悪魔大帝vsアヌビス④
大帝は、目の前の強敵が変化するのをつぶさに観察していた。現実的に考えて、圧倒していたように見えて実際のところはそうでもない、微々たる差だ。第三世界という自分の本拠地であるから有利であったという理由が勝因としては大きい。
目の前で魔力をかなり増大させている相手を前に、困惑を隠し切れなかった。
アヌビスに仮の姿はなイ、これが常識だったと思うのだが違ったのか?
現状、アヴァロムや冥界についての情報のほとんどハ、アヴァロムの情報は落ちこぼれではあったが可愛いギールが仕入れている。
つまり、この姿はフォルテでも知らない情報ということになる。
なんだこの姿ハ?
醜い、とは言い難い。醜いなどという基準は種族によって異なるし、自分こそその醜いの集大成のような体をしていル。
見ているだけでこの世界の、変わるはずもない温度が数十度下がったような感覚に陥る。体中がプルプルと弛緩しているように思う。
これを、悪魔大帝は見たことがあった。
ーーーー許してくれ!息子の命だけは!
ーーーーあぁ...ああああああああああ
ーーーー嫌ァ...嫌よ!そんな・・あなた!
以前地上に降りた際、戯れに人の心を弄んだ際にその契約者の家族から漏れたセリフだ。言った本人達?揃って冥界で復讐のために動いてるだろうて。
そんな、哀れで非力な者達が死の間際にすることと、今我がしていることは非常に似ていた。
これは、『恐怖』だ
あり得ン!
自分の武器である『悪魔之王』を、真っ直ぐに敵の頭上に振り下ろす。
あり得ン!
あり得ン!
あり得ン!
あり得ン!
あり得ン!
あり得ン!
あり得ン!
あり得ン!
その真っ直ぐに払われた、かすりでもした瞬間全てのものが吹き飛びそうなその災害は、アヌビスの頭上にて、アヌビスの4本腕の1つに止められていた。
「もう無駄だ、貴様の攻撃、貴様の防御、貴様の魔法。その全てが無意味である。お前の攻撃、お前の防御、お前の魔法、全てをこの手前の目が!見ているぞ!」
それだけだった。
腕の1つに止められてピクリとも動かない自分の腕に苛立つように悪魔大帝は自分の右腕を見る。
そこに右腕は、なかった。
?!?!?!?!?!?!?!
どういうことダ?
力も上がっタ、魔力も上昇している。認めよう
我が不可視の武器悪魔之王が見えているのも認めよう。
だが、我が目視叶わず攻撃を喰らうとはどういうことだ?魔法か?
魔法の痕跡はない、これでも悪魔大帝は魔法にも系統し、軽い魔法から時には重い魔法まで3桁は扱えるまさしく規格外野郎なのだ。戦闘時に魔法を使わないというだけで。
そんな悪魔大帝が、魔法の痕跡を見逃す筈はない。
ということハ・・・・
「いや、魔法だよ、だが手前の魔法ではない。ただそれだけのことよ。これは『誓約魔法』1柱の少々・・いや、かなり特殊な魔法でな。それのおかげでこの状態の手前は」
1対1では必ず負けん!!!!
なるほド、命を削って自らを強化する魔法か。悪魔契約でそんな魔法があったナ。
全く興味はないガ
「貴様にはそういうものはないのか?絶対に負けたくない戦いや、譲れない何かが!」
ククク、契約のために命を賭ける馬鹿がいるのカ?言ってみれば人間との契約など我にとっては娯楽に過ぎん。人間が我に供物を捧げ、その対価に我は戯れの如く力を与える。
「今回の契約に関してハ、この程度の供物しか貰ってない故ニ。この程度の力しか使う気ハない、むしろ娯楽に命を捧げる貴様が愉快でしかないワ。ユカイ、久しぶりに楽しませて貰っタ。礼を言うゾ、アヌビス。」
「貴様ァァァァァァァァァァァァ!!」
そう怒るな、アヌビス。
供物が最大級とも言っていい息子の心臓を使用した戯れの我を倒せるのダ。
十二分の偉業ヨ。
第三世界?そんなものくれてやル。
こんな世界、誰が欲しがルと言うのだ。
ククク、ハーーーッハハハ!!!
ヒーーーーッヒッヒ!!
愚か!愚かアヌビス!!
約束の為ニ!真偽の為ニ!
自らを弱めるとは滑稽の極み!
これ以上の愉悦があろうか!
「存外・・良い見世物ヨ」
『冥狼王之神罰』!!!!!
アヌビスの絶対の一撃、時空をも穿つとされた一撃を喰らい、悪魔大帝の体は吹き飛んだ。
しかし彼は抜け目ない、こんな娯楽で死ぬなどというヘマは犯さない。恐らくどこかに触媒をいくつも用意し、すぐさま復活するだろう。それはまるでゴキブリのようなしぶとさ。彼を確実に滅することはほぼ不可能と言えるだろう。
アヌビスは、それを知っていてなお本気で悪魔大帝を滅したのだ。暫くは干渉されない、いやできないことを知っていたから。それにこれ以上しぶとい大帝に時間を割くのは、アヌビスにとっても時間の浪費だ。主人の命令か第三世界にいた悪魔達は全て去ったし、悪魔大帝率いる悪魔達は、今回の戦争にはもう関わらないだろう。
こうして2人の絶対強者の激突は幕を閉じ、アヌビスは空っぽの館に取り残された哀れな人間を遮断しに、館へと歩みを続けるのだった。
「喧騒が終わったな、終わったか?」
ブランデーを一口飲みながら、少し酔った状態となっているマリス辺境伯はそう呟く。大帝とアヌビスの戦いも、いい見世物かと思い暫くは見ていたが、大帝が優勢なのを見てすぐに飽きた。
あとはアヌビスの首が届けられるのを待つだけで良い。
「ジョン、いい加減にしないか。今からならまだ間に合う、アヌビス様に許しを請うのだ。」
「そうだぞ、アヌビス様は慈悲深い。心を込め詫びれば許してくれる方だ」
あぁ、うざったい。
こうして私に口やかましく降伏を進めてくるのは、僕の父と兄だ。せっかく生き返らせたというのに、やれ「絶対に勝てない」だの。「お前はアヌビス神を甘く見ている」などと。5柱のアイテールを追い詰めた英雄を知らないのか?
辺境伯であるこの私が、そのようなことで慄く筈が無いだろうが。
全く、父君も兄上もいい加減に復活出来たことを喜び、私を讃えてくれても良さそうなものだが。まぁ仕方ないか、現実を知るのには時間がかかると言うしな。
悪魔大帝の力は、1柱に匹敵するほどの戦士だ。神にこそ選ばれてはいないが、1柱が創造と生を司る神ならば、アヌビスは破壊と死の神、悪魔大帝が悪戯、そしてフレイヤが道具の神だ。
この4者の力は拮抗していると伝えられているが、現状1柱唯一の不確定要素だが、今回の戦争には静観を決め込んでいるし情報が無いとして、人間を標的としたアヌビスはフレイヤと悪魔大帝を相手取る必要がある。
その他にも人間に味方するウルフィアス、ヴィヴィなど。人間側には最高戦力が揃ってると言っていい。
我々に負けはないのだ。
2柱と言っても1人がいたとしても、人間の、いや私の敵ではない。
標的をずらし、賢く立ち回る。これが人間の戦いだ。
ギィ
そんなことを考えていると、扉の開くような音が聞こえてくる。
やっと帰って来たか、待ちわびたぞ。
使用人の悪魔も消え、何があったと言うのか
「随分と遅かったじゃないか。流石のお前もアヌビスは一筋縄ではいかなかっ・・ひぃ!!!」
酔いは、一瞬で覚めた
礼儀正しく、扉から入って来たのは憤怒の化身だった。
4本腕の狼顔をした、恐怖の権化だった
「あ、ああああああ・・」
そんな!
悪魔大帝はどうした?負けた?
そんな筈はない、あの大帝だぞ?
いくら頭では否定しても、目の前にあるのはただひたすらに強烈な現実だ。
次の瞬間、私は走り出した。
股の間から暖かいものが出だし、自分が小便を漏らしているとは気づかないまま、屋敷の奥へと、ひたすらに進んでいく。
置いて来た奥の間からは父と兄が話をしているのだろうか、こんな声が聞こえて来た。
「どうか!どうかアヌビス神よ、我々が代わりにどんな苦痛も受けます!どうかっどうか愚息だけは!」
「お願いします!我々が死に、アイツに精神的余裕を与えられなかった私の責任なのです」
「・・お前達の願いはわかる。だがもうあの男の命1つで治るような諍いではないのだ。既に冥界の審判は下った、お前達は誇り高く戦い散った清い魂だ。安らかに冥界に帰るがいい。」
兄や、父は逝った
私の願いが、無為に消して行く。
何故、もっと話をしなかったのだろう。
マリス辺境伯の心には後悔しかなかった、そんな後悔も、後に立たずではあるが。
「聞いていたか痴れ者!!!貴様は別だ!貴様は冥界には呼ばん!永遠の地獄である我が炎で燃え尽きるがいい!」
さっきまで自分がいた居間からこんな声が聞こえてくる。
「嫌だ!」
気づけばこう叫んでいた。
生まれてからここまでの恐怖を味わったことはない、死などと言うものを経験してこなかった自分に、まさかここまでの災いが降りかかるなんて、誰が気づけただろう。
背中が少しずつ暖かくなってる気がした、それでも走り続ける。そうすると、背中が燃えるように、熱くなり始めた。
嫌だ
嫌だ
嫌だ
「こんなの嫌だ!」
気づけば叫んでいた、そうだ。あれで満足しておけば良かったのだ。グリーンの言う通り、大人しく平凡な辺境伯として10年ぐらい我慢して、幼い我が子が育つのを待つ。苦しいができない訳ではない、老後は平凡で素晴らしい生活が待っていたはずだ。
それを、それを私は。
そんな、私は
楽になりたかっただけなのに・・・
・・熱っ
彼が生きている間に感じた最後の感覚はそれだった、そして死後、彼は永遠にその熱さの中に自分を置くことになる。
「冥界之地獄
屋敷から漏れ出た火は、第三世界ある限り永遠に燃え続ける。その炎は、マリス辺境伯という、野望に燃えた男の送り火として、永遠に燃え続けるのだった。




