決着〜神編〜
気づけば、アヌビスは白い光に包まれていた。高揚した勢いが一気に冷めるような感覚。頭から水をぶっかけられたような爽快感。恐怖は無い、絶望は無い。悲しみも無い。
暖かな光だった。
そして次にアヌビスが目を覚ましたのは、これまた真っ白な空間だった。だが第三世界のような無骨な世界とは違い、空に鳥がおり、海も存在していた。
真っ白にぼやけた視界が少しずつ晴れ、アヌビスはやっと自分が今どこにいるのか気づくことができた。
「ここは・・?まさか、アルダ・ナヴァ?」
あり得ない
そうアヌビスは自分に言い聞かせた、これは幻影か?それとも戦いの最中、死の間際に見える走馬灯というやつか?
「どちらも違うよ、アヌビス。ここは正真正銘アルダ・ナヴァ、僕と君の、研究室さ。」
「な、フレイヤ!・・・・アルケム」
「・・・・・・・」
そこには、自分が倒した3柱フレイヤが立っていた。凛々しくも冷たい瞳は、射抜くように、攻めるようにこちらを見ている。
いや、実際攻めているのだろう。
アヌビスは、フレイヤを裏切り続けた。唯一の慰めは、フレイヤも、アヌビスがこうするだろうということを受け入れていたことだ。
アヌビスは、あくまで戦うだろうと、ならば自分の仕事はそんな友人の願いに全力で答えることだけ。
それが、フレイヤとアヌビスの冥界内で起きた戦闘の真実だ。
「君が来た理由も大体理解できるだろう?」
「そうか、手前は、負けたのか」
「ご名答、松岡輝赤君のアレは神器ウェザリアの能力を十全に発揮したモノだ。本来ならばウェザリアの能力は天候の発露、術者のイメージの天候を技に変えるというある意味想像力さえあれば天候以外にも応用できる技だ。」
そう、ウェザリアは想像力を駆使すれば無限の可能性を秘めている。例えば、もしウェザリアの術者を取り巻く天候の中に『金が降ってくる』というものがあった場合、ウェザリアを使用すれば本当に金を振らせることも、金の力を剣に纏わせることも可能だ。
最も、金が日常的に振るような環境の世界で金が希少なものとして価値が高まるかといえば微妙なところだが。
ともかく、天候を操るウェザリア。しかしその実力は神器の能力を最大限にまで引き上げる松岡輝赤の能力で大幅に変更した。
気象は、いつしか事象へと変化する。
「アレはまさしくブラックホール、ビックバンに相当するものだろうね。その質量は全て君という存在そのものに向けられた。」
「フッ、それ以上は良い。敗北した、それだけで十分だ。」
「そうだね、話を変えよう。君の目的は、人間という地上を侵食しうる存在の減少、もしくはほぼ壊滅。失敗したとしても冥界の滅亡による地上の保全だろう?」
「あぁ、その通りだ。」
この世界の地上は脆い、神が本気を出そうものならばこの地上がもたないほどに脆弱になってしまった。世界的な災害は年を追うごとに増え始め、神々の仕事は増していった。
アイテールはその危機に対して、人が災害に対して強くなればいいという人類強化説を打ち出した。
だがこの説は人々は元々集団という組織下において対応できるという答えにより棄却されることになる。
だが、それでも地上が弱体化するという根本的問題が解決されたわけではない。そこでアヌビスが考え出したのが自らを犠牲にすることにより行われる地上の保全化だ。
アヌビスが自らに課した誓約魔法は、この地上の世界を再び太古の時代が如く戻すのに十分な魔力を有していた。
アヌビスが勝てば、地上の人間は減り、世界ば保たれる。アヌビスが死んでもこの世界が正常に戻るのみ。
「アヌビス、君にとって人類的にはどちらでも特に問題は無かったろう。君はただ、僕との誓約魔法を守りたかったんだろう?」
「あぁ、だが手前の意地など突き通すものでは無いな。お陰で一度死ぬハメになってしまった。」
アヌビスはだらりとその場に倒れ込んだ、全てを投げ出したかのように。安心しきった笑顔で倒れきった。
「アヌビス、だから私は、君を2柱にしたんだよ。」
「何がだ?」
なによりも強い男、アヌビス。
彼は世界を一つ背負える器にある男だ、私という支配者がいなかったら、下手すれば神というもののあり方としてはアヌビスの方がより神に近いのかも知れない。
「ハッ!民衆から信仰されなければならない神が、人を襲っている時点で神である資格なぞないだろう」
「全くだ、まぁ今回も教会を通じて人々に思わせよう。だがあまりやりすぎる訳にもいくまいね。民衆は我々の玩具では無いのだから。」
さて、次に一つ。解決せねばならないことがあるか
「君だね、悪魔大帝」
『お呼びで?我が主人ン』
アヌビスの体から、薄暗い胞子のような物体が出てきて、集まる。
そこには、今回の事件のほとんどを知っていた男。悪魔大帝その人がその場に座っていた。
◇◇◇◇
『いかがカ?楽しんでいただけたか?』
そう言う悪魔大帝の声は、いつも通りの声色だが、弾んでいるのが誰の目にも明らかだった。
まるで、自分のしたことを親に褒めて欲しい子供のような無邪気さで、とても数億もの民衆の魂を絶望に追い込んだ張本人のようには見えない。
だがこれこそが悪魔大帝なのだ。
「やはりか、悪魔大帝。君はどこかでやると思っていたよ」
『いやいヤ!予期していた筈だ!予知していた筈だ!貴方様は誠に万能なのだかラ!!』
「万能な存在などこの世界には存在しないよ、大帝。だからこそ君はそれに気づかないから、ここまでの悲劇を生むことができる。」
『いいヤ!そんな筈は無い!貴方様が万能で無い筈がない!』
1柱、アルケムが悪魔大帝のその姿を悲しげに見つめていた。大帝の声は続く。
『我は貴方に予期できぬものを見せたかった!この世界を彩る芸術家が神以外にも存在しうるものと証明したかっタ!我は道化ダ。それがどうしタ!道化ならば最後まデ、自らの主人の為に踊り続けるが正義であろう!忠誠であろウ!!ハハハハハハハハハ!!!!!!ヒャーーーーーーハハハハハハハハハ!!』
「こ、これはいくらなんでも騙された身としては少々な」
「そうだねアヌビス、でも彼もまた私のうちの一つなんだよ。知ってるとは思うけど、悪魔大帝はもう1人の私なんだ。」
私には、私の感情の数だけの私がいる。そのほとんどはこのアルダ・ナヴァで研究を行っていたりするが、そうでないものもいる。
『悪魔』とは、1柱が生んだ悦楽であり、悪意であり、嫉妬であり、強欲であり、怠惰なのだ。悪魔大帝は、私が抑えられ無かった悪意の1つ。
「君の動向がわかってても止められない私と、見えていても止められないケテル=マルクト。君という存在はその中で唯一生きられていた。だが、それも終わりだ」
『ハ?ここに我を呼んだのは貴方様でハ?我が罪を笑い、認めて下さったのでハないのデ?」
ここで始めて悪魔大帝が動きを止めた、少しだけ困惑の表情が見える。
アルダ・ナヴァに入る条件として私が認めるという項目が存在する。
「違う、君を始末する為だよ。大帝。ここから先の時代に、最早悪意は必要無い」
『ソンナ・・貴方は、いや貴様ァァァァァァ!!!』
「終わりだよ道化師、幕が降りる前に君は退場するべきだった。弱くてもフォルテの方がよっぽど一流の道化師だったよ。」
「アルダー・ツァイ・・・・・・・・ラムダ!!!!!!!!!!!」
『グゥァァァァァァァァァァ!!!!!!!』
悪魔大帝の慟哭が、アルダ・ナヴァ中に響き渡る。この世界に存在する強烈な悪意の正体は、1柱によって永遠に消え去った。
「やれやれ、悪魔大帝とアヌビスが交わした契約をも消しとばすとはね。本当に松岡輝赤君は規格外だなぁ」
「何!?では、手前の体は」
「ピンクって子知らない?君の体は松岡輝赤君によって一度消し飛んだ、その完全に消失したとみられる体を修復したのはピンクって子だよ」
「あ、あんな童女が?」
そう、アヌビスを治療したのはピンクだった。彼女の回復魔法は死者蘇生という概念を終焉させた。それはもやは創造という域に達する。前に誰かが想像した何かを修復するという域にまで達したピンクの蘇生術は、神を治療するにまで達していた。
「そう、全く、『概念ごと修復』してかつ、悪い部分は全て切り落とした。完璧な修復だよ、ウルフィアスも上回ってるんじゃ無いかな?」
「フフ、全く。大した奴らだ。我々神の予想を遥かに超えてくるんだからな」
「おや?アヌビス、リベンジマッチはいいのかい?」
「当然申し込むぞ!負けたままでいられるものかぁ!!!!」
「ははははははは!流石はアヌビスだ!じゃあ、早速行こうか!フレイヤも行こう!」
「いいわよ」
「「げぇ!!フレイヤが笑ってる!」」
「殺すわ」
これは、ある天界での出来事。




