レッド編 epilogue1 ケテルマルクトという男
「君がアイテールを倒した男かい?」
そう言うと、ケテル・マルクト。
マルクトさんは僕の座っていた木の隣に腰かけて来た。側では人間の姿に変身したイヴァンとエルザがいびきをかいて眠っている。
僕はその間、ずっと眠れなくて焚き火をつついていた。長い木を椅子にして。
「はい、貴方は、アイテールと同じ・・」
「その通り、神々の末席に並んでいる男だが、マルクでいい。クロムウェルにもそう言ってるんだが、親しい人物は皆そう呼ぶ」
「は、はい」
そう言うと、マルクさんは柔らかい笑みを浮かべながらこちらを向いて来た。いや、話を聞く限り男なのだろうけど、そのあまりの美しい顔にちょっとドキッとするね。
「君は異なる世界から来たと聞いたよ、どうだい?君の世界は、平和なのかな?」
「・・あまり平和とは言えないかも知れないです。同じ人間同士でさえ争いを繰り広げ、殺し合いをしています。種族が異なる種に関しては、見世物にしたり殺したりしてます」
「そうか、この世界より遥かに進んで文明を持った君たちの世界でさえ、そうなのか」
そう言うと少しだけ残念そうな顔をマルクさんは見せる、この世界よりも遥かに進んだ世界がある、そこですら理想の世界は築けていない。それに絶望するかのように。
「仕方がないですよ、知性があれば欲もあるんだ。人が人を完全に理解することはできませんからね」
「言うじゃないか、君はまだ16だろう?」
「イエロー・・黄色いおせっかい焼き屋さんからの受け売りです。」
そこまでマルクさんは言うと、大きく手を広げて言い始めた。
「私は、作りたかったのだよ。人間でも、魔族でも、亜人ですら関係ない、全てのものに対する理想郷。そんな国を作りたいと、心から願った。」
本気だった、彼の目は欲にまみれていて、それでいて炎のように、最初にあったあの冷静な顔が仮面であったかのように、本気の眼をしていた。
馬鹿のような話だ、同じ種族ですら団結できていないというのに。
「そんな国ができる一歩手前まで来ていたんだ確かに!だけどそれはね、ダメだったんだ。僕が読み切れなかったんだ。深淵賢帝なんて言われてるけどね、僕は人の心までは見通せなかった。僕の愚かな心が、それを潰してしまったんだ。」
エルフの伝説の国のお話は、この世界の子供達ならば誰でも知っている物語だ
誰もが憧れる国、があった
そんな国に集う人々、その面々は、亜人や人間が暮らしていた。だが、魔族がそこに襲来し、その理想郷をグチャグチャにしていった。知能もなく、知性もない。愚かな魔族に。
理想郷の王であるケテル・マルクトは、魔族の愚かしさを嘆いて死んだ。
それを引き継いだのが後にケイアポリス王国を再興した〇〇王ーーーー
魔族の残忍さ、凶悪さをアピールし、ケイアポリス王国が正当な王家であると言うことをアピールする物語の1つとして、民衆に深く広まっていったものだ。
「個人的にも客観的にも上手くやったよ、当時の王は。おかげで僕は良い王のままこの世を去ることができた。だから神の1人として名を馳せている。」
「マルクトさん・・」
このまでの話で、レッドですら察することができてしまった。
魔族のせいで理想郷が壊れたのではないことに。
人間によって、お伽話なんていかようにも作りかえられてしまうものだ。こうやって熱心になにかを話すのは、僕が神器使いだったからなのだろうか?
「君は現在のグリーンの国造りをどう思う?」
「あ、すごいと思います。少なくともこの時代の文化は凌駕していると言っていいでしょう。」
「そうだ、建築、医療、農業、経済。あの男はあらゆる面での革命を起こした。この世界で彼が活動を始めて3年、そろそろ各国の首脳が本格的に彼の技術を吸い出しにかかるだろう。いいやわかるとも、似てるんだよ、私の時と」
そう言うと、マルクさんはこっちを凝視し始めた。美しい銀色の目がこちらに向けられる
「今、グリーンの元では魔族、亜人、人間。この世界全ての種族があの地に集っている。不安だよ、彼はーー知恵の英雄は果たして我らと同じ道を歩んでしまわないか」
そうか、彼は不安なんだ。彼の国は、人間がやったのか、魔族が原因だったのかは知らないけど誰かの悪意に潰された。
被るんだろうな、自分とグリーンが。
「ありがとうございます」
単純に、礼が言いたかった。
この世界最高峰の叡智とお人好しなエルフに。
ただ感謝を伝えたかった。
「見守ってて下さい、これからアイツが作る国を。歴史から確実にアイツは学んでますよ、大丈夫です。アイツは頭はいいですから」
はっきりと、そう言った。
それを聞いたマルクトさんの顔は、見ていても面白かった。彼が結局どういう意図でこの話をしたのかはまるでわからなかったけど、彼は悔しそうに、口惜しそうに。
笑っていた
「そうかい、そうかい!レッド君、始まりの英雄。非常に羨ましい、君が、否君たちが。非常に羨ましい。」
不安そうな顔は消えていた
結局、彼がどうしてこの話をしたのか僕にはわからなかった。だが彼は僕のことを気に入ってはくれたのかな?
ともかく、アスクロルとの戦いが終わってから丸2日。マルクさんと僕は少しばかりの談笑をして、別れることになる。
既に死んだ人、昔あったというエルフの国の王様。
変な人だったな。
そう思いながら、空をアスクロルを抱えながら飛ぶ彼を、僕は見送っていたのだった。
さて、グリーン領に戻るとするかぁ!
◇◇◇◇
「ただいまアヌビス、はぁ〜また当分はこの辛気臭い冥界にいなきゃいけないのか。」
「感謝するぞ、古き友よアスクロルも久しいな。あの大戦にて死んでしまったかと思ったぞ。」
子犬サイズのアスクロルが、トコトコと歩いて、椅子に座るアヌビスに寄りかかる。
犬の頭したのがご主人で、球体から手が何本も出ているのがペットとは、中々歪なものだなと、マルクは思った。
「アスクロル、もう離しちゃダメだよ。地上の魔族達、本当散々な被害を被ってるからね。キミが制御しないとアスクロルは暴力の塊なのだから」
「いや、すまん!地上の様子を知るすべが手前にはない故。ともかくアスクロルと再会できて良かった。レッドや魔族には借りができてしまったな。」
「そうだ、レッド君とも話をさせてもらったよ。」
「ふふん、お前もあやつと会ったか。フレイヤが目をつけた理由もわかるというものよ。万里に繋がる可能性、それを体現したかのような者達」
「知恵の英雄や技の英雄のことかい?彼らもまた面白い存在だよ。主から分離された存在でありながらも1つの存在として起動している。ウルフィアスの技術には感服したよ。」
ウルフィアスの作体技術、神々の圧倒的力が治る体を作ることのできるウルフィアス。彼に固有の神具はないが、彼の才覚こそが、もしや神具であるかもしれない。
そうマルクは考えていた。
「いつになく機嫌が良くて良かった、使いにやったことで、気分を害しているかと少し心配した。お前のように、手前の頼みを聞いてくれる者で冥界を自由に行き来できるものは少ないからな。感謝している」
機嫌?
そうか、これが機嫌がいいように見えるのか
大当たりだ、最高に気分がいい。
種は蒔いた。
あとはどういう順を辿るか、どのような結末となったとしても、僕は必ず僕の目的を果たす!
森の王、ケテル・マルクト。
彼は非常に合理的な人間であった、彼が自らの理想郷の崩壊を未然に防げなかったのには理由があった。人の願い、それが誰かの何かを阻害する。
その未来を回避し、不特定多数が最も多く幸せになる未来。それも10年の話ではない、100年、1000年以上も先の未来を彼は見通し、決断したのだ。
理想郷の崩壊を
どこまでも合理的に、淡々と
しかし、そんな誰かの幸せを願った男のただ1つの失態
より多くの人々を幸せにするために、不幸になってしまった男。
その1人に弟がいたのだ、そしてその弟はいずれ遠くない未来に人を不幸にする可能性がある。
ケテル・マルクトただ1つの地上への後悔
それは地上で神々への復讐に燃える弟を止めること。
彼の行動の全てはそれに集結されていた。
「あぁ、そうだね」
僕はこれから、このどこまでも気のいい、義理堅く良い男を巻き込む。
それに一抹の罪悪感を覚えながらも、そう頷いた
許せ、友よーーー




