名無鬼王、神域に至る
「・・へ?」
まず第一声として出た言葉がそれだった。
僕は、確かイエローと名乗る男との戦いに敗れ、地上から冥界に戻る筈だった。
だが目の前にあるのは冥界の陰湿な雰囲気とはまるで別物だ、辺り一面が美しい水面に覆われており、自分はその水面に浮いている。
水面に立つという行為自体あり得ない、勿論魔法や水面を走る術は勿論スアレスも身につけているが、今はそれを行使していない。
その湖の底は見えない、そして美しい。濁り1つない、ポーションと呼ばれる回復薬よりも下手をすれば美しいのではないか?
すくって口に含んで見る。
うん、ポーションの味だ。冒険者時代に何度も口に含んだものだ、ただ味が段違いで美味しいが。
高級な素材を使用しているポーションは美味しい、つまり自分が飲んできた中で一番美味いポーションが、自分の視界全部に広がっていると言うことだ。
ということは、間違いないだろう。
英雄叙述詩、神話。全ての英雄が憧れ、人外魔境である外へ出て探し求めた世界。
かつて2柱以下神々が創造神にあたる1柱より力を授かったと言われる場所。不老不死を求めて神になるべくこの場所を探し求めるものは何人いるのか。
『アルダ・ナヴァ』
湧き止まぬ最高級ポーションと
「気がついたようだね」
1柱のいる場所である。
「気づいたかい?」
目の前にいる男は、僕たちの世界の一般的な常識に照らし合わせると、あまりに不自然な格好をしていた。
白を基調とした貴族然とした格好であることは間違いないのだが、それでいてどこか機能的だ。服に精通している訳ではないが、あれは下手をすれば戦闘すら余裕でこなせるのではないかと言うぐらい動きやすさも視野に入れたような設計になっている。
平たく言えばスーツと呼ばれる格好なのだが、スアレスはそれを知らない。
見た目は40代前半、だが若々しい動きを残した、それ以外はアヴァロムの貴族でその辺にいそうな顔立ちの中年おじさまだった。
「貴方が1柱と呼ばれる存在か」
「あぁ、そうだとも」
にべもなく、どこから取り出したのかすら不明な椅子にふわふわと座りながらその紳士はそう答える。
気づけば僕にも椅子があり、そこに座った。
美しい世界だ
全面には一面に水面が広がり、第三世界にも似た海以外全てが白い世界が広がっている。
第三世界と唯一異なる点は、あそこはただ白い無機質な世界であるのに対して、ここには海があり、空があることか。
遠くに雲が、鳥が見える。
それだけでも、心象的には第三世界とは天と地の差があった。そして目の前には1柱と名乗る男性。
「呼び出して申し訳ないね、アヌビスには謝っておかなくちゃ」
「・・私から話をしておきます、ここから無事に帰れたらですけど」
「なんだい、別にとって食おうって訳じゃないんだ」
「・・・・」
急に悪戯っ子のような笑みを浮かべたまま紳士は答える。
だが理由は理解していた、勿論英雄の叙述詩にあるこの場所へと呼ばれた意味、辿り着いた意味とは一体なにか。全ての事柄で話されている要件は1つだ。
「今日呼んだのはね、ーー君に、神になって欲しいんだよ」
神域に至った面々の一員に加わるというお誘いだった。
◇◇◇◇
「神か、僕にその資格があるとは思えませんがね」
「そうかい?君の偉業は私も見ている、国という1つの内政の完成点、中央集権化という1つの政治形態を完全とも言える位階まで昇華させた。あの王政の極致とも言える政治形態は今も王のお手本となっている。」
「僕の業績、ではないけどね。僕は父と兄が創り出した方法を昇華させたに過ぎない。」
「続けよう、君は内政関係においても神童的活躍を見せた後、武力的実力も高い。恐らく現在の状態で君が望むままの装備を保持できていたならば君は、ヴィヴィぐらいは殺せるんじゃないか?」
「戦闘を専門としていない神に勝ってどうすると言うのです。」
「道理だな、だが私は別に強いから神にしている訳じゃあ無いんだぜ?むしろ僕が提示している条件に達しているならば地上の農夫と戦って負けようが別に構わない、ただしそんな人物は現状いないがな」
「条件?」
「あぁ、進化さ。君はこの世界の生き物がどこに行き着くか興味は無いかな?技術的進歩とかいうものじゃなく、人が人として、エルフがエルフとして、亜人が亜人としてどこへ行き着くのか興味はないかい?」
「考えた事もないです」
僕の生きた時代は、人の命がすこぶる安かった。故に僕はそんなことは気にした事もない。
人が生命として生きるという行為を行っている以上どのような形であれ変化はしているだろう、それが進化であるか退化であるかは不明だが。
そもそもこんな会話、スアレスが王族としてかなり高度な教育を受けており、スアレス本人がかなり高い知能を所持しているからできているのだが
「そもそも君はこの会話の理由が理解できているようだ、その時点で君は十分資格がありそうなものだが、そうだ。人間という種族の現在最高地にいるのが君だと僕は判断した。」
「その判断に至った理由が聞きたいものですがね。いやいいです、既に聞きました。」
「おっ話が早いじゃないか」
この世界には英雄が溢れている、勿論世界中の人間が知ってる大英雄・・超越者と言わしめる人物や、ケイアポリス王国にのみ伝わる英雄。中には1つの村で流行した英雄だっている。
そんな中の頂点に選ばれているという時点で僕としてはこそばゆいものを全身に感じる。それと同時に彼が僕を評価しているのが僕という人間の総合評価なのも理解した。
「私が十分と把握したからこそ、君を神域にするということだ。具体的に神に至るには私の加護をもらって欲しいのだがね、加護は知っているかい?」
「はい、神々から与えられる祝福、神々に愛された英雄として鑑定魔法などでその正体は現れる。単純な膂力など、様々な身体的能力値が上昇する傾向にあるのは知ってます。」
「素晴らしい、だがあれば僕から分派した僕以外の神々の加護だ、具体的には神々から気に入られると与えられる。その主流である僕の加護だ、というより僕が最強だと自負する魔法でね、『誓約魔法』『加護魔法』どちらも人を介さないと真価を発揮しない難しい魔法だ。」
加護、祝福
そう呼ばれたのは神々から付与される力の一端、と言う名の魔力の塊である。与えられた魔力によって与えられた本人の膂力が増えたりするというものだ。
一般的に付与魔法などと同等の効果内容だが、その能力値のバフ加減が振り切れてるバージョンだと思ってくれていい。
「その加護だ、神々11柱は全員加護を所持している。僕の加護は君の潜在能力の解放だね」
「肉体的デメリットは無いんですか?」
「君はアヌビスを見なかったのか?冥狼族の彼が冥界之王にまでなったのは彼自身の素養と僕の加護のお陰だと言ってもいいだろう。」
そう、明らかに自慢がにそう答える。まるで子供じみた科学者が自分の開発した玩具を見せつけるように。
1柱にとってアヌビスさんは玩具なのか、それとも大切な友人なのか。僕には図りかねた。
「君は人間として僕の加護を受ければ種族名が変化する。」
「見た目が変化するとか?」
「いや、流石にそこまで劇的な変化はない、冥界として魂でアヌビスに操られるような状態からは明らかに変化するだろう、その実力で好きなように覇を成すがいいさ」
そこまで言うと、興味深そうな深い、虹色に光る目をこちらに向けてきた。
悪戯っ子のような、40代のおじ様が見せるにはあまりに若々しいその顔を見て僕は気づけば言っていた。
「貴方は・・アヌビスさんを救う気は無いんですか!?」
「あぁ無いとも、僕は見守るだけ、今の弱くなったアヴァロムの大地では僕は降り立つことすら許されない。僕の力は強すぎるんだ。だからね、君にして欲しいとも言わないが、好きなようにやりたまえ!」
なに、きっとハッピーエンドになるさ!
その言葉と共に僕の意識は消える。
次の瞬間、僕の身体は変貌を始めていった。




