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*80* 求:メイン武器



 そう言う訳で――。

 今日もケッテンクラートで寝転がっているヘルキャットにご飯を与えた後、俺たちは全員でぞろぞろとクラングルへとやって来た。

 時計塔は午前十時を示していたものの、街中は今日はいつになく賑やかだ。

 ついこの前まではラーベ社という嵐が訪れていたのに、忘れてしまったと思うぐらいに明るくなっている気がする。


「……また来ちゃったな、露店広場」

「すっかり落ち着いてますねー、まだそんなに経っていないのに……」


 俺はミコたちと一緒にクラングルの【赤金通り】にある露店広場の中へと足を踏み入れていた。

 小さな門の向こうでは相変わらず豊富な露店の列がかなりの広さを作っていて、前に見た時よりもずっと賑やかに見える。


「でもあれだな……厳重に警備されてるよな。フィデリテの奴らもいるし」

「自警団ギルドの方々もいっぱいいますね。ここまでくると逆に買い物しづらいと思うんですけど……」

「今日もジャンプスーツ着てなくて正解だったな、こりゃ」


 けれども広場の隅ではしっかりと、見慣れた鎧姿の連中がしっかりと広場の様子を監視している。

 それだけじゃない、露店の周りではあからさまに買い物目当てじゃない人間(プレイヤー)やヒロインがここを見張って守りが固められている。

 もはやここにラーベ社のようなやつらが入り込める余地はないだろう。

 門を過ぎた先でそんな光景を見ていると、


「……マスターさん、もう悪い人たちはいませんか?」


 肩に乗せていたレフレクがこしょこしょと尋ねてきた。

 よっぽど不安なのか襟をぎゅっと掴んでいて、耳元に伝わる声は溶けきってしまいそうなぐらいおどおどしている。


「少なくともここじゃ二度と悪さはできないから心配するな、今度あんなことする奴がいたら速攻でぶちのめしてやるからな」


 しがみついているレフレクの頭を、人差し指でほぐすように撫でてあげた。

 サイズが小さいからだろうか、髪がとてもさらさらしていて指先がくすぐったかった。

 思い返せば、こんなか弱い子をいじめるなんて本当にろくでもない奴らだったと思う。

 それにあの時、ラーベの奴らに絡まれてたハーピーの子や一つ目の子はいまごろどうしてるんだろうか?


「ん……♪ わかりました、でもレフレク、ちょっと怖いです……」


 今度は指をきゅっと抱きしめてきた。

 まあ、あれだけのことがあったんだ、ここに来るのが不安になるのも仕方がないとは思うけれども。


「大丈夫ですよレフレクちゃん、ミコたちもいますから悪い人が来ても返り討ちですよっ!」


すぐ隣から自信一杯の明るい声が届いた。

そうだとも、ミコの言う通りもう一人じゃないんだ。俺もこの妖精も。


「僕もいるからね?」

「わたしだっているよ!」

「……また頭を射抜くよ」

「おい誰だラーベ社より怖いこと言ったやつ」


 そんな短剣の精霊の声に続くように他のやつらも乗ってきた。

 ただし約一名、はんなりと恐ろしいことを言いだしてる気がする。

 しかもそいつはしっかりとエルフ製のショートボウを背負っているのだから、もしまた悪い奴が現れようものなら本気で頭をぶち抜かれるだろう。


「まあそういうわけだ、今度は俺たちが守る。だから心配するな、明るく行こうぜ」


 今度は指先でぷにっと頬を突いてみた。

 「みっ」と変な声を出して押し出されてしまったものの、横を見てみれば肩乗り妖精はくしゃっと笑っていて。


「……はいっ! あ、あのっ、レフレク……みなさんのお役に立てるように頑張りますから、どうかよろしくお願いします!」


 まだまだ不安がある調子だったけど、それでもふんわりとして柔らかい声で一生懸命に俺たちに向かってそう言った。


「ミコからもよろしくお願いしますねっ! でも無理はしちゃだめですよー?」

「改めてよろしくね、レフレクさん。僕たちはまだこの世界に慣れてないけど、一緒に頑張ろうね」

「ふふっ、みんなで頑張っていいギルドにしようね?」

「……また悪い奴らがいたら仕留めてあげるから、大丈夫」


 そんな姿勢を無駄にするようなやつはここにはいない。

 この子はもう、この世界で寂しい思いをせずに済むだろう。


【話術スキル1増加】


 ところがせっかくいいところだったのにあっちの世界のシステムに邪魔されてしまった、畜生台無しにしやがった、お前はいつもそうだ。


「さてと……明日の任務の準備だ。俺はちょっと武器とか見てくる」


 俺は早速、露店市場の中へと向かうことにした。

 魔法学校で異変が起きたから調べろ、ということはそれほど大変な仕事じゃないようにも聞こえる。

 ただし俺の記憶だとゲーム内では学校の中にダンジョンがあるという仕様だったため、決して油断はできない、ちゃんとあればの話だけど。


「じゃあミコたちは……ちょっとサンディさんをお借りしますね!」

「サンディさんおいでー」

「……やー」


 するとミコとムネが褐色の狙撃手の手を取った。

 今にも一人で露店巡りを始めそうだったサンディが捕まって、とても嫌そうにじたばたする。

 なんだか懐かしい構図だ。マダムは元気だろうか。


「待て二人とも、何するつもりだ?」

「イメチェンですっ! このままじゃ痴女だし髪もぼさぼさですから【美容術】スキル持ちの方のところとかにいってきます!」

「……やー」

「あと服装もどうにかしなきゃ……! このままだとサンディさん、変態さんと間違えられちゃうし! じゃあわたしたち行って来るねっ!」

「……やー」

「あー……うん、いってらっしゃい」

「はっ! サンディさんの髪はともかく衣装どうしましょう!? おっぱい大きすぎて普通の人間サイズじゃダメですよね!?」

「やっぱりミノタウロスさん向けの装備しかないんじゃないかな……!? だってサンディさんの、とっても大きいし……これもう人間の大きさじゃないよう……」

「……私も露店見たいのにー……」


 やめてやれよとか言おうとしたものの、確かに二人の言う通りこのままだと色々危ないのは分かった。

 下乳はちょっと動けば揺れまくりだし、スカートは四割ほど機能してないし、髪もボサっとしてるから魔法学校の生徒にはあまり印象がよろしくないだろう。

 それにこういうときは無理に引き留めない方がいいと、経験が物語っている――つまりサンディ、いってらっしゃい。


「イチさん、僕はちょっとギルド管理部のところへいってくるよ。人数も増えたし色々と手続きとかしてくるね、すぐ終わると思うけど」

「分かった、じゃあ俺は買い物してていいのか?」

「うん。でも大した任務じゃなさそうだし……揃えるのは最低限の道具ぐらいでいいと思うよ。あと武器かな」

「そうだな……まあ先に武器屋でも見て来るか。いってらっしゃい」

「いってきまーす」


 ムツキはギルドを管理する場所へいって色々とすることがあるといって、そのままどこかへ行ってしまった。

 ミコとムネはサンディを捕まえて露店広場の外へ出ていった。

 そして朝から泡まみれにされてとんでもない状態をみんなに目撃された俺はこうして自由を得た。


「……みんな行っちゃったな」

「レフレクも一緒です。マスターさんと一緒にお買い物ですね?」

「ああ……じゃあ二人で買い物といこうか、」


 ……あとそれから、レフレクが一緒だ。

 それならそれで先に自分に合った武器でも見つけてしまうことにした。

 自分で作るという選択肢もあるけど、手間やクラフト用の物資の消費などを考えたら買う方がいいだろう。


「マスターさんは何をお探しなんでしょうか?」


 露店の群れに飛び込むと、肩に座っていた妖精が耳にこしょっと尋ねてきた。


「武器だ。ゲーム的に言えばメイン武器だな、リーチがあって威力もあるようなやつがいい」


 そう答えて、服装のおかげかさほど視線を受けないままどんどん進んでいく。

 とはいえ、スキル云々は置いといてゲームの中にあったような剣やら両手斧やら、そういったものを実際に手にしたところでちゃんと扱えるんだろうか。

 群れをなす露店を見てさあどれだと迷っていると、


「分かりましたっ! それならレフレクがいいお店を知ってます!」


 レフレクがふわっと羽ばたいて、俺の目の前で浮かび始めた。

 こんな武器と無縁のような子が丁度いい武器の店を知っているなんていってもしっくりとこないのは間違いないと思う。

 それともなんだ、妖精さんサイズの武器屋さんでも知ってるんだろうか?


「いい店だって? どんな店だ?」

「はいっ! マスターさんにぴったりの、です!」

「おいレフレク、一応言っとくと人間サイズの武器だぞ? ちゃんと全品フリーサイズの店を紹介して……っておい、勝手に行くな!」


 しかし彼女はまっすぐな笑顔を浮かべて、はたはたと先行してしまう。

 こっちを向いたまま「こっちこっち」と手招いていて、これは拒否のしようがなかった。

 変な店に連れていかれないように祈ろう。


「マスターさん、ついてきてください。きっと気に入りますからっ」


 目の前に浮かぶ妖精を追って人ごみをかき分けて、ラミアのヒロインの尻尾を踏んづけないようにして、スライムの女の子の身体にぶつからないように避けて、進んでいった。


「ちょっとペースを落としてくれないか? お前と違って空を飛んでるわけじゃないんだからさあ……」


 よっぽど自信があるのかはしゃいでるようにも見える小さな姿をひたすら追いかけていくと。

 見慣れた場所が見えてきた。

 広場の真ん中あたりで、少し見上げれば時計塔が見えて、つい最近ここにいたような――そうだ、ラーベ社と戦った場所だ。


「……あれからそんなに経ってないのにな、なんだかここが懐かしく見える」

「ここはマスターさんが助けてくれた場所です、レフレクはこの恩を絶対に忘れません♪」


 そうだ、ちょうどこの辺りであいつらに囲まれたんだっけか。

 あの時と違って目の前でふわふわ浮いている妖精は元気な笑顔だ。

 もうこの子に害を加えるような奴もここにはいない、俺が戦わないといけない相手もいない、だからここはもうただの露店広場である。


「ああ……良くも悪くも思い出の場所だな。でもなレフレク、助けられたのは俺もだよ」

「マスターさんが、ですか?」

「そう、お前にだよ。俺だって救われたんだ、お前のおかげでこうして……」


 確かにそんな妖精(レフレク)をあの場で助けたけれども、俺だってこの子に助けられたようなもので――。


「あーっ! にーちゃんだっ! にーちゃんがいる!」

「ん!?」


 すると浮いているレフレクの後ろから、人ごみを貫通するような元気な声がこっちに飛んできた。

 それは聞いたことのあるような声だったけども、少なくとも俺の身内に妹に当てはまるような奴はいない。

 ところがその声の持ち主は、目印とばかりにがさっと大きな羽をその場で広げて、


「にーちゃん! ボクだよ! 覚えてるー!?」


 口からにへっと八重歯をのぞかせながらふにゃっとした声をかけてきた。

 忘れるもんか、ラーベ社の奴らに羽をへし折られたあの茶色いハーピーの子だ。

 だけどもふっとした羽は元通りで、その子に相応しい明るい笑顔がすっかり戻っている。


「お前……あの時のか! 羽は大丈夫か?」

「うん、大丈夫! あんな脱臼ぐらいだったら魔法で治っちゃうよ! ほらほらー」


 その場でしゃがんで視線をあわせてやると、茶色いハーピーはひらひらと羽を振ってみせた。

 そんな姿を見て最初に感じたのはもちろん安心だった。

 あれだけ酷いことをされてどうしたんだろうかと思っていたけども、まるでなかったという具合に元気だ。

 そうか、この子もちゃんと無事だったのか。


「……無事で良かった。もうあんな無茶はするんじゃないぞ」

「わかったよう。あと、メカを助けてくれてありがとね、にーちゃん!」


 人懐っこいハーピーが羽を広げて、ばさっと抱き着いてきた。

 ものすごく温かかった。というか、本当にふわふわしていて首がくすぐったい。


「助けたのは俺じゃなくて俺の相棒だよ。そういえば何でにーちゃんって呼ぶんだ?」

「にーちゃんだから!」

「にーちゃんか、そうか」


 お返しに頭を撫でてやると羽毛みたいに柔らかい髪で、耳元で「うへへー」と気持ちよさそうに声を漏らすのを感じた。

 何度か髪をなぞってあげたあと、羽を解いて離れると、


「ああそうだ……妖精さんも無事だぞ? しかも喋れるようになった」


 すぐ近くを浮いていたレフレクを親指で示した。

 橙色の妖精はハーピーの子と目が合うと、ぺこりと小さくお辞儀をしたように見えた。


「こんにちは、レフレクです!」

「あの時の妖精さん! 無事だったんだー!」


 二人の挨拶が終わると、茶色いハーピーがレフレクを捕まえてすりすり頬ずりを始めてしまった。

 流石に力の加減ぐらいはできてるんだろうけど、妖精の小さな体から「にあー」とくすぐったさそうな声が聞こえる。


「だいじょーぶです! 今はマスターさんのヒロインになりましたからっ!」

「良かったあ。にーちゃんのヒロインになったんだねー、いいなー……」


 そんな二人のやり取りを見ていると、ハーピーの子がレフレクから離れて、


「あ、自己紹介が遅れちゃった。ボクはピナリアだよ、ピナって呼んでねっ!」


 片方の羽をばさっとかかげて、元気で温かい声で自己紹介をしてきた。

 まるで肉食魚(ピラニア)みたいな名前だ。


「ぴらにあ、です?」


 とか思っていたらよりにもよってレフレクがそう言ってしまった。

 いや、気持ちは分からないわけじゃないけども……。


「ピラニアじゃないよう……」


 本人は割とショックだったようだ。


「俺は112、イチって呼んでくれ。よろしくな、ピナ」

「よろしくねー。ところでにーちゃん何してるの? お買い物ー?」


 おっと、そうだった。

 ピナに聞かれて思い出した、武器を買いに来たんだった。


「そう、まさに買い物だ。レフレクがいい武器屋があるからっていうから……」


 そういって浮遊中のレフレクに目を向けたものの。


「あっ、マスターさん。もうついてます」

「え?」


 どうやらその店とやらに辿りついていたようだ。

 露店の集まっている方に顔を向けると、そこには。


「……こ、こんにちは……っ!」


 ちょうど俺たちの真横で、よりどりみどりの武器に囲まれながらちょこんと座っている女の子が一人。

 自分の店の前でいきなり会話を始められて、割り込もうにもなかなかできずに困っていたような様子。

 しかもその姿も見覚えがあった。

 目元を隠すように伸びた水色のショートヘアに小柄な身体は、ラーベ社との戦いのときにはっきりと見たもので。


「……あの時の武器屋の子か?」


 ユキノたちにいじめられたり、首を絞められたりと散々な目に会っていたあのキュクロプスの子だった。


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