*85* マネキン探し
ホークガスト校長はコーヒーを飲みながら説明してくれた。
言うまでも無く俺たちがここへ来ることになった理由についてだ。
事の発端はラーベ社が現れ始めた頃までさかのぼるそうだ。
都市が亡ぶこともなく、けれどもクラングルにならず者たちも現れ始めて立派な非常事態なわけである。
当たり前のように魔法学校の生徒たちには「外にはやべーのがいっぱいいるから外に出るな」と言われる。
全寮制なのだから問題はなかった、外部とのアクセスは限られているし、外敵からの防御も完璧。
どこぞのギザギザ歯な魔女の計らいもあってそれほど不自由な生活は送らなかったそうだ。
強いて不自由があったとすれば、外出の制限が更に厳しくなって刺激が減ってしまったことか。
それだけなら問題はないだろう、ところがそんな状態がしばらく続いたころ。
一体誰が最初に探り当ててしまったのか……なんと隠された地下への階段が見つかってしまったのである。
しかもよりにもよって生徒たちの使う食堂に隠されていたというもので、当然ながらもう大騒ぎ。
好奇心たっぷりな生徒たちが飛び込んでしまう前に何名かの教師が調べに行くけれども、その奥には無数の鎖のようなもので閉ざされた扉が「なんか封印されてますよ」とあるだけ。
その途中では見たことのない建物のようなものが突き出ていて、近づくと誰かの話し声がしたという。
で、何か起きたって? 何も起きなかったし何もいなかった。
その建物と扉はどんな魔法を使おうと開かないし、しかし特に問題はないし封鎖だけして放置という結果に。
……はいそれで終わりなわけもなく、数日ほど前、つまり誰かさんがこの世界に来た頃、それは起きた。
不気味なマネキンのようなものが食堂に現れて、やがて学校全体に広がり始めたのである。
気味の悪いことに増え続けたそれは様々な場所に留まるものの、かといって生徒に危害を加えたわけではない。
ただそこにいるだけ、しかし誰も見ていない間にそれは動き出して、日に日にポーズが変わっていたり、色々な場所で固まっていたりとやりたい放題。
次第に増え続けたそれに生徒もすっかり慣れてしまい、きっと誰かが魔法で生み出したと思い込む。
まあ、それを放っておくほどここの教師も馬鹿じゃない。
封鎖したはずの階段を調べれば、誰かがこじ開けて上って来たような痕跡が。
しかし中は相変わらず開かずの扉が二つあるだけで、そうしてる間にも謎のマネキンは増え続けていく。
オートマトンたちの都市で作られたのだと思って、あちらに問い合わせても「そんなもん知るか」「調べてやるからこっちに持ってこい」と返されるだけ。
かといって持って行ったところで「無駄が多い」「うちらだったらもっとカッコよく作ってる」といわれて結局わからず、しかも帰って来た。
それなら魔法学校の外に放り出せばいいという発想も生まれた。
ところが放り出してもいつの間にか戻って来て、気持ち悪いポーズのまま居座り続けているのである。
魔力で動いているわけでもない、破壊できるけどいつの間にか治ってる、じゃあどうすればいいんだというところで困った時のリーゼル様だ。
ところがお供のメイドを連れて地下をちょっと見ただけでサジをぶん投げたとか。
そして彼女は「儂よりずっといい適任者がいるぞ、くひひ」と俺を指名した訳である。
「……つまり、このマネキンをどうにかしてほしい、ってことですか?」
一通り話を聞くと、ムツキが校長へと尋ねた。
俺はなんかもう色々と察し始めていて、色々と言いたいけど言えなかった。
「まあ、そういうことだね。あの方がわざわざ指名するほどの方たちなのだから、どうにかしてくれるのかなと思っているよ」
話し終えた校長はやる気のない口調で、だけど期待が込められた視線をこちらに向けている。
そこでみんながお互いに顔を見合わせはじめるものの、ムツキだけは相手を真っすぐ見ていて。
「なるほど……あ、質問いいでしょうか?」
「なんだい、ムツキくん」
「この学校にダンジョンがあったとか、そういう記録はありますか?」
マグカップのコーヒーに口を付けていた校長へとそんな質問を飛ばした。
そうだ、ゲームの中だとここにはダンジョンがあった。
俺たちプレイヤーとヒロインだからこそ知っている情報だ。
「ダンジョンが? 我が校に? 私は長く校長をやっているけれども、ここにそんなものを作った覚えは一度もないよ」
ところが返ってきたのは本当に知らなさそうな調子の言葉だった。
「……そうですか。今いったことは忘れてください」
「君の言う通り、あれは確かにダンジョンかもしれないね。でもあんなものを食堂の地下に作ったなんてことは絶対にありえない話だ。なにせ数百年前にこの学校の建設にも携わったからね」
「数百年……?」
……ということは、それ以上の情報は自力で手に入れろってことか。
ムツキの質問が終わると、ホークガスト校長はマグカップを一気に傾けて。
「……とにかく、私からの頼みは三つ。あのマネキンのようなものをどうにかして片づけることと、隠されていた地下を探索すること。それからもしも生徒たちの身に何かがあった際に守ってもらいたい、これくらいさ」
ここで俺たちが何をしなくちゃいけないのか教えてくれた。
あのギザ歯の魔女が絡んでいる以上、どうであれ断るという選択肢はない。
「えっと……」
ムツキが「どうしよう」とばかりにこっちを見てきたので、俺は――いや、俺たちはその背中をぽんと押した。
この流れで拒否するようなやつは残念ながらここにはいない。
「分かりました。やらせていただきます」
「……そうか、ありがとう。もちろんやってくれるなら協力は惜しまないし、ここの教員たちにも力になるように伝えておくよ」
頼みを――いや、意思を受け入れてくれたのが嬉しかったのか、校長は顔をほころばせた。
こうして俺たちはこの魔法学校でおきた異変を調べることとなった。
【クエスト追加:メカフィリア!】
同時に、視界の中に大きな文字が浮かぶ。
ああそうか、クエスト開始ってわけだ。
……ところでメカフィリアってどういう意味だ?
◇
「……で、お前ら。最初にいっときたいことが……」
ひとまずこうして調査を始めることになった俺たちは、校長室から離れた場所に集まっていた。
生徒たちから見れば、廊下の隅っこで武装した集団とマネキンが並んでいる異様な光景だと思う。
「あの人たち……外の人? このマネキンたちをどうにかしてくれるのかな?」
「あっ……フェルナーさんがいる! こんにちはー!」
「ほんとだー! フェルナーさん、何してるのー?」
「おう、こいつら片づけにきたんだよ。それとこいつが噂の堅物、ライナーくんだ」
「この人が噂のカタブツさんかー、ほんとに鎧でがっちがちだー……」
「フェルナァァァァァーーーッ! 貴様、この子たちに何を吹き込んでいるんだぁぁぁ!」
「だってサボりついでに仲良くなっちゃってうおおおおおおおおお廊下走るんじゃねええええええ!」
……俺が話を始めようとしたらフェルナーどもがどっかに行ってしまった。
というかほんとに女の子ばっかりだ、魔女を育てるというのならやはり女性じゃないといけないのか。
「……率直に言うけど、多分こいつは俺が連れて来た。んで、リーゼル様が俺を呼んだのも俺じゃなきゃ対処できないからだろうと思う」
とんがり帽子の女の子たちの視線が集まる中、俺はすぐそばの真っ白なマネキンの背中をさすった。
硬いゴムのような感触がした、おまけに近くで見ると脇腹から剥き出しの配線の姿が良く分かる。
「ミコ、なんとなく察してました。まあご主人さまのお友達みたいなものですね☆」
「うん、僕も知ってた。でも逆に言えばイチさんがいればどうにかなるってわけだよね」
「やっぱりイチ兄さん絡みかぁー……まあなんとなくそう思ってたし大丈夫だぜ」
「なーんだ、イチサン系の話なら怖くないわね。こんなのさっさと片づけちゃおう!」
「……そういう気持ちいい反応してくれる君たちが大好きだよ。あと俺はミコと違って友人選びは慎重にやってる方だ」
「なんですと!? ミコの友達づくりに何か文句でもおありですか!?」
「じゃあそこのマネキンくんと仲良くしてみてくれ」
「ふっ……良いでしょう、ミコの社交性をとくとご覧あれ、です!」
自分でも結構とんでもないことを告げた気がするのに、ミコやらカズヤやらめちゃくちゃ軽く受け止めてくれている。
でもまあこうしてすぐに理解してくれるなら助かる話だ。
それからミコが廊下の隅にいるマネキンに「へいへい元気ー?」と声をかけ始めている。
「でもイチサン、どうにかするっていってもこれどうすんのよ? めっちゃいるわよ……?」
「だよなあ、片づけるにしてもこの量はちょっとやべーじゃん……どんだけいんのよって」
そのマネキンっていうのは、カズヤとアイリのいうようにすさまじい数だった。
この場で見る限り、十体以上のマネキンが空を見て黄昏ていたり、廊下でポーズを取っていたり、好き放題に散らばっている。
これを全部回収……いや、そもそも回収してどうにかならないようだし、完全にぶっ壊すっていうのもありか?
「ふぁー!? マネさんの首がデュラハンみたいにー!?」
とか思っているとうちのヒロインがマネキンの首をぼろっと叩き落としてしまった。
しかもムネマチの省略形みたいな変なあだ名をつけている、なにしてんだこいつ。
「いや……いくら四文字でもムネみたいにいうなよ!?」
「だって呼びやすくて……しっくりきません?」
「こねーよ! ムネに謝れ!」
「わたしの呼び名みたいに言わないでー……」
ひどい名前はおいといて、俺はミコの抱えているマネの生首を無理やり奪った。
「……軽いなこれ」
「頭はすごーく軽いみたいですね。でもでも身体の方はすっごく重たいですよー」
それから廊下で歩きだしそうなポーズのまま固まっているマネキンを見てみる。
この生首は簡単に取り外しができるようになってるみたいだ。
「……オラァ!」
俺は試しに不気味なマネキンの頭を叩きつけるように接続してみた。
それは磁石みたいに吸い寄せられるようで、特に難なくガチっと合わさったみたいだ。
胴体から6時の方向を向いちゃってるけどまあ問題ないだろう。
「まっマネさんの首がー! なんてひどいことをするんですかご主人さま!?」
「だからムネキンのことマネっていうのやめろ!」
「待ってイチさん!? わたしの名前と混じってるよー!?」
駄目だ、ミコのせいでマネとムネを間違えてしまいそうだ。
しかもムツキはツボってるのか、顔を反らして「…!」とふるふるしてる。絶対ツボってるこいつ。
「んで、どうすんだよイっちゃん。まず何から始めるよ?」
「ぜーっ……ぜーっ……、こ、こいつのせいで……廊下を走るなと怒られてしまった……!」
するとフェルナーが返ってきた、あとライナーも一緒だ。
このまま地下に直行するのはいいけど、とりあえずすることは確認からだ。
「……よし、まずマネキンについて調べよう。特に数、場所、それから生徒たちからも聞けることがあったら聞く。少しでもおかしなものを見つけたら報告だ」
「オーケー、じゃあメンバーを分散させて調べに行くか。俺はライちゃんといくぜ」
「誰がライちゃんだ!」
「分かったぜイチ兄さん、そんじゃ俺はアイリといってくるわ」
「……じゃあ、私はレフレクといく」
「サンディおねーさんと探検ですっ!」
「ミコはご主人さまと一緒ですねー、フヒ…」
ということで俺たちはまずマネキンのいる場所などを調べることにした。
やることが定まった直後、俺たちはやってやるぞとばかりに真面目な空気に染まっていく。
ここの生徒たちの安全のためだ、抜け目なくやっていこうじゃないか。
「じゃあ僕はマネさんといくね……」
『……』
「あっ」
……そしてこのタイミングでムツキがとんでもないこと言い出した。
しかも肩がぶつかってマネキンが転倒、がしゃっと五体バラバラに散ってしまった。
このギルドマスターの(誤)爆弾発言によって真面目な空気は完全に決壊した。
◇




