エピローグ
遠くでスマホの呼び出し音が鳴っている。
まだ眠い。だるい。
そもそも、船内は圏外のはずだ。イレブンは発信元を確認するため、瞼を開ける。
足元から絨毯が消えている。代わりにコンクリートがある。頬をつけて寝そべっていた。
「ここは、フェリー乗り場?」
あおいとりは停泊していた。夜のはずだったのに、昼になっている。
スマホの画面を見る。母からの電話だ。
「よかった。まだあおいとりに乗ってない?」
「え? 今何時?」
「十二時半よ。ちょっと大丈夫? 十三時発のあおいとりに乗るんでしょ? あなた誰と行くの? こんなこと聞きたくないからずっと聞かないまま送り出しちゃったけど、やっぱり聞いておかないとって思って」
イレブンはソラの名前を言えなくなる。そのことに気づいた母親が何かを察し、急に声音が柔らかくなった。
「あなたあの子と行きたかったんでしょ」
急に涙声になる母親。
「あの子の話はしないでっていつも言ってたけど、私もあの子がただ嫌いだから言うんじゃないのよ。本当は一人で行くんでしょ? お母さん調べたの。ソラ君は一か月も前に少年刑務所で亡くなってるって。だから辛かったのよね? それなのに私、何も気づかずに送り出したりして」
イレブンはあおいとりを見上げる。車両の積み込みが完了しており、じき出航するだろう。
「母さん、ソラはどうして死んじゃったの」
「え? それは……同室の少年に殺されたって」
スマホを取り落とした。画面にひびが入る。
「全部夢だったはずないよな」
あおいとりが出航の合図の汽笛を鳴らす。甲板から大勢の人が手を振っている。五百人ぐらいいそうだ。
「なんだ、あの人たちは無事なのかよ」
もう幽霊船などではない。あの最上階の展望デッキに、イレブンとソラは確かに乗った。離れていくあおいとりが見えなくなるまで見送る。あの航海はきっといいものになるはずだ。
「ソラは二回も死んだんだよな。俺をかばって」
ポケットにあったチケットを見る。ソラが描いたはずの、落書きが消えている。
「そうか」
ソラははじめから乗っていなかった。そう考えると、自分のせいでソラが死んだのではないと思える。ソラの計らいなのだろうか。
家に帰ろう。左利き用の新しいギターが待っている。六車にも見てもらいたかった。
スマホを拾う。ずっと母親が呼びかけていた。
「もしもし、もう心配したわよ。急にどうしたの」
「ごめん。やっぱクルーズやめて家に帰るわ」
「いいの?」
「ギター弾きたいし」
「本当に?」
「なんでそんな、嫌そうなんだよ」
「私が無理やり言わせてないかなと思って」
「いいんだ。俺、乗りたくなったらちゃんと自分でチケット買って、乗るから。今は一番やりたいことをしたい」
「分かったわ」
通話を切り、割れたスマホの画面を見てイレブンは驚愕する。写真のアプリが勝手に起動していた。勝木田と六車が海に転落して救助したあとに、展望デッキでポーズを決めて撮った写真だ。ソラがはっきりと映っている。
――じゃあ、今日のことずっと覚えとこうぜ。指切りだ。
みんな亡くなったけど、生き残った。生き残ることは悪いことじゃないと、もう知っている。
「指切りだ」
写真の中で、イレブンの失ったはずの小指がソラの指と絡んでいた。




