六十六話 されど会議は踊らない
「だ、誰だよお前?!勇者っていったい・・・」
少年の記憶の片隅に残るのは、下校途中であったということのみ。
それがどうだろうか、目が覚めたら石造りの謎の場所に、胡散臭い老人と明らかに紛い物とは思えない輝きを放つ剣をもった兵士らしき人物達。
全くもって意味がわからず、理解しろというほうが理不尽だ。
対して蛇は既に興奮を押さえ込んでいた。
今こうして一秒過ぎるたびに、貴重な時間が減っていく。
細工は既に済んでいるとはいえ、まずは勇者の混乱を押さえ込むのが先だ。
「どうか落ち着きを・・・といっても今はまだ無理でしょう。陛下、しばらく時間を空けて彼らの混乱が収まってから話をすることを提案いたします」
「そうだな―――勇者を客室に案内してやれ」
「はっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
問答無用で連れ出されようとするのに、少年が待ったをかけた。
少女に龍司と呼ばれていた金髪の少年だ。
「いかがなさいましたか?」
「勇者って何だ?俺たちをどうする気だ?」
「いえ、それに関しては後ほど・・・」
「大丈夫だから、説明は今すぐ頼む。俺たちも誰かもわからん奴の誘導に乗るほど馬鹿じゃないし、失礼かもしれないが・・・あんたは信用できない」
少年の言葉に同調するように、少年の背後に隠れる少女も小さく頷く。
蛇は小さく俯き、考える。
彼らは今、混乱の極地にある。
まともに思考することもままならない今の状態で説明したとしても半分も理解できるとは思わない。
彼らが身に着ける服の縫製や物品の質から予測すれば、彼らの世界の技術はまだそう発展はしていない。
また自身の下に敷かれている陣に対して、陣から出るなどの適切な反応ができないことも加味していつぞかに渡った世界と同じく、彼らの世界には魔術がないことも推測できる。
(全く未知の技術による現象をどこまで理解できるか・・・)
だが、蛇は彼らの求めに応じることにした。
勇者はまさに切り札。こんなところで機嫌を損ね、信用を失うのは賢明とはいえない。
「わかりました。陛下とその御付の方々は先にお下がりください。私は後ほど参ります」
「・・・いや、私も当事者の一人だ。最後まで付き合おう」
「陛下が残られるのならば、我等も残ります」
頑なに儀式の間に残り続けようとする王と近衛。
蛇は気づかれぬよう舌打ちをした。
実にご立派な判断であるが、今そうされるのは困るのだ。
「・・・本音を申し上げますと、秘術の影響で魔力の乱れが発生しているのです。あまり長い時間当たられますと体の中の魔力の流れにも悪影響がでかねません」
「それなら、貴殿も勇者も危ないのではないのか?」
「私はそれを中和する術を持っておりますので大丈夫です。ですがあくまで多人数ではなく個人用の術式なので、範囲を拡大しても五人が限界なのです。・・・どうかお下がりください」
嘘ではない、しかし真実も言っていなかった。
巨大な魔力の塊が三つも産まれたせいで、儀式の間の魔力の流れはまさに荒波を飲み込む渦潮の如く渦巻いている。
地上で普通に暮らしている人間には、この流れは多少まずいことも事実ではある。
だが、それは致命的なものではない。せいぜい数日魔術の精度が落ちる程度である。
この場から退散させるため、あえて蛇は詳しくは説明することを避けた。
が、それに納得した王は不満そうな顔で儀式の間から退出した。
(お粗末なものだ・・・この程度の言葉遊びで納得するとは)
蛇は内心ほくそ笑む。
前王―――エクスが王の座から降りたことは、本当に幸運であった。
エクスであったならこの程度の戯言は獣のごとき直感で見破られてしまっただろうが、今代はまだまだ王としては実力不足のようである。
しかしそれは蛇にとってはマイナスどころか最高のプラス評価である。
実に、実に扱いやすくて助かるというものだ。
「・・・おい、王とやらはいったぞ。早く説明してくれ。俺たちに何をした?ここはどこだ?」
急かすように少年が自身の肩を掴んだところで、蛇は思考の渦から帰還した。
扱いやすい王の後は、面倒な勇者の世話が残っていたことを忘れていた。
面倒といっても、難いではなく簡単ではあるが手間であるというだけであるが。
「申し訳ございません。・・・さてそれでは、どこからお話いたしましょうか・・・」
観測機から得られたデータからして、齢17程度のおそらく学生。
聖者の笑みに隠した悪魔の本性で、蛇は嗤う。
警戒しているように見せているが、足りない。詰めが甘い。
迂闊にも、警戒する相手の体に触れる程度では。
そして、蛇の話が始まった。
【楽園の蛇】-――アダムとイブを堕落させたと語られる蛇と同等の名で語られる者の心理操作が。
*
ところ変わって神界。
突然のオーディンの暴走をもって開始された主神会議は現在・・・
「「「・・・」」」
完全に空気が死んでいた。
誰もオーディンの暴走については言及しない。理由がわかっているからだ。
むしろ、自分がその二の舞を起こさないように自制しているようにも見受けられる。
沈黙が場を支配し、仮面のように張り付いた無表情から滲み出す殺気が空間を軋ませる。
よくよく見れば、超濃度の殺気のせいで円卓にも皹が入ってる。
裏を返せば、それほど神々にとってこの度の行為が許しがたいということがわかる。
「・・・事態は深刻だ。大量の『魔力喰い』の出現に、崩壊の抑制のための閉鎖で魔力の流れが完全にストップしてる」
オーディンの一言が沈黙を切り裂く。
「後者はどうにでもなります。神界を通した強制送還はできないのですか?原初生まれなら神界の魔力にも少しぐらいなら耐えられるでしょう」
「駄目だ。やってみたが魂に【座礁の錨】がセットされてやがる。下手にやったらその瞬間死にかねん」
「アンカーの設置先はどこさね。灰すら残さず消してやるさ」
「落ち着けアマテラス、それができるなら俺がやってる。糞蛇の奴、【生命樹の初芽】なんて想像以上に厄介な場所に設置しやがって・・・どこで見つけやがったんだ・・・」
ピリピリとした空気ながらも会議は白熱していく。
しかし、残念ながらそれを理解できているとはいえない。というよりさっぱりだ。
まだ新米の俺にとって、専門用語ばかりの会話は荷が重い。
「・・・っておい、聞いてんのかムー!」
理解が追いつかず右から左に流していたら、案の定オーディンに気づかれてしまった。
一応聞いてはいるが内容は理解できないので、×でも○でもなく△を手で作り示す。
いつも一方的ながらも話し合っているオーディンならきっとわかってくれるはずだ。
「ふざけてんのか?」
どうやら会話だけではなく、思いも一方通行に終わっていたようだ。
「待つさねオーディン。そもそも何が起こっているのか説明したのかい?」
が、アマテラスには通じたようだ。
流石同じ太陽神。属性は創造と破滅で正反対だが。
「・・・そういえばしてなかったような」
「・・・切れるだけ切れて何もしない馬鹿の代わりに説明しましょうムー」
「おい牛頭。馬鹿って何だ馬鹿とは」
文句を溢すオーディンを無視してゼウスの説明は始まった。
「現在、【楽園の蛇】と呼称される者によって召喚事件が発生しています。おそらくあの者の性格からして勇者として活用するつもりでしょう。まあそのへんはどうでもいいとして、問題は勇者―――あ、召喚事件の被害者ですよ。まあ問題は勇者が召喚されたということより、勇者であるからこそ起こる弊害なんですが・・・」
「そのあたりの説明は面倒さね。まあ、復習も兼ねてやってやるさね」
トンっとアマテラスの指が机を叩く。
すると天井から光が差し、樹形図のホログラムが展開される。
「まず始めに、全ての世界の根幹が原初世界。ムーを除いてここにいる全員で創った最高傑作であり最悪の欠陥品、まあ欠陥の内容はご存知のとおりさね」
「まあ、その失敗から学べたこともあったのだがな。意図的に歪みを生み出し、大規模な崩壊を阻止する。ここで問題になっているのが、歪みの消去方法だ」
「歪みは元々は魔力の流れがスムーズにいかず澱んだことで産まれるものです。世界は本能的防衛機能として歪みを元にして魔物をつくる。そして現地の生物が殺し殺されるを通して、歪みになってしまっていた魔力が世界へと還元され正しき流れに戻る。その行為を経て世界から祝福が与えられる。俗に言ってしまえばレベルアップっというやつですね」
球体のホログラムの中に人型が生成され、化け物がその人型によって殺される。
そうすると化け物を構成していた光が飛び散り、一部が人型に吸収された。
「が、魔力喰い―――勇者どもの場合は勝手が違う。奴らが生物を殺せばそれは自分たちが元いた世界に還元されてしまう。世界の魔力量はほぼ一定に調整されている中、一部の世界の魔力が枯渇しそして一部の世界の魔力が膨張した場合・・・わかるよな?」
樹形図の真ん中にあった球体が急速に収縮し、その下にあった球体が急激に膨張する。
目に見えた未来―――球体は呆気なく爆散した。
もちろん変化はそれだけではおわらない。
爆発した球体の上につながっていた球体は光の供給が絶たれ、縮小し、終には消えてしまった。
なんとなくではあるが理解はできた。
耳にたこができるほど警戒しろと言われた理由と、神が勇者を忌み嫌う理由と、わざわざ魔力喰いと呼ぶ理由が。
「今回の事態はそれだけじゃねえ。糞蛇の野郎、『だいだらぼっち』を供物にして最悪なことに原初から召喚しやがった。世界は全て、原初を基点として展開されている。原初が死ねば全部終わりだ」
「しかも、転移だけじゃもの足らず転生まで・・・こっちは妨害ってよりは転移失敗っていったところさね。それでも転移が四人に対して五十八人近くもいるがね。救いは転生のほうが転移に比べて、影響が少ないことぐらいかさね」
「五十歩百歩だそんなもん。ちなみに殺しはアウトだ。それをすれば本来【いるはずがない】生物が【いるはずがない】場所で【ありえない】死をとげるってことで史上最悪の歪みが発生する。それも原初でだ。だいだらぼっちと直で殺りあったお前ならそれがどれだけやばいかぐらいはわかるだろ」
想像してみる。
あのだいだらぼっちクラスの奴、もしくはそれ以上が出現する。しかもそれは一体ではないかもしれない。
恐らく神話の中でも創生神話のラスボス並みの能力を持った奴がわんさか・・・
考えるまでもなかった。―――破滅だ。
神界全ての戦力を出しきっても、封印すら不可能。討伐なんてもってのほか。
出現した瞬間に、世界が滅びることだってありえるのだ。
「だから、勇者を殺すわけにはいかない。だけれど、生かしておくわけにもいかない」
「普通に食事するだけでもアウトだからねえ・・・」
つまり八方詰まり。
既に蛇に勇者とやらの召喚を成功されていた時点で神々は詰んでいたのだ。
「お?相当まずいんじゃないか?」
「さっきからそういってるだろ大馬鹿野郎」
「砂漠からダイヤモンドを探すくらいの気持ちで屑が頭を使う可能性にかけたあたしが馬鹿だったさね」
「・・・お前らちょっと表に出ろ。俺が眠ってた間腕が鈍ってないか見て―――」
「ボッシュート」「黙るさね」「黙れ小僧」「今ハソノ気分デハナイ」
憤怒に顔を歪ませるスサノオを前に、若干投げやり気味のオーディンが指を鳴らす。
実体化した雷がスサノオの肩と足を突き刺し、指先に浮かぶルーンが手足を凍結、炎の羽衣が包み込み、最後は影から現れた無数の黒い手が闇へと引きずり込んだ。
なにこれ即死コンボ?
突然のえげつない行為の数々。だが、他の神々は大して気にした様子はない。
「さて騒音がいなくなったところで、会議に戻るとしようか」
オーディンも壊れかけていたスピーカーがうるさかったから電源を抜いた程度の感覚だ。血も涙もない。
「勇者を放置するのはまずい、だが殺すことはできない。また殺されるのも駄目だ。だけど、強制送還もできない。俺たちにできることは少ないが、やることはどれも最重要項目ばかりだ。まず、蛇が仕掛けたアンカーの鍵を看破すること。それとこれ以上の被害を抑えるために、異界転移の警戒レベルをCからAにあげる。鼠一匹見逃すな。また、勇者が召喚された世界に下りるのはムーのみだ。勇者がいる以上、既に世界の余裕は無いと見ていい。ムーならば『歯車』から干渉してノーコストで下りられるはずだ。そして最後に―――この会議のあと俺はムーと共に『奈落』に向かう」
「はあっ!?」
ガタっとアマテラスが椅子を引っくり返した。
アマテラスだけではない。他の神々も、アマテラスほど大げさではないが困惑の表情が見て取れる。
「奈落って・・・何を考えてるさね!?スサノオだけじゃなくてアイツも出す気か魔術キチ!」
「さらっと貶すな。ロキとクロノスにはもう話をつけてある。これはムーにとっても必要なことであり―――蛇の処刑場の準備でもある」
ぞっとするほど恐ろしい表情で、オーディンは激昂する。
視線は氷よりも冷たく、憤怒は炎より熱く、底なし沼より澱んだ憎悪をもって。
「蛇はやりすぎた。神界に手を出す?許そう。原初の魔物を復活させる?許そう。原初世界に手をかける?-―-殺す。それも、ただ肉体を潰すだけで終わらせねえ、転生なんて持ってのほかだ。御高説を垂れ流したいなら、せいぜいアイツの話し相手として削り殺す」
知恵の実を食べたアダムとイブは、楽園を追放されるという罰を受けた。
ならば、知恵の実を食べるように誑かした蛇も罰を受けたはずだろう。
二度と天へ向かうことが出来ないように、地べたを這うことを強制されたように。
「最悪のシナリオと最悪の舞台と最悪の役者の三拍子が揃った喜劇の始まりだ。ハッピーエンドにたどり着けると思うなよ糞蛇」
いろいろとご指摘がありましたが、とにかく完結を目指すことを最重要項目にします。矛盾などは話作りに詰まったときに対処していきたいと思います。
また、今回の話でロキはいいのか?そもそも主人公もその類じゃ?と思われた方がいらっしゃるかもしれませんが、その解説は次の話でやります。
ネタバレも含む内容かもしれませんので。
誤字矛盾などがありましたお願いします。
適当に雑感だけでもありがたいです。




