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*91* 安全な病院です


「ちょっと待ってろ、様子を見て来る」


 後ろでいつでも突入できるとばかりに全員が揃ったのを見てから、俺は吊るしていた自動小銃を手にする。

 右手で構えて、左手で扉を押して中へと入ると……近代的な作りの内装がそこにあった。


「……これは怪しいな」


 目の前には受付があって、横にはベンチが並んでいて、壁や天井にはまだ機能しているであろう監視カメラが埋め込まれてセンサーを点滅させている。

 ここにはまだ電力が残っているんだろう。

 入口を抜けた先には広々としたロビーがあって、埃にまじって骨だけになった『人だったもの』がいくつも転がっている始末だ。


「いまのところは敵は見えない、入っても大丈夫だ。でも気は抜くな」


 照準をロビーに向けながら後ろにそう伝えると、まずムツキとフェルナーがゆっくり入って来た。


「うっひょう……なんかすっげえ近代的だな。懐かしい気分だぜ」

「……全然ファンタジーじゃないね。しかもまだ明りがついてるし……」


 それから他のメンバーがぞろぞろやって来るものの、構造的にこの人数で行動するとなると少し窮屈(きゅうくつ)だ。

 さすがにこうして一塊になったままだと動きづらい、メンバーを分けた方が良いかもしれない。


「気を付けろ、あんまり穏やかな病院じゃないみたいだ」

「穏やかじゃないって……あの、イチさん。そこらじゅうに転がってる骨ってまさかとは思うけど……」

「残念だけど本物だ」

「……うわあ」


 俺は先頭に立って、白骨死体だらけのロビーに向かって歩こうとしたものの。

 受付を通り過ぎようとしたところで、天井のあたりが光った気がした。

 見上げてみると入り口とロビーの境目のあたりに監視カメラのようなものが埋め込まれてたようだった。

 その中のレンズがまるで瞳孔の開いた目のようにこちらを凝視してくると。


『登録されていない有機生命体九体の不正なアクセスを検知。コントローラーを再起動中』


 そんな電子的な音声でのアナウンスが病院内に響き渡った。

 不正なアクセスというのは間違いなく俺たちのことだろう。

 足元のあたりからごうごうと音を立てて何かが動き出すような音がして、得体のしれない不吉な予感が一杯に伝わって来た。

 ……やっちまった。


「あのあの、ご主人さま、これって入らなかった方が良かったんじゃないでしょうか」

「……俺も今そう思った。でもコントローラーっていうのをぶっ壊せば片付くらしい」

「なるほど……こうなってしまった以上、速攻で探し出してぶっ壊すしかないですねっ!」

「そうだな、さっさと見つけて終わらせちまおう。長期戦なんて良いことは何一つないからな」


 ロビーの方からぎし、ぎし、と床がきしむ音が聞こえてきた。

 多分足音だとは思うけど、少なくともこんな最終戦争から百五十年ぐらい経ったような場所じゃ患者なんているわけがない。

 となれば……ここにいるのはあれしかないわけだ。


「……おい、こっちに何か来るぞ。みんな気を付けろ」


 俺たちは武器を手に、音のする場所に向けてじっと身構えたものの……。

 足音はすぐ近くまでやって来て、その持ち主はカウンター越しに姿を見せてきた。


『こんにちは、皆さま。デザートホスピタルへようこそ』


 やっぱりボットだった。

 そいつは先ほどまで見てきたようなあのぎくしゃくとしたものじゃなく、人間そのものの自然な動きをしている。


『ご用件は?』


 固められた表情から機械と女性を混ぜたような声で、ボットは受付の椅子に座って俺たちにそう尋ねて来た。

 背筋を伸ばして姿勢正しくこちらの返答を待っていて、武器を向けられても「これが仕事なので」と平然としている様子は俺たちの戦意を奪うには十分だと思う。


「あー……ちょっと用があって……」

『ご用件は?』


 引きかけた引き金から指を離して、それっぽく答えてみることにした。


「おじいちゃんの面会にきたんだ。できるかな?」


 もちろんこれは嘘だ。

 けれども俺の言葉を受けたボットは少し黙った後に。


『ロジャー様のご家族の方ですね。お部屋はロビーとラウンジの間にある通路から階段をのぼり、そこからすぐ右手にある14号室になります』


 特にこちらに襲い掛かってくるような素振りも見せず、そう答えるだけだった。


「ありがとう。14号室だな」

『現在、国内の治安が著しく低下していることから医師、および契約警備員には自衛用の火器を持たせております。どうかご了承ください』


 こいつに敵意はなさそうだ。

 お行儀よく座ったままのボットがそれ以上何も言わないのを見て、俺は「いくぞ」と後ろにいる連中に手で合図をして進もうとするものの。


『凶器を持った暴徒を確認。鎮圧に向かいます』


 いきなり、受付を担当していたボットが立ち上がった。

 今まで見たものよりも更に滑らかな動きでカウンターを乗り越えてくる。

 そして腰のあたりからあのバトンを引き抜くと、カズヤに向かって早足気味に向かっていった。


「おっ……俺!? 暴徒って俺のことか!? 清く生きてんだぞ俺はっ!」

『対象に投降の意思なし。制圧します』

「やっ……やんのかコラァッ! 上等だかかってきやがれ!」


 人間に似た機械がバトンを伸ばして、ためらうことなくカズヤへ踏み込んだ。

 暴徒と間違えられている当の本人もやる気で、木製の鈍器を両手で握って迎撃に向かう。

 どう見てもカズヤの方が向こうより機敏に動いていて、あの機械野郎の懐に突っ込んで一撃をお見舞いしてやる、とばかりに距離を詰めていくのだが。


「おせーんだよこのマネキン――!?」


 まるでそんな動きを予測していたように、ボットが腕を振り上げながら僅かに後退、勢いをつけてバトンを振り下ろした。

 力の入れ方も、攻撃の動作も素早くなっていてさっきとは明らかに違う。

 当然カズヤだってそれに対応できないわけでもなく、慌てて鈍器で攻撃をブロックしようと構える、が。


 *バキッ!*


 次に聞こえたのはそんな音だった。

 木が折れたような音、というかそのものだろう。

 振り下ろされたバトンを受け止めたと思ったら、カズヤの得物(えもの)が見事に割られて二分割されていた。


「うわああぁぁぁっ!? 俺のお気に入りの武器がァァァ!?」

「僕がやるっ!」


 だからといって誰も何もしないという訳じゃない。

 ムツキが真っ先に踏み込んで、カズヤを押し退けながら動いた。

 それに合わせて俺も自動小銃を構える。


『凶器を破壊しました。暴徒も破壊します』

「おい! マネキン野郎!」

『お呼びですか?』


 そう叫ぶと、ボットが石膏像みたいな顔を向けてきた。

 真っ白な胴体に照準をあわせる、引き金を素早く二度引く。

 室内に空気を貫くような銃声が二発分響いて、ボットの身体がよろめいた。


「っっあああぁぁぁぁぁーーっ!」


 銃声よりもっと強烈なムツキの声がしたかと思えば、バスタードソードを振り上げながら突っ込んでいく。

 そのまま両手でボットの脳天めがけて叩き込むと、ばきっと音を立てながらも深々とめり込んでしまった。

 かなりの威力があったようで、食らったボットが崩れ落ちて膝立ちになってしまうぐらいだ。

 これがムツキの戦い方か、あいつらしいというか……。


『ちちち……致命的なダメージを――』

「……ッ!」


 ムツキが続けざまにボットの腹を蹴飛ばして、頭部を真っ二つにしかねないほど埋まった刀身を引っこ抜く。

 それっきり、動かなくなった。

 人間だろうが機械だろうが、こんなことをされてしまえば誰だって死ぬだろう。


「……カズヤさん、大丈夫?」


 倒した相手からムツキが戻って来るものの、


「……致命傷だぜ、俺のお気に入りが折れちまった……」


 カズヤは無残に壊れた木製の鈍器を両手に絶望している。

 よほど思い入れがあったんだろうか、折れてしまったそれを何とかくっつけようとする始末だ。


「お気に入りって……それ、木工スキル持ちの人がくれた売れ残りでしょ?」


 お亡くなり確定となった得物を抱えているカズヤに、赤いハーピーが呆れた様子で近づいていった。

 しかも特別なものじゃなくてただの売れ残り品かよ。


「そうだけどさー……超気に入ってたんだぜこれ。そのうち誰かにエンチャントお願いしてもらうつもりだったんだ……」

「なんでそんな脆い武器にエンチャントするつもりだったの? だからあたしはただの木の棒なんかより金属製の鈍器がいいっていってたのに……」

「木の棒じゃねえよっ! グレートウッドクラブだよ! くっそー! バットみたいで気に入ってたのにー!」

「バットってあんたねえ……野球が好きなの?」

「いや全然。つーか野球のルールすらわかんねーからな俺!」

「どういうことよ!?」


 ……とにかくカズヤは大丈夫そうだ。

 この際「なんでお前は耐久的に不安な武器を持ってきたんだ」とかそういうツッコミはしないでおこう。


「ていうかカズヤ、あんた武器はどうすんのよ!? 壊れちゃったじゃない!」

「どーしよ……俺、殴り倒すような武器じゃねーと扱えねーよ……」

「だからあたしはキックとか補助的な攻撃スキルを覚えろって言ってたのよ!」

「アイリと被るから嫌だもん!」

「子供かっ! ほんとにこれからどうするつもりなのよ……あんた」


 じゃあこいつでも使え、と戦闘用のナイフでも渡そうと思ったものの……足元にいいものがあるじゃないか。

 俺は床に倒れているボットに近づいて、まだ握られたままのバトンを引っこ抜いた。

 持ってみると結構ずっしりときて、確かにこいつで勢いよく殴られたら頭蓋骨が軽く割れてしまいそうな気がする。


「じゃあこいつはどうだ? 鈍器だぞ」


 カズヤに差し出してみるものの、本人は「えー」といわんばかりに嫌そうな顔を浮かべて。


「鈍器だけど……俺、両手で使うような鈍器じゃねーとダメなんだ……」

「そんなこといってる場合じゃないでしょ! 大人しく使ってなさい!」

「片手武器は嫌なんだよなー……」


 ものすごく気の乗らない様子でバトンを受け取ってくれた。

 確かに武器との相性という問題はあるだろうけど、今はそれどころじゃないだろ……。


「……じゃあ椅子でも武器にしてろよ」


 冗談を込めてそう言った後、俺は奥へと踏み込んだ。

 ところがカズヤは本当に受付前に置いてあった椅子を手に取り始めた。

 しかも本人はしっくりきたのか、


「ちょうどいいしもうこいつで戦うわー!」


 とか言い出してる、もう知らん。

 鈍器脳は置いといて、中へ進んでいくとまだ照明が辛うじて機能しているロビーがあった。

 中身はまるで病院らしさを抜いたような、さながら高級感の溢れるホテルと見間違えるほどの内装だ。

 ……もっとも埃が積み重なっていたり、白骨化した『元人間』が転がっていなければの話で、今じゃただの廃墟である。


「……こんなに人がいるとちょっと狭いね。このままだと動きづらいかも?」


 ムネのいう通り、十人ほどでぞろぞろと動き回るには少し狭く感じる広さだ。

 そして恐らくどこかにボットたちが潜んでいる――ここはもはや病院じゃない、敵地ど真ん中だ。


「この人数でまとまって行動、っていうのは大変そうだ」

「うん。分けた方がいいかも……? その方がやりやすいと思うし……」

「そうだな。お前ら、いったんメンバーを分けるぞ。二組で探索だ」


 俺はここにいる全員に向けてそう伝えて、一度探索メンバーを分けることにした。


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