*82* 新装備詰め合わせ
ムツキも戻って来て、食料を買い足したり、また軽く街の案内をしてもらってからギルドハウスへと戻ってきた。
それじゃあ明日の午前十時に指令開始だから、ダラダラして待つか……なんてわけにもいかないのがこの世界。
戻って早々、魔法学校の調査という仕事に向けてみんなであたふたと準備をするはめになっていた。
「みなさーん、お昼ごはんができましたので各自お好きなように召し上がってくださーい。今日はミコ特製サンドですよー」
「えーと……集合場所は現地だそうだけど……フィデリテ騎士団の人が二人、フリーの人が二人追加で来るのか……調べるだけなら重装備じゃなくていいかな? 学生さんがいるみたいだしあんまり刺激しないほうがいいね」
「特に期限があるわけじゃないし、装備は軽めでいいかも……? あっ、そうだ……イチさんにあの本渡さないと!」
「……レフレク、一緒にご飯食べよう?」
「マスターさんは何してるんだろう……?」
かといってそれほど緊張感があるわけじゃないけど、賑やかだった。
やることも無くだらだらするよりはずっといいはずだ。
「ねえねえイチさーん」
「…………」
そんな中、リビングにあるテーブルの半分を陣取る男が一人。
それは紛れもなく世紀末から来たやつのことだ。
周りがあれこれしてる中、俺は一人で黙々と作業をしているわけで。
「……イチさーん?」
「……」
テーブルの上にはP-DIY1500のクラフトアシストシステムで作り上げた新しい衣装が畳んで置いてある。
その上に革手袋を改造したものが重なっていて、すぐ隣では組み立て中の武器のパーツや、完成した投げナイフが並んでいた。
そこで俺はただ無心に、新しい銃を組み立てていて。
「……わっ、銃組み立ててる……?」
「どうしたのムネさん……ってなんか銃作ってるよこの人……」
「機械みたいに集中してるねー……帰ってからずっとこうだけど、大丈夫なのかなぁ?」
使い古したような自動拳銃のフレームに引き金の機構やらネジやらを埋め込んで、それから他の銃からはぎ取ったような銃身をセット。
続いて後ろに向けてボルトがついた機関部を、取り付けた銃身に合わせるように装着してからフレームの中にうまく嵌めて合体。
頼りないグリップに青いテープをぐるっと巻いて、最後に銃身とフレームを留め具で無理やり固定して完成。
「こいつはいい」
組み立て完了、新しい武器がこの世に生まれた。
色々な銃のパーツを寄せ集めて作ったような、9㎜口径弾を使う自動式の拳銃――名前は【コーンボール】だ。
弾が9発入る弾倉を装填するもので、6発しか撃てない45口径のリボルバーよりも即応性がある武器だと思う。
9㎜の在庫がたっぷりあるので、それを使う銃をこうして作ったわけである。
「なにがこいつはいい、ですかご主人さま。お昼ご飯食べないんですか?」
試しに銃のボルトを後ろに引こうとしていると、ミコがパンをもぐもぐしながらこっちにやって来た。
もう昼の一時過ぎだ、でも装備品のクラフトはこれで全部終わったぞ。
なんだかやるべきことが終わった途端に空腹と疲れが一気に来て、体中がひどく凝ってしまった感じがする。
「ああ……食うわ」
「帰って来てからずーっと作業に集中しててミコびっくりしました。目の前でスカートたくし上げても気づかないし……」
「お前、人が集中してるときになにしてくれてんの?」
「おぱんつはピンクです!」
「何の話だ」
「さてさてー今日はBBQ風ポークサンドと野菜サンド、それからグリルドチーズですよー」
「うまそうだな、おすすめは?」
「全部です!」
桃色ヒロインの下着の色はともかく俺も昼飯を食おう。
軽く背中を伸ばして解してから、立ち上がって昼飯の待つ食卓テーブルの場所へと向かった。
「……うまうま」
「マスターさん、これおいしいですっ!」
新しい衣装を着てご機嫌なサンディが無言で肉たっぷりのサンドイッチにかぶりついていて、妖精が焼き立てのグリルチーズを解体しながら食べていた。
その二人がおいしそうに食べているものはテーブルの上にある大皿にたっぷりと盛り付けてあった。
周りを新鮮そうな野菜とピクルス、それからスライスされたサラミと一緒に盛り付けられて「お好きなように」と訴えている。
「じゃ、俺もいただきます」
レフレクが絶賛しているこんがり焼かれて濃い色のチーズが溢れるグリルドチーズを手に取ると。
「僕もいただきます」
「わたしもー。ふふっ、ミコさんの料理っていつみてもおいしそうだね」
「いっぱい食べてくださいねー♪」
ムツキとムネが席について、一息つくついでにミコ特製のサンドイッチに手を付け始めた。
「そういえばイチさん、僕たちの近くでずっと服とか作ってたけど……」
「なんか目の前にぱっと出てきてたよね……? わたしびっくりしちゃった」
「あれか? あれはあっちの世界のスキルみたいなもんだよ。武器やら防具やらあれで作れるんだ、便利だろ? まあ品質は良いとは言えないけど……」
俺は席につかないまま一口だけ、がぶっといった。
かじった瞬間にざくっと強いバターの味がして、色の強いチーズの塩辛さとコク、それからぴりっとした胡椒の刺激が襲ってくるのを感じる。
バターで綺麗な焼き目がつくまで焼かれたパンは相当にずっしりしていたし、潔いチーズまみれの味がする。
というか、チーズの味が今まで食べた中で一番濃い。
「……アメリカンな味だ」
総評するとジャンクだけどおいしい!
熱々のチーズの糸を引きながら、俺は野菜とサラミを摘まんで頬張った。
レタスとタマネギとサラミが交じりあったシャキシャキとした味、つまりそのまんまの味のことだ。
「なんだか色々作ってたよね、イチさん。あっ、BBQ風味で美味しい」
「お裁縫してたよね、何作ってるのかなーって見てたけど……あちあち……♪」
「あれは今日からジャンプスーツのかわりに着る服だ。見るか?」
「新しい衣装か……ちょっと気になるね」
「わたしも見たいかも……」
「よし待ってろ。イメチェンしてくる」
俺は手元に残ったグリルドチーズを口に放り込んでから、リビングに置いた装備セットを抱えて自分の部屋に向かった。
廊下を進んで、部屋に入って、扉を閉めてからとりあえず脱ぐ。
下着一枚になったところで――さっそく、新しい装備の【リベリオンギア】に着替えることにした。
全体的には『モスグリーン』で表現が済むような見た目だった。
動きやすくて通気性のいいズボンに、フードと収納ポケットがついた半袖のジャケットの組み合わせだ。
上半身は暗い黄緑色で、軽くて丈夫、小物をたくさん取り付けるための余裕がある。
もちろん胸のポケットにはPDAを収納するスペースがある。
「……よう俺。我ながらいい出来なんじゃないか?」
いざ着てみると楽に着用出来て、思わず部屋にある鏡の前でポーズを取ってしまった。
鏡の中の自分はグリルドチーズと着やすい衣装でご機嫌だ。
さらにその上にクラフトで作ったポーチや弾帯を取り付けて、革手袋をクラフトで改造して作った【ナックルダスター】付きのグローブを手に装着。
工具箱の中に入ってそうな金具で『ぶん殴るための場所』を邪魔にならない程度に覆ったものだ。
たぶん、こいつで顔でもぶん殴られたらたまったもんじゃないだろうと思う。
「へへ……どうだ、似合うだろ?」
いい感じになってきた。
ついでにたっぷりと在庫がある資源で作った小型のバックパックを背負って、腰には手斧用の鞘を取り付ける。
最後に余った鉄でクラフトした戦闘用ナイフのホルダーを取り付けて、鏡の中にいる世紀末ファッションな男が得意げな顔を浮かべているのを確認して完成。
全体的にミリタリー路線というか、世紀末世界路線のファッションだ。
ともあれイメチェンに成功した俺は部屋を飛び出して、ムツキたちのいる場所へと戻った。
「待たせたな、どうよこれ?」
多分、俺はドヤ顔になってると思う。
お食事中のみんなの前に両腕を広げて「見てくれ」とばかりに自分の姿を見せてみると、
「なんか民兵みたいだ……」
……ムツキに民兵とか言われた。
食事の手が止まるほどそれっぽいらしい。
「……民兵?」
「うん……すごく民兵だよ」
「……え? 民兵?」
せっかく頑張って作ったのに感想が民兵だけとか悲しすぎないか?
いま一度、自分の服装を指でつまみながらムネに目を向けてみると。
「お洒落な民兵さん?」
「…………」
「あっ、似合ってないとかそういう意味じゃないよっ! わたしは似合ってると思う!」
こっちにも言われた。
ムネに悪意はないと思うけど、変わったファッション程度に認識されてそうだ。
「うわっ……ミコのご主人さま、盗賊から傭兵になってる……」
「……」
そしてミコからこれである。
騎士だった俺は盗賊に、その次は生存者となってそれから傭兵になってしまったわけだ。
いったいどんな転職ルートだ。
「……イチに似合ってると思う」
「レフレクは軍人さんみたいでかっこいいと思いますっ!」
「……民兵……」
狙撃手と妖精からも好評のようだ、民兵として。
こうして俺はラーベ社みたいな生存者から、傭兵みたいな何かへとジョブチェンジを遂げた。
……とにかく、無事にイメチェンが終わった。
ごてごてとした装飾品を外してみると身軽なもので、これは普段着としても普通に使えそうな気がする。
それでもラーベ社と間違えられてしまうよりはかなりマシだし、今後はこれを使っていこう。
クラフトも終わって食事も軽く済ませて、少し休もうとリビングのソファーでくつろいでいると、
「イチさん、これあげるっ!」
そこへムネがやってきて、俺の目の前に何かを差し出してきた。
結構ページが分厚い何かの本だった。
『フランメリア・サバイバルガイド』と表紙に書かれた本だ、著者はネイサンとある。
「……なんだこれ?」
「えっとね、プレイヤーの人が複製術スキルで作った本だよ。この世界での暮らし方とかいろいろ書いてるの」
受け取って目次を開いてみた。
『生き延びるための基礎的なこと』『お金の稼ぎ方』『クラングル共同生産施設の使い方』『肉が食べられないあなたへの情報』『炊き立てごはんを食べる方法』『ヒロインに発情期が来てしまった時』などなど、色々な情報がこれでもかと詰め込まれている。
「なるほど、初心者に優しい本か」
「うん、イチさんこの世界に来たばかりだし……これなら役に立つかなって思ったんだけど……」
「ありがとう、ムネ。早速読ませてもらうよ」
「ふふっ、どういたしまして♪」
変な項目があったような気がしたけど、この本はきっと役に立つと思う。
この本を読んでスキルでも上がってくれれば、なおのこと良いんだけどな……。
適当にページをめくってみると『ヒロインとのスキンシップ(R-15編)』とか出てきたので、見なかったことにした。
「あっ、それってフランメリアサバイバルガイドかな?」
このまま休憩がてら読書でもしようかなと思っていると、ムツキが興味深そうにのぞき込んできた。
なんとなく『読みたい』といいたそうな顔だ。
「ああ、ムネからもらったんだけど……一緒に読むか?」
「それなら一緒に読もうかな! これずっと欲しかったんだけどなかなか買う機会がなかったんだ……」
「じゃあ丁度良かったな、一緒に読もうか」
友人が隣に座ったのを見てから、俺はページをめくった。
本当に色々なことが書かれてるみたいだ。
この世界での生き方、自分たちは何をするべきなのか、この世界の種族について、スキルの上げ方やステータス画面での設定の仕方などなど、さまざまなことが本の中に詰め込まれている。
ところどころ『サキュバスの堕とし方』とか『ヒロインの性感帯一覧』とか妙なものが結構な割合で混ざっているような気がするけども。
「ほんとに色々書いてるな……これ。ヒロインの種族リストまであるぞ」
「スキル上昇通知はオフにしましょうっていうのも書いてあるよ。細かいなあ」
「なんだそれ?」
「この世界じゃスキルが上がると上昇したって通知が来るんだけど、戦闘中でも出て来るからすごく邪魔で……。だから戦う人はステータス画面からオフにするのが基本なんだ」
「ああ、あれか……俺のPDAでも設定できるかな?」
ムネからもらったこの本は、きっと今の俺を助けてくれるはずだ。
これは大事にしよう、それから何かお返ししてやらないといけないな。
このフランメリアで生きる術が書かれた本を、俺はゆっくりとめくった。
「うわなにこのページ……」
「……ひえっ。何この情報……サキュバス……えっ?」
「駄目だイチさん、このページはまずい」
「やべえぞこれ、ちょっと待て、サキュバスってマジでサキュバスだったのか? ラミア専門店ってなんだよ!?」
「なんかこの本おかしいよね!? 変なページ多くない!?」
「ロールプレイってそっちのロールプレイ!? おいっ! なんだこの人形可愛がりプレイって!?」
「どっ、どうしたのかな、二人とも……? その本、まだ読んでないんだけど……変なことでも書いてたのかな?」
……とんでもないことが書かれてあって、読んだことを後悔した。
もう二度と下半身が蛇の女の子を綺麗な目で見れないと思う。




