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*81* ハンドアックスと南半球


「あっ……あ、あたしのこと、覚えてくれてたんですね。あの時は助けてくれてありがとう……ございましたっ」


 小さな武器屋の店長がえらく丁重に頭を下げて、自信のなさそうな声で早口気味にお礼をいってきた。

 でも助けたのは俺じゃなくてサンディだ、それに俺だってこの子の盾に助けてもらったわけである。


「お礼は俺の相棒にしてくれ。それに、むしろこっちが礼を言わなきゃいけない」

「あたしが……ですか?」

「あの盾のお陰で有利に戦えた、ありがとう。それにあのユキノにも一泡吹かせてやれた」


 戦ってるときに渡してくれた盾のお礼を言うと、目を隠した店主が頬をふにっと緩ませた。

 でもまさか、この子も自分の作った盾が投擲武器としてユキノの口に叩き込まれるとは思ってもなかったと思う。


「そういってくれるなんて……嬉しい、です。それに、あの日からあたしの作った鍛冶品がそこそこ売れるようになってきて……おかげさまで生活には困ってない、です」

「あの騒ぎで箔が付いちゃったわけだ。よかったな」

「はい、なんだか自信もついてきました。えっと……お名前は……」

「112だ、イチでいい」

「イチさん、ですね。あの、あたし【キュクロプス】のメカっていいます。ここで武器とか防具とか売ってますから、よかったら見ていってください」


 なるほど、レフレクの言ってた良い店とやらはここのことだったか。


「それなんだけど……実は武器を見に来たんだ。俺の妖精が良い店があるってここまでナビしてくれてな」


 俺はすぐそばで浮いている妖精を示した。

 ミコみたいにえへん、とドヤ顔を浮かべている。


「えっ……あ、あたしのお店が!? ど、どうぞっ! 良かったらどれでもお好きな物を試してくださいっ!」

「分かった」

「良かったねー、メカ。にーちゃんに会いたいなーって言ってたし」

「そそそそそんなこといってません!」


 こうして小さな鍛冶師の作った武器を実際に手に持ってみることに。

 周りに広げられた武器は色々あって、ナイフからハルバートまで、武器類が豊富に揃えられているのが分かる。

 試しに近くの小ぶりな剣を掴んでみれば【ショートソード】と表示されて、品質がいいだの、鉄でできているだの、雑多な情報が浮かんだ。


「鉄製か? MGOじゃ生産品の武器っていえば鋼鉄だったけど……」

「ご、ごめんなさい。ちゃんとした鉱石が手に入らないからみんな鉄製の道具しか作れないんです」


 MGOの装備品と言えば生産スキルで作られたもので、装備に使った素材によって性能が大きく違った。

 オリハルコン、ミスリル、クリスタルといったいかにもなものは当たり前、青銅や銀、黒曜石ですらも武具の素材にもできる。

 中でも一番使いやすいものはと言えば性能も高くて長く使える鋼鉄だ、作る側も使う側、どちらも得をする良い素材、それが鋼鉄である。


「……鋼鉄装備が貴重品か、世も末だな」


 それでも、今手にしているこの剣ですらPDAのクラフトアシストで作るものよりずっといいものだと分かった。

 間に合わせで作った武器よりもこのショートソードのほうがおそらく、何十倍も信用できると思う。


「でもメカの作った装備は高品質、はいぐれーどなんだよ!」

「あ、あのピナちゃん……あたしの髪、もぐもぐしないで……」

「……そうか」


 その製作者は茶色いハーピーに後ろから抱き着かれてもぐもぐされてる。

 こんな小さな女の子がこういった武器を作ってしまうあたり、やはりこの世界はファンタジーなんだろうな。


「それにメカは目が可愛いし力持ちだし、お尻もすごく大きいんだよっ!」

「ピナちゃんっ!? へ、へんなこといわないでー!?」

「……そうか」


 どうでもいい情報を聞かされた気がするけど、俺は試しに近くにあった大ぶりの剣を手に取ってみた。

 かなりずっしりしていて、ナイフを持つのとは違う重量感がする。

 【トゥハンドソード】という名前の両刃の大剣で、持ち上げてみるとムツキの持っていた剣ほどじゃないけど刀身がかなり長いのが分かった。


「……うーん?」

「マスターさん? なにかお悩みですか?」

「いや……なんか違和感があるんだ」


 でもなんだろう、これは。

 ステータスの恩恵かそれほど苦労せずに持ち上げられたものの、なぜかしっくりこない、本当にしっくりこない。

 これをもって振り回すイメージというか、例えば目の前に敵がいたとして、こいつでどう一撃をお見舞いするか、そういったものがまったく想像できないのである。

 不自然なぐらいに思い浮かばない、まるで身体がこれを拒んでるような――


「……あの、お気に召しませんでしたか……?」


 いまいち身体に馴染まない感覚にもやもやしていると、メカが心配そうに尋ねてきた。

 どうもこの剣との相性が顔に出ていたらしい。


「なんかこう、しっくりこなかったんだ」

「しっくり……ですか? あたしの武器、合いませんでしたか?」

「いやそういう意味じゃない。なんていえばいいのか……「これじゃない」って感じがするんだ。うまく口で説明できないんだけど決して武器の問題じゃないというか」


 次に槍に剣を取り付けたような武器の柄を持ってみると【グレイブ】と名前が表示されて、やはり高品質ですだの武器の状態だのが出てきた。

 両手でしっかりと持ってその場でそれっぽく構えてみるものの、今度はさっきと違って使い方のイメージだとかがうっすら湧いてくる。


「こっちは……問題ない。なんとなくだけど使えそうな気がする」

「それならこれはどうでしょうか? あたしの自信作なんですけど……」


 するとそこへずいっと巨大な何かが突き出されてきた、軽々と片手で。

 長い柄だ、ただしそれが何に繋がっているかと言えば、槍のような石突の着いた大きな斧の刃。

 それは両手で使う戦斧、つまり俺のキャラが使ってたような大きな斧だ。


「バトルアックスか。まさかこうして実際に持つことになるなんて……」


 が、掴んだ瞬間待っていたのはずっしりとした重みと「これじゃない」感。

 それほど苦労することもなく持てるし、思いきり振り回せそうな気はする。

 けれどもやはりしっくりとこない、これをぶん回して切り込んでいくというイメージが、意気込みが、まったく湧かない。


「……これもだめですか?」

「くそっ、これもだめだ。どうしてなんだ?」

「それですけど、スキルの相性の問題かもしれません」

「スキルの相性だって?」

「はい、聞いた話なんですけど……人によって得意な武器があって、スキルが上がりにくかったり上がりやすかったりするとか……」


 じゃあなんだ、このちっちゃな店主がいうとおり俺は大斧も大剣も苦手なのか?

 ゲームのような世界といえども、そこまでリアルな仕様にしろと一体誰が要望を送ったのか。


「……つまり得意な武器を選べばいいってことか」


 短剣(ダガー)を掴んでみると大当たり、かなりしっくりきた。

 片手で扱えるつるはしみたいな戦槌(せんつい)は外れ、当てにならない。

 スタンダードなロングソード、これもいまいち。

 もう何使えばいいんだよと思い始めていると、


「あのっ……こういうのはどうでしょうか?」


 メカが片手で扱えそうな斧を差し出してきた。

 ただし戦斧(せんぷ)じゃなくてもはや手斧と呼ぶレベルのサイズで、木の柄に良く手入れされた斧刃というアウトドア用品みたいなものだった。

 しかしどうだろう、いざ手に掴んでみると実に馴染む。

 取り回しもよし、頑丈そうでよし、投げてもよし、そんな印象を感じた。


「よし、こいつだ! 幾らだ?」


 即決だ、こいつにしよう。

 下手に大きな武器やら剣やら持ち歩くより、今はこの手斧を使った方が絶対に良さそうだ。

 

「あ、あのっ、良ければそれ、ただで差し上げます!」

「幾らだ?」

「えっ、でしたら……お代は割引しますので……」

「幾らだ?」

「……せ、専用の鞘つきで3000メルタです!」

「買った」

「ありがとうございますっ!」

「えー、にーちゃんにただで上げるって言ってたよ?」

「分かっちゃいないな、取引はフェアにやるもんだよ。覚えときな」


 早速、貰ったばかりの金貨を一つ目少女の手に渡した。

 他の武器と比べれば地味だけど、慣れないものを無理やり持っていって使えないよりはマシだ。


「じゃあボク……配達のお仕事に戻るね。またね、にーちゃんと妖精さん」

「ああ、またな」

「またです!」

「あっ、メカはお尻撫でてあげると喜ぶからよろしくねー!」

「ピナちゃん、変なこと教えないでー!?」


 こうして俺は新しい武器を手に入れた。

 ついでに自分の服装を見てふと思った――戦闘に向いた衣装が必要だと。

 



 それから肩乗り妖精と一緒にしばらく露店を見て回って、必要なものを調達。

 【裁縫】スキルの店から革手袋とベルト、それからなめし革を幾つか。

 そのまま使っても良し、溶かしてもよし、その代わり安かろう悪かろうなボロボロの武器を何本か買い取る。

 あとは携帯食料――ナッツのようなものをたっぷりねじ込まれたブロック状の何かも購入した。


「マスターさん? そんなボロボロの武器、何に使うんでしょうか?」


 そして布で包んだ使い物にならない武器を抱えて広場の端っこに移動すると、レフレクが興味深そうに耳に問いかけてきた。

 横目で見ると、新品の鞄をぱんぱんにした妖精が座っている。


「こいつか? イメチェンに使うんだよ」


 そんな小さなヒロインににやりと笑って返事を返した。

 それから粗悪な武器に手を触れると【分解可能!】と緑色の文字が出たので実行、少し輝いてから布ごとさらさらと崩れていく。


 【リソース入手:金属500 木材100 布50】


 『分解』完了、こりゃいい、資源のアテが一つ増えたわけだ。


「わっ……武器が消えました」

「リサイクルしただけさ」


 さてと、これで必要なものは集まった……あとはクラフトアシストで作るだけだ。

 いくら何でも今着ている服は戦闘には向いてないだろうし、いつものジャンプスーツは都合上使えない、ついでにお金も大事にしたいわけだ。

 それなら自分で作ってしまおうという訳である、PDAの機能を駆使すれば制作時間だってそんなにかからない。


「それにしてもあいつら……いまごろ何やってんだろうな。こっちはもう買うもの買っちゃったし……」

「レフレクもいっぱいお買い物しました。皆さんどうしたんでしょう?」


 しかしミコたちはまだ来ない。

 別にあいつらがサンディの見た目をどうしようが構わない、でも俺たちは明日魔法学校へ遊びに行くわけじゃないんだぞ?


「さあな、まあ急いでるわけじゃないし、別に……」


 仕方がないと石壁によりかかろうとすると、不意に張り紙が目に入った。

 しわ一つない綺麗な紙の上に怒りに身を任せて書きなぐったような長文があって、見出しには商業ギルドからの大切なお知らせですと記してある。

 しかもそれは一枚二枚ではなくてずらっと、壁の上に雑な横列を作っていた。


「……なんだこれ?」


 試しにすぐ目の前にあった張り紙を読んでみると。


*近頃この赤金通りでコートにマイクロビキニという格好の女の子たちが夜間に出没して公序良俗に反する行為を行っているのが何度も確認されています。もし遭遇しても決して関わらず無視しましょう。目撃された場合は慌てず衛兵隊かフィデリテ騎士団、もしくは自警団ギルドへと通報してください。それから我々オークは決して女の子に乱暴しないつってんだろ。商業ギルド露店管理部門のレイルカイモンより*


 ……恐ろしい目撃情報が書かれていた。

 コートにマイクロビキニという強い闇の力を感じるワードがそこにあるけれども、それを着ている女の子という斬新な変質者がいるみたいだ。

 しかも単独じゃなくて複数じゃねーかこれ、どうなってんだ。


「なにこの張り紙」

「マスターさん、どうかしましたか?」

「いや、クラングルって闇が深いなって思っただけだ」


 他の張り紙にも目を通してみた。


*ミノタウロスミルクは衛生上の問題から農業ギルドに認可されたもの以外の販売を禁止しております。未許可のミノタウロスミルクの販売には厳しい罰則が与えられます。商業ギルドを介しての申請も可能なので販売者の方は必ず許可を得てから販売してください。おかげでうちら腹壊したんだよバカヤロウ。そんなに売りたきゃ農業都市行ってこいよ頼むから……*

*我々「マーチャントオーク」は古くからフランメリアの各地を転々とする商業的文化を持つ一族であり、人間やエルフを(さら)って繁殖をすることは絶対にありませんし、そもそも奴隷など扱っておりません。我々がか弱い女性を組み伏せ犯しているというのも事実無根のデマです、馬鹿じゃねーの。だから変な本を出版するんじゃない、何が女騎士VSオーク軍団だぶち殺すぞ馬鹿ども!?*

*露店広場では公正な取引、健全な取引を心がけてください。サキュバス製の用途不明の怪しい道具や指定された品などの販売は禁止となっております。詳しくは商業ギルド本部、または当エリアの入り口付近に禁止品リストを掲載していますのでそちらをご覧ください*


 ……ここを管理してる人も大変そうだ。

 誰かの苦悩をぶん殴るように込めた張り紙を他にも見てみようかなと思っていると、

 

「ご主人さまーっ! 終わりましたよーっ!」

「おっと、あいつらやっと終わったみたいだな」


 横からどう聞いても思い当たるフシが一つしかない声が襲い掛かってきた。

 どうせあれだ、生まれ変わったサンディと満面の笑みを浮かべたミコとムネがこっちに向かってきてるんだろう。

 そう思って振り返るものの。


「駄目でしたっ! 何着せてもいやらしい狙撃手になっちゃいますこの人!」

「ごめんね、遅くなっちゃって……サンディさん、普通の人間サイズの服が合わなくて……!」

「……駄目だったかー」


 第一声から敗北のお知らせだった。

 原因は言うまでもなく、いつも揺れるあれのことだろう。


「……涼しい服がいいのに」


 完全に敗北したミコの後ろで、新しい衣装に身を包んだサンディが不満そうにしている。

 少しぼさぼさがなくなって艶の良くなった黒い髪がしっとりとしていて、慣れない髪に戸惑ってるみたいだ。


「……なんでそんな燃え尽きてるのお前ら? 一体なにやってたんだ……」

「サンディさんの身体だとミノタウロスさん用の衣装しか合わなかったんです……くっ、負けたぜ……」

「しかも露出が多いのがいいっていうから……サキュバス用の服も検討したんだけど……」

「サンディをミノタウロスかサキュバスにでもするつもりだったのか」


 二人がかりでも勝てなかったボスの姿を見てみると。


「……でも、私はこの服が気に入ったよ……?」


 フードと一体化した袖なし上着に口元を覆うマスク、それから前よりだいぶマシになった黒い弓使い用のスカートをはいた狙撃手がいた。

 それは今までの姿の中で一番露出面積が少なくて、俺はある種の奇跡を感じた。


「さっ……サンディがちゃんとした服着てるぞ!?」

「今まで着てた服がおかしかったんですよっ!」

「あれイチさんが着せてたんでしょー!?」

「いや……あれ、俺じゃなくて、マダムっていう人が……着せて……」


 しかしミコの言う通り、あんなはしたない服装を着せたままほったらかしにしてたのは間違いなく俺だ、こればっかりは言い返せない。


「でもね、ご主人さま……なんとかエロスを抑えようとしたんですが、ミコたちにはあれが限界だったんです……」


 あれ、とはなんなのか。

 自分のヒロインの敗北の理由を知ろうとすると、


「サンディおねーさん、寒くないですか?」

「……あったかいから大丈夫だよ」


 長手袋越しの手にレフレクをちょこっと乗せているサンディの姿が見えた。

 スカートの裾が短いのはまあ、今までの物よりマシになった程度と捉えよう。

 ところが上着はがばっと背中が開いていて、へそも丸見え、しかも――。


「……サンディさん、暑苦しいからって頑なにあの服がいいって言ってたんですよね……」


 胸のあたりは一体どうなってるんだ、あれは。

 作ってる途中に素材か情熱でも不足したみたいに、胸のあたりの布地がぱっくりと空いてしまっている。

 谷間が見えてしまってるのはまあいい、でも、問題はその下の方で。


「……なあ、何であそこだけ空いてるんだ? 予算不足?」

「ミノタウロスさん向けのレンジャー衣装だそうですけど……下乳丸見えですよね、あれ」

「……頑張ってあれか」

「そうです、あれなんです」

「あれか……」

「ご、ごめんねイチさん……でも前のえっちな服よりはいいと思うよ……?」


 ちょうど()()だけが見えるようにくり抜かれたとしか思えない、ちょうどいいサイズの穴が胸の下側に開いていた。

 わざと空けたとしか思えないそこからは、丸みを帯びた褐色の肉がたっぷり溢れてしまってとんでもない状態に。

 こうしてイメチェンに成功したサンディは人差し指を()()()の間に入れて、


「……みのたうろすとは仲良くなれそうだね。ふふ♪」


俺たちに向かって気持ちよさそうにくすっと笑っていた。

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