スアレス=ヴァン=ケイアポリス
僕はそっと、自分の愛用の大鎌を構える。この武器も、影の仕事をするために使っていた武器だ。今まで使っていた武器の中でも手に馴染む方と言えるだろう。
この大鎌は、僕
スアレス=ヴァン=ケイアポリスにとって象徴とも言える武器と言えるだろう。だが僕が今使っているこの大鎌は、本当の僕の武器ではない。確かに、感触、使用感、僕の五感の全てがこれが僕の使っていた宝具『死神交奏曲』であると叫んでいる。
だが、違うのだ。僕の死神交奏曲は、僕の後継に渡っている。なので、今現在僕が持っているこれは超用意周到に、アヌビスさんによって魔力で作られた偽物である。
いや、それを言うなら僕自身さえそうなのかもしれない。僕こそ冥界で作られた精密な『僕』という作りものなのかも。
違う、そう決めつけるにはあの生きていた時に感じていたあの撫でるような風の感触が、植物に触れていた時の、あのなんとも言えない暖かさが。無いような気がして僕はならないのだ。
向こうから影のような、しかしスアレスの目にはっきりと映る、昼間だというのに暗い装束に身を包んだ男女混合の戦士達。
(奇襲か、しかし冥界軍の中には気配察知に秀でたものも多い。この程度奇襲にさえならないよ。)
そう言いながら、スアレスはなんでもないかのように殺気だった敵の1人の目の前を悠々と歩き始める。敵兵の1人は、一瞬こちらを訝しむような素振りを見せながらも、すぐに他の方向を向いて駆け出してしまった。
(違和感を感じる程度には鍛えられているのか、敵兵も中々の手練れ揃いだね)
スアレスは、敵兵の様子を見てそう判断する。殺気をありありと出しているならともかく、普通にただ歩いているだけのスアレスを見つけるのは困難である。未だに自分の魔法をも使用しておらず、ただ歩いているだけなのだが。
スアレス=ヴァン=ケイアポリス
彼の生涯は数多の歴史書で描かれ、様々な絵画に描かれるほどの超有名人であるが、絵画にある彼の顔に少し注目しよう。
ここにあるのは1枚の絵
戦場に立つスアレスの絵が描かれている。
彼の極みがかった金髪の長い髪が絵画となっており、美術品として最高の価値を持つと言われる至高の絵の1つ。現在はケイアポリス王国の王族の一室に飾られている、スアレスの本当の髪は黒髪であると言うのに。
こんな事例からわかるように、彼は非常に・・覇業を為し、どんな英雄にも負けない実績を持つ彼は、影が薄かった。
具体的に言うと、玉座の間にスアレスが座ってないのに会議が始まっていたり、自分の顔を絵師に描いてもらうと、100人中100人が全然違う絵になったり。そしてその異なる絵に、自分と似た絵が何一つないのだetc...
しかし彼はそれを当然のように享受している、それは彼の家族構成に起因すると言えるだろう。
スアレスは影が薄くて「当然」なのだ。
彼の父もまた英雄だった、武勇に秀で、仲間に恵まれた。当時ほんの小国に過ぎなかったケイアポリス王国をまた、大国にせんと動き始め、見事大きくした。
だがスアレスの父は病気であっさりと死んだ。残されたのはスアレスを育てた母と、スアレスと、彼の優秀な兄であった。兄は父をも超える天才と言われ、若干18歳で王位を継いだ。父の作り上げた圧倒的国力を背景に他国を蹂躙し次々に配下へと納めていった。
そして、最後まで抵抗していたライバル国の刺客にあっさりと殺された。
そしてスアレスが、兄の息子が大きくなるまでと仕方なく王位を継いだ。その後、彼は兄が無理矢理攻め落とした国内の安定化に尽力を始める。
その国内改正は、人民の戸籍化、貿易などによる国内の循環。輸送体系の確立。彼のやる内政は良くも悪くも内政向きの体系であり、軍事力は現状維持を進めた。ちなみにそれらの内政は、その後の王達の現在までのお手本となっているのだが、それはまた別の話である。
中にはスアレスの兄の仇討ちを臨む声もあったが、スアレスは無視した。
現状の荒廃した国でライバル国を討ち倒す。スアレスの手腕では不可能ではなかったが、その後荒廃した国を建て直すのには時間がかかる。なので、そのダメージが少しでも少なくなるようにスアレスは尽力したのだ。
全ては、兄の息子に全般の状態で王位を譲るために。
そして10年、16歳となった兄の息子、以下甥と呼ぶが、甥が立派になったのでスアレスはあっさりと甥に王位を譲った。その当時スアレス33歳、影で兄の仇討ちを願っておりスアレスに拒否された軍部の者達から「スアレスは王位を狙っており、兄を妬んでいる」
そんな噂は、いともあっさりと消え去った。噂を広めていた家臣達がその知らせを聞いて「うぼぉ」と声を漏らしたのは言うまでもない。
本当に、愚かだ。僕は王位などに興味はなかった。僕にできたのはただ一つ。父が広げ、兄が広げた大きなケイアポリス王国を育てることしかしなかったというのに。
僕に新しく与えられた役職は宰相権大将軍だった、この国をより大きくするために、内政に力を注いだ。
これが間違いだったのかも知れない。まだ幼く若く理想主義で、良い意味で僕の兄の性質をよく引き継いでいたこの甥っ子は。僕のやっていることが正しいと信じて疑わなかった反面、心の奥底で父の復讐を望んでいたのだから。
それから10年、内政の改革に勤めてライバル国に対して一切攻めようともしなかった僕の態度に、甥は爆発してしまった。
それはなんでもない、よく晴れた日だった。
突如、尻に敷かれている妻に叩き起こされて屋敷の外を見ると、そこには
万を超える兵士がいた
僕は甥の暴走に気がつかなかった、軍部の連中が、いつまでたっても父の復讐をしようとせず、軍事を軽んじているという言葉を無視したツケも回って来たようだ。
「スアレスは、敵国と通じており王位を簒奪せんと企んでいる」
まさか、甥がそんな言葉に騙されるとは思いもよらなかったのだ。僕は、一家を連れて、王国のライバル国へと逃げた。王国では、僕は処刑されたことになっているらしい。
え、逃げた方法?普通に裏口から馬車で。
ここに、僕が歴史家にしか知られてない一因がある。こういう僕の経緯があったので、王国の歴史書のほとんどは改竄されていた。今まで僕がやったことは全て、父か兄がやったことにされるか、甥がしたことになっていた。
ケイアポリス王国では「簒奪だ」「叔父の偉業を盗み取った悪王」という悪評が付きまとい、その半年後、軍事を掌握した甥が真っ先にライバル国へと戦線を布告した。
そして、ライバル国にあっさり負けた。ライバル国は、天才と言われ、僕なんかよりもずっと優秀な兄と渡り合ったほどの英雄がいるんだぞ?
復讐心に駆られた甥で勝てるような相手では無かった。
その後?あぁ王国は僕のことを慕ってた人達が王国から離反して王国はまた割れ、ケイアポリス王国はまた小国に戻ったよ。安定してないような国で強権を発動したらどうなるかぐらいどうなるかわかると思うけどね。
これが、僕の平凡な人生だ。偉大な父と、偉大な兄に囲まれ、彼らの歩いた道を補正するために生き、最後にはとんでもないしっぺ返しを受けて死ぬ。唯一の慰めといえば、僕の家族が平凡に暮らすことができたぐらいだろう。
ちなみに僕の享年は72歳、結構生きた。
冥界に行って、父や兄に生きていた時のことを伝えた。その時に1つだけ、僕なんかよりもずっと英雄だった彼らに質問してみた
「後悔はなかったか」
そうだ、だった1人の弟に全てを押し付けこの世を去った2人に。何か言うことはないかと、ただなんとなく聞いてみた。
「「無いな!!俺たちは全力で生きた!後は生き残った奴らに任せる!」」
そうか、だから僕は英雄になれなかったのか。
こうした、爽やかな感情がなかった。怒りや動揺がなかった。だからこそ僕は英雄になれなかったのだ。僕は僕として生きることが無かったから。
「知る人ぞ知る英雄」「顔の無い王」
馬鹿らしい。僕は英雄なんかじゃ無かった。
父も、兄も、人間を守ろうとしてアヌビスに挑み、敗北した。「誇り高き戦士よ、許せ」
そう言いながら戦士達の技を避けることなく受け止め、反撃したアヌビスさんの姿を僕は、マルクさんと共に見ているしかなかった。
死者の蘇生ーー
後輩達よ、なんでだ
なんでこんないい人を怒らせる?
場面は再度戦場へと戻る。
僕の脇をスライムが通り過ぎて行く
僕を視線にも入れないまま。
僕の横をリザードマンが通って行く
僕目掛けて突っ込んできた。僕が見えてもいないのだろう。
両方とも、僕がしたことはただ一つ
大鎌の刃を刺す
これで、敵は死んでいった。
『死神交奏曲』彼の能力は神器に相当せんと言われ、それでもなお神器に届かずと職人に言わしめた一作。
『即殺付与』
全ての生物を殺す必殺の刃、無論魔力に対して耐性のあるものには聞かないが。雑魚ならばこの通りである。
誰も僕に気づかない。
いつも
いつも
これは作業だ、誰も僕に気づかないから。これは単なる作業。家畜を殺す化のように容易く、抵抗も無く僕に殺される。
「おや、何者ですかな?」
久しく声をかけられた。完璧に気配を消そうとしている僕に言葉をかけられる人物が、この世界に何人いるだろうか?少なくともスアレスが生きていた時に、彼が姿を消そうと思って消して見つけられた人物は誰もいなかった。
死んでからいたのは3人のみ、強さは関係ない。それは知覚的な問題ではない。いかに見ようとしているかどうかの問題だ。
それを、この男は見た。
男は全身を黒いスーツに覆われたような男だった。身体中の各部に武器を仕込んでおり、油断なくこちらを見据えている。
見られた
だが、関係ない
「冥界軍、敵はただ殺す」
「お断り致します、うちの家計簿がまだつけ終わっていませんので」
スアレスが冥界軍に入っているのは、別に人類に絶望したとか、そんな深い意味では断じてない。冥界軍に入る人間は、久しぶりに下界に降りてみたいという善人か、現世に恨みがある悪人しかいない。
その中で、「アヌビスに弱みを握られてるから」という理由で冥界軍に入ってるのは、恐らく彼1人だけであろう。




