六十七話 無邪気な邪悪
早く書くんだYO!俺
その後床を突き破って帰還したスサノオが暴れるなどトラブルはあったものの、概ね平穏に会議は終了した。
会議で採択されたのは三つ。
まず一つに世界間移動の原則禁止。緊急時のみ、二人以上の主神の許可をもって下界することが許される。
次に大規模な世界捜査の開始。現在原初より派生している世界の全てが蛇に何らかの工作をされている可能性があるということで、全ての世界を虱潰しに探索するらしい。
もちろん世界は無数にあるわけで作業量で天文学的数字といっていいほどだが、妥協する気はないみたいだ。
最後に、オーディンが会議で唱えた『奈落』の一時開放。
これに関してはどの議題よりも紛糾した。
アマテラスもゼウスもインドラも反対の立場にたち、大激論が繰り広げられたが最終的にはアザトースなどが仲裁して全開放ではなく半開放以下で時間指定を条件に加えたところで渋々ながらも可決された。
そして現在、俺はオーディンと共にその問題の『奈落』とやらに向かっている。
オーディンの塔の地下にあった、永遠と続く大理石の螺旋階段。
魔術方面に特化しているオーディンであるからこそ、管理が任されている神知不踏の魔境。
現に、ただ階段を下っているだけのはずなのに手すりが捩れ、足場が急に消滅するなんて当たり前。
ひどい時など壁からどす黒い槍やら光り輝く剣やら捻じ曲がった矢やら神話武器らしきものが大盤振る舞いで飛んでくる。どう考えても、下にいかせる気がないことがよくわかる。
そして、それだけこの下にあるものが重要なことも。
「『八悪の調べ 暗愚帝王』」
オーディンも会議後、呪文以外の言葉を口にすることなく淡々と襲い掛かる化け物を駆逐していく。
呪文は一つしか唱えていないはずなのに、化け物たちは細切れになったり蜂の巣になったり潰れたりと大忙しだ。どんな仕組みでこの超常現象を起こしているのかは気になるが、今それを聞いた場合自分に向かってきそうなので自粛しておく。
数刻ほど経過した後、螺旋階段はようやく終点を迎えた。
俺たちを迎え入れたのは、いたるところ時計らしき紋章が刻み込まれた巨大な鋼鉄の門。
上を見上げても頂点が見えぬほどの巨大な門。
これほどまでに巨大ならば螺旋階段を下っている間に見つけていてもおかしくはないはずだが、何故か螺旋階段を下りるまで存在にも気づけなかった。おそらくこれにも何らかの細工はしてあるのだろう。
「やあ、今回は随分とお早い再会のようで」
門の脇で座り込んでいた男が、楽しそうにオーディンを話しかけた。
首元に懐中時計を下げ、目を隠すように布を顔にまき付けている。
頭の白さはよく目立つが、その声には老いを感じさせない。
「・・・悪かったな。ここを抑えるのはお前以外に適任はいないんだよクロノス」
「なにを、頼りにされるのはいいことじゃないか。一度も顔を出さない可愛い息子よりかはよほどましさ」
「無茶を言うな。あいつはここには降りてこられない」
「はっはっは、それもそうだね。坊ちゃんならもう中にいるよ。そちらは新人かな?名前は?」
『ああ、始めましてムーです・・・んッ!?』
自分でも驚くほど滑らかに言葉が出た。
そう―――言葉が出たのだ。失ったはずの言葉が。懐かしきあの言葉が。代償として捧げたはずの言葉が。
それは俺にひどく混乱を齎した。
通常であればすぐに沈静化するはずの感情が、あふれ出す。なんだこれは?
「ちっ、侵食がひどい。表層意識程度ならもってかれるのか」
「今に始まったことじゃないさ。あの子も、それだけ君と会うのが楽しみなのさ」
「はっ!願い下げだそんなもん―――おい、ムー!」
『な、なんだ?』
「黒太陽を意識するな。なるべく蟲、できれば『飢餓』よりでいろ。そっちのほうがましだ」
『どうやってするんだよ』
「適当に意識を遠くしてろ。お前が遠くなれば、中身が出てくる」
言われたとおり、なるべく意識を飛ばすようにぼうっとする。
それは、すぐに来た。
体自分のものではなくなっていく感覚。体の末端から徐々に力が抜けていく。
『ぐっ・・・!』
なんとか最後の意識をもっていかれないよう踏ん張るも、相手の引きもかなり強い。
これは・・・あの時戦った本能か。
今もまだ俺の体を奪おうと虎視眈々と狙っていたようだ。全くもって気が抜けない。
別に意識を失ったわけではないのにここまで引きが強いとは・・・割と俺も今まで危ない綱渡りで生きていたことがわかる。自分に驚きだ。
「そう、その状態を維持してろ」
『無茶を言う・・・!』
「安心しな。今からお前が向かう場所は無茶が現実としてまかり通る魔境だ。根源的には【善】であるアマテラスやゼウスじゃ決して入れない【悪】の楽園」
「開けるのは一秒。合図があれば開けるが、毎度ずらすのも面倒なので出入りは手早く頼むよ。時間をかければかけるほど我々の寿命が縮むと思いたまえ。ようこそ新人」
―――悪神の住処、『奈落』へ。
歓迎の音楽のように、鋼鉄の門が甲高く軋んだ。
*
そこは―――楽園だった。
青く晴れ渡る空。色とりどりの花が咲き乱れ、大地を飾る。
穏やかな風が草を揺らし、耳障りのはずの小鳥の鳴き声すらこの楽園を構成する一部としか思えなくなる。
小高い丘の上で元気に駆け回る子供たち。
幼年期特有の笑顔に曇りは無く、楽園を彩る一要素として輝いている。
『悪神の住処というわりには随分と穏やかな場所だな』
「ここはな」
含みの在るオーディンを言葉を聞き流し、観察を続けていると子供たちが走りよってくる。
「こんにちは白髪のお兄さん!一時間もたってないけど用事は終わったんですか!」
「まあな」
「次は何してくれるの?」
「俺アレみたい!かっこいい槍!」
「おう、後でならいいぞ」
「わあ、真っ黒だ!触ってもいいのかな?」
「叩いたりしなければ噛み付きはしないぞ・・・たぶんな」
あっという間に俺たちを囲む子供たち。
オーディンは穏やかな表情で子供たちの頭を撫でていき子供たちの言葉に答えていく。
人型ではないせいか俺に近づく子供は少ないが、それでも恐怖というよりは興味津々と言った表情だ。距離を掴み損ねているといった感じだろう。
というか・・・
『一時間もたってないって・・・結構来てるんだな』
「ちげえよ。ここは、クロノスの力で極端に時間の流れを遅くしてる。あっちじゃ数年経とうがこっちじゃ数分だ」
『・・・何故だ?というかそれだと猟犬が』
時間軸がずれた場所を移動すると、奴が嗅ぎ付けるはずだ。猟犬―――ティンダロスが。
神界には専用の対策術式が設定されているが、さきほど見た限りそれに類するものは見当たらなかった。
しかし、猟犬は全く姿を現さない。少しでも時の領域に足を踏み入れれば即座に喉元を食いちぎりに来るはずなのにだ。
「猟犬は大丈夫だ。ここには絶対来ない。理由は今から行く場所ですぐにわかるさ・・・すまんな、お前たちの親分に会わないといけないからちょっとどいてくれないか?」
「「「はーーーい」」」
「良い子だ。特製の菓子をやろう。仲良くしてるんだぞ?」
オーディンが行ってしまうことに不満げな子もちらほらいたが、それでも菓子を渡されれば笑顔が蘇る。
殺戮も騙しあいも、あらゆる悪意が無い世界。
何故こんな素晴らしい場所が『悪神の住処』などと呼ばれているのだろうか?どちらかというと、『善神の楽園』のほうがぴったりだろうに。
一通り菓子を渡し終えたオーディンはどこからともなく現れた穴に荷物を仕舞い、子供たちの輪を抜けて奥へ奥へと歩み始めた。
慌てて俺も後を追いかけようとするが、何故か一人だけ俺の尾を掴んでしまう、
うっとおしくかんじながらも振り払うわけにはいかないので、俺は軽く子供の頭に手を乗っけた。
『すまないな。俺も用事があるんだ。だから手を―――』
「行っちゃ駄目」
『いやだから―――』
「帰ってこれなくなっちゃうよ?」
子供は当然のことのようにそう言う。
『どういう意味だ?』
「そのまんまの意味。虫さんじゃ帰ってこれない。だって虫さんは悪くないから」
子供の話は要領が得なかった。
ただ悪くないから駄目。帰ってこれなくなっちゃう。そうひたすら連呼し続ける。
子供は必死に俺を止めようとしているということはわかる。しかし・・・
『すまんな、俺は行かなくちゃいけないんだよ』
「そう・・・」
子供は諦めたように手を離す。
ようやくわかってくれたかと安堵し、小さくなっていくオーディンの姿を急いで追いかける。
「でも忘れないでね!今の虫さんじゃ駄目だけど、虫さんの中にいるそれは、『悪』でも『善』でもないはずだから!今の自分を意識しちゃ駄目だよ!全ての自分を受け入れてね!」
子供が最後に叫んだ事は、残念ながら最後まで聞き取ることは出来なかった。
*
「遅かったな」
離れているといっても目に見える範囲、本気を出せば十数秒もかからずたどり着く程度だ。
だが、俺はあえてそれをしなかった。
この楽園の光景を見れば、一歩進むことが惜しくなりいつまでも眺めていたくなる。
それほどまでにここは美しいのだ。
だからこそ、気になることもあるのだ。
『・・・なあ、オーディン』
「なんだ」
『奈落とは何だ?あの子供たちはなんだ?』
散々アマテラスが渋った『奈落』の開放。
―――だが、箱を開けてみればそこは奈落など名ばかりの楽園であった。
楽園で戯れる子供たち。
―――しかし、ここは神の領域。子供たちは神でもないのにここにいる。
全く持って理解できない。全てが無理やりつなぎ合わせたように無茶苦茶だ。
オーディンは俺の問いに答えず歩き続ける。
数分か数十分か、それほど歩き続けてようやくオーディンは歩みを止めた。
「そろそろいいか・・・ついたぞ」
たどり着いた場所は、中央に一本の大樹が生えた丘であった。
木陰ギリギリの場所まで花が咲き乱れ、蝶が飛び鳥が歌う。
そこは、今まで見た中で一番の楽園だった。
だからこそ―――異質であった。
巨樹に磔にされた人型が。
―――火ハハハハハハハハハハハハ!お早いお帰りのようでオーディィィィィィん?
手のひら、喉、胸、肘、肩、額、肘、腹、足首。
まるで昆虫標本のように、杭が打ち込まれている。
杭だけじゃない。全身を覆い隠すように茨が巻きつき、ぎちぎちに締め上げているのがわかる。
近づけば近づくほど理解する。
木陰に花が生えてないのは、日が当たらなくて育たないからではない。人型から染み出るどす黒い血が土壌を侵食しているからだ。
打ち込まれている杭にはルーンが刻み込まれていた。これは封印だろう。
俺は理解した。何故アマテラス達が頑なに奈落の開放を阻止しようとしたのか。
「これが答えだムー。神界で唯一【邪神】を名乗る邪悪中の最悪。【無邪気な邪悪】だ」
―――火ハハハハハハハハハハハ!
聞くだけで吐き気を催しそうなほど不快な音が頭に響く。
人型は声を上げているわけではない。そもそも口にあたる部分には一際凶悪な棘付きの蔦が締め上げている。
頭の中に直接語りかけてきているのだ、こいつは。
「遅いぞオーディン!こいつの話し相手はきついんだよ!」
人型が磔にされた巨樹からキンキンと頭に響く高い声と共に一人の少女が飛び降りる。
声も姿も、性別すらも変わっているが、話し方からわかる。ロキだ。
フリフリの衣装を着せられて、性別が元に戻っていないところを見るとまだ『罰』とやら終わっていないようだ。
「話を出来るレベルまで近づけるのはお前ぐらいしかいないんだからしょうがないだろロキ坊。そもそもてめえに特権つけてやってるのはこいつの相手を出来るのがお前しかいねえからだよ。じゃなきゃムーの転生なんてやらかした時点でぶっ殺してる」
「じゃあいい加減、僕も【楽園の蛇】の討伐に加えさせろ!召喚のいろはも知らないやつが僕の真似事をするのは癪に触るんだよ!」
「重要なのに突っ込めば散々引っ掻き回す馬鹿が何を・・・」
―――ソウだよオーディん。仲間外レなんテ可哀想じゃないカ
「ぬかせ。『光明の鏃』」
―――『理想郷ノ主ヨリ通達、害ナスモノニ天罰アレ』
「『踊る斬傷』」
―――『虚空のハザマ』
オーディンが放った光速の矢は、空から落ちた雷によって打ち落とされ、人型に曲がりくねって奔る亀裂は覆いかぶさるように垂直にできた狭間に消えていった。おかしい、光のほうが雷よりも数百倍速くなかったか?
というか、こいつ魔術でオーディンに打ち勝ってる?
違う。オーディンが発動するタイミングよりも早く展開して相殺してるんだ。
まるで、心を読んでいるように・・・
―――正解。というワケデ、君モ手伝っテくれナイカ?
『-――っく!?』
ざらっと、背骨をざらざらとした舌で舐められるような寒気が襲う。
だが寒気は一瞬で消え、代わりといわんばかり人型の右半身が巨大な化け物に食いちぎられたように消失した。
―――火ハハハハハハハハハハ!物騒なもの飼っテルじゃないカ。食わレチャったよ。
「よくやったぞムー。これで三年程度は大幅に動けん。そのままぶっ殺してくれたら大感謝なんだがなあ・・・後、理解しただろ。こいつは精神干渉を得意とする邪神だ」
投擲寸前であった槍を下ろし、ふうっとオーディンは小さくため息をついた。
「性質としてはアザトースに近いな。あっちは確実に殺す分範囲が狭いが、こっちはいるだけで世界全体の心あるものの”ココロ”を蝕み侵す。猟犬が来ないのもこれが原因だな。わざわざ空間を切り分けて周囲に『紅大鳳仙花』や『極楽蓮華』、磔台に『森羅菩提樹』、拘束具として『聖者の茨』使ってようやく百年もつかどうかだ。神界でも超がつくレベルで希少素材ばっかだぞ」
『そんなこといわれても』
名前も聞いたことの無いようなものばかり並べられてもすごそうだなぐらいしか思えない。
「ちなみに、今お前が自然に言葉を話せるのも【無邪気な邪悪】が精神干渉で表層意識を周囲に発信しているからだな。―――というわけでムー、お前と意思疎通を可能とするための材料を適当に持って帰るぞ。精神干渉に特化した邪神の猛毒にどっぷりとつかった材料なら、意識したどおりとはいかないがある程度思考を言葉として変換することぐらいは出来るだろう」
『処刑場の用意とやらは良いのか?』
「どうせここまで近づけば頭の中は全部見られてる。説明するだけ無駄だ」
―――火ハハ、ご褒美はイツモノでいいヨ。
それだけ言葉を交わすと、オーディンは足早と去ってしまった。
「相変わらず水と油だな、あいつ」
『何故そんなに仲悪い・・・』
「ああ、ああ、わかってるって。聞きたいのはどっち?仲が悪い原因?それとも、ここまで嫌悪しているのに未だ本気で殺しあってないこと?」
『両方だ』
オーディンはいい加減なところはあるが、リスクは残したがらない性格だ。
そんなオーディンが未だにここまで危険な奴を放置するはずがない。
「うーん、欲張りだなあ・・・まっいいけど。仲が悪い原因は簡単。性格の不一致。だけど本気で殺しあってないほうは説明がちょっとめんどくさくてね・・・【無邪気な邪悪】ってのは、全ての世界の悪意と呪いが濃縮、凝縮して出来た存在なんだ。だから、必然的にご飯もそれに準じたものになるんだけど・・・ここに来る前にガキ共見たでしょ?」
『ああ、たくさんいたな』
「あれ、全部【無邪気な邪悪】の餌。いや生贄っていったほうがいいのかな?」
まるで世間話をするように、ロキは言った。
「こいつかなり偏食家でさ、よくわかんないんだけど子供の悪意じゃないと美味しくないって」
―――違うヨ、ロキ。美食家っていうのサ。大人は絶望に瀕した時に、いろんな思いを残すダロ?憤怒、嫉妬、同情、悲嘆、いロンな感情が残るとよほど上手い具合に混ざらナイと味が混ざるんダヨ。その点、子供はイイ。自分の死に対して、極メテ純粋な悪意を残してクレル。あんマリ幼いと、悪意が残らナイのが欠点とイエば欠点だけドネ
「説明の横取りどうも。ってなわけで、こいつは子供の悪意を好んで食うんだ。世界で拾われた、神々から見ても憐憫の情を向けるほど悲惨で無残な結末を迎えた子供たちの悪意をね。でも逆に言えば、それは一種の救済でもあるんだよ。絶望の記憶を取り除き、楽園で暮らさせるって言うね」
―――彼らは極上の食事をクレたんだ。ソレ相応の例をしナクちゃ失礼ってもんダロ?火ヒヒ
絶望を取り除き、楽園で生前に送れなかった幸福を手に入れる。
その者が生きた証である記憶を食らうことには多少抵抗がある。しかしそれを純粋に悪と断じることはできなかった。
きっと、オーディンも俺と同じ考えであるからわざわざこんな面倒な手段で封じ込めているのだろう。
「それじゃあ、僕らもいこうかムー。あんまりボヤボヤしてるとクロノスの爺に閉じ込められる」
―――その時ハ、ココに住めばイイさ。
「冗談。いくよムー」
『あ、ああ』
―――バイバーィ
手を振る(ように見えた)無邪気な邪悪。
どこか行動や言葉に幼さが見える場所が、無邪気と呼ばれる所以なのだろうか。
子供のような幼児性を持ち合わせながら、どんな悪よりも深き邪悪に染まりしもの。
在る事が罪と断じられたかの者は、一体何を思い大人しくここに閉じ込められているのだろうか。
振り返ることなく、真っ直ぐ扉を目指す。
子供たちは近づいてこない。無邪気な邪悪と接触したからであろうか?
少し辺りを見渡せば、俺に忠告した子供もいた。
だがその顔は、無事に帰ってきた安堵より苦い悲嘆を浮かべているような気がした。
*
「よし、状況を整理しようか」
少年―――洞家龍司はそう切り出した。
場所は城の客室。
それ相応の身分の人間が城で宿泊するための部屋であるそこは、それそうおうの調度品で構成されており、ベッド一つとっても四人で円陣を組んで座るには十分な大きさがあった。
「あの御老人が言うには、今世界は未曾有の危機にあるらしい」
「そして、その原因が少し前に巨人を滅ぼした魔神・・・だっけ?」
龍司の言葉に続いたのは、亜麻色の髪の毛を尻尾のように頭の横で二つたらす(いわゆるツインテール)の少女、総佐久鏡歌。
龍司の幼馴染であり、少々勝気なところがある少女だ。
鏡歌は、呆れるように息を吐く。
「正直天を貫くほど巨大って言われても想像できないんだけどね・・・というか嘘くさい。絶対誇張してるでしょあのお爺さん」
「でも、嘘をついている感じはしなかったし・・・それに、足跡がまだ残ってるって言うからそれをみれば嘘か本当かぐらいはわかるはずだろって、そこは重要じゃないんだ」
「問題は、その魔神が世界を壊そうとしていて尚且つ・・・この世界の次は私たちの世界が危ないってこと?」
「そうそう美雪さん」
肩辺りで濡れ羽色の髪の毛を揃えた物静かな少女―――朱鷺原美雪の返答に龍司は満足そうに頷く。
物静か、というよりは無表情で反応がないといったほうが正しいかもしれないが、彼女は極めて冷静に状況を判断していた。
「御老人は、今俺たちが召喚されたことがその証明だと仰っていた。原則、世界を超えるのに下へ落ちることはあっても上に昇ることはない。そして、俺たちは一番近い上位世界からひっぱってこられた。だけど、魔神だけは別。魔神が世界を壊してその力を喰らえば、上位世界に昇れてしまう。そして次に狙われるとしたら一番近い俺たちの世界の可能性が最も高い。・・・まあ、あまりにも壮大すぎる話で俺もいまいちついていけないんだけどな・・・」
「でも、今の俺たちにはその化け物みたいなやつを殺せるような力があるんだろ?いいじゃねえか別に」
三人とは別に、悲嘆することも混乱することもなく今の状況を楽しそうに笑う少年―――月瀬忍。
朱鷺原の幼馴染であり、若干オタクの気がある少年である。
彼は現在、幼馴染の朱鷺原とは正反対に最高の興奮状態であった。
その原因は、蛇が彼に語った内容にあった。
実に陳腐でテンプレな内容であるが―――
「上位世界から落ちてきた者は、特別な力を持つ。漫画みたいな話で最高じゃねえか!ああ、俺にはどんなチートが・・・」
「忍、落ち着いて」
「なんだよ美雪。お前だって少しぐらいわくわくしてるだろ?」
「今重要なことは、今後の行動の決定。話を逸らさないで」
「ほんとよ全く。空気よみなさいよね!」
「んだと・・・?」
「おいやめろ、月瀬、鏡歌。今はそんなことをしてる場合じゃない」
険悪になりかけた雰囲気を、龍司がわりこんで制する。
彼らは特殊な状況に遭遇したことにより、軽度の興奮状態にあった。感情が安定していないのだ。
それでも、忍と鏡歌と比べれば(美雪は別として)龍司は冷静であった。
状況として見れば、自分より混乱している人間を見ると逆に冷静になるものと似ているだろう。
しかし、興奮が冷めない忍は不満そうに口を尖らせる。
「でも、正直言って肝心なところはほぼあの爺さんが解説してくれたじゃん?あの爺さんが言ったとおりに進めればいいんじゃねえの?」
「魔神討伐のために呼ばれたのは俺たちだけじゃない。他にも転生って形でこっちに来てる人もいるっていってただろ?その人達を上手いこと味方に出来ないかなって思うんだよ」
「えっ・・・でも、転生って生まれ変わるってことでしょ?赤ちゃんを味方につけても意味無いんじゃないの?」
「いや、確かにそれもあるかもしれないけれど、もしかしたらゲームキャラか何かになってこっちに来てるかもしれない・・・ってそういったのは鏡歌じゃなかったか?」
「あ、あれ?そうだっけ?どうせそういうことはオタ瀬が言ったことじゃないの?」
「おい!人に押し付けてんじゃねえよ!だいたいお前だって隠れオ―――」
「あー!あー!あー!なにいってんのよキモブ!デリカシーってもんがかけてるんじゃないの!」
「なんだと!そういうお前だって女だって言うのにお淑やかさってのが―――」
こうして客室は再び騒がしく揺れる。
龍司も興奮が冷めないと無理と判断したのか、二人の口論を止めることはしなかった。
そんな光景を、濡れ羽色の髪の毛の少女は冷めた目で見つめていた。
誤字脱字報告、雑感などありましたら大喜びします。




