言い、皆と別れた。
陸にしてもあの世界での記憶が無いので、無理に関わる必要なかった。
しかし、亜美には記憶が残っていたので、陸を気にしていた彼女にとっては少し辛かったかもしれない。
だが、歩と有紀の説得で、陸にあの世界での事は言わないでおく事を、何とか納得してもらった。
有紀は言った。
「祥子にあの世界での記憶は無かったよ…」
「やはりそうですか……彼女の精神状態は?」
有紀は言った。
「私は精神科医ではないからな…、でも安心しろ、信頼のおける精神科医に、彼女の事は任せた…」
葵はいつものアイスカフェラテをすすりながら言った。
「そうですか…。でも彼女はあの世界の記憶がなくなって、かえってよかったのかも知れませんね…」
「そうだな……。人を殺害した感触など忘れた方がいい…、結果…皆こうして生きているからな…」
葵は言った。
「愛さんはどうなりました?…話しによると不治の病だそうですが…」
有紀は少し気難しい表情になった。
「それなんだが…」
「どうかしましたか?」
「ただの胃潰瘍だった…」
葵はキョトンとして言った。
「はぁ……、それは意外です…。でも何故、有紀さんはそんな表情を?」
有紀の表情は気難しいままだ。
葵が尋ねた。
「何か気になる事が?」
有紀は言った。
「ああ…、彼女が教師なのは葵も知っているだろ?…」
「はい、知っています」
「教師の職場はストレス社会だ…。急性胃潰瘍になる事はよくある話だし、そこは不思議ではない…」
「確かにそうですね…。だとしたら愛さんは誤診で末期の胃ガンと診察されたのでは?」
「うむ、そうなんだが…、それがどうもおかしいんだ…」
「おかしい?」
「彼女は近くの内科で診察を受けて、末期の胃ガンだと診察されたらしい…」
葵も表情が険しくなった。
「確かにそうですね…、町医者で末期の胃ガンと診断するのは…あり得ませんね」
「ああ…、仮に胃ガンの可能性があったとしても…より、確実に検査をするために、大学病院などの大きな病院を紹介するはずだ。その場で末期の胃ガンと診断するのは……、無い…誤診もいいところだ」
葵は言った。
「その町医者とは?」
有紀は言った。
「そこからが問題なんだ…。愛に聞いた病院を調べたら…、そんなものは存在しなかったんだ」
「では、その病院は…」
「誰かが作った架空の病院だったんだ…。そして、愛は診断されたその日の夜に…意識を無くした…」
葵は言った。
「アマツカが仕組んだようですね…」
「お前もそう思うか?」
「そう考えるのが普通ですよ…、しかし、だとすれば…やはり彼は恐ろしい…」
「そうだな…人身掌握に長けている…」
葵や有紀が言うように、アマツカは人の心を利用して目的を遂行する。
今回の祥子や愛といったように、彼女らを利用し、ゲームを進行した。
アマツカの人選が見事にはまったとも言える。
葵は言った。
「アマツカは危険すぎます…。あの思想に、頭のよさ…そして人身掌握に長けた点…。おそらくその能力でスポンサーも付けているのでしょう」
有紀が言った。
「まだ奴にかかわるのか?」
葵は髪をクルクルさせた。
「嫌でも、向こうからやってきますから…。どうやら彼は、僕と歩さんにご執心のようですから…」
「そんな呑気な事を言ってる場合ではないぞ…」
葵は話を変えた。
「ところで…マリアという女性の事は?」
記憶を失った謎の女性…通称マリア…。彼女に関しては、この東應医大にいなかったのだ。
彼女に関しては謎が多い…、歩に拳銃を渡したり、記憶が無い分、彼女に関しては謎が深まるばかりだ…。
味方なのか敵なのか…それとも、また別の何かか…。
有紀は言った。
「詳細はさっぱりだ…」
葵は髪をクルクルさせた。
「彼女はいったい何者だったのでしょう?…拳銃を持っていたので、ただの一般人ではなさそうですが…」
有紀も言った。
「あと、記憶が無かったのが気になるな…」
「なかなか、スッキリしません…」
有紀が言った。
「話を逸らされたが…お前、これからどうするつもりだ?」
「アマツカの事ですか?」
「また奴が何かを仕掛けてくるのは、私でもわかるぞ」
「しかし、現状は後手にまわるしかありませんね…。何せ向こうからの誘い待ちですから…」
「何か手はないのか?」
葵は髪をクルクルさせた。
「現状はお手上げです…。しかし、彼をこのまま放っておく訳にもいきません…。彼は、この世界を浄化すると、言ってるのですから…」
「危険人物にかわりないな…」
葵は言った。
「できるだけの準備はしておきます…。今はそれくらいしかできませんから…」
いつ仕掛けられてもいいようにしておく。
確かに葵の言うように、後手にならざる終えないこの現状では、できる限りの準備をするしかないのかもしれない。
……退院日……
やっと退院日がやって来た。
葵の母は用事のため病院にこれなかったが、代わりに美夢が来た。
美夢は言った。
「忘れ物ない?」
葵は言った。
「ないよ…子供でないんだから…」
見送りに来た歩が言った。
「相変わらずお似合いだね…」
茶化す歩の隣で、五月が写真をパシャパシャ撮っている。
葵が言った。
「何しているのですか?」
五月が言った。
「オカルト記事は、出せないから…違う記事を書こうかと…」
美夢が言った。
「何の記事を書くんですか?五月先輩…」
五月は胸を張って言った。
「決まってるじゃんっ!『東應の天変月島と学内アイドル藤崎、熱愛発覚!』これで決まりよっ!」
葵は呆れて言った。
「アホですね…」
五月は激昂した。
「アホとは何よっ!アホとはっ!…」
葵は言った。
「もしそんな記事を掲載したら、訴えますから…」
訴えると、いう葵の言葉に、五月は怯んだ。
それを見て美夢はクスクス笑っている。
最後に歩は言った。
「とにかく、日常に戻ったんだ…。しっかり楽しんでね…。まあ、君には刺激が足りないかも、だけど」
葵は笑って言った。
「いえ…当分は楽しみますよ…。今を…」
葵の言葉にはアマツカとの戦いの前の、休息をとると、いった意味も込められていたのかも知れない。




