悪魔大帝とアヌビスの戦争
視界が閉ざされたのはほんの一瞬の話だった、視界が黒く染まった瞬間、オレは目を瞑り防御姿勢を取る。
その後、目をゆっくりと開くと、目の前にはオレを庇ってくれていたであろうジャックがいた。
そしてそこは、先程のマリスの家とは雰囲気がまた異なっていた。
ほんの目を瞑った一瞬の間にベッドや家具諸々が消えるように消失し、代わりにそのベッドのあった場所に、確実に人間ではない何かがいた。
召喚と言っていたから、何かを呼び出したのだろう。フォルテが悪魔族と言っていた。そして契約から察するに、呼び出したものは悪魔で間違い無いのだろう。しかしその姿は、グリーンが想像していたギールのようなチャチな悪魔とはまた違った。
その悪魔もまた異形だった、マリス辺境伯の自室は、辺境伯の自室にしてはこじんまりとしており、高さが5メートルほどしか無いのだが、そこに全長が入らず、若干かがんでいるほどの巨躯を持っていた。少なくとも、人間種(と言って良いのだろうか?人体が人間の形状をしているためにそう呼ぶ)のなかでは最大級の横幅と身長を持っていた。
全身が硬い象のような皮膚に覆われており、肌の色は黒く、メタルのように光っている。顔は無く、その代わりに人体の顔と呼ばれる場所には空洞のようなものが貫通しており、そこに時折呼吸のような空気が出入りする音が聞こえていた。
その2本角は山羊のような螺旋状の形状をしており、それは止まることなく動き続けている。銀色の、彼の体からすると小さな、とても小さな王冠がその頭に乗せられていた。その王冠は、とても簡易なものではあったが、彼の存在を際立たせるかのようにキラキラと輝いていた。
服装は不明、全身が前述の通り象のような硬い皮膚に覆われているためにまともに確認することができないでいた。そういう意味では全裸と言って良いのかもしれない。
「呼ばれたのはいつ振りカ・・一体何を贄にしたら私を呼び出せるというのカ」
硬い、金属音のような声だった、だが聞こえなくはない。その声から感情などを見出すことができるとは思うが、顔は空洞なので不明のままだった。
「自己紹介をしよウ、契約者。私は「悪魔大帝」第三世界に住まう全ての悪魔を滑る皇帝願いはなんダ?」
そう言いながら、悪魔大帝の名乗ったその異形は辺りを見回し、まずウルフィアスと、既に死んだフォルテの激闘を少し見る。
「医者の神と、我が息子か。」
そこまで言うと、悪魔大帝はフォルテに向けて人差し指を向ける。そうした途端、フォルテはウルフィアスを抱きしめ、ワープホールに飛び込んでいった。
「久々の契約者との対話だ、無粋はやめてもらおう」
フォルテの死体を見ても、悪魔大帝の表情が変化することはない。息子じゃねぇのか...?
「あ、悪魔よ!私の願いは父と、兄の蘇生だ!それと私とその家族の身の安全を頼む!」
マリスが、悪魔へ向かって話かける。既に願いの内容などは決まっていたのだろうか、それともフォルテの最期の注文か。いずれにせよ辺境伯はポケットから何か紙のようなものを出していた。
「了解した。贄は神の心臓で十分だ。それにしても・・ここまで愚かな人間は久し振りに見る、我が1度目の契約者と同じ約束...だが内容を変えたかフォルテ!愉快だ。お前に乗ってやろう!」
悪魔大帝がした1度目の契約者、その内容は死者を蘇らせてくれのみ。その後の彼らの身の安全までは保障されたものではなかった。なので、彼らはその後起こる災害によって消し飛んだ。契約者ごと。
それをフォルテは悪魔の契約に従い変えた。契約をより密に、細かく分け、簡略化した。それでいて、全てを望んで悪魔大帝の逆鱗に触れないように調整したのだ。この細かい仕事すらも心理学者という心を取り扱うフォルテだからできたことであるのだろう。
悪魔大帝は魔法陣を作り出しそれを手を差し伸べる。
魔法陣の中から出てきたのは2つの手であった、その手は、引っ張られるように身体をも徐々に出現し始め、全身がそのまま出現する。
そこにいたのは、フルプレートを纏った2人の騎士、妙齢の騎士とそれと息子であり、どことなくマリス辺境伯に似た雰囲気のある人々。そんな2人が、その場に出現したのだった。
「や・・やった!すごい!見たかグリーン!!これが神の力だ!神器がなんだ?神器級のものが1つ犠牲になるだけで!人が蘇る、これが素晴らしくないことでないならなんだ!」
絶叫にも似た歓声でマリス辺境伯は2人に抱きつく。抱きつかれた2人は、困惑と驚きにも似た表情を向けている。
その様子を悪魔大帝は、興味なさげに見る。
誰にも聞こえないように言った、「どの種族でも、願いは変わらんか」という言葉は、誰にも聞こえることなく風に消えていったのだった。
「契約者よ、むしろ契約はここから始まるのだが?背後にいて隅にいろ、おいそこのゴミ2人、お前らは消えろ。」
は?誰がゴミだって?
「どう考えても自分達なんで消えません?」
いや、何が来るか気になるし...
「またか!!!!!!!」
「また約束を破るか!手前に対して!!!!!!」
地面からその声は響く、その声は全世界の全ての人間、全てのモンスター、全ての種族に響いた。それを聞いていたのは、ここアヴァロムに住まうほぼ全ての生命体。
そしてこの声、この覇気、見たことはないが声のみは電話で聞いたことがあった。
間違いなく、第2柱、アヌビスだった。
「おうおう、この振動、この怒り、アヌビスよ。契約者とその家族は我が庇護下にある。それに手を出すということは、こちらと戦争をも辞さないということでも構わないな?」
「無論!!!!人間種族!それを庇うもの全てが我が粛清対象だ!!!」
悪魔大帝が呟くそれに答えるようにアヌビスが地面を響かせそう答える。
「そうか、なら今これより悪魔大帝である我が名において冥界を完全に潰す。覚悟しておくがイイ」
その時始めて、空洞のような悪魔大帝のにチャリとした顔が変化したような気がした。彼はもしかしたらそこまでをも見通していたのかもしれない。悪魔の棟梁としての血湧き肉躍る戦いを夢見ていたのかもしれない。
「では場所を変えねばならん、契約者を。冥界の友を迎える準備をしなければな」
「あ、あぁ、よろしく頼む」
震えながらそう呟くマリス辺境伯とその兄父は、悪魔大帝とともに消えていく。
「待ちやがれコラァ!」
「グリーン、いつになく声小さいな、オイ」
「静かにしてろ!聞かれたらどうするんだ!」
「悪人から小物になってる...一応領主なのに...グリーン...」
オレとジャックは、その消えゆく様を何もせずに見送る他なかったのであった。




