*84* カフェイン
「ふふふー……、本当なら外部の方はよほどのことがない限り立ち入りは禁じられているんですけどー……今日は特別、貴方たちはスペシャルゲストなのですよー?」
揺れるお尻とサキュバスの尻尾を十人ほどのメンバーでぞろぞろ追いかけていくことしばらく。
そこでは何か問題が起きていると聞いていたものの、俺たちの目にはそれほど深刻な様子は映っちゃいなかった。
学校の棟に入ると繊細なアンティーク品をそのまま建物として表現したような、小綺麗な学び舎の姿がそこにあった。
その中を進めばケープつきの制服姿にとんがり帽子を被った生徒たちとすれ違ったりもする。
当然のことながら物珍しいものを見るような視線もたくさんやって来るもので。
「ねえ見て! 外の人たちが来てるわ!」
「あれ、最近うわさになってる旅人さんだね。みんなかっこいいなー……」
「ほんとだー……あそこにいるのはレッサーデーモンかな? 誰が召喚したんだろう?」
「おい誰だレッサーデーモンとかいったやつ」
下級悪魔的な存在と間違えられたのはともかく、十代前半ほどの生徒たちは刺激的なよそ者にこぞって興味を示しているようだ。
だけどよーく見てみると、ここの生徒というのは純粋な人間だけじゃなかった。
制服からトカゲみたいな尻尾が出ている子、頭から羊のような角を生やした子、はたまたレフレクみたいな妖精の子だっていた。
……ここでは多種多様な種族が制服と帽子という二つのアイテムで生徒としてまとめられている。
しかしこうしてみてみればどうだろうか?
まとめられているのはなにも生徒の種族や生い立ちだけじゃない。
学校の中は何もかもが綺麗に整えられていて、風紀が保たれている。
そんな違和感すら覚えるほど秩序が保たれている内側を見て、
「なんかさ、平和的っつーか、落ち着いてるっつーか……俺たちのいる世界と違うよなここ。ほんとに世界に危機なんか訪れてんのか? って思うぐらいにさ」
「言われてみればそうよね。あたしたちの住んでる世界と切り離されてるみたいな……でもまあリーゼル様のいってた異変っていうのは良く分かったわ」
「確かに荒れてるよかいいけどさあ……拍子抜けだぜ、てっきりやべーことになってんのかと思ったのに何も起きてねーじゃねーか」
「……ねえ、あんたそれ本気で言ってる?」
「え? どしたん?」
最初に疑問を口にしたのはカズヤたちだったか。
そういわれてみれば確かにそうだ。
外では侵略者が攻め込んできたり、ラーベ社の奴らが『ヒャッハー』したりしてるっていうのにこのありさまだ。
そのくせぱっと見る限りでも、ここには女の子しかいないような気がする。
クラングル特有の混沌としたあの様子はここまで染み込んでいたのか。やべえ。
「……なぁ、ライちゃんよぉ。さっきからよく見るこのすっげー邪魔くさい置物はなんなの? この学校の飾りにしちゃキモすぎんだろ……」
「……確かにな。だがフェルナー、私だってこの気味の悪いマネキンが気にはなるが、まずは校長に会って話をするのが先だろう。だからそれまで絶対に触るんじゃないぞ?」
「おう。あっやべ……触ったら腕もげちまった……」
「フェルナアアァァーーーッ!」
「うわっ! 飾りの生首取れちゃったぞ!? どーしよこれ……」
「ちょっと何してんのよカズヤ!? 呪われそうだから捨てなさいそんなの!」
まあ、こんな状況でもその『異変』とやらは確かに目に見えていた。
というか、そんな学び舎の風景に無理やり混じってしまっているとでもいうべきか。
「……リーゼル様が言ってたのは間違いなくこいつだろうな」
俺は廊下のど真ん中に突っ立っているマネキンのようなものを避けて進んだ。
これから進む先にも、そういった白くて人の形をした何かがいっぱい待ち構えている。
「ご主人さま、この今にも動き出しそうな人形さん軍団は何なんでしょうか? ちょっと不気味すぎてヤバいです……」
「気味が悪いのは確かだけど、少なくとも学校生活には馴染んでそうだ」
「確かにみなさん普通に過ごしてますよね、肝が据わりすぎです……」
「それか思考停止してスルーしてるかだな」
ただしよく見てみれば、それはこの世界に見合うようなつくりじゃなかった。
膝や肘といった間接から太い配線のようなものが見えていて、ゴムやプラスチックで作られたような白い皮膚が女性的な姿を作っている。
顔に至っては面白みのない女性の顔をそのまま接着剤で塗り固めたようなものだ。
いやこれ、どう見ても……。
「……これってさ、絶対にこっちの世界のものじゃないよね? なんかメタルな感じがするし……」
そう考えていると、ムツキが嫌でも目に入って来るそれについて聞いてきた。
多分その通りだと思う、この機械的な造形は明らかにこの世界のものじゃない。
というかこんな気味が悪いのがいるのに良く平然といられるな、ここの生徒たち。
「だろうな。こりゃどう見ても……」
「……うん、MGOのものじゃないね」
しかしその気味の悪いオブジェは動くそぶりすら見せない。
目に見える限りその不気味な何かは、色々な場所でマネキンのようにポーズをとって固まってるだけだ。
まあ、そんなのが一体や二体ぐらい目に見えたなら別にいいとして。
「……いや、流石にこれは、あっちの世界から来たものだとは思いたくない。あれはポストアポカリプスシミュレーターであってホラーゲームじゃないんだぞ?」
「確かにそうだね……これはいくらなんでも多すぎる……」
俺たちの目に映るそれは一体、幾つあるんだろう?
廊下の隅で何かを追いかけるようなポーズのまま固まってるやつ。
教室の入り口を挟むように二人で直立して生徒たちの出入りを見守るやつ。
窓から見える広場で「始めないか?」とでも言わんばかりにベンチに堂々と座ってるやつ。
床に這いつくばって片手を伸ばして誰かの足を掴もうとしていたようなポーズのまま時間停止しているやつ、などなど。
まるでそれら全てが「ついさっきまで動いていた」ような姿を取ったまま、前衛的な芸術品として生まれ変わっている。
しかしここの生徒たちは日常に無理やり割り込もうとするマネキンたちを邪魔くさそうに扱ってるだけで、それ以外に問題はなさそうに見える。
あくまで『そう見える』だけだけど。
「ここの生徒たちもおかしいだろ、なんでこんなにいるのに平然としてるんだ? 怖くないの? それとも魔法の一言で片づけるつもりなの?」
「……そういえばイチさん、ホラー嫌いだったよね。幽霊系が特に」
「ふふっ、そうだったね。幽霊の話をしたら夢に出るとか……」
「二人ともやめてくれ、その話は俺に効く」
これがなんなのか、と誰かに聞かれたとしても何も答えられないと思う。
FallenOutlawにでてくるものかどうかは分からないけども、この機械的な姿は間違いなくこの世界のものじゃない。
けれどもリーゼル様がわざわざこんなところに行ってこいと言ったわけだ。
つまりそういうことなんだろう。
お前の散らかしたものを自分で片づけて来い、と。
「……とにかく気色悪いしめっちゃいるけど、俺がこの件に絡んでるのは間違いなさそうだな」
はっきりとしているのは、この異変とやらに自分が深く関わってることぐらいだ。
そうこうしているうちに目的の場所についたみたいだ。
目の前には*ホークガスト、ただいまコーヒー摂取中*と書かれた札が貼られた扉があった。
「学長、リーゼル様から派遣された旅人の方たちを連れてきましたー」
サキュバスのような女性は、そんなどうでもいいことを伝えようとする札を外してから扉をノック。
すぐに返事は来なかったものの、扉の向こうからことん、と音がすると。
「入りなさい。……それからボニー、私のことは校長と呼んでくれと言ってるだろう?」
やる気のなさそうな返事が聞こえた。ついでに歓迎する気もなさそうだ。
そこにリーゼル様のようなイロモノがいないことを祈ろう。
「ふふふー……失礼します。さあ、皆さまも中へどうぞー……」
俺たちをここまで連れて来た女性は、尻尾とお尻を揺らしながら扉を開けた。
失礼します、とぞろぞろと中に押しかけていくと。
「やあ、良く来たね」
妙に落ち着いた調子の声が俺たちを出迎える。
部屋の中は広めに作られていて、濃いコーヒーの香りでいっぱいだった。
窓際にある執務机には整えられた書類が積み重なっていて、そこに白髪で中年ほどの男性が席についていた。
一目だけ見て感じたのはだらしのなさ。顔は目の前のあらゆるものに対して白けているように組み立てられている。
第一印象はそのやる気のなさだけで、きっと他のみんなも「なにこいつ」と思っているに違いない。
「こんにちは、旅人たちよ。私は魔法の文化を絶やさぬよう、この魔法学校で次なる世代の……」
中年男性はその静かな喋り方にぴったりな、ひどく落ち着いた顔つきで気だるそうに語り始める。
実際のところ声にも力がこもってなくて、事務的に口にしているだけとしか思えない。
ところが俺たちをはっきりと目にした直後、
「……!?」
そいつはカフェインがないと閉じてしまいそうな目を大きく見開いてきた。
人が驚くときの目の開け方だったと思う。
あまりの急な変わりように、事態が良く分からないまま連れてこられた俺たちは思わずうろたえた。
「――アバタール!?」
一体どうしてしまったのか。
目の前の人物は落ち着いていた様子から一変して、飛び跳ねそうな勢いで立ち上がる。
それだけならまだしも、驚きの表情と視線を間違いなく俺に向けてきた。
「アバタール……どうしてここに? まさかそんな……」
「あー……おい、俺を誰かと間違えてないか?」
「今日のご主人さま、間違えられまくりでヤバいですね!」
「イチ兄さん、いろいろ間違えられすぎだろ……災難だなあ」
「さっき生徒にレッサーデーモン言われてたしな、イっちゃん」
信じられない、ありえない、そんな馬鹿な、とこっちの存在をひたすら疑うような感じだ。
……ところが俺に向けて二度、三度、と瞬きをすると。
「……これは失礼、人違いだったみたいだ。どうもコーヒーを飲みすぎると認識能力が狂ってしまうようだね」
「もー……駄目ですよー学長、お医者様にコーヒーは控えろと言われたじゃないですかー」
「大丈夫、まだ十三杯しか飲んでいないよ」
目の前の中年男性は小さくため息をついて、残念そうに着席。
表情はまた落ち着いてしまって、眠気覚ましにずずっと熱々のコーヒーを一口だけ啜った。
ここの生徒にレッサーデーモンとか言われた挙句、カフェイン漬けの校長に誰かと勘違いされるとは……今日はなんて日なんだ。
「まずは自己紹介から始めようかな。私はホークガスト、言わずもがなここの校長さ。さて……君たちは?」
初っ端から不安しか感じない出会いに戸惑っていると、向こうは自己紹介を求めてきたみたいだった。
俺たちは答えることにしたものの。
「112だ、リーゼル様に言われてやって来た」
「ミセリコルデです、種族は短剣の精霊。夢はご主人さまをヒモに仕立て上げること!」
「僕はムツキ、いちおうクルースニクベーカリーのギルドマスターです」
「わたしは刀の精霊のムネマチ、ムツキくんのヒロイン……です」
「……私はサンディ。よろしく」
「妖精のレフレクですっ!」
「フィデリテ騎士団所属のフェルナーっす、どうも。カフェイン摂りすぎは良くないっすよ校長」
「フィデリテ騎士団第二分隊長、ライナーです。それからフェルナァァァァーー! 失礼な言動は控えろと言っているだろうが!」
「俺カズヤっていいます、ラーメン屋予定っす。よろしくおなしゃーす」
「あたしはファイアバードのアイリよ、この鈍器馬鹿の保護者みたいなもんね。よろしくね校長せんせー」
……個性に満ちた発言が怒涛のごとく流れていく。
こうしてものすごくまとまりようのない自己紹介が終わった。
しかもヒモにしてやるとかとんでもないこと言ってる奴が混じってなかったか?
「……なんだか個性的な面々が派遣されてきてしまったな……リーゼル様め」
そんなバラエティ豊かな挨拶が終わって、校長は「どうすんのこいつら」とばかりに頭を悩ませている。
きっとあの意地悪な魔女はこうして思い悩ませるために俺たちを寄越したんじゃないんだろうか。酷い人だ。
「私は生徒たちに精神に関する魔術を教えております、教師のボニーですよー……ご覧の通りサキュバスですねー……」
続いて、ゆったりとした服に大きな胸とお尻のラインを浮かべる女性も名乗ってきた。
身体も声の調子もふわとろな彼女も教師だったようだ。
やる気のなさそうな校長とは違って、とっても親しさのある笑顔を振りまいている。
ところがボニー先生はニコニコしたまま、熱のこもった視線をこっちに向けてきて、
「好みの男性は茶髪で筋肉強めで肉食獣のような鋭さがあるものの其の実とってもマゾっ気体質な心優しい殿方ですー……じゅるり」
『!?』
……自己紹介ついでに好みのタイプを教えてきた。それも当てはまる奴が一名しかいないパターンだ。
やばい、狙われてやがる。
とにかく一通り自己紹介が済むと、
「……とりあえず要件を話そうか。ここで何が起きてるのか君たちに説明しよう」
どこから取り出したのか、校長は執務机の上にどん、とマネキンの頭部を置く。
そして固まった女性の顔がそこに晒されると、魔法学校で一体何があったのかを話し始めた。




