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*89* 頭に一発膝に一発


 ばんっ、と閉鎖的な空間で破裂音が響いた。

 45口径とは違う軽い反動が来て、照準の向こうで頭を叩き割ろうとしていたやつが頭を仰け反らせた。命中だ。

 流石にこの距離なら外しようはないし、拳銃弾を頭に食らえばこいつが人間じゃなかろうが――


『銃器による攻撃を確認、武装した犯罪者と遭遇しました』


 ……が、頭に9㎜弾を食らったボットはびくともしていない。

 あんなに簡単に取れていたはずの頭もぽろりと落ちることも無く、至近距離からの銃撃にわずかに怯んだだけ。

 しかし突然の射撃に、ボットたちは両目のセンサーを青く点滅させながら動きを止めている。

 よし、今がチャンスだ。


「わっ!? い、今の何!? 魔法!?」

「いいから早くこっちに来い、殺されちまうぞ! 俺たちの後ろに下がれ!」

「う……うん!」


 俺は両手でしっかりと銃を保持したまま、真っ白な犬みたいな生徒をこっちに引き込んだ。

 いったい何をしているのか、それとも何か考え込んでいるのか、照準の向こうでは人型の人工物が青い光をぱちぱちさせてこっちを見ている。


「わ、わたしたちどうすればいいんでしょう!?」

「食堂から全力で逃げて教師どもに伝えまくって安全なトコに隠れなお嬢さんがた! マジやべえと思ったら街に逃げろ! さあいったいった!」


 後ろでフェルナーの声に(したが)って、ばたばたと通路から生徒たちが走り去っていく音が聞こえた。

 俺は銃を向けながら――サンディも短弓をつがえていて、子供たちがここから出て行くまでじりじりと後ろへ下がっていると。


「ありがとう、レッサーデーモンみたいなお兄ちゃん!」


 こっちに向かってそんな声が聞こえてきた。

 それからばたんと両開きの扉が開く音がして、無事に逃げ出せたのが分かった。

 ほんの一瞬だけ後ろを向くと、相変わらず動かないマネキンだらけの食堂を突っ走る生徒たちの背中が見えた。


「くそっ! またレッサーデーモンとか言われたぞ俺!?」

「今はそれどころじゃないですよご主人さま、来ますよ!」

『ボット用プログラムにエラー。院内の衛生状態のため野犬処理を優先します』


 そして、ボットたちがまた動き出した。

 鼻の上あたりに小さな穴をあけられたボットが電子的な声でそういうと、バトンを手にぞろぞろと通路を進み始めて。


「……やるぞ! ぶっ潰せお前ら!」


 これで後ろの心配はなくなったわけだ。

 俺は先頭のボットの膝に照準をあわせて、引き金を絞った。


 *パンッ!*


 リボルバーよりも軽い反動がして、片膝をぶち抜かれた機械人形はがくっとその場で崩れた。

 『称号』のお陰なのか、前よりも銃の操作が()()()()になった気がする。


「待ってたぜー! おらぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そこへカズヤが飛び込んだ。

 膝から崩れたボット目がけていっきに詰め寄ると、気合の入った声を上げながら――頭を棍棒でフルスイング。


『関節パーツ損傷、自動修復稼働――ががっ』


 ばこっといい音がしたと思えば、ぶん殴られた機械の頭部が通路の奥へと吹っ飛んで行った。

 どこぞのメイドみたいに頭を失ったボットはそのまま動きを止めたように見えた……が、何事も無かったかのようにむくりと起き上がってしまった。

 おいおい、こいつはもしかして頭が無くても普通に動けるのか?


「トドメはあたしがもーらいっ!」


 と、そこで赤い羽根のハーピーがすぐ横をすさまじい勢いですっ飛んでいった。


「地底に帰りやがりなさい!」


 狭い空間でさながら赤い弾丸のごとく突っ込んでいけば、立ち上がったばかりのボットの胴体に鋭い鳥の足がぶつかる。

 ハーピーのドロップキックを食らってしまったそれは、手足をバラバラに落としながらも通路の奥にある深い闇の中へとごろごろ転がっていく。

 タンパク質と水分だけが取り柄の人間(プレイヤー)よりもこういうヒロインが強いわけだ、これは。


「この手に限るわね」

「手っつーか足じゃんか」

「うるさいわね! 細かいところにツッコまないでよ鈍器脳!」


 するとボットたちはまたセンサーをちかちかさせて。


『野犬を見失いました、犯罪者へと対処します』


 剥き出しのバトンを手にしたまま、人間らしい動きはどこへいったのかぎこちない様子で近寄り始める。

 まるで足を引きずるというか、身体のバランスが取れていないのか全身をぐらぐらさせるように迫ってきた。

 それでいてそれなりの速度が出ているのだから、かなり気持ち悪い。


『鎮圧開始』

「うわっなにこいつら……っとぉ!?」


 しかもそのうちの一体がカズヤに近づくと、そんな動きからは想像できない勢いでぶぉんっ、とバトンを払った。

 本人は慌てて身をよじってよけられたものの、そのまま滅茶苦茶に振り回しながらもしつこく迫っていて。


『暴徒を検知、制圧します』

『プログラムの欠損により撲殺以外の選択なし』

『対象を捕縛します』


 その後に続くように、次々と他のボットたちがバトンを手にカズヤへと殺到(さっとう)する。

 バトンを持ったマネキンが身体をぶち壊そうと殺る気満々で追いかけてくるという、ホラーゲームさながらの光景だ。


「ちょっ、やばっ……なんだこいつら!? 俺を暴徒と間違えてないか!? 誰かへるぷみー!」 

「なんでこいつらのタゲもらってんのよアンタは!?」

「しらねーよ! つーか見てないで引きはがしてくれよ!」


 銃を構えて援護――といいたいものの、照準に何度もカズヤが重なって引き金が引けない。

 動きも頭の中身も滅茶苦茶なそいつらに追いかけられながらもカズヤがこっちに逃げ込んでくると、


「おいかずやん、こっちこい! 出番だぜライちゃん!」

「任せろ! カズヤ殿、全力でこっちに逃げてください!」


 俺たちの目の前で全身鎧姿のライナーが踏み込んで、その場で身構えた。

 構えた、というよりはこれから短距離走でもやるようなポーズだ。


「――ううううおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 そして……両腕で自分の身体をかばいながらボットたちへと猛ダッシュしてしまった。

 いつもフェルナーを追いかけまわしている時みたいな感じだ。

 重そうな見た目からは到底想像できないスピードでがしゃがしゃ突撃していくと、当然その道中で固まっていた機械たちとぶつかるはめになるわけで。


『当病院への窃盗、および破壊行為はあなたの生命――いいいがががっ』


 鎧と、それから雄たけびと一緒に突っ込んできたそれにぶつかったボットたちが弾けた。

 直線上にいたそいつらは面白いように跳ね飛ばされて、ごんごんがんがん音を立てて強引に押し込まれていく。

 これはMGOの【防具熟練】スキルを上げまくると覚えられる【アーマーバッシュ】という技だ。


「ぬがあああああああああああああああああああっ!!」


 狭い通路だから相手だって避けようがないだろう。

 見事に巻き込まれまくったボットたちは、そのまま気合を込めた体当たりでまとめて通路の奥へと押し出されてしまった。

 そいつらもろとも更に奥へ進みそうになったところで、ライナーはぴたっと動きを止めて。


「ふう……まさかこいつらが本当に動くとは思わなかったが、大したことなかったな。だがこれで片付いたぞ」


 一仕事終えてすっきりしたような様子でこっちに戻って来た。

 通路の奥からは何かがごとごと落ちていく音がしていて、ライナーの後ろから段々と遠のいていくのを感じた。


「おいおい、押し込んだだけかよライちゃん!」

「問題はないはずだ。あの先には階段が続いていた、それもかなり長そうだった……あんな場所を転がったら機械と言えども無事じゃ済まないだろう」


 どうやらライナーがいうにはこの奥には階段があるみたいだ。

 なるほど、この奥にお目当ての場所があるってわけか。


「……なんだか楽勝だったな」


 結局二発撃っただけで事が済んでしまったのだから呆気ない話だ。

 それにあのボットたちは確かに攻撃はしてくるものの、さっきの様子からしてそれほど脅威にはならないだろう。

 俺は自動拳銃をホルスターに突っ込んで、腰のホルダーから手斧を抜きながら通路の奥を覗き込んでみようとした。

 そこに薄暗い階段があるようで、どこかに続いて――


『暴徒発見、制圧します!』


 ……頭をぶち抜かれたマネキンが、どこからともなく飛び込んできた!

 ああ、くそっ、やべえ!

 頭突きでもお見舞いするんじゃないかっていうぐらいにいきなり現れてきて、思わず青いセンサーと目が合ってしまった。

 そいつは両手を伸ばして広げて、こっちに掴みかかろうと飛び込んでくる。


「おっ……うおおおおおおっっ!?」


 無防備なところにそんなことをされたら誰だってびびるだろう。

 完全に油断しきっていた俺は思わずその場で尻持ちをついて、けれどもそのまま倒れてたまるかと地面を蹴って後ろに滑った。

 するとばしん、と俺の太ももの間をあのバトンが通り抜けていって、固い床をぶっ叩いたようだ。

 こいつらは俺の去勢でもするつもりか!?


「このっ……!」


 目の前でまたバトンが振り上げられた。

 手斧は間に合わない、銃は論外、それなら蹴りを――


「……【マナジャベリン】!」

「【マナアロー】です!」


 と、その時だった。

 後ろからそんな声がしたと思った瞬間、あの独特な詠唱音が聞こえてきて。


『警告、暴徒に対する容赦はプログラムされれっ!?』


 空気を振動させるような音と一緒に、俺の頭を青い光のようなものが通り過ぎて行った気がした。

 えんぴつみたいに小さな青い()のようなものと、青くて短い()のようなものだったと思う。

 それはまっすぐと頭上を通り過ぎていくと、目の前にいたボットの頭部へと命中、プラスチックとゴムをあわせたような顔面をぐさりとぶち抜いていた。


 『……めインせせセンサーに多大なダメージ、さようなららら』


 そして刺さった二つの青いものは分解され、粉になっていき、その頭に大きな穴を残して姿を消していってしまう。

 ボットは顔面から複雑な配線やチップを剥き出しにしたまま電子的に言葉を発すると、がくっと力を失って倒れて……五体をバラバラにしながら機能を停止していった。


【XP+100】


 いうまでも無くこれは魔法だ。

 誰がやったかと思えばあの二人しかいないわけで……。


「ご主人さま、油断大敵ってやつですよー」

「マスターさん、大丈夫ですか!?」


 ミコとレフレクだった。

 どうやら情けないことに、また女の子に助けられてしまったらしい。


「……ちびるところだった、ありがとう」


 俺は足元に転がっていたボットの頭部を蹴り飛ばしながら、我ながら情けない声でそう答えてしまった。



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