*88* フライド&ブレッド
そんなわけで、ところどころマネキン気取りたちがポーズを取ったまま固まっている廊下を十人でぞろぞろと進んでいると。
『信号を受信しました……』
視界の中にそんな緑色の文字が浮かんできて、思わず立ち止まってしまった。
やはりおかしい、そもそもこの世界に受信できるような電波的な何かがあるわけがないだろうし。
俺はポケットからPDAを引っこ抜くと、
「ちょっと待ってくれ。PDAがなんか受信したぞ」
一旦、全員を立ち止まらせて『ラジオ』の項目を開いた。
すると出るわ出るわ……『シドレンジャーズの募集無線』『グレイブランドの声』『リサーチタウンラジオ』といった知らない放送が表示されている。
「おいおい、いきなりどうしたんだよイっちゃん?」
「どうかしましたか、イチ殿?」
「受信って……なにを受信したのかな?」
停止するなり前を歩いていたフェルナーとライナー、それからムツキが振り返って尋ねてきたので。
「実は……このPDAでラジオとか聞けるんだけど……たった今なにか放送を受信したらしいんだ。ちょっと聞いてみていいか?」
そういってからPDAのラジオ画面を見せた。
しかし流石にこんな機械はこの世界にふさわしくないのか、みんなの興味がこのダークグレーの端末に集まっているようだ。
「えっ? それラジオ聞けんの? ちょっと聞かせてくれよイっちゃん!」
「ラジオですか……しかしこの世界に受信できるような電波があるのか?」
フェルナーたちが喰いついてきた。
でもライナーのいう通り、この世界には電波なんてものはないはずだ。
あくまで本来は、だけど。
もしかしたら放送する設備ごとこっちに来てしまったという可能性も否定はできない。
「おっ、なにそれ? イチ兄さんのスマホ? 見せて見せてー」
「へえ、携帯端末なんてあるのね。でもそれって明らかにこの世界のものじゃないわよね……どうしたの、それ?」
「いや、これはPDAっていって色々あって俺のステータス画面になってて……とにかくちょっと待っててくれ、確認してみる」
とりあえずは「OK」と受け取って、どうしてこんなところで受信してしまってるのはともかく……試しに聞いてみることにした。
まず『シドレンジャーズ』にあわせると。
*聞け、シドレンジャーズはこの……土地と……荒野の民を……救う……力と秩序のあるサバイバーを……力を貸してくれ……以上……*
時折ノイズが混じりつつも、PDA越しに男性の力強い声が聞こえてきた。
次に『グレイブランドの声』という放送を開いてみると、勇ましい軍歌のようなものがBGMとして流れていて。
*――アルテリーのならず者どもは明確な敵意を向けてきた! だが我々はそれに決して屈することなく戦い、悪しき儀式の贄となろうとしていた龍の娘を解放した! やつらを恐れる必要などないのだ! 聞け、頭のいかれた狂信者ども! グレイブランドの戦車は常に貴様らへと砲を向けているぞ!*
直前の放送とは違うはっきりとした、それでいて聞くだけで『お堅い』調子の声がそう告げていた。
どちらもこの世界とは無縁なのは間違いないと思う。
最後に『リサーチタウンラジオ』を選択してみると。
*よう……荒野の住人たちよ、聞こえるか? こち……リサーチタウ……優秀な人材……面白いやつ……秩序あるトレー……ありゃ、機械の調……そんな……骨が折れ……ハ……*
こっちもノイズがひどい上に途切れ途切れだけど……どこかで聞いたことのある声なのは気のせいだろうか?
落ち着いた調子の声はそのまま、何もかも諦めたようにぷつりと途絶えてしまった。
「変なのばっかだなオイ」
一通り聞いてみたあとのフェルナーからの感想はその一言だった。
いや確かにそうだけど……一体どこから送られてきてるんだ?
「その変なのをこっちの世界に持ってきたのも俺で間違いなさそうだ」
PDAをしまって「さっさといくぞ」と親指で廊下の先を示した。
そうしてまた俺たちは進み始めるものの。
「こっちの世界も相当に変なところだと思うけどね。ところでイチさん……それって音楽とか聴けるかな?」
ムツキがこっちに尋ねて来た。
そういえばこいつはメタル系音楽が大好きだったな。
「クラシック放送だとかは聞けたはずだ」
「そうじゃないんだ、メタルとか、ヘヴィメタルとか、メロスピとか、スラッシュメタルとか……ないかな? もうかれこれ一か月も聴いてなくて死にそうだよ……」
「お前ってメタルの話になると急に良くしゃべりだすよな」
「だって僕はメタラーなんだよ!」
「分かったから落ち着け、お前がメタルフェチなのはよく分かってるから」
「違うよ! 真の重金属者だよ!」
「落ち着けっていってるだろ!? あとヘヴィメタラーってなんだ!?」
「……わたし、おだやかな音楽が好きなんだけどなぁ……」
俺はゲームの中でこいつに「そう言えばメタルって色々あるけどどういうのがあんの?」と尋ねたときに、六時間もかけて説明されたことを忘れない。
ちなみにムネはこいつとは違ってクラシック系が大好きだといってた気がする。
そしたらムツキが自分のヒロインに「シンフォニックメタルもあるよ!」と語りだして第二の犠牲者が生まれてしまったのも……俺は忘れない。
「あっ……こんにちは、旅人さん!」
そのままぞろぞろと進んでいると、後ろからとんがり帽子と制服を着た女の子たちが俺たちの横を走り抜けていった。
どうやら祝日か何からしくてこうして学業もない、ということらしいけど……こうも不用心に生徒がマネキンだらけの校内を自由に歩き回っても大丈夫なのかという不安がある。
「ほらほら早く行くよー。置いてっちゃうぞー?」
「まっ……待ってよビアンコ! パルディ先生たちがあそこには近づいちゃ駄目っていってたでしょ!?」
「大丈夫だよ? それよりあのマネキンって僕が近づくとちょっと動くんだよ! 見せてあげるからついてきてー!」
……そうこう考えてるうちに、ケモノ要素強めなもふもふした犬みたいな女の子が食堂のある方向へと走り去る。
その後を何人かの生徒たちもついていくのを見て、俺たちは自然と早足になってしまった。
それにちょっと動いただって?
つまりだ、やっぱりこいつらは動くってことだよな?
「おい、あのガキどもやべーんじゃねえの? つかフリーダムすぎんだろ、こういう時は大人しく部屋の中に籠ってないとダメだろーが……」
「……いちおう非常事態の一つだと思うんですけど、緊張感がなさすぎといいますか……この学校、大丈夫なんでしょうか?」
「緊張感もなにもここのやつらにはただのお茶目なマネキン程度にしか見えてねえって感じじゃね? どのみちあのガキどもにはお帰り願わないとやべーことになるかもしんねえ」
「だったら早く止めないと厄介なことになっちゃいますね」
フェルナーとミコがそういう通りに、全員なんとなく「あ、これやべーかも」と感じ始めてるんだと思う。
このままだと絶対に何かしらが起こる、となんとなく勘が働いているのかもしれない。
ともかく走らない程度に急いで生徒たちの後を追っていると、向こうからおいしそうな匂いが漂ってきて。
『食堂内ではリコールフードとリコールウォーター詠唱禁止。食物召喚系の魔術は厳禁ですわ。料理ギルドマスターのリーリルフォンより』
途中にそんなことの書かれた張り紙があった。
触媒を対価に何かを呼び出す【召喚魔法】で使用可能な中級の呪文のことが書いてあるみたいだ。
リコールフードは出所不明のできそこないジャーキーみたいな肉が出現。
リコールウォーターはきりりと冷えて味のしない瓶入りの水が出てくるという。
ゲームの中にいたころの人工知能たちからの感想はというと「まずい」らしく、料理がたくさんあるMGOでは存在意義を問うような魔法だった。
ちなみにゲーム内では『あるNPCの前で何度も詠唱すると殺しにかかって来る』とかそういう都市伝説があったらしいけど……まさかな?
「ご主人さま、食堂に到着しましたよー。すっごい広いですね!」
そうこうしているうちに、俺たちは食堂に到着したみたいだった。
ともかく広くて天井は高く、長く大きなテーブルが幾つも並べられた温かみのある広い空間だ。
しかしまだ利用可能な時間じゃないのか生徒たちの姿は見えないし、すぐ隣に隣接したオープン式のキッチンからはリーゼル様の屋敷で見たようなゴーレムたちがまるで機械のように淡々と料理をしている。
入口近くにも張り紙がしてあって『調理ゴーレムただいま稼働中』とか『祝日用スペシャルセット-ハム、じゃがいものパンケーキ、ハム、ハム、オニオンパイのハム乗せ』などと書かれている。
「……ああ、確かに広いな。でも……」
「……そうですねー、ちょっとこれは内装としてはミスってると思います……」
そんな俺とミコの目には、だだっ広い食堂の端で列を作って、まるで装飾用の像か何かになってしまったようなマネキンの姿が映っているわけで。
それが別に五体、六体のレベルならともかく……端から端までずらっと、歩行の邪魔にならないような場所でびしっと立ったまま静止している。
さすがにこれはキモすぎる。
というかここの生徒たちはまさか、こんなホラースポットとなりかけてる場所で飯食ってたのか?
「広すぎんだろここ……フィデリテ騎士団の食堂なんか目じゃないぜ」
「確かに広いな……だがフェルナー、我々の食堂にはこんなオカルトめいたものはないだろう」
「まあなあ。つーかこんなトコで飯とか食いたくねーよ、平気なのかよここの奴ら……」
「実用的な黒魔術を学んでいる、ということらしいしな。彼女たちにとってはこれくらい魔術的な置物か何かに見えているんじゃないか?」
「そりゃ教師から生徒どもまで危機感がねぇわけだよ……大丈夫かよ」
流石にフェルナー&ライナーもこの光景には引いている。
「こうして並んでるとなんかただの置物みてーだな、おしゃれっつーかさあ」
「は? どこがオシャレなの? なんかここにいるだけで呪われそうな場所になってんだけど、あんたの感性いったいどうなってんのよ……」
「だってこんなに綺麗に列作ってるし……ただ見守ってるだけで誰かに危害を加えるつもりはないんじゃねーの?」
「少なくとも廊下で通行の邪魔をしてるんだから迷惑なのは間違いないでしょ。じゅうぶん被害が出てるようなもんじゃない」
「まー確かになー。すっげえ邪魔だったし……」
カズヤとアイリのコンビはゆるい感じでそうやり取りをしていた。
とてもじゃないけど食欲どころか食堂に来たくなくなるような恐ろしい図になっているのに、ここの生徒は割と気にしてないのか?
プラスチックの像だらけの食堂に目を奪われていると、
「ってみんな、見とれてる場合じゃないよ!? さっきの子たちが奥に入っちゃってるんだけど……!」
いきなりのムツキの声に意識が引き戻された。
言われた通りに見てみればそこには、和気あいあいと食堂の奥にある扉を開けてぐんぐん進んでいく白いわんこたちの姿が。
好奇心は猫を殺すとはいうけど、このままだと好奇心が犬をも殺すということにだってなりえる話だ。
「ああ、くそ! こういう時ぐらい大人しくできないのか、ここのガキは! 一体どういう指導してんだここは!?」
俺はホルスターから『フライドブレッド』を抜いて、ボルトを引き切って初弾を込めた。
「ご主人さま、早く追いかけましょう! 文句はいい加減な学校側に伝えるべきですよ!」
「やれやれだね……でも僕たちの仕事にはここの生徒を守ることも含まれてるからね。急ぐよ!」
「なんだかすごく嫌な予感がする……みんな気を付けてね?」
「……変な気配がする。イチ、戦えるようにして」
「マスターさんの周りはレフレクがお守りします!」
「おいおい面白くなってきたじゃねえか、こりゃ一波乱起きそうだぜ!」
「ふざけたことを言ってる場合かフェルナー! さっさと向かうぞ!」
「ほんとこっちの世界に来てからは毎日が刺激的でたまんねーぜ。今日は何が起こるんだろうなー?」
「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょバカズヤ!」
それに合わせて周りの奴らもそれぞれの得物を握ったのを見て、マネキンしかいない食堂を突き進んだ。
入口の反対側にあたる場所には両開きの扉があって、そこには生徒の出入りを禁ずるだの、現在立ち入り禁止だのと表されている。
もっともそれを守る生徒はこうして見事にいなかったわけだけども。
そこを開けると窓のない大きな通路が続いていた。
ちゃんと人の手がくわえられているような場所で、壁に取り付けられた青い光を灯すランプがしっかりとあたりを照らしている。
だがどうだろう、その突き当りではどう見ても壁が取っ払われたような形で不自然な入り口があいていて。
「こんにちは、マネキンさん! 元気にしてたー?」
『デザートホスピタルでは院内への動物の持ち込みは禁じられています』
「もー、僕は動物じゃないってば。白犬の精霊だよ?」
「ねえ、ちょっと……なんかこのマネキン、様子が変だよね?」
「ビアンコ……もう帰ろう? なんだか私、すごく嫌な予感がするの……」
「大丈夫、だってこの前は触ってもなんともなかったんだよ? ほら!」
『接触を確認。当病院へのリスクになる可能性あり。セントリー、検索中』
そこにはさっき見た生徒たちと、その入り口を挟むように立っている――あのマネキンたちがいた。
石像みたいに突っ立っているだけじゃない、完全に稼働しているようで電子的な音声でしっかりと会話もしている。
たとえ動いているとはいえどもその姿はとても無機質で、声をかけられても手で触られても、女性的なプラスチックの顔を向けているだけだ。
しかしなんだろう……とても嫌な予感がした。
これは……無人兵器と出会ってしまったときに近い、あの感覚だ。
「おい、お前ら! そこから下がれ!」
俺は踏み出して、自動拳銃を構えていつでも撃てるようにマネキン――いや、ボットの白い頭に向けた。もちろん引き金にはまだ指は触れずに。
「わっ……さっきの旅人さん? どうしたのー?」
そんな俺の声を聞いても白い犬みたいな子はきょとんと首を傾げているだけだった。
周りにいる他の子は、まあ動揺はしていたし危機感はあるんだろう。
だけどそうこうしている間にも、目の前にいるボットたちは小さな電子音を立てて何かをしている。
「おい、そこのわんこ! そいつから離れろ! 危ないぞ!」
「危なくないよ! このマネキンさんは悪いやつじゃないん――」
二度目の忠告は効いたのか、白いわんこ以外は少しお互いの顔を見合わせたりしてからゆっくりとこっちに逃げて来た。
ところが……それと同時にプラスチックの像は人間のような滑らかな動きで目の前の生徒に向くと。
『該当データなし、野犬と判断。院内の衛生のため死んでもらいます』
『院内感染の恐れあり、駆除します』
そいつらは自分の腰の横に手を突っ込んで、そこから何かを取り出した。
ブレーキレバーのついた柄のようなものだ。
それを手に掴むとかちりと握りしめて――先端から見るだけで重みのありそうな鈍い銀色の棒が出てきた。
どう見たって仲良くするための道具じゃない、これは……警棒か何かだ。
「えっ? なに? どうしたのマネキンさん?」
『野犬の駆除を開始、死になさい』
ボットたちの矛先は一瞬で白い犬のような生徒に向けられて、腕が振り上げられた。
俺は両手で構えた『フライドブレッド』を手近な奴へと向けて、凹凸の照準の中にその頭を捉えて。
「伏せろ!」
引き金を引いた。
火薬とは無縁な魔法学校の中で、この日初めての銃声が響いた。




