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*83* 準備と合流完了


 そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎてしまった。

 ムネのくれた『フランメリアサバイバルガイド』を読んでいるうちにどんどん時間は溶けてしまい、それから夕食を食べて、早めに眠ればもう朝だ。

 流石に二度もぐっすりと眠ってしまえばしつこい旅路の疲れもはがれ落ちてしまって、最高のコンディションで目覚めることができた。


 準備も万端だ。

 まず、PDAでスキルポイントを全て【近接戦闘】に割り振った。

 残念なことにMGO側のスキルには割り振れないようだったものの、今後は弾薬を必要とする武器に頼りすぎないためにも早めに投資した。


 次に新しい【称号】をPDAで習得した。

 称号はまた幅広くなっていて、どんな女性も満足させる技術を覚えますとか、敵を怯ませる雄たけびをあげることができますとか、拳銃を両手に持っていると攻撃と防御にボーナスがつきますなどなど、前にもまして豊富になっている。

 選択の幅は広かったものの、戦闘用のナイフや手斧のこともあって【サバイバーテイクダウン】という称号を選んだ。


『生きることとは「敵を確実に葬る」こと! あなたの白兵戦の技術は一皮むけて今まで以上に敵を痛めつけるでしょう! 発展した近接戦闘が可能となります』


 ……と説明文にいつもの調子で書いてある。

 弾の問題ということを考えればサンディみたいに弓を使うのもありかもしれない、俺に使えればの話だけど。


 次にPDAで環境を最適化した。

 スキルが上昇した際の通知を消せることが分かったのでオフ、これで視界の中を邪魔されることはなくなった訳である。

 この世界だと戦闘中にスキル上昇通知に気を取られてしまって死んでしまう、というケースがあったそうだ。

 とはいっても【経験値(XP)】の表示はそのままにしてある。 

 この表示は敵を倒せたかどうか、の判断材料にもなるからだ。


「準備はいいか、お前ら!」


 新しい衣装に着替えて、ミコの作ったおにぎりとみそ汁をかっ込んで準備完了。

 二つのホルスターに自動拳銃と散弾銃を差し込み、補充した投げナイフと戦闘用のナイフのホルダーを括り付け、自動小銃をスリングで吊るして、雑多なものを入れた小型のバックパックを背負っていざ出発。


「あ、イチさん。その前にちょっとやってほしいことが」

「……出発前にいきなりなんだ」


 しかし見事にぶち壊されてしまう。

 人がフル装備、覚悟完了状態にいるところにムツキが思い出したように本みたいなものを持ってきた。

 そんなにページ数のない薄い本で、表紙には魔術的な模様と『短剣付きの杖、とんがり帽子』のマークが書き込まれている。


「はい、ギルドハウス用のグリモワール」


 そういってムツキが手渡して来るものの、はいどうぞとこんなものをいきなり渡されても困る。


「なあ、なんだこれ」

「このギルドハウスとリンクしてる本だよ。これでわざわざクラングルに行かなくてもギルドメンバーの登録ができるし、ギルドハウスの拡張もできるらしいよ」

「……そんなアイテムあったか?」

「なかったね。まあ開いてみてよ」


 どうやらこれはギルドを管理するためのアイテムらしい。

 最初のページにはギルド名の項目に【クルースニクベーカリー】と書かれていて、めくると名簿が出てきてミコたちの名前が書き込んである。

 さらにページを進めると図面みたいなのが引かれているページがあった。

 このギルドハウスの構造が書かれているんだろうと思って本を大きく開くと――突然二枚のページの間に青白い光の線がふわっと浮かんだ。


「うおっ!? なんか出てきた!?」


 急に出てきたそれはカチカチと音を立てながら無駄のない動きで増殖、移動、結合、まるで一つの形を目指して形を作っていって。


「すごいでしょ? それ、ギルドハウスの見取り図が浮かぶんだよ」


 開いた本の上に青い線で作られたこの家のデザインが完成した。

 浮かび上がったそれはかなり精密なようで、今俺たちがいるリビングから風呂場の浴槽の形、俺の部屋のダブルベッドまで表示されている。


「こりゃすごい……まるで魔法みたいだな」

「いや、これ魔法だよっ!」

「そうだった……!」

「まあとにかく、名簿に名前を書いてね。そうすれば加入したことになるから」

「そういえば俺、正式に入った訳じゃなかったんだな」


 ゲームだと「ギルドに入りますか?」と通知が出てきてイエスかノーか選ぶだけなのに、この世界だとギルドを管理してるところか、この本を使わないといけないらしい。

 ページを閉じようとすると、浮かび上がっていたギルドハウスの形は綺麗に折りたたまれて本の中に引っ込んでいった。


「名簿にはこの専用のペンを使ってね」


 ムツキが白い羽ペンを手渡してきた。

 大きな鳥の羽をそのまま加工したようなもので、先端は青く染まっている。


「これで書けばいいんだな」

「うん。インクは必要ないよ」

「プレイヤーの名前でいいのか?」

「うん、112……って書けば大丈夫だと思うよ」


 名簿のところを開くと名前を記入するための欄がたくさんある。

 というか、この本はほぼ名簿で出来てるようなもんだ。


「えーと……112っと」


 ムネマチの名前が書かれているところがあったので、その下に『112』と記入。

 海のように青い文字で自分の名前を書くと……左から右へと、青白い光るが文字をなぞるように走っていって、


【クルースニクベーカリーに加入しました!】


 視界にギルドに加入したと表示された。

 しかしなんでベーカリーなんだろうか。


「あ、無事に加入したみたいだね。ようこそクルースニクベーカリーへ!」

「よろしくギルドマスター殿。サンディ、レフレク、お前らも書いとけよー」


 晴れて俺も正式に仲間入りってわけだ。

 テーブルの上に名簿を開いたままの本を置いて新入り二人を呼ぶものの。

 

「……すっぱぃ……」

 

 よろよろとサンディがやって来る。

 狙撃手が朝食のおにぎりに入っていた梅干しの味を引きずっていて、辛そうに顔を引き締めていた。

 さすがのサンディもあれには耐えられなかったようで、いわくレフレクからもらった木の実よりも強烈過ぎたらしい。


「……ふあー……。緊張して眠れませんでした~……」


 とても眠そうな妖精も続いてやってきて、ふらっと本のある場所へ。

 この二人はこれから仕事だというのに緊張感がなさすぎだ。


「……これに名前を書けばいいの?」

「そうだ、そこの欄に書けばいい」

「レフレクも書きますー……」


 二人が名前を書き始めるのを見ていると、


「にゃんこさーん、ごはんですよー」


 杖に鞄に、お皿に乗った大きなおにぎりとフル装備なミコがヘルキャットを召喚していた。

 相変わらずケッテンクラートの上で朝日を浴びているヘルキャットがぽてぽてとやってきて、肉球のある手でおにぎりを掴むと。


「みんなどこいくの?」


 表情が豊かじゃない大きな猫はくいっと首を傾げた。


「魔法学校で異変が起きたそうなので調べてくるんですよー。あ、おにぎりの具はハムと卵ですっ!」

「ふーん」


 ミコにそう言われると、朝ごはんを受け取った地獄の猫は寝床へ帰ってしまった。


「ふふっ。にゃんこさん、珍しく話しかけてきたねー」

「だいぶにゃんこさんもデレてきましたよねー、前は目が合っただけですぐ逃げたのに……」


 準備万端なミコとムネの視線の先をたどれば、荷台に座ったヒロインは今日もおいしそうに朝ごはんを食べている。

 そろそろケッテンクラートにカバーでもかけてやりたいんだけど、あの子はいつまであそこにいるんだろうか?


「……書いたよ」

「書きましたー」

「サンディ・ファルコナー……レフレク……うん、二人とも加入できてるね」


 二人の名前が記入されて、無事に仲間入りを果たしたみたいだ。

 俺はレフレクに向かって肩をぽんぽん叩いた。


「じゃあ行くか。レフレク、肩に乗りな」

「レフレクの特等席ですっ!」

「出発ですねご主人さま!」

「ふふっ、みんな頑張ろうね!」

「……まだすっぱぃ」

「行こうか。無事にグリモワールも手に入ったし、これで僕たちのギルド活動もはかどるね。すごく高かったけど……」

「あの本っていくらぐらいするんだ?」

「購入費と登録費であわせて二万メルタです……」

「二万!? あれ一冊で!?」

「うん、だからムネさんと二人で買っちゃった……」

「お前らなあ……言ってくれれば一万メルタぐらい出してやったのに……」


 さあ、いくか。

 妖精がぽふっと肩に乗るのを感じ取ってから、出発した。

 




 ギルドハウスを発って、クラングルに入って、街中を進んでいくことしばらく。

 街の奥にはゲームの画面越しではない、本物の【魔法学校】がそこにあった。


 リーゼル様の屋敷よりも大きなそれは敷地を高い壁で囲まれて、城のような佇まいに向かって二つの大きな門が開いている。

 しかし何といえばいいのか、とても異変があったように見えないし、外の世界で各地が侵略されているというのにここは違和感を感じるほど平和的に見える。


 その魔法学校とやらは魔女を生み出し、また魔女の持つ文化を絶やさないようにするためにはるか昔に作られたという。

 そんな場所へ『異変が起きた』からちょっと見て来いと軽く言われてやってきたわけである。

 この調査に参加するメンバーは俺たち【クルースニクベーカリー】だけではないようで、まずは南門で集合、といことになっていたものの。


「よっ、イっちゃん! 元気にしてたか? っていうかなにその民兵みたいな服装」

「こんにちは、イチ殿。今日はずいぶんと賑やかですね」


 門の前では赤い髪の男――フェルナーが全身鎧姿の男と一緒に俺たちを待っていた。

 あいつは俺に気づくとすぐに手を振って来て、犬みたいに人懐っこくこっちに駆け寄ってきて。


「イチ兄さん! イチ兄さんじゃねーか! 元気だったか!」

「やっほーイチサン! 今日は知ってる顔が多いわね……」


 カズヤとそのヒロインもそこにいた。

 それほど時間は経っていないのに、一か月ぶりに会ったような感覚がする。


「フェルナー! お前も来てたのか!」

「おう、みんな忙しいからここに行ってこい言われたんだよな。まあイっちゃんがいるなら安心だ、よろしく頼むぜ!」

「ああ、よろしくな」


 フェルナーが近づいてきてハイタッチを求めてきたので、うまく合わせてぱん、と音を立てた。


「……これはイチ殿、お久しぶりです」


 すると、がしょっと金属が動く音がした。

 全身鎧の男――いつもフェルナーを追いかけまわしているライナーだ。

 ただでさえ重くて硬そうな見た目をしているのに、鋭い刃のついたポールウェポンを持っている。


「よお、ライナー……だっけか。こいつのお目付け役になったのか?」

「手の空いている者がこいつぐらいしかいなかったのです。しかし一人で行かせると何をしでかすか分からないので私も同行するようにと命じられました」

「いつも俺追いかけてばかりで仕事してないから送られたんじゃねーの?」

「誰のせいだと思っとるんだ馬鹿者!」


 この二人は相変わらずだ。

 フェルナーの腕は認めるけど、ちゃんとやってくれるんだろうか。


「パン屋みたいなギルドが来るっていうからどんな人だろうと思ったらイチ兄さんかよー、良かったわー」

「カズヤたちも来てるなんて思っても無かった。よろしくな」

「よろしくなーイチ兄さん。へへ……ラーベ社退治の次はファンタジーな学校を探索か、すげえ楽しみだぜ!」


 カズヤは今日も元気そうだ。

 ただし防具のようなものは付けてないし、ほぼ私服を着ただけの超軽装状態でここに来たみたいだ。

 おまけに手にしているのは使いこなした木製の鈍器ぐらいで、その見た目通りに軽い気持ちで来てしまったように見える。

 元気と情熱だけで来たような感じだけど、こっちも大丈夫なのかこれ。


「よろしくねイチサン! あたしはファイアバードのアイリよ!」


 そんなカズヤのヒロインも片方の羽をばさっと上げて挨拶してきた。

 見た目は赤い衣装に身を包んだハーピーで、火属性に恩恵を得られる【ファイアバード】という種族のヒロインだ。

 果たして意味はあるのかという短いスカートに、見えても大丈夫とばかりのスパッツ、それから鳥の足につけた金属製の防具がどんなスキル構成か物語っている。


「ああ、よろしくアイリ。メインスキルは【キック】で火魔法、跳躍力、回避か?」

「ご名答、火力型ハーピーよ。あたしのスキルが分かるなんてさすがイチサンね!」

「ハーピーはキックに恩恵がある種族だしな」

「つーかさあ、ハーピーっていえば大体はキック覚えてるだろ? ありきたりな構成だし誰でもわかると思うんだけどなあ……」

「カズヤうるさい!」

「いてっ! 頭突きすんな!」


 カズヤは赤いサイドテールのヒロインに頭突きされている。

 俺は振り返って、


「紹介する。こいつはムツキ、俺が所属してるギルドのリーダーだ」


 再開した空気に入り込めずにぼーっと突っ立っていたムツキを見た。

 四人の視線が初対面の高身長イケメンに集まると、友人は「えっ」と戸惑って。


「あっ……こ、こんにちは。クルースニクベーカリーのギルドマスター、ムツキです。よろしくおねがいします」


 ……ギルドマスターから出てきたのはとても自信のなさそうな声でぱっとしない挨拶だった。

 それに対して、


「おっす、よろしくなミっちゃん! それにしてもデカいなオイ、何食ったらこうなんの?」

「み、みっちゃん?」

「フェルナァァーー! 初対面の人間に失礼だろうが!」

「よろしくなー、みっちゃーん。うわっほんとにでけえ……」

「ほんとこの人デカいわねー……180㎝以上は軽く超えちゃってない?」

「よ、よろしく……」


 フェルナーやカズヤたちから初対面に関わらず、超フレンドリーな対応をされている。

 この温度差、うまくやっていけるんだろうか。


「で、この小太刀持ってるのがムネだ。ムツキのヒロイン」

「ふふっ、よろしくねっ」

「それからこのちっちゃいのがミコだ」

「どやぁ……」

「なんで得意げな顔してるんだよお前は」


 四人にムネとミコも紹介して、次にイメチェン成功した狙撃手とさっきから肩に乗ってる妖精を親指で示した。


「あと狙撃手のサンディと妖精のレフレクだ、合計六人」

「……みんなよろしくね」

「よろしくおねがいしますー」

「おう……あの時の妖精さんじゃねーか、セクシーなねーちゃんだけじゃなくてちっちゃい妖精にすら手つけるとか守備範囲広すぎだろイっちゃん」

「フェルナァァァァーーーーーーーーッ! いい加減にしろぉぉぉぉ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ! 追いかけてくんなぁぁぁぁ!」

「あん時のちっちゃいのか! 無事だったんか!」

「どこいっちゃったかと思ったけどイチサンと一緒だったのね、良かったー」


 この規模の大きな()()()()はいつにもなく賑やかだ、あるいはやかましいともいう。

 これで参加する人間は全員集まった、さてとりあえずどうするかと思っていると。

 

「……こんにちはー? リーゼル様のところから派遣された方々でしょうかー……?」


 門の奥から誰かがやって来た。

 いかにもサキュバスと主張しているような角と羽と尻尾が最初に見えた。

 綺麗に伸びた髪は焦げ茶色で、少しぽっちゃりしてるけどとても柔らかくて綺麗な顔立ちだ。

 しかし身体をすっぽり包む衣装はとても薄くて、豊かな曲線がはっきりと映ってしまって裸よりも刺激的な姿をしているというか……。

 

「ええ、俺たちリーゼル様に言われてきたんすよー。よろしくお願いしまーす」


 そんな相手からの問いかけに、フェルナーがものすごく軽いノリで返した。

 一瞬ライナーが「また初対面の人間に…」と言いかけそうになったものの、その女性はくすっと笑って俺たちを受け入れてくれたようで。


「あらー、そうでしたかー……。さあさあこちらにどうぞー、学長(がくちょう)がお待ちですのでー……」


 相手は耳にじんわり響くようなくすぐったい声を上げて、背を向けた。

 だけどほんの一瞬だけ、その女性の顔というか、その目が俺に向けられた気がする。

 しかし気づいた時には道案内とばかりに歩き始めている後ろ姿があって、けっきょくそれがなんなのか突き止めることはできなかった。


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