アヌビスとの再会
1人、自らが決めた約束に沿って。
獣、動く。
荒野のエリアド城の、遥か前方。
既に虫達の大群は消え失せ、悪魔も創世の四聖やエリアド城の迎撃に向かった。
そんなこの荒野に、1人の獣が立っている。
彼は、待っているのだ
己が運命を、その未来を探る為に。
彼は既に、自分が神では無いことを自覚していた。神とは、人から崇められ、信仰される超常の者を指す。信仰の対象として尊崇、畏怖される者のことでもあるが。アヌビスは既に自分が信仰の対象とならないことを自覚していた。
最早この身は塵芥
ならば、最後はこの矜持を守るのみ!
「故に・・・・手前と戦うのは、お前たちだと思っていた。」
気づけば、獣ーーアヌビスの目の前に役者は揃っていた。
「来たか、影となりて未来を守る英雄よ」
「背後を取っていたと思っていたのですがね」
「それぐらい近づけばわかるさ。」
「参りましたねぇ」
1人は、アヌビスの陽の影から現れた。
両手に少し曲がったナイフを2振り持ち、周囲に溶け込んでいた全身は透明から少しその威容を表す。
その表情は肉体的には19歳の若者にしては老けて見え、苦労を思わせるくまが目にできていた。
イエローだ、
イエロー以外は、逆にアヌビスに対して、馬鹿正直に真正面から向かって来た。
「おお、素晴らしい威風だ、知恵の英雄よ」
『ぬかせ、剥製にすんぞ。』
機械音と共にグリーンが現れた。その鎧は集まった面々の中で唯一アヌビスと並ぶ体格を所持しており、この世界ではあと100年は聞くことが叶わなかっただろう機械音が響いていた。
『あとさ、一回やってみたかったってのはわかるが、肩に乗るのは無理あったと思うんだが!!!」
「いいじゃない〜一回やってみたかったんだから♡」
「たかーい!涼しい〜」
「だろ!!やっぱり私が思った通りだ!」
ピンクとホワイトとクロは、グリーンの鎧の肩口に乗って現れた。
ピンクは杖を、ホワイトは斧を、クロは剣を持っている。ピンクの持つ杖は教会保有の宝具、ホワイトのは正体不明の斧。クロはゴリアテ、神器級の剣だ。
そして
「思ったより早い再開となったな。」
「そうですね。」
最後にイヴァンの背に乗り、空を滑空しながらレッドは降り立った。
イヴァンの龍の異様と、赤いグリーン特性近未来的な鎧が美しくマッチしている。
そこに立つ白い翼が、その人物の異様を高めていた。
「イヴァンさん、僕は、貴方を止めに来ました。」
「だろうな」
悠然と、立ったままアヌビスはそう呟く。
戦うそぶりすら見せないその佇まいは、悪魔にその身を侵されながらも少しも揺らぐことは無い。ボロ切れのような悪魔大帝にその身を支配されていても、アヌビスはアヌビスとしての風格を保っていた。
「目の前にいる5名、いずれも元はお前、松岡輝赤としてこの世界に一つの精神として宿り、そしてこのアヴァロムでは1人1人が独立した肉体を持ち、各々の思うがままに生きている。だからこそ問おう、手前と止める義理はあるのか、と。お前たちはいずれもこの世界の住人では無く、特にお前は、それが顕著だ。」
答えは決まっている
だが、アヌビスはこの口から聞きたかったのだろう。
何故、と問う行為は、察しの良い者なら問う前にその答えがある程度理解できている。
これはいわば、確認だった。
「貴方が言ったんじゃないですか?ここはもう、僕たちの世界だ」
そう、ここにはもう1人いる僕がたくさんいる世界だ。
「ここは、僕にとってゲームみたいな世界なんですよ、アヌビスさん。なんだかリアリティが無い。」
この世界には5名の僕が存在する
その面々は性別、職業、地位が違くて、それぞれが未知の体験をしてきている。
「だがここは現実だ、人が死ぬ、無論、お前も例外では無い」
「はい、戦争でも見てきました。人も、魔物も、等しく死んでいったのを覚えています。」
この世界の戦争、恐らく最大規模の戦争を見たレッドから見れば、元の世界がどれだけ平和だったのかを理解できるだろう。
あの衝撃を、忘れ無い。忘れてはいけないのだ。
戦争が、子供の絵物語では書けないような醜悪さと下衆さで満ちているなど。
「この世界は、お前の元の世界より、命の価値が低い。手前も現状を正しく把握している自信は無いが」
「その認識で正しいと思ってます、僕たちは、元の世界でも恵まれた地域で生まれました。だから、この世界に来て衝撃的だったことは数え切れないくらいあります。」
だからこそ
「だからこそ、そんな犠牲を無くす為にグリーン達は戦っています。グリーンなら、良い世界を作れると信じています。」
『おい、まだ子爵領治るので精一杯だから、ハードル上げられると困るんだが』
グリーンが困惑したように間に入ろうとするが、無視される。
まじかよ...という機械音が聞こえてきたが、無視しよう。
「だから破壊しないで下さい。貴方が行なっていることの理由が僕にはわかりません」
「手前が戦うのは人間が約定を破ったからだ。それ以上でもそれ以下でも無い。」
「違いますね、だって、貴方は本気で戦ってない。この戦いに引け目を感じている。」
「どういう意味だ?」
アヌビスが、初めて表情を緩めてそう言う。彼自身にとっても意外なことだったようだ。
「貴方は、この戦争に勝つ気なんて最初から無かったんじゃないですか?」
ここへ来て、むしろ嬉しそうな顔をしていたアヌビスの顔が少し、歪んだ気がした。




