*87* 変態ども!
おいおい、マネキン事件の次は学校にテロリストでもやって来たのか?
そう思いながら俺たちは小さなエルフの先生を慌ただしく追いかけていった。
さほど遠くない場所に現場はあって、目印とばかりに教師や生徒たちが扉の前で固まっているからすぐに分かったものの。
「出てきてくださーい!」
「ネイ先生! お願いですから扉を開けてください!」
「何事ですか、皆さん!?」
「パ、パルディ先生! 講師の方が……!」
騒がしいそこへと近づいてみると……中から女性の声が聞こえる。
『ええい! それ以上近づいたらこの学校にあるすべての歴代魔法使いのおじさまの全身肖像画を【複製術】スキルでことごとく改変してオーガロードばりの素敵ガチムチ兄貴にしてしまうよ!』
……。
これは一体どういう事態なんだ。
何をどうしたらこの扉の向こうからオーガロードとか素敵ガチムチ兄貴とかいうパワー強めな単語が出るんだ?
「……なにこれ……どういう状況?」
「ご主人さま、これはなにごとですか? すっごいことになってませんか?」
「俺が聞きてーよ、つーか【スキル】を何に使ってんだよこいつ」
おそらく中に【複製術】スキルを持っている奴がいるのは分かるけど、誰も中に踏み込もうともしない。そりゃそうだ、誰も入りたくねえよこれは。
「あるじ、大人しく出て来い。ここのひとたちに迷惑だ」
あとそれからミコよりも濃い桃色のポニーテールな女の子が、棒読みに近い調子の声で扉に語り掛けていた。
身長は傍にいる短剣の精霊よりもっと小さく、耳は短く下向きに尖っている――これは【ドワーフ】のヒロインか。
小柄な身体にぴったりな白衣を着ていて、小さな口をきゅっと閉めて喜怒哀楽が浮かびにくい表情をしている。
『はっ……!? 扉の向こうから獰猛な肉食獣のように見えて受け寄りな若い男性の気配がするっ!? いや私は騙されないさ! そんなものを連れてきたってこの主張は捻じ曲げられないよ!』
そんな様子を見ていたら扉の向こうから俺に向けたような声が届く。
一瞬、この声の持ち主に向かって扉越しに自動小銃のフルオート射撃でも浴びせてやろうかと思った。
「何を感じ取ってるんだよ中にいるやつは!?」
「ご主人さまってフェロモン的なものを発してるんじゃないんですか?」
「俺は虫か獣か」
「おい、おまえ、うちのあるじが迷惑をかけてすまない」
もうここから離れようかなと思っていると、ドワーフのヒロインはてくてく歩いて気持ちのこもってない謝罪を伝えてきた。
悪霊でも封印されてるのかこの部屋は。
「……俺じゃなくてここの人たちに言った方がいいと思うぜ、ちっちゃいの」
「ちっちゃいのじゃない。じぶんはももももだ。ドワーフのもももも。錬金術師をやっている」
「もも……もも?」
「ももももだ」
「もももも?」
「長いからモモと呼ばれているぞ」
「あー、うん、モモだな」
この場でモモと名乗った彼女は俺になんて興味もなさそうにくるっと扉の方を向くものの、
『いざ教えてみようとすればここの教師たちはいちいち私の言葉に口を挟んで邪魔をして……ここじゃ私は異端者か何かかい!? それどころか教える者として態度にすら問題があるだとか細かいところまでぐちぐちねちねちと口をはさみおって! もういい! 私が! 私がここで芸術品を作り上げてやる!』
「知るか。それよりはやくでてこい」
『どうして分からないんだっ! 私はただっ! 男同士のぬとぬとな友情について生徒たちと分かち合いたかっただけなのに!』
「魔術と絵をかくことのつながりについて講座をしにきただけだろう。お馬鹿か」
『ももっ! 君も分かるだろう!? 男が男と恋愛に発展する、それだけで素敵な魔法じゃないか! だからまずボーイズラブについて、いや男が受け身系統のものならなんだっていい、男という概念について説明しなければいけないんだよっ!』
「我々の態度でご気分を害してしまったというのなら謝ります、ですからどうか、どうか肖像画だけはご勘弁を!」
「お、お願いですからその絵だけは! それはこの世に一枚とない貴重なものなのです……!」
『それ以上私に近づいてみたまえ! 君たちの目の前でこの美男子エルフ魔法使いの股間にタンパク質で出来た屈強な魔法の杖をクリエイトしてやろうか!? それとも触手緊縛プレイ状態にされるのがお望みかい!?』
「なんだよこの腐った立てこもり犯は」
「人質がいっぱいですね!」
地獄絵図はまだまだ終わりそうにない。
関わったら絶対ヤバイし離れよう、もう十分変なことには巻き込まれた。
「なあパルディ先生、ここってそういう場所だったのか? なんか魔法学校にあるまじきヤバイ発言が執拗に聞こえてくるんだけど」
「断じて違います! ああ、だからわたしは外部から誰かを招こうという考えに反対していたのに……」
「……心中お察しするよ」
「女の子ばっかりしかいない……とうぜん蔓延しちゃいますね!」
「やめろミコ。女子しかいないからって腐女子ばっかとは限らないんだぞ」
「いいえ、男子も普通におりますぞ、制服が一緒なだけで……」
「えっ」
「えっ」
待て、じゃあ今まで見てきた子の中に男が混じってるってことか?
ほんとにどうなってんだこの学校、そりゃパルディ先生もハゲるわ。
こんなやばいとこにいられるか。俺はミコを連れてさっさとその場から去ろうとするけども。
「……待ちなさい!」
「あっ、校長先生! お願いします! 講師の方が暴れて手がつけられず……」
「このままだと取り返しのつかないことになってしまいます!」
流石にこんな事態は見過ごせないのか、ホークガスト校長が直々にやって来たみたいだ。
現時点で一番力のある人間だ、きっとこの状況をどうにかして――。
「ならば可愛い男の娘の絵は描けるのですか!? 年齢は十代に入ったばかり、こっちをうなじを見せつけて無意識に誘ってしまっているもふもふで無知な感じの小動物のような可愛い子と眼鏡をかけてキリっとしたお兄さんが絡み合ってるおにショタな絵をください!」
……なにいってんだこいつ。
ついさっきまでやる気のなかった身体に裂帛の気合を込めて、命がけで懇願するような声で叫んだ。
えらく気合の入ったシチュエーションの説明の仕方だった。
『ほう……分かるようだね。どうぞ、入りたまえ』
そんなくっそ汚いリクエストを受けて、ドアが開いた。
「やったぞっ! 扉がっ! 扉が開かれたぞォォォ!」
校長は禁断の扉の向こうへと嬉々として飛び込んでいってしまった。
*ばたん*
それから扉は閉じた、フランメリアのためにも二度と開けない方が賢明だろう。
「……こっ、校長ぉぉぉぉぉッ!?」
「しまった……あの人、男の子好きだったんでしたっけ……」
なあ、どうして俺の行く先にはことごとく変なものが待ち受けてるんだ?
この世界の神さま、俺のことそんなに嫌いなのか?
誰か答えてくれ……。
「なあおいっ! あんたあの人だろっ!? 俺、あんたの大ファンなんだよ!」
終わらぬ大惨劇が閉じてしまったと思ったら、今度は誰かが野次馬をかき分けて飛び込んできた。
誰かと思ったら……あの時の緑色のスーツとサングラスの男だ。
どうしてこんなところにいるかはおいといて、扉をバンバン叩いている。
「……ここってほんとに混沌としてるわねえ。変なところ」
そいつの後ろには大きな黒い蜘蛛――いや、人間の上半身に蜘蛛の身体をくっつけた種族の【アラクネ】の女性がいた。
遠目に見れば蜘蛛に綺麗なお姉ちゃんが乗っちゃいました、みたいな見た目なものの、こうして近くで見ると蜘蛛成分強めに見えて恐ろしい。
しかし人間の部分はバランスの良い体格をした黒髪ロングの女性のもので、顔も雰囲気も落ち着いていて、蜘蛛の巣のごとくなんでも受け止めてしまう包容力がありそうだ。
さすがに唐突に表れたグラサン緑スーツ野郎どもが気になったのか、
「……シェルワンド先生、その奇抜な格好の方はどなたですかな?」
パルディ先生が小さな金髪エルフの教師へと今にもキレそうな感じで尋ねた。
「この方は外部の錬金術師だそうです。特に呼んだ記憶がないのですが……」
ところが呼んだ覚えがなかった模様。じゃあなんだよこいつは。
「俺も入れておくれっ! 身長170㎝ぐらいで幼馴染な感じの黒髪単眼美少女とのえっちなひとときを描いて欲しいんだっ! 金なら幾らでも出すからさぁ!」
あの時の男――確かタカテュ・アイメインマハ、だとかいう奴は扉をばんばんしながら便乗するようにひどいリクエストをしている。
『なんだ君はっ!? 私はノーマルなんて描かないぞっ! しかもなんだいその熱意のこもってないリクエストの仕方は!? 地底に帰りたまえ!』
「やだー! 俺の夢は単眼美少女ハーレムなんだよォ!」
『だったら鉱山都市にでもいけば良いだろう! 立ち去りたまえ!』
「行きたいけど道が封鎖されて行けないんだよ畜生がぁぁぁ!」
しかも拒絶されてやがる。
それでもめげずに扉をたたいているサングラスの変人の足に、どこからか現れた糸がしゅっと絡んでいった。
【アラクネ】の作った糸だ。ゲームだと生産から戦闘までカバーする最高の素材だった。
「ほらメンマ、馬鹿やってないで帰るわよー」
「離してアネさん! 単眼の美少女描いて欲しいだけなんだ!」
「早く帰らないとレレさんにタマ蹴られちゃうけどいいの?」
「タマの一つぐらいなら構わねーぜぇぇぇぇ……!」
そしてそいつはアラクネの女性にずるずる引っ張られていくのであった。
……。
「ちょっ……内側ぼろぼろじゃねーかこの学校!? 大丈夫なのか!?」
「思いっきり外から人が入りまくりですね。だからこんなマネキンだらけになるんじゃ……」
なんでこんな滅茶苦茶なんだよここは。
腐った立てこもり犯や禁断の扉の向こうに入ったっきり返らぬ人となった校長を無視して俺とミコはマネキンのいる場所やその数を簡単に数えた。
東側の棟には少なくとも数十体ほど、それもほぼ室外にいた。
隠れているような個体はおらず、人目に付く場所にいるのが基本みたいだ。
「……それでみんな、どうだった? 東側にはバラバラになったの含めて数十体ぐらいあったぞ。それからどうも壊しても勝手に直ってるらしい」
なので発見し、数を数えるぐらいならすぐに終わる話だ。
俺たちは一度この学校の中央……四つの棟に囲まれるような形で作られたこじんまりとした広場に集まることになった。
足元は良く手入れされた芝生で覆われていて、ここにはあの白い不気味な姿はいないし、あいつらが足を踏み入れた形跡もない。
まさか建物の中しか移動できないのか?
「僕たちは西側を探したけど、数はそっちと同じぐらいだったかな。ほとんど部屋の外にいたよ」
「ライちゃんと南のほうをがっつり探し回ったけどうちらもそんな感じだったぜ。人に見える場所に必ずいるっつーかさ……」
「北側も同じ感じだったなー、たくさんいたわ」
ムツキやフェルナーやカズヤのいう通り、ここ全体にいるわけで――それも外には絶対いないようだ。
そしてめっちゃいますとさ、今のところは止まっているけどな。
「サンディたちはどうだった?」
俺は下乳丸見えのサンディと、その頭の上にしがみついている橙色の妖精に聞いてみた。
「……外を調べてみたけど、歩き回ったような痕跡はなかったよ」
「お外にはいませんでした! インドア派なんでしょうか?」
「つまり活動範囲はこの学校内部に限られてるってことか」
あのマネキンがいきなり活性化して人々を襲いだす、マネキンパニックホラーだっ! なんてふざけた状況にはならなきゃいいんだけどな。
情報もこれだけのようだ。
そうとなれば地下室とやらに行ってみるしか道は残ってないな。
「……ああそうだ、クエストがあったか」
「ん? イっちゃんなにしてんの?」
「ネタバレ見てる」
ちょうどいい、PDAのクエストも確認してみよう。
PDAを開いてクエストの項目をチェックしてみると。
『PDAの遠隔ハッキング機能を使ってデザートホスピタルの探索をはじめる』
『オプション:暴走したボットを止めるべくコントローラーを撃破せよ』
ここの地下にFallenOutlawの世界から何かがやって来たのは間違いないみたいだ。
だけどハッキングだって? こいつにそんなこと器用な真似できるのか?
それからボットっていうのは……あのマネキンのことなんだろうか。
「……よし、地下に行かないか? どうもそこに行けば全て解決するみたいだ。あのマネキン――いや、『ボット』たちを止める手段があるらしい」
そういうと、芝生に座ってステータス画面を弄っていたムツキが立ち上がった。
「分かった……じゃあ地下に行こうか。っていうかあれ、ボットって名前だったんだね」
「これであっちの世界のものだってことが判明したわけだな」
ムツキに続くように、すぐそばで身体を休めていたムネも起き上がって。
「行くのはいいけど……学校に残ってるマネ……ボットはどうするの? このまま放っておいてもいいとは思うけど、もし何かのきっかけで一斉に動いて襲い掛かってきて……なんておきたら大変だと思うよ?」
いまだにその『ボット』とやらが放置されている後者を指差してきた。
確かにその通りで、探索中に何かの拍子であれが動き始めて人々を襲いだしてマネキンパニックホラー開演中! なんて始まってしまったらシャレにもならない。
「だったらいっそあいつらの手足とか首とかもいでここの地面に埋めるとかどうよ! そうすりゃ文字通り手も足も出ねえはず!」
悩んでいるとカズヤからサイコパスみたいなおそろしい発想が浮上した。
この広場がマネキンのような手足と生首で飾られたサバトの儀式チックなヤバイ光景が目に浮かんだ。
「アンタはサイコかなんかなの!? 大体そんなことしてたらどんだけ時間かかると思ってんのよ鈍器脳!」
「我ながらいけんじゃね? って思ったのになあ」
「あんな数だと一日じゃ終わらないと思うよ……?」
魔法学校なんだし誰かに「魔法でどうにかしてください!」と頼めばやってくれそうな気はするけどな。
まあ、それができない理由や事情があるからリーゼル様に助けを求めてきたわけで……いくら魔法といえども、俺たちが思っている以上に便利なものじゃないみたいだ。
「とにかく実際にいってみて、様子を見るだけでもいいんじゃないんでしょうか? もし雲行きが怪しいなら無理せず戻ればいいと思いますし」
仕上げとばかりにミコがそう言った。
決まりだ、今は自分の目で確かめに一歩踏みしめるほうが大事だ。
「分かった。ってことでお前ら、移動開始だ」
『うぇーい』
「なんだよその返事」
こうして俺たちは食堂に隠された地下室へと向かうことになった。




