アヌビスの後悔
「何故そう思う?」
歪んだ顔でアヌビスさんが聞いてくる、その顔は表情を変えることのなかったアヌビスさんにしては珍しく、わかりやすく驚いていた。
「1つ目は、冥界軍の動きです。貴方は軍略家とアイテールやウルフィアスさんから聞いてます。にも関わらず、今回の軍の動きはおかしい」
そう、今回の冥界軍の動きは不自然だった。
まず先遣隊として送られてきた兵達、確かにその兵士はいずれも猛者だったが、なんの情報も無い状態でただ突撃という方法ではやられてしまう。
勿論、グリーンがいないならばもしかすればその方法で勝てたかも知れないが。
アヌビスはグリーンの存在を知っている
なら、その実力を見誤っていたというのは少し行きすぎな部分もある。
この部分は7柱マルクさんにも言えることだ。
アヌビスさんとマルクさんは、言わば元の世界の司馬懿と孔明のようなものだ。司馬懿は軍略の天才で、孔明は知略の内政、外交の天才だ。
司馬懿と孔明が揃っているようなこの状況で、情報戦で負けていて、この結果?
「不自然と?」
「僕は貴方達を過小評価していません、貴方と戦うと決めたフレイヤさんだって、持てる全ての人事を尽くしていました。ですが貴方は違った。」
「フッ、フレイヤはきっと手前の甘さも混みで戦いを挑んでいたさ。あれはそういう女だ、恐らくは例え人間どもから悪鬼と言われ蔑まれようとも人間に献身し続けるフレイヤのような女こそが神に相応しいものなのかも知らんな。」
少し悟ったようにアヌビスさんは語った、きっと無意識に行っていたんだろう。
自分でも気づかないことに気づく、アヌビスさんは神様として生きているけだ、その中身は僕達と大して変わらない。
というか、長生きしたクロみたいな気がする。戦うのが大好きで、それでいて義理や人情に縛られまくる様は、まさしく元の世界で経験したクロそっくりだ。
・・・・何考えてるんだろう。
「それで?手前が貴様達に対して手を抜いていたという推理は終わりか?確かにそうだったのかも知らん。手前がこの戦いに引け目を感じているということは事実だ。」
「でも、貴方にはこれをやめられない理由がある。そうですね?」
「そうだ」
「貴方は止められたがっているんですか?」
「断じて違う、手前1人でこの世界の人間を蹂躙することは可能だ。今も、貴様達を倒し、人を殺すことになんの躊躇も無い。」
「そうですか」
顔は歪んでいなかった。
アヌビスさんは、アヌビスさんのままだった。
◇◇◇◇
『とある英雄の理想郷』
1柱side
「始まるね」
「・・・・・・・・」
「え?僕には結末が見えてるだろうって?嫌だなフレイヤさん。僕にだってわからないことぐらいあるさ。」
「貴方、未来見えてるでしょう?」
「あ〜未来予知とか、使ったの随分前だけどね・・大体、ニコラスも予知魔法ぐらい使えるし、僕のなんて彼のよりいくらか精度が良いぐらいだよ。」
3柱、フレイヤ。アヌビスとの戦いで肉体を消滅にまで追い込まれた彼女は、私のいるこの場所に来ていた。
彼が神と認めた面々は、自ら死を選ばない限りは基本的に不死と化す。フレイヤは呼ばれたのだ。私ー1柱に。
まさか、世間話をしにとは思わなかったが。
「・・・・・」
「え?私も参加したい?できるわけ無いだろう?君が地上に降りたら、今度は人間の危機じゃなくてアヴァロムの危機だ。この地上の脆弱さは知ってるだろう?」
そう、アヴァロムは脆弱だ、神々が本気を出せば崩壊してしまうほどにだ。
故に、冥界以外で神々は本気を出せなかった。
強さという概念や魔力量は関係無い、その神性、1柱からの祝福こそが呪いのように重力を持ちアヴァロムの大地を潰すのだ。
「まぁ、アヌビスが大地にいても無事なのは、悪魔大帝との契約のおかげなんだけど・・・・本当にあの大帝くんいなかったらアヌビスはどうやって地上に行くつもりだったんだろうな」
「貴方の束縛、実は結構緩いよ?」
「そうなのか、早くに言えばこんな事態も防げたろうに」
「後悔してる?」
「後悔ばかりさ、全能なんて言われてるけど。ちっとも間に合った試しが無い。いつもいつも最後の最後で私は物語に加わらない」
勇者の時すらそうだった。
手助けをしつつ、結局最後は転生者である彼を頼ってしまった。
あの革命児の時も、最後まで彼は持てる限りを尽くして生き抜いてくれた。
「僕は脇役だ、結局何もできやしない。アヌビスだってらあれも、結局私のせいなんだ」
「・・大丈夫、私が呼んだあの子達は、強い」
「あぁ、ささやかだが僕も助力した。見守るしか無いのは、些かアレなんだがね」
「・・・・アルケム」
「なんだい」
その名前、神々のみんなにしか言われて無いんだけどな。
私は1柱と呼ばれているが、人々の教会での呼び方はその時その時の教え方や教える人によって異なる。
この名前は、私が地上で活動していた時の名前だ。
てか、君にこの名前で言われるとドキっとしてしまうのは私だけかな?
「見守るだけじゃダメなのか?」
「え?」
「見守るだけでも十分だ、お前は強すぎてしまう。」
私の顔はそんなに酷かったのだろうか
覗き込むようにして顔を近づけられ、フレイヤは手を私の頭の上に乗せてくる。
「背負わなくて・・いい、私たちもいる。彼らが必ず、アヌビスを止める」
「うん、そうだねフレイヤ。」
気づけば、私は泣いていた。
気づけば陽は傾き、夕日に変わろうとしている。
オレンジ色の光が、ぼくたちを包んでいた。




