喪失
夕食を終えた後、葵は部屋に戻り考え事をしていた。
陸を殺害したのは誰だと。
湖で陸は殺害された。胸と腹にそれぞれ深い刺傷…。
凶器はおそらく消去ボックスで処分したであろうが、それはさほど問題ではない。
「傷の大きさからして、おそらく厨房の包丁…しかし、それでは…」
その時葵の部屋をノックする音がした。
葵はドア穴から外を覗いた。
有紀だった。
葵はドアを開けた。
「どうしました?有紀さん…」
有紀は言った。
「少し話をしたくてな…、いいか?」
「どうぞ…」
葵は有紀を部屋に入れた。
有紀は部屋のソファーに座り、葵に言った。
「少し気分転換をしたくてな…」
「珍しいですね…あなたのそんな顔は…」
葵の言うように、有紀の表情は少し浮かなかった。
話をそらすように有紀は言った。
「犯人の目星はついたか?」
「いえ、まだ…。わからない事だらけです…」
「葵も手こずるか…。12人目は誰なんだ…」
葵は髪をクルクルさせながら言った。
「それなんですが…、どうやら僕たちは検討違いをしているかもしれません」
「どういう事だ?」
「凶器です…。陸さんは包丁で殺害されてます…」
「それは犯人が包丁を使ったからだろ…」
「勿論そうですが…、それなら犯人は12人目ではありません…」
「なに?…何故だ?」
葵は答えた。
「凶器と思われる包丁や、刃物類は厨房にしかありません…」
有紀ははっとして、言った。
「そうか…」
葵は少し口角を上げた。
「そうです…12人目に、刃物を入手するタイミングはないのです…。
仮に前日の深夜に、厨房に忍び込み、刃物を入手したとしても…」
「朝食を担当している、歩が気づくはず…」
「その通りです…。しかし、歩さんに確認したところ…朝食を準備した時は、特に異変はなかったそうです…」
有紀は黙って頷いている。葵は続けた。
「つまり、12人目に凶器を入手する事は不可能です…」
有紀は言った。
「だとしたら犯人は身内で、12人目がアマツカ…」
「その可能性は大いにあります…」
葵は有紀に聞いた。
「有紀さん…この世界に来る前に頼んでいた事ですが…」
「昏睡状態の患者の件か?」
「はい、調べた後ですか?それとも調べる前にこの世界に?」
「調べる前だ……と、言うより調べる時にPCを開き…、気付いたらこの世界だ」
「なるほど…」
葵は髪をクルクルさせて何かを考えている。
有紀は葵に言った。
「どうした?…何かに気付いたか?」
「三木谷祥子…、彼女はいったい…」
「確かに他とは違うな…彼女が犯人だと?」
「それはまだ…、しかし、あの余裕は…、何かを悟ったような感じです」
有紀は顎をさすりながら言った。
「脱出の妨害はしないと言っていたが…」
「彼女にはまだ秘密がありそうです…。まぁ僕の勘ですが…」
「とにかく脱出の事を最優先に考えなければな…」
葵は有紀に聞いた。
「ところで、有紀さん…。話は何ですか?」
有紀は苦笑いして言った。
「なんだ?急に…」
「こんな時間に僕の部屋に来るのは、珍しいですからね…。何がありました?」
「さすがだな…」
有紀は息を整えて言った。
「歩の事なんだが…」
「歩さんがどうしました?」
「変だと思わないか?…」
「変?……、確かに少し様子がおかしいですね…」
ここ最近の歩は、葵から見ても、確かに少し様子がおかしかった。
話しかけても…どこか、心ここにあらず…と、いった感じだ。
有紀は言った。
「あいつは普段は、チャランポランでいい加減だが、決して隙はない…。しかし、ここ最近…どこか気が抜けている」
「ひどい言い様ですが、確かに歩さんは…いざという時には頼りになります」
有紀は言った。
「私は…愛が関係あると思うのだが」
「愛さん…ですか?」
葵はピンとこない感じだが、有紀は言った。
「歩は食事準備の関係で、愛といる時間が、他の皆より長い…」
「それで?…」
「何かを相談されているか…、言い寄られているか…」
葵はキョトンとした。
「言い寄られている?」
「ああ…、それであいつは困っている…」
葵は少しにやけて言った。
「嫉妬ですか?」
有紀は憮然とした表情で言った。
「馬鹿な事を言うな…。あいつは誰とも男女の交際はしない…」
「何故そう言えるのです?」
「葵…、お前は知っているだろう?あいつが何故カメラマンを選らんたのかを…」
葵は少し表情を落とした。
「そうでしたね…」
有紀は言った。
「あいつは…誰とも付き合わない…。それは間違いない…」
「しかし、歩さんに愛さんの事を聞いたら…少しは彼女の事が、わかるかも知れません。
祥子さん曰く、愛さんも脱出反対派のようですから…」
有紀は言った。
「しかし、脱出したくないとは…」
「それに関しては、だんだんと…わかってきました」
「まぁ、愛に関しては歩に聞いてみよう…」
その後少し二人は脱出について話し合い、有紀は部屋に戻った。
有紀が帰った後、葵はそのまま眠った…。
新たなる犠牲者が出るとも知らずに…。
……四日目…午前……
朝の食堂では珍しい事が起こっていた。
「遅いな…なにしてんだ?」
歩は時計を見ながらそう言った。
有紀も言った。
「こんなことは今までなかったぞ」
食堂は深刻な空気に包まれていた。
葵が言った。
「何かあったのかもしれません…」
いつもいるはずの人物がいない。
いつもなら時間を厳守するはず…、しかしその人物はまだ来ていない。
九条がまだ食堂に来ていなかった。
歩が言った。
「まぁ、とりあえず呼びに行こうよ…、あいつも色々疲れているから、まだ寝ているかも…」
「じゃあ、僕も行きますよ」
そう言って葵も立ち上がった。
愛が心配そうに言った。
「歩さん…、九条さん、大丈夫ですよね?…」
歩は笑顔で言った。
「心配ないよ…。有紀、皆を頼むぞ」
「わかった、一応警戒はして行け…」
「ああ、わかってる…。葵君…行こう」
葵と歩は食堂を出て、階段へ向かった。
歩が言った。
「九条が時間を守らないのは、明らかにおかしい…」
葵も言った。
「ですね…、何かあったと考えるのが自然です…」
そして、九条の部屋の前に到着した。
歩が言った。
「まぁ、あいつも人間だから…寝坊の一つもするさ…」
だが、そんな歩の思いは、扉を開きすぐに崩れ去った。
扉を開けた瞬間、異臭が鼻を刺した。
二人は瞬時に思った。
まただと…。
その臭いは……、死臭だった。
歩は意を決して扉を開けた。
九条がうつ伏せで倒れている。
葵と歩は、すかさず九条の元へ走った。
歩が叫んだ。
「九条っ!」
しかし、歩の叫び声は、ただ虚しく部屋に響いただけだった。
九条は……。
死んでいた……。
葵は九条の死体をただ見つめた。
「また…、死んでしまった…。くそっ!」
葵は壁を思いっきり殴った。
ドォンッと、激しい音が部屋に響き渡った。
葵の拳は血で滲んだ。しかし、怒りが痛みを凌駕して、拳はなにも感じなかった。
歩はゆっくりと立ち上がった。
「有紀を……、呼びに行こう…」
歩は下を向いていて、どのような表情かは、わからなかったが…怒りで震えていた。
九条が死んだという事は、皆をまとめる者がいなくなった事を意味する。
しかし、二人はそんな事より、仲間を失った事実に…、死なせてしまった自分達の無力さに…、ただ、押し潰されそうだった。




