*90* 土に埋もれたデザートホスピタル
「……どうもこの機械はロボット三原則を守れなかったみたいだな」
俺は立ち上がった。
そこから倒れて動かなくなったそれの腹を足で小突いてみると、ロボットのバラバラ死体はもう動かないように見えた。
「きっ……気味が悪すぎるよこれ……ゾンビみたいで……」
ムツキが穴の開いた頭部を剣でつんつんしながら言った。
さすがにもう動かないものの【基本攻撃魔法】のさらに基本ともいえる【マナアロー】と【マナジャベリン】でこれか。
前者はマナで作られた矢を発射するもので、使い方次第では連射したり、発射体をストックするといったこともできる、覚えたらずっと使える呪文だ。
後者はその上位互換ともいえる攻撃呪文で、連発はできないものの威力も消費するマナもコスパがいい。
こうして実際に目にすると、銃より強くて使い勝手が良さそうというか……。
「ま、こいつらは俺たちの敵ってことだな。降りるぞ」
ボットの身体を足でどかしてから、俺は階段を覗き込んだ。
三人が横に並んで進める程度の広さで、ところどころにランプみたいなものがあって微かな青い光でぼんやりと照らされている。
今度はしくじらないぞ、と左手に自動拳銃を、右手に手斧を握って踏み込んだ。
しかし微妙に明りがあるとはいえ暗い、このままだとまた奥からあのクソロボットがいきなり現れてきそうで怖い。
「マスターさん、レフレクが明りになります!」
一歩降りて暗視装置でも使おうかなと思っていると、目の前にレフレクが回り込んでくる。
ついさっき俺を助けてくれた妖精は水晶でできた羽を軽くぱたぱたさせると、途端にあたりは明るくなった。
階段や壁がつるつるとした石造りだったことが分かる程度に明るくなって、これで安全に降りれそうだ。
「ありがとうレフレク、できれば少し頭の上ぐらいのところを飛んでくれ。それからフェルナー、ムツキ、俺たちが先頭になって降りるぞ」
「おう、前衛だな」
「分かった。慎重に行こうか」
「ライナーとカズヤたちは後ろを頼む」
「お任せください」
「流石に後ろから来るってこたーないと思うけどなー」
「サンディ、もし降りてる先から何か来たら遠慮なくぶち抜け」
「……うい」
「じゃあミコは命をかけてご主人さまのお尻を目でガン見してますので……」
「俺の尻は死守しなくていいぞ」
「貰っていいと!?」
「何をだ!?」
さて、降りるか。
俺たちは十人でぞろぞろと、かといってゆっくりと進むつもりもなく早足気味に降りて行った。
少数であれ多数であれ、素早く動くに越したことはないっていうしな。
「ねえ、これって一体どこに続いてるんだろうね……?」
レフレクの光を頼りに降りていくと、後ろからムネの不安そうな声が聞こえた。
俺たちのゲームとしての知識や記憶が正しければこの学校にはダンジョンが眠っているわけだけども、今回は訳が違う。
ゲームに限りなく似ているというだけの世界に、そしてこの地下に本来あるべきではない何かがある――それだけで未知の世界だ。
「わかんねーけどよ、少なくともあのゾンビみたいなマネキン野郎が俺たちをお出迎えするのは確かだぜ」
左手で照準を階段の奥にあわせながら進んでいると、フェルナーの軽口が横からやってきた。
そういうことだ、どのみちこの先にはあのボットたちが待ち受けているってことは間違いないだろう。
「……でも倒し方は分かったよ、頭を破壊すればいいみたい」
更に進むと、背中からサンディの冷静な声が届いた。
さっきの様子から察するに、俺たちの身体で言うと『脳』をぶち壊せばいいってことか。
逆に言えば動けなくなるように破壊しないとあいつらはいくらでも復活するのかもしれない。
「ますますゾンビじゃねーか……なんだ? 俺たちはロボットのゾンビでも相手にしてんのか? 噛まれたらなんかに感染しちまうかもな」
「ロボットがゾンビなどになるわけないだろう、馬鹿者が」
「お前は頭ん中までガッチガチだからどこ噛まれても大丈夫そうだよな、さすが堅物!」
「フェルナァァァァァーーーッ!!」
……ラーベ社の次は『機械ゾンビ』でも相手にしなきゃいけないのか?
やかましい二人のやり取りをBGMに、ひたすら階段を降り続けた。
進めば進むほど空気がひんやりとしてきて、肌寒くなってきた。
『電波を受信しました……』
するとまたさっきと同じメッセージが浮かんできた。
「またなんか受信したぞ、ちょっと進みながら聞いてみるか」
「まーたなんか受信したの? イチ兄さんのそのスマホ」
「スマホじゃねえよ、PDAだ」
手斧を戻してPDAを手にしてラジオ画面を開いてみると……『ジャンクドレスアリーナ』という名前の放送がある。
歩くペースを落とさないまま指でタッチしてみると。
*よう、荒野のみんな! 聞こえるかい? 【ジャンクドレス】がぶつかり合うドレスアリーナでは毎日のように新鮮な血と機械油が溢れてるよ! 外骨格用のパーツ、バッテリー、武器、戦う相手、なんだって揃ってる! 命知らずなドレスファイターは遥か北にあるアリーナにおいで! 勝者にはチップと名誉が、敗者には屈辱と死が支払われるオイルスポーツはここでしかやってないぞ!*
気味の悪い場所に釣り合わないような明るい音楽と一緒に、早口で、それでいて聞き取りやすい声が階段の奥にまで響いていった。
それにさっきよりもはっきり聞こえる、このまま潜り続けたらまた何か受信するんだろうか?
しかも【ジャンクドレス】というのはFallenOutlawにでてくる作業用外骨格のことだ。
あっちでいう旧世界で使われていたもので、荒廃した世界の人間は『動く鎧』として使っているものの、そんなにゲームを進めていない俺はまだ一度もお目にかかったことはなかった。
「なあなあ、今のなんだ? つかジャンクドレスってなに?」
「機械で動く鎧みたいなもんだよ」
「へー、でも機械じゃないけど自力でさまよう鎧ならここにいるぜ」
「フェルナァァァーーーーーーーーッ! 誰が彷徨う鎧だ!」
PDAをしまって自動拳銃を構えたまま進み続けることしばらく、ようやく階段の終わりが見えてきた。
それなりの距離を降りた気がするし、降りた先には階段よりも広い通路が更に奥まで広がっているようだ。
しかし壁には階段にあるモノよりもずっと強力な灯が中を照らしていて、レフレクの光がいらないほど明るかった。
「これで階段は終わりか。結構潜ったけど……」
段差を降りきって一目見て、最初に思ったことはこうだ。
あのボットがいない、と。
「……いないわね、さっきのマネキン」
さっき派手にハーピーキックをお見舞いしたアイリも気づいているようだ。
階段よりも数倍ほどの幅や高さがある通路がある。
その突き当りにはらせん状に巻かれた鎖のようなものが張り付けられた扉が行く手を塞いでいる。
だけどバラバラになった機械はどこにもいない、というやつだ。
「ご主人さま、あの扉はなんでしょう……? すっごいデザインしてますけど」
「鎖がカッコイイと思ってる奴が作ったんじゃないか?」
「カッコいいっていうか冗長を極めつくして面倒くさいだけですね」
「開けるのが嫌になりそうな見た目なのは確かだ」
遠くから離れていても見えるほどに、一番奥にある扉は巨大で……そして面倒くさそうなつくりをしている。
何度も巻かれて横に平べったくなった鎖がど真ん中に取り付けてあって、その周囲には歯車のようなものが幾つもはめ込まれている。
いかにも「そう簡単に開かないぞ」と主張するようなもので、けれども俺たちが目指しているものとは違うようだ。
「……イチさん、これじゃないかなーって、思うんだけど……?」
降りた先で俺たちが思い思いに散り始めると、ムネが声をかけてきた。
「どうした?」
「そこにある扉みたいなのがそれじゃないのかな?」
ムネの人差し指が通路の途中にある暗がりを示している。
そこに何があるんだ、と思ってみてみると……。
「……ああ、うん、これは確かに……クソ怪しいな」
言ってることが良く分かった。
照明のない壁のところをよく見てみると、何かが出っ張っている。
武器を握ったまま近づいてみればそれが何なのか、更に詳しく理解できるようになった。
「病院だな」
「……病院、なのかなあ?」
それを一目見て口から出たのはその言葉だけだった。
埃にまみれて灰色になった出っ張りがそこから生えていて、その間にはガラス張りの扉が付いていた。
上には『デザートホスピタル』と赤い文字でそう主張してある。
ガラスもまたずいぶんと汚れて中が見えないものの、扉のすぐ横にキーパッドが取り付けてある。
そして極めつけは……そこに最近書かれたような綺麗な張り紙がしてあって。
*儂の魔法でもぶっ壊れんかったからぬしがやれ*
どう見てもリーゼル様としか思えない書置きが貼ってあった。
「みんな、あったぞ」
とはいえ、病院にしては規模が小さいというか。
入り口を見る限り、俺たちが元の世界で見ているものよりは小さく見えるものの……これが海外の病院なんだろうか?
「あったって……なにこれ? どう見てもこの世界じゃないものがあるんだけど……」
そんな壁の中から現れたような入り口を見ていると、ムツキがおそるおそる扉の前に近づいていく。
そして扉の取っ手を掴んで引こうとして――がちっと扉が動かない音がした。
それならばとムツキが扉を押してみてもやはり開かない、電子ロックでもかかってるんだろう。
「病院らしい」
「病院って……それにしちゃ小さくね? つかなんでこんなとこにあるんだよ!?」
「でもこの中から来てるみたいだぞ、しかもリーゼル様がぶっ壊そうとして駄目だったから俺に丸投げしたらしい」
カズヤも開けてみようと扉を押してみるもののやはり開かないみたいだ。
俺は書きなぐりを見てから、キーパッドへと手を伸ばしてみた。
『ハッキング可能!』
そしたら案の定これだ。
視界にそんなメッセージが浮かんできて、PDAを開くと『ハッキング開始』とトップ画面に表示されていた。
なので押してみる。
すると『Hax!』と表示されて……画面の中で0と1の数字が、それから白衣をきた頭のデカい爺さんが凄まじい勢いでパソコンのモニターにヘッドバットを叩きこむ。
数字が何度も往復して、胴体と釣り合わない大きさの頭部が何度もそれをぶっ叩くと、やがて。
『パスワード解析完了!』
PDAの画面に入力するべき数字が表示された。
パスワードは……『123456』だ。
「……おいおい、大丈夫かここ」
俺はとてつもない安直なパスワードにドン引きしながら、キーパッドに123456と入力した。
かちっと音がして、ドアのロックが外れたようだ。




