エルフの王 ケテル・マルクト
「いや、すまんな。手前誓約により冥界より出られぬのでな。ウルフィアスから貰った人間の体も、馴染むのに時間がかかるらしいのだ。頼むぞ!殺さずにこちらに持って来てくれ」
「え〜〜〜」
アヌビスさん、自分でなんとかしてよ。無茶言うなぁ...
他の人達が見つめる中、頭を抱えるしかない。連絡しなきゃ良かった、いや連絡して良かったな。このまま殺してたら多分アヌビスさんブチ切れてたと思うよ。
それにしても、こんなの無理でしょ!
①捕獲しなければならない(殺してはいけない)
②冥界まで持っていかなくてはいけない
③魔族領への被害をを最低限に抑えなくてはならない。
地獄だ
「まぁ、代わりと言ってはなんだが、冥界のものを使わせるから。少しは役立ててくれ」
そう言うと、アヌビスは電話を切る。
あ、②の心配が一瞬で消えた。それでも生け捕りとか超ムリゲーですけど。
後に聞こえるのは一同のため息だけだった。
「まぁ、とはいえ大まかには変わらない。というのも殺す事は我々の現在の戦力では難しいかも知れないですからね」
そう言うのはウーフィルだった。
「冥界からの使いというのが来るまで、最高で機械族のテリトリーからアスクロルを追い出す。ここまでは我々でやりましょう。メンバーはグリーン様、イヴァン殿、エルザ殿、それとうちからディナス殿、クロムウェル殿を出させて頂きます」
こともなげにウーフィルが内容を説明する。もうすぐ終わりそうか、そんな時にウーフィルの進行に意見を挟んだのはディナスだった。
「待て、ウーフィル。私はグリーンの配下だ、『うちの』というのはどういうことか?」
瞬間、会議室に嫌な空気が立ち込め始める。ディナスの殺気が辺りに広がり始め、大人しく座っているこっちにまで圧が飛んできた。
へ、どゆこと?唐突すぎるんだけどと思っていたらとなりに座っていたエルザが小さい声で教えてくれた。
「一応ディナスは貴方の配下ってことになってるでしょ?ウーフィルが『うちの』ってわざとらしく言ったのは、言外に貴方に、もうディナスは魔王軍の一員ですよってアピールしてるのと一緒なの。感じ悪いでしょ?」
へぇ、というかそれで怒ってまで自分に義理を通そうとしているディナスの方に関心するしかない。
パンドラの箱から出したのがよっぽど効いてるんだろうな
リザードマンの英雄、既に種族としてはリザードマンを超えて龍人へと至っているディナスという男は、実直な性格に相応しい仁義を兼ね備えていたのだ。
線引きにそこまで拘るなんて。
「う〜ん、流石にそれはうちが悪いな。ごめんねディナス」
「構わん、2度はないが」
ゲンムと言う魔王がここは謝罪してこの場は収まった。だけど良かった、ディナスが暴れ出したらこの場でディナスより強いのって、多分魔王しかいないもんな。
エルザとどっこいどっこいってところだろうか?
「さて、ともかくやることは決まったし、解散!今日はもう夜も遅いし、早めに今日は休んで。明日から頼むよ!」
こうして、僕の異世界生活3日目は終了した。
創世の四聖に並ぶアスクロル、一体どの程度の実力なのか。
僕は明日、機械族のテリトリーである荒野にてそれを知ることになる。
◇◇◇◇
「ふむぅ、手前のペットが逃げ出してしまったか...」
冥界、その最深部にある1つの豪華な椅子。そこで「冥界之王」アヌビスは腰かけている。
自分が直接行くわけにはいかない。
フレイヤやアイテールのように、自らを制御して地上に降り立つ術をアヌビスは持っていなかった。
昔とは違い、この大地は衰退を始めている。日々弱くなり続けるこの大地には、自分の力は強すぎた。
恐らく自分が地上に行った瞬間、この世界は崩壊を始めるだろう。
「強すぎるのも考えものだね、客観的に見れば君はとても可哀想だよ。しかしながら個人的に思うならば、それは強者の義務だ。仕方がないとも言えよう」
そう、隣に立つ男は言い放った。冥界の主人たる自分と席を同じくできるもの。
それもまた自分と同じ土俵に立っているもの
世間一般で「神」と称えられているものの1人が、また自分の目の前に座っていた。
とは言っても、目の前の男は紛れもなく死者でありアヌビスの庇護下の1人である。既に死人のこの男は、冥界を自由に動き回ることができる数少ない種族の1人であるだろう。
「はぁ、手前のペットが出て行ったらしい。捕まえるのに手を貸してやってくれぬか、古き友よ」
「うん、客観的に見れば外出許可が出ていると言うことだよね?嬉しいね」
「お前、止めても最近勝手に冥界から出ているだろう。それを見逃してやっている代わりということだ。」
普通、死者が冥界から出ることは許されない、とは言っても常人ならそもそも冥界から出るなどできないことであり、この男だからこそできているということもある。
最も、この男は冥界の魂の一部をウルフィアスから貰った体に移し替えて外出しているために、冥界のルールを破っていないと主張しているつもりらしい。
「うーん、主観的に見れば完璧な隠蔽だったはずなんだけどね。バレバレだったか。でも怒ってないということはそこまででもないのかな?」
怒ってはいた、だがこの男にそれを言えば戦いになり、冥界は崩壊するかも知れない。だからこそアヌビスはそれを話すことはなかった。
「お前が自力で罰を犯していても攻める相手がお前しかいない故。復活などで死者を強制的に呼び出してるなどならば話は別だが」
「アヌビス、その禁忌を犯して数千年前人類より前に大地を支配していた一族を皆殺しにしたんでしょ?主観的に見てめっちゃ怖い」
「・・早く行け、さもないと当分冥界の大釜に閉じ込めるぞ」
その言葉を受けた瞬間、彼は立ち上がった。
彼はエルフだった。誇り高きエルフ族の始祖、彼の時代にエルフ族は森の賢者という名高き栄誉を受け、彼の時代の終わりと、彼の死と共に長いエルフ族迫害の歴史が始まった。
彼は「深淵賢帝」万の軍勢を武勇ではなく知恵で下し、荒地に花を咲かせることを目指した深謀遠慮の太祖。彼の残した戦術や陣形の数々が、現在も王国軍などでそのまま使われている。
彼は実力でも他の神に劣らぬ実力も持ってはいたが、その智謀はその実力の遥か上を行っていた。
暴走エルフ、ウェザーの兄でもあるその男は冥界を抜け出し、代わりの体を使い、弟を探し続けている。
彼の名は「ケテル・マルクト」
神7柱・エルフの王が、冥界を離れた。




