*78* おやすみ前の戦力チェック
「でだ、お前ら。明日から本格的に活動するわけだけど……。寝る前に確認しておきたいことがある」
夕食を終えて、片づけて、明日に備えて寝る前のことだった。
俺はリビングにここにいる全員を集めて、あることを話し合っていた。
「うん。みんなの能力についての話、だよね?」
一応は俺たちのリーダー、ということになってるムツキが真っ先に答えた。
明日、というか今日から六人でやっていく以上、自分たちがどんな技能を持っているのか確認しておきたかったからだ。
お互いに何ができるのかも知らず「はい開始!」なんて軽い気持ちで初めてひどい目に会うなんてごめんだ。
「そういうこった。俺たち一人一人が何をできるのか確認して、どんな役割をするのか決めておきたい」
テーブルの上には色々なものが並んであった。
バックパックから取り出した色々な道具やら銃弾やら、今まで使っていた回転式拳銃や自動小銃まで、何もかもだ。
あとはサンディが使っているスコープつきの小銃や短弓も置いてある。
「パーティ活動の基本中の基本、だね」
「お互いなにも知らないまま、ぶっつけ本番でやってもロクな結果にはならないだろうしな。だから確認しておきたいんだよ」
友人はこの世界にはありえない品を興味深そうに見ていた。
ただし手には1.5メートルほどはある長さの、柄の長い剣を持っている。
刀身は鞘に納められてはいるものの、ムツキの身長と比べてもそれなりに大きくてなかなか頼もしい見た目だ。
「まずムツキ、お前は何ができるんだ?」
まずは【クルースニクベーカリー】のマスターであるムツキに尋ねると、
「僕は見ての通り【刀剣術】を主体にした攻撃役だよ。攻撃と防御両方で、使ってる得物はこのバスタードソード」
さっそく持っていた剣の鞘をゆっくり抜いて、その刀身を見せてくれた。
両刃の剣みたいで、鍔は角ばっていて全体的に十字の形をしている。
なるほど、ゲームのプレイスタイルそのままに近接戦闘主体だったのは今も変わらずだったか。
ムツキらしいというか、それでこそムツキというか。
「近接攻撃系ってことか。そういえばお前のメインキャラもそうだったな」
こうしてみるとその身長も相まって、いかにも剣士らしく見えて頼もしい。
もっとも俺の知っているムツキはゲームの中だとデカい刀に和装、という侍みたいなキャラだったけども。
「うん、遠距離攻撃とか魔法とか苦手だったしね。これが一番しっくりくる」
「お前らしくていいと思う。それにこうしてみると様になってるぞ」
実際に戦闘時にこいつがどう動くのかは分からないけど、それでも今まで三人でやってきたんだからちゃんと戦えるんだろう。
「そうかなあ? あ、それから【受け流し】と【戦闘術】も上げてるよ」
「受け流しに戦闘術ね。ますますゲームのキャラみたいだな」
ムツキの言っている受け流しとか戦闘術だとかは、言うまでもなくMGOにあったスキルのことである。
【受け流し】は武器を使って近距離、遠距離の攻撃を防げるスキルだ。
ゲームの中だと相手の攻撃にあわせて使用すれば武器だけで受け流せたものの、タイミングがシビアで失敗したときのリスクは大きかった。
反面に【盾術】は装備スロットが盾で埋まるものの、多少タイミングがあわなくてもダメージは防げるし、その気になれば魔法だって防げる。
【戦闘術】は近接、遠距離の戦闘で役立つ補助的なスキルが使えるものだ。
武器スキルと連動した技、相手のガードを崩したりフェイントをお見舞いしたり、巨大な武器を使う際にも必要になる。
「……それで、この世界だとそういうスキルはどうなってんだ? 技とかはちゃんと発動するのか?」
問題はそういった剣術だとか戦闘術だとかがどんな風に使えるかである。
こっちの世界が魔法を発動するのは分かっちゃいるけど、そういった近接戦闘系スキルの『技』はどうなんだろうか。
【キック】だったらとんでもない高さまで敵を打ち上げる技もあるし、ムツキのいう【刀剣】ですら極めれば盾すらぶったぎるという防御力無視の技も使える。
つまりだ、そういうことが実際にできちゃうんだろうか?
「うーん……できるんじゃないかなあ」
しかし肝心のムツキの返答は……聞いてるこっちも「んー?」となるようなあいまいな返事だった。
正直、ゲームの中の技だとかを実際に使えるかどうか期待していたのに。
「ずいぶん自信のない返事だなオイ」
「なんていえばいいんだろう……。イチさん、武器スキルの技の習得は覚えてるよね?」
「うん使えるよ」というのを待ち焦がれていたのに、ムツキはそう尋ねてきた。
MGOの技というのは例えば【斧術】というスキルがあったとして、それを上げていくと【チャージドスマッシュ】という名前の技を覚える。
その「技」を使えば使うほど熟練していき、スタミナの消費量や威力などが向上していくといった恩恵を得られる、といった具合だ。
「ああ、覚えてる。使ってる戦闘系スキルを上げると技を獲得するんだろ?」
「うん、そうだね。前に刀剣術スキルが20になったとき【イアイギリ】を覚えたって通知が出てきたよ」
「目に浮かんで来るのか……でも覚えたってことは使えるよな?」
通知が目の前に浮かぶという点はどうやら俺のスキル増加や経験値獲得とあんまり変わらないみたいだ。
しかしその技を覚えられるってことは、やっぱり使えるんじゃ?
「それなんだけど……なんていえばいいんだろう。使えるというか、発動できないというか……」
「おいおい、どっちなんだ?」
その刀剣術の技を覚えたという張本人はものすごく説明に困っている。
まさか「覚えれるけど使えません」なんて言わないよなと心配してると。
「技のイメージが浮かぶんだ。例えば【イアイギリ】だったらどうやって構えてからどう力を込めて相手を斬るか……みたいな感じなのかな。うまくいえないんだけど、その通りになぞっていくと『形』になるんだ」
ほとんどがフィーリングで作られたようなふわふわな返答が返ってきた。
「あー……つまりなんだ、別に「イアイギリ!」とか叫んだりすれば発動したり、意識すれば自動的に技が発動するってわけじゃないのか?」
「だね。意識すると「やり方は教えるからこの通りやってみろ」って感じで思い浮かんでくるみたいなものだよ。僕はまだ使いこなせてないけど」
「……魔法と比べると地味だな。それで、発動するとどうなるんだ?」
「発動した、といえばいいのか分からないけど……普通に斬るよりは手ごたえがあったというか、ヘヴィに決まったぜ! って感じはしたよ」
「……そうか」
要するにゲームの中の技は使えるけど大変だよってことか。
ムツキの言うことがいまいちふわっとしているので、これは実際に使ったり調べたりしないと分からなさそうだ。
「そういえばスキルがあるってことはスキルキャップもあるよな? それはどうなってる?」
ついでにスキルキャップについても聞いてみた。
それはいわゆるゲームの中にあった『制限値』のことで、定められた数値までスキルの合計値を上げることができるというシステムだ。
これによって『全てのスキルがMAXです!』なんてことにはならないわけである。
故にプレイヤーはそのキャップの中でいかにスキル構成を作っていくか、という課題に付きまとわれているのだけれども。
「スキルウィンドウを見れば分かると思うけどキャップはなくなってるよ」
とんでもない答えがふわふわではなくはっきりと返ってきた。
「は? ない?」
「うん、ないですね」
「1000ぐらいあっただろスキルキャップ。あれがないってか?」
「ないんだよ」
「……は?」
……嘘だろオイ。
プレイしていて良くも悪くも散々、頭を悩ませていたスキルキャップがない?
この世界に来て数度目の衝撃に、思わず頭を抱えた。
「スキル上げ放題ってことじゃねーかそれ」
「……ゲームと違って上げるのにものすごく手間がかかるからそうでもないよ。それに、どうやら個人の得意不得意で上がりやすさとかも決まってるらしくて」
「おいおい……どういうことなんだ。ゲームの売りだったスキルの平等性だとかはどこいった?」
「……どっかにいっちゃったと思う」
「どっかにいっちゃったかー」
しかもムツキが言うにはその制限もなく、けれどもスキルを上げるのは死ぬほど大変で、個人差が出るということらしい。
まるで現実だ――いや、もうある意味ここは現実だったか。
ともかくムツキがアタッカーと分かったので、次へいこう。
「……あーうんわかった、これ以上は聞かない。それで他の奴は?」
次に誰かを呼び寄せると、テーブルの上の銃弾を指でくりくりしてたミコがこっちを向いて、
「はいご主人さま! ミコは魔技回復守護基魔詠唱槍です!」
主軸としてるスキルを短縮して詰め合わせにしたような廃人プレイヤーみたいな表現してきた。
俺のヒロインは今、部屋から持って来たであろう自分の身長ほどはある杖を手にしている。
杖は木製で、先端に尖らせた水晶みたいなものが銃剣のように装着してある。
「……魔法技術、回復魔法、守護魔法、基本攻撃魔法、詠唱力、槍だな?」
それでも俺には分かった、我ながらすごいとは思う。
「その通り、流石ですねご主人さま……! あとは料理ですっ!」
「ミコもゲームやってた時みたいなもんだけど……槍? つーかなんだその杖」
ミコが魔法でアシストと攻撃両方をこなすのは分かっていたけど、こいつが槍を使うなんて初耳だ。
しかし手にしている杖はゲームじゃ見たこともないもので――ああなるほど、これもゲームに存在してないものってことか。
「あ、これはクラングルで流行ってる槍と杖が合体したマナネットっていう武器ですよー。ミコも使ってみたんですけどけっこう相性が良くて……」
「なるほど。まあ自分にあってるならいいんじゃないか?」
そのマナネットとやらは見たことも聞いたこともない装備だけど、こいつにあってるなら間違いはないはずだ。
しっかりしてるこいつだったら玉砕覚悟で槍で特攻するような馬鹿な真似は絶対にしないだろうし、むしろいいことかもしれない。
「ムネ、お前は?」
「わたしはこれ! スキルは剣と回避と【水魔法】がメインだよ」
次にムネの方を向くと、片手に刀……というよりはやや小さい、つまるところ小太刀という得物を持っていた。
「水魔法に剣と回避……魔剣士スタイルか。ゲームと同じだな」
「あ、確かにゲームと同じ構成かも……。でも水魔法はちょっとした回復もできるし、浅く広くって感じかなって?」
「ムネらしくていいんじゃないか……っておい、全員ゲームやってた頃と同じじゃねーかこれ」
さて、いつものメンバーはなんだかスキルまでいつも通りで安心したけども。
俺はミコのそばでふよふよと浮いていた可愛い妖精と目が合った。
「じゃあ……レフレク、お前は?」
すると待ってましたとばかりに、
「レフレクは基本攻撃魔法、魔法技術、それから【時空魔法】ですっ!」
レフレクがふわふわ浮きながら明るく答えてきた。
らしいといえばらしいというか、でも【時空魔法】というのは意外だ。
短距離のテレポートだとか、あのラーベ社が使っていたポータルトラフィックが使える魔法カテゴリである。
「時空魔法か……なにが使える?」
「えっと……時空はショートテレポートと、ショートコーリング、ですー」
「てことはアシスト系構成だな。流石にポータルトラフィックはないか」
「ごめんなさいマスターさん、時空魔法はこれしか手に入らなかったの……」
「謝るこたーないさ。ラーベ社が悪い」
しかし流石に便利な移動系はなかったか。
短距離移動と、少し離れた相手を引き寄せる魔法……まあこれも使いようだ。
「で、俺たちだけど」
そして最後は……みんな楽しみ、俺とサンディだ。
「待ってましたっ、ご主人さまはどんなスキルなんですかー?」
「やっぱり斧スキルかなー? 僕の中じゃイチさんって斧使いだし」
「受け流しも覚えてそうだよね。ふふっ、ムツキくんと同じアタッカーかな?」
「マスターさんは近接スキルなんでしょうか? レフレク、気になりますっ!」
みんなが興味津々に見て来る中、俺はテーブルにあった自動小銃を手に取って。
「投げナイフと銃。あと爆弾とか武器とか作れる」
かちゃりと剥き出しのボルトを引いて銃に弾を込めて見せた。
「……わたしは狙撃ができるよ」
サンディもそれにならって、小銃をそれっぽく窓の外へ構えた。
ボディランゲージで分かるスキル説明は以上である。
でも説明が終わるとしーん、と微妙な空気になってしまった。
「……そういえばご主人さま、この世界に来たばかり、っていってましたよね……?」
魔法スキルも生産スキルも充実しているミコが、困惑しながら訪ねてきた。
「……ごめん、こっちの世界のスキルはほぼゼロだ。ついでにいうと銃は弾の問題もある」
「……明日、露店広場で武器でも探しましょうか?」
「……うん、そうしようか。てことで寝よう、みんなおやすみ」
……このままだととてもアレだし、俺も明日からスキルを上げてみよう。
ともあれこれにて説明終了。
俺はわざわざテーブルに広げたブツを回収して、明日に備えてさっさと寝ることにした。
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