六十八話 不快感
お久しぶりです。
勇者召喚後、世界は大きく揺れた。
なんといっても世界規模の術式だ。歴戦の覇者達がその動きに気づかぬはずがない。
しかし、王国としても勇者は魔神に対する切り札。あまり露見するのは好ましくない。
各国からの使者は王国をに問いただすが、王国はすげなくそれを断った。
国内の貴族なども城に詰め寄るなどしたが、調査中の一言で切られた。
それが三日ほど続いた後、ついに大国の堪忍袋の尾が切れた。
『此度の事態、詳細を明かさないと言うならばこちらとしても強硬手段を取らざるを得ない』
森国、湖国、龍国、商国の四大国家と王国傘下以外の国からの連名状。
大陸中のほぼ全ての国家が動く、それほどまでに恐ろしい規模の術式であったのだ。現代で例えるならば核兵器を保有しているでなく、核兵器に火がつきどこかを狙っているといってもいい状態。同じ大陸に住む国家としては決して日和見することはできない状況だった。
ここまで出されて、流石に大陸四大国として数えられる王国としてもそ知らぬ顔は出来なかった。
下手したら、勇者が魔神を殺すよりも人間たちだけで自滅しかねない。
これを受けて王は大規模な式典を行うことを表明。
各国へ招待状を送りつけ、その日を十日後とした。
「どうするレイラ?もしあれなら俺が代理で出るが?」
「もちろん私が行くわ」
「そう言うと思った・・・」
湖国地下大円卓会議場。
円卓の中央に埋め込まれた水晶から、王国より通達された招待状が映し出されていた。
以前より状況は進展したとはいえ、円卓の主の表情に笑みは無かった。
「場所、開催日だけで、他の情報は一切無し・・・どうやら今代の王は喧嘩を売ってるらしいわね。私たちが求めたのはパーティーの開催じゃなくて情報の開示なのにね」
「そうかっかしないの。あの王様も頑張ってはいるのだから・・・結果が伴ってるとはいえないけれど」
「十年前のエクス王が負傷が痛かったわね。というか、エクス王もさっさと次代に席を譲ればよかったのに変に意地なんてはらなければ、多少は経験をつめてマシな王になったでしょうに。愚王なんて畜生に劣るわ」
「女ってこええ・・・」
「何か言ったお父さん?」
円卓の主が浮かべる見た目相応の無邪気な笑み。
だが細められた目から見える瞳は笑っていなかった。
「い、いや・・・レイラも体調は大丈夫なのかなーってな」
「五年前ならまだしも、今はもう安定してるし大丈夫よ。記憶の混乱は若干残ってるけど」
「そうか?それはレイラの夢だったって話じゃなかったか?」
時折、円卓の主の脳裏をよぎる黒い塊。
それがなにであったかは理解できない。
そもそも生き物であったかどうかもわからない。
しかしそれは自分になくてはならない大事なものであったはずなのだ。
だが、誰に聞いても明確な答えどころか、答えの欠片も帰ってこない。
結局様々な調査を終えて出た結果は魔力の大量消費による記憶障害。
元村人の名前、親のこと、常識など重要な記憶に問題は無かったことで軽く片付けれれてしまったが、円卓の主は未だ納得してはいなかった。
「・・・ええ、そうね。それじゃあ次の議題に移りましょうか。次は―――」
だがそれを喚き散らすほど、少女の心は未熟ではなかった。
解消されない不快感を抱えながら表向きの皮を被り、少女は今日も円卓を纏める。
*
不愉快。
濡れ羽色の髪をした少女―――美雪が最初に感じたのはそれであった。
碌な説明もせず、そもそも自分が説明していることを理解できているのかもわからない王。
自らの行いをを絶対的善と信じ、他者への影響を配慮しない洞家龍司。
盲目的に龍司を信じ、思考すらしない総佐久鏡歌。
浮かれるだけで、自らの立ち居地の危さに目を向けぬ幼馴染。
そして、最も不愉快なのは・・・
「皆様方、よくお似合いでございます」
朗らかな表情で私たちをほめる老人。―――こいつだ。
最初に出会ったときはうさんくさいの一言であった。
それが、いつしか信頼の置ける相手となっている。事実、龍司も鏡歌も忍もまるで老人が恩師であるかのように接している。
確かに、老人はこの世界の常識や法則。その他全てを教え、どんな質問が来ても即答できるほど賢かった。私たちの微妙な変化を読み取り、適切な対処をしてくれた。
私とて、信頼していないわけではない。むしろ、老人を恩人といっても過言ではないほど感謝している。
だが―――それこそが実に不愉快なのだ。
全てが仕組まれたかのような違和感。心の奥底から滲み出るような不快感。
考えれば考えるほど老人の都合のいい方へと進んでいることに違和感を感じていく。
正しいことが何か、間違っているのはどこで、何を信用すべきか?
少なくとも、この場にいる人間に問うてもまともな答えは期待など出来ないだろう。
(今は耐える・・・いや、内に収めておくべき)
「そう、ありがとう」
老人の世辞を、はにかみながら感謝する洞家龍司。
上質な生地で仕立て上げられ貴金属で邪魔にならない程度に飾られた服は、確かに彼の金の髪とよく合い、まるでどこぞかの王子かのような雰囲気を出している。
しかし十数日と短い時間しかこの世界に来ていない身としては、コスプレか何かをしているようにしか見えない。
「ドウカ様、ベルトの具合はどうですか?」
「ええ、大丈夫です。ちょっと慣れないものですが・・・」
パンと軽く叩かれた洞家龍司の腰には、一本の剣が下がっていた。
この世界に来て三日ほどたった時、突然出現した剣だ。
あのときの洞家龍司の慌てようは今でも思い出せる。下手したら、この世界に来たときよりも混乱していたかもしれない。
その次の日には、私がねじれた木製の杖を。忍が銀塗り鞘の刀を手に入れた。
後の説明よりわかったが、それこそが老人の言う世界移動による能力の覚醒というものらしい。
確かに、杖を手に入れた後自分の中で何かが変わったことは理解できた。
魔力の理解、自身の能力、そしてその使用方法。全てが生来より体に染み込んでいる生命活動のように頭の中にインプットされていた。
総佐久鏡歌も特に武器のようなものを得ることは無かったが、それ以上の能力を手に入れたらしい。詳しくは知らない。
「ツキセ様はいかがでしょうか?その特殊な形状のせいで合うベルトがなかったことが申し訳なかったのですが・・・」
「おう、ちょっと長い帯もらったから大丈夫だ。ただこれで素早く動けるかといわれると厳しいけどな!」
「元々素早くなんて動けないでしょ。オタクのくせに」
「なんだと!お前だって人のこと―――」
「勇者様方。もうじき式が始まります。お戯れはその程度で移動願えませんか?」
老人もこの十三日で人間関係を把握したのか、うまく忍の言葉を断ち切った。
忍は憮然としながらも部屋を出、続くように洞家龍司と総佐久鏡歌が部屋を出ていく。
この老人は、人の隙につくのが極めて上手い。
まるで全て予測済みで、既に何度も確かめた事のように人を手玉に取る。こういうところが気持ち悪いのだ。
控え室を出て数十分、流石王宮というだけ広い廊下を進んでいるとようやく謁見の間に到着した。
老人が何らかの動作を行うと、自分の身長の数倍よりも尚巨大な扉が独りでに開いていく。
魔術か何かを使ったのだろうが、全く感知できなかった。
一月もない訓練であったが、既に王宮にいた魔術師よりは巧みに魔術を操れる自覚はできていた。世界の補正とやらは、本当に凄まじいの一言だ。
だが、その勇者であっても感知できない魔術。本当にこの老人は何者なのだろうか?
能力を使ってもまともに発動しないし、聞いてもどうせはぐらかされるんだろうなと考えていると、いつの間にか皆は先に進んでいた。
慌てて追いかけると、そこはまさに漫画や映画で見たような光景が広がっていた。
玉座へと続く、染みひとつないレッドカーペット。煌びやかで荘厳なシャンデリア。金や銀で装飾された柱や壁。
そして、レッドカーペットを挟むようにして存在する五つの集団。
一つは鎧を身につけ、最も玉座に近い場所で整列する騎士達。
一つは今にも舌打ちをしそうなほど不機嫌な表情の少女を筆頭とする集団。
一つは無表情で目を閉じている若い龍面の武人を筆頭とする集団。
一つは苛立つように腕を組む狼面を筆頭としたエルフとドワーフと獣人の集団。
一つは煌びやかな宝石を見せびらかすように身にまとう青年を筆頭とする集団。
老人の情報から判断すると最初から順にこの国の騎士、湖国、龍国、森国、商国だろう。
各国の状況としては、巨人と魔神の戦いによる弊害で王国、森国、龍国の国主が引退。王国はエクス王の息子が引き継ぎ、森国では異例の獣人の代表(獣人は少々気が激しいのでこういった交渉事には向かない)龍国では王の引退宣言とともに武道大会が行われ王が選出されたらしい。
商国では先代の代表が老衰により死去、その影響で先代の商会は没落し他の商会が現在代表を務めているらしい。
そして最後に最も歴史が浅い湖国。国主であるレイラが巨人と魔神との戦いで一時期危篤状態にあったが今は完全回復した模様。
もろもろのことを含めれば先ほどからこちらを睨む少女は百歳以上になる。見た目は十歳ほどであるのに、だ。
だがここは異世界。獣面の人間もいれば魔物と呼ばれる生物、果てには雲を突き抜けるほどの巨人もいるのだから、そちらと比べればまだ理解しやすい。
心の底から信じられるかと問われれば否と答えるであろうが。
私の持つ能力を使えば確かめられるだろうが……やめておこう。まだ発動せず杖に力を僅かにこめただけで、少女の眼が一瞬更に細くなるのが見えた。あれは完全にこちらの意図に気が付いている。
この程度なら王宮の筆頭魔術師にも感ずかれなかったはずなんだが……老人といい、少女といい本当に人間なんだろうか?
「このたびはお忙し中ご足労いただきありがとうございます。皆様方におかれては―――」
「待ちな。爺さん」
老人の言葉を、狼面の男がきった。
「長ったらしい挨拶は要らねえ。こちらが求めているのは”何を発動し、どんな結果が起こるか”それだけだ。というか、そもそも手前は誰だ。名ぐらい名乗りな」
「これは失礼しました。ですが申し訳ございません。私の名はありませんのでそのご質問に返答することは出来ません。ですがそうですね、私が何者かと問われますと…」
一度言葉を切り、老人は深く息を吸い、朗らかな笑顔で言う。
「―――元皇国宗主にして、この度の大規模術式発動者、そして……十年前の巨人の封印を解いたものです」
その瞬間、殺気というべき波動が謁見の間を巡った。
直接受けていない自分でさえ手が震えるほどの気迫、龍司と鏡歌は顔を真っ青にし忍は膝が目に見えてわかるほど笑っている。
日本では決して感じることのなかった殺気というべきものに当てられ、私たちは身動き一つとれなかった。それどころか、気を付けなければ呼吸さえ止まりかねないほどだ。
だが、老人はまるで暖簾に腕押しとばかりに朗らかな笑みを崩すことなく自然体であった。
この場にいるほぼ全員から、直接向けられていなくてもそれだけで息絶えてしまいそうな殺気を向けられても老人の態度は変わりはしなかった。
「てめえ…自分が何言ってるのかわかってんだろうな!」
狼面の男の言葉に呼応するように、謁見の間にいる全員が武器に手をかける。
他国の王城で武器を抜く行為はどのような状況でも無礼、ましてや王の前で武器に手にかけるなど挑発行為どころか侵略行為として捉えられかねないほど危険な行為だ。
だが、玉座に座る王は制止するわけでなく叱責を飛ばすわけでなく興味深そうにその光景を見守るだけだ。
おそらく、既に知っていたのであろう。その証拠に、王の周辺だけは動揺が少ない。
「もちろん存じております。ですが、お言葉をお許しください。あれは必要なことだったのです」
「必要?あれほどの犠牲を強いて、何をもって必要とあなたは言うのですか?」
「それはもちろん―――」
ガンッという鈍い金属音が、老人の言葉を遮った。
先ほどまで何もなかった老人の眼前に、仮面の騎士が出現する。
周囲の混乱もなんのその、仮面の騎士は背から白銀の両手剣抜き放ち振り下ろした。
轟っと唸り声を上げ振り下ろされる白銀の両手剣。しかしその斬撃は不快な金属音とともに空中にて阻まれた。
それは、漆黒の手ともいうべき物体であった。騎士がつける小手のようにも見えるが、それはあまりにも凶悪な形状をしていた。
まるで、悪魔の腕とでもいうかのように
何が起きているかその場にいた全員が理解できなかった。ただ一人、老人を除いて。
「…来たか魔神」
ぞっとするほど冷たい声が、老人の口から放たれた。
その表情からは好々爺のような朗らかな笑みは消え去り、復讐を誓った般若のような憤怒だけが残っていた。
親の仇ではない。人生をかけた復讐相手を見つけたような、憤怒と歓喜に満ちた目で漆黒の手を睨みつける。
『愉快・三文・劇』
ノイズがかった妙な片言が頭に響いた。
黒炎が、床から染み出る。
徐々に増していく威圧感、そして薄れゆく恐怖に比例するように諦念ともいうべきものが心から溢れ出す。
私が何故、いや私が一体何を諦めかけているのかさえさっぱりわからない。
『しかし・汝・時・惜し』
染み出た黒炎が、丸を作る。
影もなく、されど光も熱も放つことのない現実味のない黒い炎で描かれた輪。
そこから現れたのは、またもや黒で塗りつぶされた人間の頭蓋骨であった。
黒き炎を背にしても決して紛れることなき絶対的な『黒』。
光さえも飲み込み、まるで世界に穴が開いているかのような空虚な存在。
その時、ようやく私は気が付いた。
この諦念は、自らの未来へ対するものなのだと。
『汝ら・絶望・告げる』
全てを嘲笑うように、真っ黒なしゃれこうべがカタカタと歯を鳴らした。
なんとか……完結まで……




