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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第四章 最古の恐怖
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六十三話 後日

 戦いの後、物語はトントン拍子で進んでいった。


 神々と巨人の戦いは、神々の勝利で幕を閉じた。

 死者はゼロ。しかし、超強化された巨人を前に神々と言えど無傷とはいかなかった。

 オーディンは腕が一本消し飛んでいたし(直ぐに生えると笑っていたが)、アマテラスなど三つ脚烏(ヤタガラス)の状態で力の消耗を防いでいる状態、あまり話さないゼウスも頭の角が折れていた。インドラと呼ばれていた巨大な龍は全身に罅が入っていた。

 それでも、死の寸前まで追いやられた神はいなかったようだが。

 これは、巨人を相手に勝利をもぎ取った神々を称えるべきか、最強の神々達を相手にここまで消耗させた巨人を恐れるべきか・・・少なくとも、自分がやったことは思っていた以上に偉業であったようだ。

 物理的にではなく熱線で、凶悪なまでの耐熱性を誇る巨人の右手を吹き飛ばしたことは神々としても驚きであったようだ。


 神殿のようなステンドグラスからカラフルな光が差し込む場所で、俺は寝かされていた。

 巨大な魔方陣が己の下で脈動し、脈打つたびに自分の中が満たされていくのがわかる。

 【超銀河の蒸発】の使用は、恐ろしいほどの傷跡を残していった。

 完治までは、あと一年程度とはオーディンの言葉だ。

 一年・・・無限に死のうと尚無限に蘇る蟲の生命力をもってしても、一年という年月が必要なのだ。

 どれだけあの技の使用に負荷がかかるか、身をもって思い知った。

 完治までは、虚空を眺める退屈な日々であろう。

 世界の管理は眷属達に任しておいた。

 ベルゼとアゲハ、それにグラスは俺が世界に降りる前にいつも手伝っていたため、やり方は三人を中心に手分けすれば問題は無いだろう。


 そうだ、ベルゼたちについても語らなければいけない。


 死の一歩手前であったベルゼは、無事に再生した。

 しかし、再生時に何らかの機械が混ざりこんだのか、元通りにとはいかなかったようだ。

 片目がカメラレンズのように動いていたし、腕や足の一部には鋼色の皮膚が露出していた。

 それでもベルゼは気にしていないと笑っていたが、その後に目を隠すように仮面をつけ始めたところからして、多少は気にしているのだろう。


 他の眷属も、大した負傷は無かった。

 しかし、ベルゼと同様に何も変わらなかったといえば否定しざるをえない。

 眷属は俺が破滅神へと進化したせいか、更に新種へと進化していた。

 ベルゼは『壊滅機蝿』、アゲハは『幻滅氷蝶』、グラスは『閃滅飛蝗』、アラクネは『死滅影蜘蛛』、コーカサスは『恢滅焔兜』、アルゼンは『殲滅女蟻帝』。

 神々曰く、どれも他の世界では類を見ない種族らしい。他の世界などいったことが無いのでわからないが、彼らがそういうのならばそうなのであろう。

 とにかく、皆無事で良かった。それだけで満足だ。  


 そして、もう一人の俺と言う重要な相棒―――ダミ声は、もう聞こえない。

 危機的な状態から脱したからか、もう助言の必要もなくなったということなのだろう。

 だが、消えたわけではないはずだ。

 恐らく俺の行動を内側から眺めて笑っていることだろう。


 暇をしながら空中を眺めていると、扉が開いた。

 現れてのは、隻眼隻腕の神・・・オーディンであった。

 扉が開いたため外から舞い込んできた風が、オーディンの片方の袖を揺らめかす。


「よう、経過はどうだ・・・っといっても返答は期待してないんだがな」


 肩に麻で出来た袋を担いだオーディンは、行儀悪く扉を足で閉める。


「今日はちっと大事な話があるんだ。肯定なら口を一回閉じろ。否定なら・・・二回だな。二回閉じてくれ」


 早速肯定の意味をこめて、一回口を小さく開け閉めする。

 その様子を満足そうに見たオーディンは、麻袋を床に落として懐から小さな石版を取り出す。


「えっと確か・・・レイラだったか?お前が寵愛を授けたやつは?」


 一回口を開けて閉める。

 それを見たオーディンは、片手で器用に石版を操作しながら話を続ける。


「確か、今の仙人候補の一人から聞いたとは思うが・・・加護についておかしいと思ったことは無いか?」


 少しだけ躊躇った後、一回だけ開け閉めする。


「そうだよな。お前が聞いたとおり、あの世界での最高位の神は二言だ。だが、俺達の中じゃあ二言なんて下っ端もいいところだ。ようやく、新人から仕事に慣れてきた程度だな。おかしいだろ?なんで、それなのに二言が最高位かわかるか?」


 少しだけ間を空けて二回口を開け閉めする。

 自分の中にはある程度予想が立っていたが、確証は出来なかったのだ。


「あの世界の住人はな、二言を受け入れられるのがギリギリなんだよ。極稀に、三言を受け入れることが出来るやつがいるって程度だな。お前が寵愛を授けたレイラってやつは、元々お前が付きっ切りであって魔力が馴染んでいたことと、魔神であったお前の本来の力が制限されてギリギリ三言のラインを超えなかったから受け入れることは出来ていたみたいだが・・・今はちょっとアウトだ」


 目当てのものを見つけたのか、オーディンは俺の前に石版を立てた。

 そこには、ベッドの上でもがき苦しむレイラが写っていた。

 ミスラが必死に看病しているのが見えるが、それに効果があるようには見えない。

 レイラは小さな手で胸を掻き毟り、時折口から血を吐いている。

 何故こんなことになっているのだと疑問が浮かぶ。

 そんな自分に、更に疑問が浮かぶ。

 以前の自分であったのなら、飛び上がるほど驚きオーディンに詰め寄っていただろう。

 これが、人間ではなく化け物になったと言うことなのだろう。

 徹底的に理論的に現象を把握するだけの、理性の化け物に。 


「今のお前は覚醒し、五言に至っている。もちろん、そんなのは受け入れられるわけはないし、それに加えてお前の属性は【破滅】だ。半神といえど、受け入れるには人間の部分にとって負荷が大きすぎる。お前の寵愛が、レイラってやつをを苦しめているんだ」


 ゆっくりと、一回だけ口を閉めようとして、何度も開閉してしまう。

 意思を表示しようにも、言葉が使えないのがもどかしい。

 だが、オーディンには何とか意思は伝わったようだ。 


「焦るなって・・・俺らとしても、未来の神の可能性を潰すのは偲びない。それに、こいつはお前さんが寵愛を授けた奴だ。力量も申し分ない。そのために・・・ほらっと!」


 オーディンは、持ってきた麻袋の口を開き中に入っていたものを床へと落とす。

 現れたのは、真っ白な物体・・・というか生物。というか神、コキュートスであった。

 手足を縄で縛られ、口に布を当てられている。

 一見すれば女幼児が拉致されている犯罪的な光景に見えるかもしれないが、もはや神界にいれば慣れてしまうことだ。

 何かやるたびにこのように縛られて吊るされている光景を見せられれば、いい加減なれるというものだ。

 人形のような無表情で、コキュートスは布を噛み切ろうとしているのか口をもごもごとしている。

 まあ、どうせオーディンが使うのだからそんなに簡単に切れることはないのだろうから無駄骨であるだろうが。 


「お前の寵愛の代わりに、こいつ(コキュートス)の加護をつける。心配するな、こいつは三言でも後半程度の実力ははあるが、あの娘っこならもう三言を受け入れるだけの下地はできてる。直ぐに馴染む筈だ。・・・ただ、一言言っておく」


 オーディンは一旦言葉を止め、言った。


 ―――あの娘には、もう会えないと思ったほうがいい。


 俺は、反応することも無くそれを黙って聞いていた。


「寵愛を消す以上、お前とあの娘のパスを一旦切ることになる。だが、もしお前が娘と出会うようなことがあれば、パスが復活してコキュートスの加護を上書きされかねない。そのため、会うことは許されない。それに合わせて、あの娘の記憶も消させてもらう。手違いで出会った場合の予防策にってわけだ。いや、娘だけじゃないな。あの国でお前の正体を知っている全員だ。理由は言わなくてもわかるな?」


 返答するように、俺は一回だけ口を開け閉めした。

 覚悟はできていた。

 だが、改めて言葉にされると胸の中に風穴が開いたように、空しく感じてくる。

 しかししばらくすればその風穴も直ぐに埋まり、いつもの平静状態へと戻ってしまう。

 (本当に・・・便利な体になったものだ。)

 少しばかりしんみりとした雰囲気となったが、どうもそれが耐えられなかったのか、オーディンはわざとらしく咳払いをした。


「そうがっかりするな!言い方が悪かったよ、別に永遠にってわけじゃねえんだ。あの娘が、お前と同じ・・・とまでは言わないが、それに近い位までのぼりつめれば会えるし、記憶も復活させられる!・・・(可能性は低いけど)」


 励ますように俺の肩を叩くが、最後に小さく呟いたことは聞き逃してはいない。

 まあ、オーディンも聞こえてないとは思っていないだろうが。 


「後はそうだな・・・今回の馬鹿やった蛇は未だ見つかっていない。今までの行動パターンを考えれば、たぶん次の世界に移動している頃だろうな。ここまで大規模にやらかしたのは今回が初めてだから、なんとも言えんがな」


 蛇・・・【楽園の蛇】

 神々の破滅を願う、世界の破滅を願う、禁断の果実(魂の干渉)に触れてしまった真性の悪。

 あの時は、純粋にそう思い込んでいた。

 だが、全てをありのままとらえることができるようになり、新たな思考が頭の中に浮かぶ。


 【楽園の蛇】は、自分の世界を滅ぼされた復讐だと言っていた。

 本人からそう自供したのだからそうかもしれないが 改めて最初に会った頃を思い出せば違和感しかない。

 あの瞳は、復讐に燃える瞳ではない。他者を嘲る愉悦が浮かんだ瞳だ。

 奴は、楽しんでいたのだ。今の自分の状況を。

 はっきりした答えは思いつかない。

 しかし、そこに鍵があるはずである。


「・・・い・・・おーい・・・おーい!聞いてんのか?!」


 ペチペチと体が叩かれていることに気がつき、思考を戻す。

 もう少し考えていたかったが、あまり叩かれているものうっとうしかったので、しかたなく口を一回開け閉めして返答する。


「おお、急に反応が無くなったから心配したぞ・・・ところで、話は大分変わるがここの生活は暇か?」


 問いかけられた意味はわからなかったが、事実暇であることに変わりは無いので口を一回開け閉めする。

 それを見たオーディンはにんまりと満面の笑みを浮かべ・・・嫌な予感がする。


「そうだよな、この部屋は特別製だが時間関係をいじくるには詰め込みすぎてな、手っ取り早く時間を飛ばして治すってことが出来ないからな。そんなお前のために、暇つぶしをプレゼントだ」


 オーディンが空中を指でなぞり文字を書き込むと、大量の何かが出現した。

 今まで何度も世話になった、純白の軍勢―――書類の山。


「お前も名実共に主神だからな。今まで以上に行動制限も厳しくなるし、試験も桁違いに難しくなる。どうせ睡眠欲も削ったんだろうから、時間は有り余ってるはずだ。まあ、先輩神としての視点から言わせて貰うと―――ようこそ、地獄へ!」


 にんまりと満面の笑みをオーディン。

 俺は、出せるはずの無い溜息を心の中で吐き出す。

 どうやら、退屈はしなさそうである。


 そんな俺をあざ笑うように、小さく背中の歯車が軋んだ。

これでバグズノートも一旦停止です。

次回の投稿は四月からとなります。

ご愛読ありがとうございました。


訂正

・やぶさか→偲びない

・聞き忘れて→聞き逃して

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